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番外編 今世のキーファ

「5話『再会』は最悪でした」と読み比べてもらうと、ちょっとおもしろいかと思います。

 王宮の長い回廊を歩きながら、キーファは子供の頃に土中に埋めたはずのびた古い指輪を、ポケットから取り出した。


(まさか手元に戻ってくるなんてな)


 生まれつき前世の記憶があったキーファは六歳の時、初めて街へ視察に行き、露店でこれを見つけたのだ。外見だけがそっくりの安物だったけれど、セシルを思い出して思わず買ってしまった。


 指輪を見ていると前世でセシルに裏切られた事に胸が引き裂かれそうなくらい痛むのに、どうしても手放せなかった。

 ずっと大事にしていたが、ある時


(これじゃダメだ)


 と我に返った。五百年も前の事にとらわれていてはいけない。

 反省して、王宮の奥にある神殿内の土をせっせと掘って埋めた。


 埋める場所に神殿を選んだのは、聖女様が守ってくれるだろうと子供心に思ったからだ。まさか十年経つ間に、指輪の上にナスビの入った壺を埋められるなんて思いもしない。


 ハワード家の――かわいがっていたテオの子孫がどうなっているのか知りたくて、側近の一人にこっそりと調べさせたりもした。頬に傷跡のある、いつも黒いマントを羽織った側近だ。

 その時にクレアの父親が知り合いの男にだまされて多額の借金を背負った事を知ったのだ。


「容赦するな」と側近に命じるとすぐに、楽しそうに豪遊していた犯人の男を捕まえてきた。男は今も厳しい監視下の元、強制労働中である。


 前世のユージンがセシルのために買い、けれど渡せなかった指輪は、五百年の時を超えてセシルの生まれ変わりであるリズの手に渡った。


(――しかし、あの時は驚いたな)


 十九歳になり、神殿内でリズと「再会」した時だ。

 聖女候補として来ていたリズを見た時、一目でわかった。顔も体も前世のセシルとは違うのに、それでもわかった。


(セシルだ。セシルだ……)


 頭が真っ白になる中、それしか思い浮かばない。捨てられて、それでもずっと想い続けた人の生まれ変わりが目の前にいるのだ。


「セシル」と広間の前の廊下で五百年ぶりに名前を呼ぶと、歓喜からか全身が震えた。

「久しぶりだな。……また会えるなんて思ってなかった」


 これでもかという動揺を抑えて、やっとの思いで声を絞り出すと、リズがゆっくりとうなずいた。

 会いたくて会いたくて仕方なかった恋人だ。心が高揚した。


 けれど肝心のリズの顔は晴れず、キーファと目を合わせようともしない。


(――そうだよな)


 ザっと冷水を浴びせられたような気がした。セシルは他の男と結婚した。キーファが――ユージンがどれ程セシルの事を想っていても、セシルの想い人は自分ではないのだから。


「君は、俺には会いたくなかったかもしれないが」


 手放しで嬉しがった自分が情けなさ過ぎて、自嘲じちょうめいた口調になってしまった。


「そうだね。会いたくなかったよ」

「……だろうな」


 リズの返事に、さらに気持ちが地の底まで落ち込んだ。


 それでもキーファは思い直した。頑張った。

 自分は王太子だ。男だ。そして、おそらく自分の方がリズよりも年上だ。ここは自分が大人にならなければ――! と。


「前世の事は水に流そう。それがお互いのためにいいと思う」


 リズがはじかれたように顔を上げて呆然と見つめてくる。


 驚いているのだ、と思った。自分が裏切った相手であるキーファが許しているから。大人な態度を見せているから。

 自分はやり遂げた、という妙な達成感が体を駆け巡った。


「昔の話だしな。今は、俺はキーファで君はリズだ」


(これでいいんだ。もう今は前世のユージンとセシルではないのだから)


 途方もない寂しさと悔しさを必死に抑えて無理に笑ってさえ見せた。引きつった笑みだと自分で思ったけれど、でもものすごく頑張ったと思う。自分を褒めてやりたいくらいだ。


 しかし返ってきたリズの言葉、いや渾身こんしんの叫びは、キーファの予想のはるか斜め上をいくものだった。


「ふざけんな――っ!!」


(は?)


 頭の中が再び真っ白になった。まさに「ぽかん」だ。


 その後で、猛烈な怒りが襲ってきた。


「なぜ君が怒るんだ!?」


 一体何なんだ。なぜリズが叫ぶ? 感謝こそされても、断じて怒られる理由なんてないじゃないか。


「うるさい! 貴族の次は王族になって心底、腐ったようね!」


 リズの怒りはなぜか頂点に達しているようで、白い透きとおるような頬が怒りで真っ赤に染まっている。


 キーファは混乱した。何なんだ? なぜ俺は逆に怒りをぶつけられているんだ? こんな理不尽な事ってない。


 言い返そうとした時「殿下、どうされましたか!?」と側近や神官たちに止められた。

 王太子としての自分の立場を思い出して我に返ったものの、込み上げてくる感情は収まらない。怒りもだが何より悔しかった。前世の自分の想いを全て否定された気がして悔しくて悲しくて仕方ない。

 キーファは焦げ茶色の目に力を込めてリズをにらんだ。



(何なんだ、あのリズは? 本当に穏やかで大人しかったセシルの生まれ変わりなのか!?)


 自室に戻った当初は苛立ちしかなかったが、よくよく思い返してみると何かおかしい。前世の自分が体験した事とリズの反応が違い過ぎている。


(なぜだ?)


 考えて考えて、以前と同じ廊下の突きあたりにリズを呼び出した。待っている間は緊張しかなかった。まさにドキドキものだ。

 足音が聞こえて緊張の極致で振り向くと、ロイドという神官が一緒にいた。なぜだ。


 それでもリズを見ていれば前世のセシルの温かな声やぬくもり、二人で過ごした甘美な時間や柔らかい肌などを自然と思い出す。

 そして――リズと目が合ってしまった時には、このロイドという神官がいて本当に、心の底から良かったと思った。


(やっぱり神官というのは神の使いだったんだな。良い仕事だ!)


 普段は考えないようなアホな事を考えてしまったのは、きっと気恥ずかし過ぎて混乱していたからだろう。


「君の話というのは何だったかな?」


 わざとらしく咳払いなんてしながら話を変えるように聞くと、神官ロイドは昔キーファが地中に埋めたはずの古いびた指輪を出してきた。驚いた、なんてものじゃない。


(他の男と結婚したセシルを、もうユージンの事を何とも思っていないセシルを、ずっと忘れられなかった事がばれたら女々しいと思われてしまうんじゃないか)


 焦り、リズに見られないうちにと慌てて指輪をポケットにしまったが、遅かったようで。


「話したい事は何もありません」


 返ってきたリズの声は低く、ゾッとするほど冷たいものだった。そして逃げるように去って行った。


(ばれた……)


 未練がましい自分が知られてしまった。呆れられている、それどころか気味が悪いと思われているのでは――。

 ショックのあまり、キーファは凍り付いたようにその場を一歩も動けなかった。



 それから後、前世の自分たちがだまされ、互いに勘違いをしていた事を知る。


つぐなおう)


 率直にそう思った。

 もちろん悪いのはハワード家の執事たちだ。生まれ変わった今でも決して許せるものではない。


 けれどセシルを一人で死なせてしまった。

 一生をかけて償う。そして今度こそ必ずリズの力になる。前世のユージンの分も――。



 * * *


「――殿下。キーファ殿下」


 側近の声にハッと我に返った。王宮の回廊を歩いていたところだった。


「お疲れですね。少し休まれた方が良いのでは?」

「いや、大丈夫だ」


 王太子のキーファは様々な公務や執務にと忙しい。


 角を曲がると、宰相と話しているアイグナー公爵の姿があった。四十代半ばの公爵には色々と黒い噂が絶えない。

 側近が牽制するように一歩前に出るのを、キーファは目線で止めた。


「これはキーファ殿下」


 公爵が笑みを浮かべた。キーファも軽く会釈した時、カツンと乾いた音を立ててポケットにしまったはずの古い指輪が落ちた。

 いち早く拾った公爵が目を見張り、動揺したように固まった。


「……これは殿下の物ですか?」

「ええ、子供の頃の物です。どうかしましたか?」


 いつもの冷静さを失っている様子の公爵に、いぶかしげに問うと「いいえ、何でもありません」と少し震えた手で指輪を返された。公爵がそのまま「申し訳ありませんが、これで失礼します」と足早に去って行く。




 アイグナー公爵は落ち着きなく逃げるように王宮を出て、息を呑んだ。


「まさか……あり得ない。キーファ殿下はユージン様だというのか……!?」

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― 新着の感想 ―
何だ過去に因縁のある奴全員転生してるのか? 何か面白くなって来たな♪ 王太子がグズい奴じゃなくてよかったよ(^^;)
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