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【1】俺 VS ドロボー?


 初めてケータイを買ってもらったのは、高校受験が終わった中三の春休みだった。


 二代目のケータイは、高校を卒業して東京で一人暮らしを始める前日に買った。

 つまり昨日である。


 なのに……


 今俺の足元には、粉々になった“それ”がある。







『……きな……』


 ぅん……?


『……なさい』


 んだよ……


『起きろーっ!!』


「んぁ……まだ眠いんだよ……」


 母ちゃんの声を遮るように布団の奥に潜った。


 まだ大学は始まんねーだから昼まで寝かせてくれよ。

 だいたいよ、もうすぐ大学生なんだから母ちゃんに起こされなくても自分で起きれるっつーの。

 自分のことぐらい自分でできるっつーの。

 言われなくてもやるっつーの。


『……きろ!』


 まだ怒鳴ってやがるぜ。

 これからは東京で一人暮らしして自立す──


 布団からそっと顔半分を出した。


『早よ起きんかい!』


 ?????


 母ちゃん、関西人だったっけ?

 声もこんなにしゃがれてたか?母ちゃん声変わりしたのか?


『何度も何度も言わすな、ボケっ!早よ起きろや言うとんねん!!』


 というよりも、ここに母ちゃんがいるわけねーよ!

 だって俺、昨日から一人暮らし始めたんだから!


 布団をがばっと押しのけ、ベッドの上に立った。


「だだだ、誰だ!」


 震えててしかも裏返った俺の叫び──ちょい恥ずかしいが、それどころではない。

 まさか引っ越し早々ドロボーに入られるなんて!


 こここ、こえーよっ……


『なんだい、なんだいその声は。ったく、これだから最近の若いもんは。いい年こいて何怖がってんのさ』


 一体どこにいるんだ!?声は近くから聞こえるのに姿が全くないぞ。

 クローゼットの中か?まだ服入れてないから隠れるには持って来いの場所のはずだ。


 息を呑んで、そっとベッドから降りた。

 何か武器になるものはないか?おっ、布団たたきがある。


「おいっ……いいい、いるのは分かってんだぞ!」


 再び裏返ってしまった──は置いといて。

 布団たたきを構えたもののクローゼットからは誰も出て来ない。

 俺が開けて、中の奴が出ようとしたところでこの布団たたきで──


「…………」


 布団たたきって頼りねー!それに中の奴に飛びかかってこられたら俺が危ねー!もし武器持ってたら一巻の終わりだ。


「あの……」


 命は大切にしよう!ケガもしたくないし、させたくない。そうさ、俺は平和主義者だ!

 平和な解決策は暴力じゃなくて、話し合いだ。


「俺、今からトイレにこもるんで、その間に逃げて下さい」


 そう、これこそ平和的解決だ。

 俺がトイレにいる間にドロボーが出ていけば、俺に顔とか見られる心配もないし、楽に逃げられる。俺が逃げるんじゃなくて、ドロボーを逃がしてやるのさ。

 お互いケガもしないし、騒ぎも起こさずに済む。


「警察にも電話しないんで、安心して逃げて下さい。お互い何もなかったらことにしましょう」


 ドロボーからの返事はないが、構わずトイレへの歩を進める。


「あっ、なので何も盗らないでくれます?」


 トイレの扉を閉める前にこれだけは言わなきゃと思った。 だって何か盗られたら俺だけ損だし。


『……ほか』


「えっ、何ですか?俺もうトイレにいるんで出ちゃっても大丈夫ですよ」


『アホか〜っ!!』


「ぎゃーっ!ごめんなさい!」


 叫んだのと同時に俺は何故か土下座をしたまま固まっている。


 どこからともなく聞こえたドロボーさんの怒鳴り声。それはしばらくして呆れているようなため息に変わった。


『アンタそれでも男かい?こんなんじゃ先が思いやられるよ。悪いことは言わないから、とっとと実家に帰んな。アンタに一人暮らしは向いてないよ』


 ……何か俺、見ず知らずのドロボーさんに心配されてる?


『あーあ、土下座なんかして情けないね』


 何か悲しくなってきた。

 親元を離れて自由気ままにキャンパスライフを楽しもうと思ってたのに……引っ越し時にケータイが壊れ、一人暮らし最初の朝にドロボーに入られ、挙げ句の果てにそのドロボーに土下座して、お説教されて、呆れられて……


 きっと今ドロボーのおばさんは俺の前に腕を組んで仁王立ちして、俺のことを見下ろしてるんだろうな……


 おばさんドロボーに見下されて土下座している新大学生か……笑えるな。


『だいたいさっきからあんた何を言ってんだい。逃げて下さいだとか警察は呼ばないとかさ』


 え?それはドロボーさんのことを思ってのことだったんすけど……


 そう言えば正面に人の気配を感じない。確かに声はするけど……


 恐る恐る頭を上げてみると──誰もいない。


「あれ?」


『何があれ?なんさ。人の話ちゃんと聞いてんのかい?』


 何故?声はするのに?


「……あの、ドロボーさん、どこにいらっしゃるのですか?」


『はあ?アンタどこに目付けてんのさ。ずっーとここにいるじゃないか』


 こっちが“はあ?”だ。ここってどこだよ。見えないから聞いたんじゃないかよ──見えないから……


「ひぃっおおおおば、おば、おば──」


『誰がおばちゃんやねん!』


「お化けーっ!!」


 何てことだ……

 初日からドロボーに入られたって思ってたら、まさかお化けだったなんて……

 訳あり物件だなんて聞いてないぞ!

 あ、もしかして俺取り憑かれたんじゃ……

 どうすればいいんだ?引っ越しか?御祓いか?

 でも今すぐできることつったら──


「南無阿弥陀ぶ──」


『はあ?いきなり叫んだと思えば今度はお経だ?アンタ病院行った方がいいんじゃないか?』


 俺の視界が声の主を捉えた。


「…………」


『おいおい、聞いてっか?──何じっと見てきてんのさ。アタシの顔に何か付いてんのかい?』


「…………」


『黙ってないで何か言いな!』


 ……有り得ない。


「ウソだ。きっとこれは夢だ。そう、これは悪夢なんだ」


『まーた訳分かんないこと言い出すな』


「訳分かんないのはお前の方だ!」


 俺はビシッと指差した。


『あんた人に指差したらあかんやろが!』


「人じゃないだろ!!」


 夢だと分かれば怖いものなしだ!


「お前はただの──ケータイだ!」




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