第4夜⑵
「マ、マイカ……!」
「お、お前去年死んだはずじゃ……!」
マイカを探しに来たとはいえ、死んだはずの人間が目の前にいるということは、やはり皆にとって信じられないことだった。
「そうだよ。去年の今日、私は帰りの電車に飛び込んだ」
「どうしてこんなことしたんだよ?」
「許せなかった」
「何をだよ」
「……」
「黙っていたらわからないよ」
レオがそう言うと、マイカはゆっくり私の方へ歩いてきた。
「ルナちゃんが、私のこと忘れちゃうから……!」
私に向かって、マイカは叫んだ。
「そんな、私はマイカのことを忘れてなんか……」
「嘘だ!高校生になるまで、あんなに仲良くしてくれたのに!高校生になって新しい友達ができて、私なんてないがしろにされて……!挙げ句の果てに、私が死んでも、まるで何もなかったかのように楽しそうにしてるじゃない!どうして私のこと忘れちゃうの⁉︎どうしてどうしてどうして」
「ちょっとマイカ、落ち着け」
「そうだよマイカ」
キョウカとレオがなだめている。
でも私は、マイカに全く反論できなかった。
走馬灯のように、マイカとの記憶が蘇る。
小学校1年生のある日、私たちは放課後公園で遊んでいた。
「ルナちゃん、ブランコで遊ぼうよ」
「いいよ!」
「やったー!」
マイカは私と遊んでいる時、とびきりの笑顔を見せてくれた。
ブランコを漕いでいると、
「ルナちゃんは、好きな人いる?」
突然そんなことを聞かれた。
「……内緒!」
その時は、そう答えておいた。
「そっか……残念」
マイカはひどく悲しそうな顔をした。
「あたしはルナちゃんのことが好きだよ?ルナちゃんはあたしのこと、嫌い?」
「す、好きだよ!」
ほとんど反射的に答えていた。
「ほんとに?嬉しいな」
「う、うん!マイカのこと、大好き!」
「あたしのママね、あたしのこと大嫌いなの。あたしはママのこと大好きなのにね、いつもあたしのこと叩くの。だからルナちゃんもあたしのこと嫌いだったら、どうしようと思ったの」
「え……だ、大丈夫だよ!私はずっとマイカと友達だもん!」
マイカは、小さい頃から可哀想なほどに痩せていた。
着ている服もいつも同じだった。
顔には傷もあった。
母親からの虐待を受けていたことは、明らかだった。
だけど私は、おさな心にそれについては触れないようにしていた。
小学校5年生の頃には、こんなこともあった。
昼休みに外で友達と鬼ごっこをしていた時、校舎の裏から何人かの女子の声が聞こえた。
誰かを罵っているような声だった。私は気になって、声のする方へ向かった。
「ねえ、気持ち悪いからそこどいてくれない?」
「あんた見てるだけで吐き気がする」
マイカと同じクラスの女子3人が、マイカを囲んでいた。
「あ、あの……」
「うわっ、ゴミが喋った」
「やだー」
マイカが口を開くなり、罵倒の嵐だった。
ついにそのうちの1人の子が、マイカの髪を引っ張り出した。
「ゴミはゴミ箱に行きなよ」
「あははは」
マイカは、唇を噛んで必死に耐えていた。涙も流していない。
止めに行かなきゃ……!
そう思った。
「あんたたち何やってるの!そんなことして何が楽しいの?」
「うわ、ゴミの味方が来たー」
「良かったね、ゴミにも友達がいて」
3人組は笑いながら去っていった。
「ルナちゃん、助けに来てくれたんだ!」
マイカは3人組が去ったのを確認するとすぐに、私に抱きついてきた。
「ケガはない?」
「ううん、ルナちゃんが助けに来てくれたから大丈夫!」
マイカはとても嬉しそうだ。
「今度あんなことされたら、すぐに私を呼ぶんだよ。いつでも助けに行くから」
母親からの虐待のおかげで、気も弱く、みすぼらしい姿をしたマイカは、小学生の頃はよくいじめの標的となった。
そんなマイカを守るのは、自分の義務のような気がしていて、私は少しヒーローぶっていた。
そしてなんとなく、マイカに対して優越感を覚えていた。
それからも私たちは、中学でも一緒にいた。高校も一緒に、ここ、美浜学園に入学した。
そして、高校の入学式のことだった。
桜の道を通り抜けた先の昇降口へ向かう。すると、マイカが近づいてきた。
「ルナちゃん、私たち、同じクラスだよ!」
昇降口前に貼られているクラス名簿を見た。
____1年S組
安住泰斗 アズミタイト
志賀啓介 シガケイスケ
成松懸流 ナリマツカケル
降矢礼央 フルヤレオ
桝井彰 マスイショウ
守田隆盛 モリタリュウセイ
生駒柚枝 イコマユヅキ
咲本鏡花 サキモトキョウカ
築島里美 ツキシマサトミ
夏目千鶴 ナツメチヅル
音室未遊 ネムロミユ
逸見月咲 ヘンミルナ
綿位舞歌 ワタイマイカ
以上13名____
「あ、本当だ。1年S組だね!」
「高校生になっても、ルナちゃんと一緒にいられるなんて、嬉しいな。頑張って勉強してよかった!」
「うん、そうだね」
少し嫌な、疎ましい気分がした。
「ルナちゃんは、ずっと私と一緒にいてくれるよね……?」
「うん、もちろん!」
この時、私はマイカに対する嫌悪感を覚えた。
その後教室に着くと、前の席に座っている女の子が話しかけてきた。
「私、ミユ!今日からよろしくね!」
なんだこの子、すごくキラキラしてて可愛いと思った。それがミユだ。
「うん、私のことはルナって呼んでね!よろしく!」
こんなに素敵な子がクラスにいるなんて、薔薇色の高校生活が送れそうだ。
そう思った時だった。
後ろから、冷たい視線を感じた。マイカだ。しかし私は振り向かなかった。
それから私は、マイカとは少しずつ距離を置くようになった。
ミユといる方が、楽しかったから。
そしてあの日、マイカが自殺した。
____なぜだろう、高校にあがってからはいじめられていたわけでもない。
成績も優秀だった。現にマイカは、カケルと常に学年トップを争っていた。
自殺する要因など見つからない。まさか本当にハロウィンのせいで死んだのか。
……そういえば、小さい頃から母親に虐待を受けていたっけ。そうだ、それが原因でマイカは自殺したんだ。
私はそう思うことにした。葬儀にこそ行ったものの、それ以来、マイカのことを思い出すことはなかった。
というより、思い出さないようにしていた。
でもそれは、心のどこかで気づいていたからだ。
マイカは、高校に入ってからずっと、寂しそうにしていたことを。
母親からも愛されず、友達もあまりできずにいたマイカにとっては、私がいなければ、何も残らないのだということを。
それでそのまま、自ら死を選んでしまったことを。




