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18 償いと荷物持ち

 リズの「聖なる芽」は順調に大きくなっていた。順調過ぎるくらいだ。

 腰くらいの高さだった芽は、もう少しでリズの頭を越えそうになっている。


 植木鉢が割れてしまったので、これまたもらってきたボロいバケツに水を張り、そこに芽を入れていた。

 土がなくても根をピンと張って立っていたのだから水もいらないのかもしれないが、こういうのは気分だ。


 そこへ神官ロイドがやって来た。


「今から聖なる芽を持って広間に集合だと……うわ! ちょっと見ない間にでかくなったな」


 ロイドが目を見張る。そしてリズと芽とを見比べて、空中に片手を出して双方の背の高さを測り「同じ身長じゃん」といった感じで噴き出した。


(どうしよう。イラっとする)


 リズは無視して聖なる芽をバケツごと持ち上げようとしたが重い。


「ロイドさん、運ぶのを手伝ってくださいよ」

「えー、重いから嫌」


 さらにイラっとした時、背後のドア付近から「俺が持とう」と声がかかった。


(誰?)


 不審に思いながら振り返ってギョッとした。

 腕まくりをしながらドアの前に立っていたのはキーファ王太子だったからだ。


 固まるリズたちの前で、キーファがひょいとバケツを持ち上げた。


「さあ、行こう」

「ちょっと待って――ください! 王太子殿下にそんな事させられません」

「気にしないでくれ。君に償うと誓った。君の力になると。これはその第一歩だ」

「償いってこういう事!? じゃなくて、本当に結構ですから。償いなんてしなくていいと、申し上げたはずです」


「敬語は使わないで欲しい。呼び方も『キーファ』にしてくれ。でないと俺も君を『リズ様』と呼ぶ」

「やめて」


 リズの心からの言葉に、いたって真面目な顔だったキーファが「それでいい」と嬉しそうに微笑んだ。端正な顔がクシャッと崩れて、途端に人なつこいものへと変わる。

 キーファの笑った顔を見るのは初めてだ。リズは一瞬だけれど見とれてしまった自分を呪った。


 聖なる芽の入ったバケツを抱えたキーファがスタスタと歩いて行くので慌てて追いかける。


(知らなかった。キーファはこんな性格だったんだ)


 芯が強くて真面目だとは前世の話を聞いた時にわかったが、意外に強引である。そして、やっぱり真面目だ。


(やっぱりユージンとは違うな)


 リズが知っているのは前世のユージンであってキーファではない。

 わかっていた事だが、前世で愛した恋人とは別人なのだと改めてわかり少し寂しくなった。


(まあ別人度合いで言うならキーファよりも、私の方が上だろうけど)


 大人しくて控えめな前世のセシルと、今のリズとでは。


 隣に神官ロイドが追いついてきた。王太子が自ら望んで荷物持ちを申し込んできた事に驚愕していた様子だったけれど、すっかり復活したのかニヤニヤ笑いを浮かべている。


(わかる。ろくでもない事を考えているんだ)


「リズってば、いつの間に殿下を手なづけ――」

「黙らないと本気で怒りますよ」


 底冷えのする光を放つ赤い目で見すえられたロイドが「はい」と前を向いて口を閉じた。


 広間の扉は開け放たれていて、中から人々のざわめきが聞こえてくる。ほぼ集まっているようだ。

 直前でリズは急いでキーファに声をかけた。


「ありがとう。もういいから」


 王太子に荷物持ちをさせているところを人々に見られたら――考えるだけで怖ろしい。

 バケツをもらおうと手をかけた瞬間、指と指が触れ合った。驚くより先に心を締め付けるほどのなつかしさが胸一杯に広がり動揺した。


 前世で同じ事があったのだ。


 ユージンと恋人同士になったばかりの頃。甘いものが好きなユージンのために手作りの焼き菓子が入った袋を手渡した時に、今と同じように指と指が触れ合った。

 セシルはうろたえて、すぐに指を離そうとしたが、それよりも早くユージンに手をつかまれた。


 そのまま手をつないで、日が落ちた街中をずっと無言で歩いたのだ。

 セシルは自分だけが緊張していると思ったが、ふと隣を見るとユージンが怒ったように口をぎゅっと閉じていて、そして耳まで真っ赤になっていた。

 照れていたのだ。心の底から。


 呆気に取られた後セシルは笑った。むせ返る程の幸せを感じたから。


(なつかしいな……)


 二度と戻ってこない、泣きたくなるほど幸福な思い出だ。

 寂しさを噛みしめながら微笑み、顔を上げて――そして、キーファと目が合ってしまった。


「……!?」


 互いに慌てて顔どころか体全体をそむける。恥ずかし過ぎて、いたたまれない。


 目が合った時に一瞬見えたキーファの、あの切なげな表情。リズと同じようにばっちり覚えているじゃないか。

 気まずくて髪をかきむしりたい衝動にかられた。


「……どうかしましたか?」


 突然様子のおかしくなった二人に、不審そうに聞いてきたのは神官ロイドだ。リズはハッと我に返った。


「別に何でもないですよ」

「リズの顔、赤くないか?」

「気のせいです」

「いや、赤いだろ」


 ロイドと言い合うリズをキーファがじっと見つめる。「仲が良いんだな」と低い声でつぶやき、そしてそんな自分を恥じるように目を伏せた。



 ごまかすように急いで広間に入ると、十人の聖女候補たちと神官たちはすでに集まっていた。


「ロイド遅い――キ、キーファ殿下!? どうされたんですか? というより、どうしてアルビノ娘の芽を運んでいるんですか!?」


 なぜ荷物持ちのような事を! という神官の悲鳴が広間中に響き渡り、皆の視線がリズたちに集中した。


(しまった。前世の事に気を取られて、すっかり忘れてた)


「どうして、わざわざ殿下が運んでくるのよ! でも以前も、殿下は『話がある』とリズを廊下へ呼び出していたわよね。平民と王族に何の関りがあるっていうの!?」


 こそこそ言い合う候補たち――ではなく、たった一人だ。


(あれは確か……)


 リズを見ては何かと悪口を言っていたひそひそ三人娘のうちの一人だ。二人は芽が出ずに選定から外れて一人になってしまったらしい。

 一人で三人分しゃべってはいるが、やはりどことなく寂しそうで、三人がいつも取り巻いていた中心人物である上級貴族の令嬢のそばにぴたりと張り付いていた。


 その上級貴族の令嬢がリズたちの所へ近付いてきた。


「お久しぶりです、キーファ殿下」


 笑顔もドレス姿も立ち居振る舞いも、全てが優雅だ。


「久しぶりだ、グレース。先日、王宮で君の父上に会ったよ」

「まあ、そうなんですか」

「紹介しよう。同じ聖女候補だから知っていると思うが、リズ・ステファンだ。リズ、こちらはアイグナー公爵の長女グレース」


 頭を下げるリズに、グレースは笑みを向けてはいるが、それ以上は会釈も話しかける事も何もする気はないようだった。


 そこへ「相変わらずにぎやかだな」と神官長が笑顔で現れた。

「おや、キーファ殿下。それはリズ・ステファンの聖なる芽ですかな。おお、また大きくなったのう!」


 神官長もびっくりだ。他の候補たちの芽は第一回目の選定の時とあまり大きさが変わっていない。倍の大きさになったのはリズだけだ。


(何でだろう。おかしくない?)


 他の候補たちの小さなかわいらしい芽を見ながら、リズは無表情で思った。

 候補たちもリズのわさわさと茂る芽――というよりは木――を見て、ざわめいている。しかし、そのざわめきは次の神官長の言葉により、さらに激しいものになった。


「今日、集まってもらったのは経過を見るためだ。まだ誰も花が咲いておらぬようで、ひとまずは良かったと言うべきか。しかし近いうちに花を咲かせる者たちもいるだろう。その時に注意してもらいたい事がある。

 咲くのは花とは限らない。何が咲くかは、その者しだいだ。だから咲いた『もの』に危害を加えられたり、下手をすると食われてしまう事もあるかもしれん。充分に気を付けてもらいたい」

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