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11 前夜

 その夜、リズは神官ロイドに呼び出されて第二神殿のすぐ裏庭にいた。


「いよいよ明日の朝が一回目の聖女候補の選定日だね。リズの、あのでかい芽なら問題はないと思うけど。――誰かが芽をむしってしまおうとか考えない限りは」


 ロイドが小さく笑いながらリズをのぞきこんだ。


「こんな所にいて大丈夫なのか? 誰かに部屋に忍び込まれて芽を引っこ抜かれていたらどうする? 例えば、ずっと一緒にいたクレア・ハワードとか」


 リズは微笑んだ。


「クレアはそんな事しませんよ」

「何でわかるんだ? 勘か?」

「勘じゃありません。確信です」


 きっぱりと言い切るリズに、ロイドが「ふーん」と不満そうな声をもらす。「じゃあ、他の聖女候補が忍びこんでいたらどうする?」


 ちらりとロイドを見上げて、これまた「大丈夫ですよ」と答える。


「どうして言い切れる?」

「それは――」



 * * *


 リズの部屋にて、クレアはリズの聖なる芽に震える手を伸ばし――直前で手を止めた。

 そして少し寂しげな、けれどやわらかい笑みを浮かべた。

 悔しい気持ちはもちろんある。自分だけどうしてという強い怒りと悲しみも。


 けれどリズはクレアのために一生懸命、芽を出す方法を調べてくれた。クレアのために頑張る義理も義務もないのに、本当に一生懸命手伝ってくれた。

 大事な事はそれだ。嫉妬や苦しみや様々な感情で心が一杯になっても、奥底にあるそれこそが絶対に忘れてはいけないものだ。


 クレアは小さな丸い葉にそっと触れた。壊れものを扱うように丁寧な手つきで。


「元気に育ってね。リズの『聖なる芽』さん」


 優しい声が出た。そんな自分を良かったと思えた。

 クレアは部屋を出た。



 そしてクレアがリズの部屋から出るのを廊下のかげからじっと見つめる者がいた。聖女候補の一人で、リズやクレアと同じ平民の娘だ。

 娘は周りに誰もいない事を確かめて、リズの部屋に忍び込んだ。そして窓辺にある植木鉢の所までやって来ると、ためらうようにおずおずと手を伸ばした。


 娘もまだ芽が出ていないうちの一人だった。

 娘はもう発芽させる事はあきらめていた。貴族の子女たちや有名な魔術師の娘といった候補たちが次々と発芽させた事は悔しいけれど、心のどこかで納得してもいた。もともと平民の娘とは住む世界が違うのだから。


 でもリズは違う。同じ平民で、しかも家族もいない田舎者だ。何より魔力持ちではない。


 リズは自分より「下」じゃないか。娘はそう考えていた。格が「下」。見下げるべき相手なのに、誰よりも早く誰よりも大きな芽を出している。そんなの、おかしいに決まっている。


「これでリズも失格になる……」


 ゴクンとつばを飲み込むと、覚悟を決めたようにリズの芽を根元から引っこ抜いた。

 さらに青々とした葉をブチブチと力任せにちぎり、茎を真ん中で真っ二つにへし折って床に投げ捨てた。


「当然の報いよね」


 種は一人一粒のみだ。植え直す事は出来ない。選定日は明日の朝なのだから。リズは聖女候補としての資格を失った――。

 娘は声を殺して笑い、誰にも見つからないうちに急いで部屋を出ようとした。


 その時突然、床の上に投げ出されたボロボロのリズの芽が白く淡い光を放った。


「何!?」


 小さな悲鳴をあげる娘の目の前で、芽がみるみるうちに生気を取り戻していく。

 土も水もないのに、根がぴんと張り茎が力強さを取り戻す。色あざやかな葉が何枚も姿をあらわし、みずみずしさであふれかえる姿はまるで魔法のようだった。


「どうして……!」


 目を見開き、娘があえぐようにわめく。我を失ったように走っていって芽をつかむと、もう一度茎を折った。何度も何度も狂ったように折る。


 ところが娘をあざ笑うように、芽はまた白く光り出し、あっという間に折られた箇所が元通りになっていった。


「何なのよ、これ……」


 青ざめる娘の視界に、戸口に立つ人影が映る。娘を候補として連れてきた上級神官だ。上級神官は今まで見た事もないほど厳しい顔つきをしていた。


「残念だよ」


 立ちすくむ娘に、上級神官は冷たい声でそう告げた。


 

 * * *


 第二神殿の裏庭ではロイドがリズに話の続きを聞いていた。


「他の聖女候補が芽をむしろうとしても大丈夫だ、って何で言い切れるんだ?」

「試しに、前にむしってみたんですよ」


 ロイドが驚愕の表情になった。


「むしった? 自分で、自分の芽を!? 現聖女様から与えられた、聖なる種から生えた、聖なる芽だよ!? それをむしった!?」


リズは慌てて言った。


「根っこからじゃないですよ、さすがに。葉を数枚だけです。そうしたら、すぐに元通りに生えてきました。だから、まあそんな事されないのが一番ですけど、多少の事は大丈夫かな、と」


 ロイドは呆気に取られていたが、やがてこらえきれないといったように笑い出した。


「いいね。本当に、おもしろいよ。あ、もう一つ質問。鉢ごと盗まれたらどうするつもりだったんだ?」


「そのために上級神官たちが聖女候補たちの近くにいるんでしょう? あれってある意味、見張りですよね。神殿に連れてきたら役目は終わりのはずなのに、上級神官たちは皆この第二神殿にとどまっていますし。ロイドさんだって、ずっと私の近くにいるし」

「まあ、それは……」


 ロイドが珍しく言葉をにごし、急いで続けた。


「あの種は、聖女候補たち自身が持つ聖なる力によって芽を出すんだ。力が足りなければ芽は出ない。

 だから前に僕に聞きにきたけど、土や水やいわゆる何に植えるかは関係ないよ。まあ自分の持つ力に一番合う入れ物を見いだすのも大事な素質の一つではあるんだろうけど。あくまで候補自身の力によるものだ。だから他の者が、どうこうできる事は何もない」


(そうなんだ……)


 リズは唇を噛みしめた。それじゃあクレアのためにできる事はないのだ。最初から、なかったのか。

 クレアの優しい笑顔が浮かんだ。


(無力だな)


 なんて無力なんだろう――。

 途方もない悔しさを噛みしめてひたすら夜空を仰ぐリズに、壁にもたれ腕を組んだロイドが聞いてきた。


「何で、あのクレアって子にそこまで入れ込むんだ?」


 どうしてだろう。ユージンの子孫だからか。それとも、その事でユージンやキーファと重ねてしまった事への罪滅ぼしだろうか。


(違う)


「――きれいだって言ってくれたんですよ。私の髪と目の色を」


 黒髪黒目が当然の候補たちの中で、明らかに異端のリズを最初から受け入れてくれた。ほめてくれた。とても嬉しかったのだ。だから力になりたかった。


「そうか」とつぶやいたロイドも同じく夜空を見上げた。

 今夜はほとんど星がない。それが無性に悲しくて、真っ黒な空にリズは必死で輝く星を探した。



 空を見上げていた神官ロイドが「そういえば」と思い出したようにリズを見た。


「クレアといえば、あの指輪。あの土の中から掘り出した指輪、キーファ殿下が持って行ってしまったけど良かったのか? まあ元々キーファ殿下の物なんだけど。『勘』でリズにとっても大事なものだと思ったんだろう?」


 途端にリズは顔をしかめた。前世のユージンの結婚相手であるお嬢様がはめていた指輪に似たものだ。

苦い気持ちが胸の中いっぱいに広がった。傷はまだまだ深いのだ。


「いいんです。あんな金の指輪、私にとって大事なものなんて間違いでした」


 途端にロイドが眉を寄せた。


「金? リズの勘も外れる事があるんだな。確かに青い石がついた指輪だけど、リングの部分は金じゃない、銀色だ。古くてなかばびていたけど、確かに銀の指輪だったぞ」

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