【3】俺 BUY レトルト
『アンタ、スーパーに買い出しに行くんだろ。ほら、もうすぐタイムサービス始まるじゃないか。とっとと行きな。夕飯ぐらいは作──』
「誰のせいだ!」
ダンボールだらけの部屋でケータイに向かって怒鳴る俺。
『あたしが一体何したってのさ!』
「喋らなかった!」
『何言ってんだよ。こうして喋ってるじゃないか』
「ケータイショップでだよ!」
ケータイに向かって叫んだ後、枕に顔をうずめた。昼間のことが頭の中で回想される……
ケータイショップの店長さんに店の奥の部屋に連れてかれて……
ありのままにケータイのことを話して……
店長さんが確かめるっていうからケータイの電源入れて渡して……
んで、店長さんがケータイに話しかけて……
ケータイはうんともすんともしなくて……
俺は追い出された。
そして家に帰るなりケータイからまたおばちゃんの声と笑い声が部屋に響いたんだ。
『アンタ、絶対あの店のブラックリストに載ったね』
何で店長さんの前で喋んないんだよ!
「ケータイならケータイらしく黙ってろ!」
『はあ!?何だいアンタのその口の聞き方は!?』
「アンタ、アンタって呼ぶな!俺には伊藤健二って名前があるんだ!」
『そうかい、そうかい。名前で呼んで欲しかったんなら最初からそう言いな。あたしの名前かい?あたしは田中藤子ってんだよ』
「名前なんか聞いてねーよ……って名前あるのかよ!?」
『失礼なこと言うんじゃないよ、当たり前だろ』
当たり前じゃねーよ!ケータイが喋ってる時点でおかしいよ!なのに名前(しかも普通な)があるし!
「えっと、田中……さんは……」
『何だよ、男ならはっきり言いな』
「田中さんは一体何者?」
『携帯電話だろ』
「そうだけど、そうじゃなくて」
『……まぁ、一種のお化けとも言えるかもな』
お化け……ケータイに取り憑いてるってことか?
急に田中さんのテンションが下がって重たい空気が部屋に流れてる。
『あたしのことが怖くなったかい?』
怖い?初めドロボーだと思った時は怖かったな〜。
ケータイだって気づかなくてお化けって騒いだ時も怖かった。
だけどこうして会話して、当人(?)からお化けだって申告されてみると……
「いや、別に」
『そうか……ところで、そろそろ充電してくれ』
田中さんに言われてケータイを開いて電池サインを確認。後一個だ。
そういえば、昨日ケータイショップから持ってきてから充電してなかった。
コンセントに充電器を繋げて、台座にケータイをセットする。
『あー、生き返る。あたしはアンタに呪いをかけたり、生気を奪ったりやしないから安心しな。ただこうして充電は切らさないようにしてくれよ』
「充電切れたらどうなるんだ?」
『さぁね』
「……俺スーパー行ってくる」
『あたしが一緒に付いてかなくて大丈夫かい?』
「一人でスーパーぐらい行ける!」
バタンとドアを閉めて鍵をかけてチャリで近所のスーパーに向かった。
一人で行けるに決まってるだろーが!ケータイが一緒だろうと何が違うんだってーの!
「ただいま」
『よう、帰ったか』
……って、何俺当たり前のようにただいまって言っちゃったんだよ。
田中さんもフツーに答えてるし。
『あら、アンタ何買ってきてんのさ。スーパー行ってレトルトやら冷凍食品ばっか買ったんかい!?』
「悪いかよ。俺にできる料理はこんなもんなんだよ」
『カッコ悪いことで自慢するんじゃないよ。明日はあたしも一緒にスーパー行くからな』
「た、田中さんが一緒だろうとなかろうと同じだろ?」
『つべこべ言うんじゃないよ。あたしが買い物の仕方から料理まで教えてやるよ!』
ケータイに買い物から料理まで教わるって……
まるで小姑が嫁を教育するみたいなもんじゃないか。
『おっ、アンタのシャツのボタン取れかかってるじゃん』
確かに三番目のボタンが取れそうだ。ん?まさか……
『ボタンの付け方も教えてやりよ』
やっぱり。
それよりもずっと気になってたことが一つ。
「どっから見てんだ?」
『あたしには何でも見えんだよ。おっ、充電も終わったみたいだ。外しとくれ』
ケータイに指図されながらも素直に従ってしまう俺。
この後、ダンボールの中から裁縫道具を探し出して、田中さんの指導の下ボタンを付けたのは言うまでもない。