キョウカサイド
私がユヅキからの手紙を読み上げているのを、レオが遮った。
「待て、今”マイカ”って言ったよな?」
「うん」
「”マイカと同じ思い”ってどういうこと?」
「そ、それは……」
しまった、と思った時にはもう遅かった。ルナが視線を逸らした。
S組には、1年生の時マイカという女の子がいた。
マイカは痩せていて、クラスでもあまり喋らない子だった。
そんなマイカが、1学期のある日ユヅキと私に話しかけてきた。
「ねえ、キョウカちゃん、ユヅキちゃん」
あまり聞くことのないマイカの声に少し驚いた。
「2人はいつも一緒にいるんだね」
「うん、小さいころから一緒だけど」
そうだ。ユヅキと私は小さいころからずっと一緒にいる。でもそれがどうしたのか。
「そっかぁ……私もね、小さいころからずっとルナちゃんと一緒にいるの」
「え、そうなの?」
ルナがマイカと幼馴染みなんて、初耳だった。第一、マイカはいつもミユと一緒にいた。
「ルナちゃんは、私がママや他の女の子に虐められたとき、いつでも私のことを助けてくれた。私はルナちゃんのこと大好きなの。でもね、最近は私とはあまり話してくれないの。ずっとミユちゃんと一緒にいるから。寂しいな……なんてね」
「そうなんだ……」
マイカは悲しそうな顔をしていた。
その時は全く共感できなかったけれど、ユヅキが私を捨てて、ショウの後を追って死んだ今、その時のマイカの気持ちは痛いほどよくわかる。
自分にとって大切な幼馴染みが、誰かにとられてしまった時の悲しみ。ショウなんかより、私の方がユヅキのことはよく分かっているのに。
そして、あのハロウィンの日がやってきた。
S組で人狼ゲームをした。
その帰り、私はいつも通りユヅキと一緒に自転車で帰っていた。
でも、せっかくのハロウィンだし、駅の近くでお菓子でも買って行こうと言うことになった。
それで、買い物を済ませていざ帰ろうとすると、駅の前に救急車と消防車、警察車両が来ていて大騒ぎになっていた。
「どうしたんだろう?」
野次馬に紛れていると、警官が近寄ってきた。
「美浜学園の生徒さんですか?」
「そうですけれど……どうかしましたか?」
「とりあえずこちらへ」
警官に連れられて、野次馬の外に出た。
「先ほど、こちらの駅で飛び込みが発生したんだけど、それで、線路に飛び降りた少女のものとみられるカバンがホームに残ってたんだよね。で、カバンからは美浜高校の生徒の学生証が出てきたんだよね。でももう学校に連絡しても誰もいないからさ、この子の親の連絡先も分からない。君たちこの子のことは知ってる?」
学生証を見て、私たちは驚いた。
証明写真には、いつも見ているマイカの顔があったからだ。
「知ってます……同じクラスの子です」
「親御さんの連絡先はわかる?」
「それは分かりません」
「わかった、ありがとう。じゃあ最後にもう一ついいかな?」
「はい」
「この子が学校でいじめられていたとか、そういうことってあった?カバンの中に遺書のようなメモが残っていて……」
マイカにいじめ?それは無かった。S組に誰かをいじめるような人なんていない。
「そのメモにはなんて書いてあったんですか?」
「『大切な人が、私を一生忘れられなくなりますように』って。ただそれだけが書かれていた。この子の”大切な人”って誰だろう?」
「うーん、マイカの大切な人ね……特に彼氏がいたとかって話も聞かないし。キョウカ、なんか心当たりある?」
「私にもわからないや」
「そうか、協力ありがとう」
そう言うと、警官は去っていった。
「とりあえず帰ろうか。私たちがいても邪魔になっちゃうだろうし」
「もう夜遅いしね」
私たちはとりあえず家に帰ることにした。
マイカが自殺した衝撃は、大きかった。
「マイカ……どうして自殺なんかしたんだろう」
「なんか悩んでることとかあったのかな?」
「うーん、成績も優秀だったし、いじめられているわけでもなかったし」
しばらく沈黙が続いた後、ユヅキが口を開いた。
「あのさ、そういえばちょっと前、マイカが”ルナが最近話してくれなくて寂しい”って言ってたよね?」
「たしかに」
「マイカの”大切な人”って、もしかして……ルナなんじゃないの?」
「『大切な人が、私を一生忘れられなくなりますように』ってメモの?」
「そう。ルナに忘れられちゃったと思ってたのかな?」
「でも、そんなことで自殺する?」
「私たちには大したことないように見えるかもしれないけど、マイカにとっては重大なことなのかもしれない」
「そっか……でもこのメモのこと、ルナには言わない方がいいよね」
「なんとなくそんな気がする。ルナが自分のことを責めちゃうかもしれない」
「マイカには可哀想だけど、黙っておこうか」
私たちはそれから、マイカの遺したメモについては誰にも言わなかった。
最初はちょっと罪悪感のようなものもあったが、数週間経った頃には、マイカについての話を聞くことも全くなくなった。
そしてそのままマイカは__……
まるでいなかったかのように、忘れ去られた。




