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19 ひそひそ娘はナタリー

 神官長の話が終わり広間を出た途端、不安げな顔をしていた候補たちが一斉にしゃべり出した。


「ちょっと、どういう事!? 咲くのは花じゃないの? 危害を加えられるとか、ましてや食われるって何なのよ!?」

「食虫植物のようなものかしら? ……そもそも、これって植物なの? まさか花から猛獣が出てきて食べられちゃう、とかないわよね?」


「あり得ないでしょ。芽も葉もこんなに小さいんだし。でもリズの特大の芽ならわからないわよ」

「確かに」


 一番後ろにいたリズをそっと振り返り、そしてわさわさと茂る芽を見て、顔をひきつらせて一斉に逃げて行く候補たち。


(やめてよ。猛獣なんて出てこないわよ、多分……)


 もちろん自信はない。


 長い廊下を、芽の入った重いバケツを持って一人でヨタヨタと歩くリズの元へキーファが走って来た。「俺が持つ」とバケツを奪おうとする。


「いえ結構で――大丈夫、自分で持てるから」

「フラフラしているぞ。重いんだろう」

「平気だって」


 王太子になんて持たせられない。そりゃあ、さっき広間に向かう時は「償いの第一歩だ」という言葉に押されて持たせてしまったけれど。

 そのせいでリズは「王太子に荷物持ちをさせた奴」認定された。まあ元々「おかしな奴」認定はされているが、さらに悪い。


 頑としてゆずらないでいると、キーファの顔が曇った。


「さっきはすまない。君の評判を落とすつもりはなかったんだ。広間に入る前に、あの神官か君に聖なる芽を返すつもりだったが、ちょっと……その、気を取られてしまって……」


 何に、とは言わないでもわかる。

 だからキーファの地の底まで落ち込んだような顔はやめて欲しい。心から反省しているのはわかったから。


「神官長や神官たちには言っておいた。俺が自らの意思で、むしろ頼み込んで君の芽を持っていたのだと」


 神官たちの驚愕が手に取るようにわかった。


 しかしそれを神官たちに信じてもらうのは難しい事だと、キーファ自身も充分わかっているようで表情が優れない。

 広間で色々と苦心しながら説明したのだろう。それが果たして成功したのかは別として。


 リズは天井をあおいだ。


(何だか調子がくるう)


 ユージンの生まれ変わりは意外にいい人だった。けれど、どれだけいい人であろうとも、もうユージンではない。でも関係ないと完全に突き放す事もできない。だって前世でずっと想い続けた人なのだ――。

 答えの出ない堂々巡りに考え込んでいると「今は誰にも見られていないから」とキーファにバケツごと取られてしまった。


 二人で並んで無言のまま歩く。誤解していた頃は言いたい事が山ほどあったのに、誤解が解けた今では何を話していいのかわからない。

 それはキーファも同じようで、二人は黙々とひたすら廊下を歩いた。


「ここでいいよ。ありがとう」


 リズの部屋の近くで芽の入ったバケツを受け取った。キーファが何か言いたげに、けれどどう言葉にすれば良いのかわからないといったように一旦、口を閉じ、そして「じゃあ、おやすみ」と言った。

 リズはなつかしくて思わず微笑んだ。

 前世、すぐ隣で毎晩聞いた言葉だ。


「おやすみなさい」


 キーファの顔を見てまた目が合ってしまったら、どうしていいのかわからなくなるので、あえて顔を見ないまま身をひるがえした。




 歩き出すリズの背中を、その姿が見えなくなるまでキーファはずっと見つめていた。

 そして彼女はもう前世のセシルではないのだと自分に言い聞かすように、かすかに震える片手で口元をおおい目を閉じた。



 * * *


「「あ」」


 廊下の角を曲がってリズが部屋に入ろうとすると、ちょうど一番奥の部屋から出てきたひそひそ娘と行き合った。

 けれどその部屋は確か、キーファに紹介されたアイグナー公爵の娘グレースの部屋だ。


(本当に仲がいいんだ)


 グレースの部屋に出入りするくらいだから。しかし――。


 ひそひそ娘がリズを見て口元をゆがめた。


「その芽、気を付けた方がいいわよ。神官長様がおっしゃっていたじゃない、食われるかもしれないって」

「――心配してくれてるわけ?」

「そんな訳ないでしょう! 勘違いしないでよ!」


 もちろん、わかっている。ちょっと言ってみただけだ。

 と、ひそひそ娘が今度は妙に引きつった笑みを浮かべて、機嫌をとるような猫なで声を出した。


「でも本当に食べられたらどうするの? そんな危険な事やめて、もう家に帰ったら? 魔力持ちでもないんだし、貴族の令嬢や有名魔術師の娘がひしめく中で、まさか平民でアルビノのリズが次期聖女に選ばれるなんて思っていないでしょう?

 これからの選定に落ちる前に自分からあきらめるのも大事な事だと思うわ」


 聖女候補から外れろと言っている。


 リズはひそひそ娘を見た。

 まともに見返されて、ひそひそ娘は驚いたようだ。さっきまでの勢いはどこへやら、黒い目がきょろきょろと落ち着きなく動き始めた。


「な、何よ……!」

「別に。見ているだけ」


 グッと言葉に詰まるひそひそ娘を見すえて、ゆっくりと言う。


「何が咲くかは誰にもわからないし、神官長様の言う通り食べられてしまう事もあるかもしれない。

 でもその食べられてしまう被害者は育てた私か、それとも他の誰かかは、わからないわよね?」


 もちろん口からでまかせなのだが、ひそひそ娘が一瞬で青ざめた。


 そこへ追い討ちをかけるように突然、足元に置いたリズの「聖なる芽」の葉がサワサワと揺れた。風もないのに、まるでリズの言葉に応えるように、重なり合う葉が音をたてる。


 リズもびっくりしたが、ひそひそ娘にとっては恐怖以外の何物でもなかったようだ。固まったように動かなくなってしまった。


(男爵家の令嬢だとか言ってたな。名前は――何だっけ?)


 考えていると、ひそひそ娘が顔を引きつらせながらもリズをにらみつけてきた。


「言っておくけど私は食べられたりしないんだからね! 変なもの咲かせないでよ!」

「努力するわ」


 真面目にうなずくリズに、ひそひそ娘が悔しそうに唇を噛みしめた。そこを「ねえ」と呼びかける。


「何の用よ!」

「あなたの名前、何だっけ?」

「――ナタリーよ!!」


 絶叫しつつも律儀に答え、そのまま勢い良く自室に入ろうとするナタリーを、「ねえ」とまた引き止めた。


「今度は何なのよ!?」


 怒りを爆発させるナタリーを、リズはまっすぐ見つめた。赤い目が静かな光を放つ。


「さっき私に言った『聖女候補をあきらめて家に帰れ』ってナタリー自身が考えている事? それとも他の誰かの考え?」


 そのまま廊下の一番奥、公爵令嬢グレースの部屋のドアに視線をやる。先程ナタリーが出てきた部屋だ。


 途端に顔をこわばわせたナタリーの、ドアノブにかかった右手が震えた。そしてリズの目の前で逃げるようにドアが閉まった。



(グレースか――)


 リズは顔をしかめた。優雅なふるまいに豪奢なドレス、優美な笑み。ああいう感じの令嬢には前世も今世もろくな思い出がない。


 重いバケツを「よいしょ」と持ち上げて自分の部屋に入った。窓際の床に置く。聖なる芽はさっきは確かにサワサワと動いたのに今はぴくりとも動かない。


(偶然だったのかな?)


 首をかしげて「まあ、いいや」と寝る準備を始めた。部屋についたお風呂に入り歯をみがいてベッドに入った瞬間、思い出した。


(あれ? そういえばナタリーの名字は何だっけ?)

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