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23 選定二回目

 第二神殿内の食堂で朝食を食べ終えたリズは広間へと向かった。

 これから聖女候補たちの第二回目の選定である。昨夜「聖なる花が咲いたかどうかが二回目の選定の条件」だと聞いたばかりだ。


(心配していたけど花も咲いたし。良かった)


 満腹感も合わさって浮かれ気分で広間に入ると、すでにほとんどの候補と神官たちが集まっていた。


(ロイドさんはどこだろう?)


 神官ロイドを捜す。神官たちは皆同じ青のローブを着ていて、ほぼ黒髪なのでわかりづらい。

 すると広間の端で、ロイドが同じ年くらいの神官と楽しそうに話をしているのを見つけた。ひょろりと背の高い青年神官と打ち解けた様子で笑い合っている。驚いた。


(あのロイドさんとあれほど仲が良いだなんて、よっぽど忍耐強い性格の人なんだろうな)


 などと失礼なことを考えていると、リズに気付いた神官ロイドが近付いてきた。


「おはよう。何だよ、その驚いたような顔は? さては僕と話していた神官を見て、よっぽど出来た性格なんだろうなとか考えていただろう?」

「考えてました」

「……相変わらず僕に全く気を遣わないよね」


 一応上級神官なんだからもっと敬うべきじゃないのか、とぶつぶつ言っているロイドを無視して、壁際にずらっと一列に並ぶ聖なる木を眺めた。

 色とりどりの花をつけた十一本の木の前では、武装した神官がいつものように険しい顔で見張りをしている。


(そんな危なそうな花には見えないけど)


 どれも特に違和感のない至って普通の花だ。他の花の三倍ほどあるリズの異様に大きな白い花と、魔術師の娘の真っ黒な花をのぞけばだが。それでも、その二つも大きく分けてみれば普通の花の範疇はんちゅうである。


「でかいね」と隣に立ったロイドが、リズの花を見て感心したように言った。

「やっぱり木自体がでかいと花もでかいんだな。でも心配していたけど、ちゃんと花も咲いたし良かったよ」


 心配してくれていたのかと驚いて目を見張るリズに


「本当に失礼だな」


 ロイドが顔をしかめた。


「リズをここに連れてきたのは僕だよ。でもまあ、花が咲いたから今回の選定は合格だろ。楽勝、楽勝」


 二人で顔を見合わせてアハハと気軽に笑い合う。

 そこで神官長がお付きの神官と一緒に広間に入ってきた。


「皆、おはよう。では今から第二回目の選定を」


 始める――という言葉とともに全員の目の前で、突然リズの花が枯れた。


「「……は?」」


 とっさに何が起きたのかわからず、リズとロイドから同時に間の抜けた声が出る。


 リズの真っ白な花びらがみるみるうちに茶色くなり、汚らしくしぼんでいく。皆、何が起きているのかわからず呆気に取られる中、ボトン! という不吉な音をたてて花の残骸ざんがいが無残に床に転げ落ちた。


「「ええ!?」」


 思わず声を上げるリズとロイド。


(何で? 嘘でしょう!?)


「ちょっと、いきなり花が枯れたわよ!」

「さっきまで普通に咲いていたじゃない! でも待って。花が咲いていたら合格なんでしょう? まさかリズは不合格って事……?」


 ざわつく候補たちの中心で、心配そうに頬をゆがめるひそひそ娘のナタリーと、眉を寄せながらも目を輝かせる公爵令嬢グレースの姿がある。


(やめてよ。不合格だなんて冗談じゃない。どうして突然?)


 リズが青ざめた時、突如、神官長の鋭い声が広間中に響き渡った。


「全員、今すぐ退避! 広間の外へ出るんだ!」


(はあ!?)


 一気に空気が張り詰めた。緊迫した中、厳しい顔つきの神官たちが候補たちをかばうようにして強引に扉の外へと連れ出す。


「何? 何なの!?」

「どういう事ですか? なぜ逃げなければならないんですか!?」

「いいから話は後だ! 早く出るんだ!」


 団子状態で連れ出される最中、何とか振り向いたリズの視界の片隅に、花が枯れ落ちた後のリズの聖なる木を取り囲む神官たちの姿が映った。




 広間の重厚な扉が閉まった。廊下に集まった候補たちは不安そうな顔や納得のいかない顔をしている。

 神官長が先程とは打って変わってにこやかな顔で、何事もなかったように笑った。


「突然すまなかったな。では場所は変わったが、予定通り第二回目の選定を行うとしよう」


 そうじゃない! と十一人の候補全員が思ったはずだ。


「神官長様!」


 凛と声を張り上げたのは公爵令嬢グレースだ。


「それより先に、なぜ広間から出なければいけなかったのか説明して頂きたいのです。それと神官長様のおっしゃった『食べられる』や『危害を加えられる』といったとんでもないものが咲いた者はおりませんでしたが。皆、普通の花でしたわ」


「広間から出たのは念のためだよ。それに花が危険だと言ったのは半分は嘘だ。命が危ないと示唆しさしても恐れずに、必ず聖女になるという気概を確かめたかった。皆逃げずに、ちゃんと花を咲かせた。

 第二回目の選定はここにいる十一人、全員が合格じゃ」


 満足そうに笑う神官長に、とりあえず良かったとリズがホッとした時、グレースのかすかに険のある声が響いた。


「リズも合格なのですか? 確かに一度花は咲きましたが先ほど枯れ落ちました。その者にふさわしい花が咲くというのなら、花が枯れるという事はその者の素質を示しているのではないかと思うのですが」


 グレースが表情を変えずにリズを見る。リズもまともに見返した。二人の視線が交わる。

 苦手な貴族令嬢という事もあるが、アイグナー公爵の事を思い出して落ち着かない気分になった。


 神官長がそんなリズたちを見ながら、細いあごを片手でゆっくりとなでた。


「花が枯れたという事は、実がなったという事だよ。最初に聖なる種を渡した時に言っただろう。『芽が出て花が咲き、そして実がつく』と。最も危険で予測がつかないのは花ではなく実、それも実の中身だ。

 そのために事前に『花が危険だ』と嘘をつき、それでも君たちが立ち向かうか、その決心を確かめた。広間に聖なる木を集めて見張りをつけたのもそのためだ。いざ実がなってからでは遅過ぎるからのう」


 そうだったのかと納得する候補たちの背後で、広間の扉が細く開いた。見張りの神官が顔を出し、神官長の耳元で何事かささやく。


「そうか、ご苦労。扉を開けて良い」


 興味津々に広間の中をのぞいた候補たちが一斉に悲鳴を上げた。


「「何よ、あれ!」」


 神官たちが取り囲むリズの木には、花が落ちた後に白い実がついていた。しかも、すでにリズの顔くらいの大きさに成長している。

 実はサワサワと風もないのに揺れていた。まるで自らの意思を持っているかのように。


「リズ・ステファン」


 神官長に名前を呼ばれ「はい」と驚きつつ振り向くと、神官長の厳しい程に真剣な顔がそこにあった。


「あれほど成長した聖なる木は、このアストリア国で聖女の選定が始まって以来初めてのようだ。あそこまで大きな実がつくのも。何か、とんでもなく大きなものが生まれ――いや出てくるかもしれん。気を付けなさい」


 神官長が労わるようにポンとリズの肩を叩いた。


「……気を付けろって、どうやって気を付ければいいんですか?」


 神官長は答えずにあいまいに笑うと、ポンポン! とリズの肩をさらに強くたたいた。

 どうやら気を付ける方法はわからないようだ。


(どうしろっていうのよ……)


 サワサワ、サワサワと動く白い実をひたすら見つめるリズの後ろで、公爵令嬢グレースがギリリと強く唇を噛みしめていた。



 * * *


 選定が終わった後、ひそひそ娘のナタリーはグレースの部屋へと呼ばれた。


「何のご用でしょう?」


 しがない男爵家の三女であるナタリーが、公爵令嬢のグレースとこれほど話せるなんて聖女候補に選ばれたからこそだ。心から感謝している。


 グレースはいつもの優美な笑みを浮かべていた。豪華なドレスとその見事な着こなし、つやのある話し方と仕草、どれをとっても見とれるほどだ。

 グレースはナタリーの憧れだった。


「あのねナタリー、ここだけの話よ。リズの聖なる実が大き過ぎて危険だと神官長様がおっしゃっているんですって。けれど実を除去する事は聖なる力を持つ私たち候補にしか出来ないそうなの。私はアイグナー公爵家の娘だから、こういった話が耳に入るのよ。

 それで候補たちの誰かにリズの実を取り去ってもらいたい、それには一番最初に聖なる花を咲かせたナタリーがふさわしいんじゃないかと、そんな話が出ているんですって」

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