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人工知能は傷つかない

作者: 桃園沙里

< 01 >


 20XX年12月、東京のマンションでは健太が、正月を祖父母の家で過ごす支度をしていた。健太は小学3年生である。毎年夏休みと冬休みは父親の実家に帰省するのが習慣だ。

 健太は自分用のリュックサックに着替えを詰めながら、母親に言った。

「ねえ、本当にじいちゃんち行かなきゃだめ?」

「何言ってるの、毎年お正月はじいちゃんちに行くことになってるじゃないの」

「この前行ったばかりじゃん」

「この前って夏休みじゃない」

「だって、じいちゃんち、つまんないんだもん」

「そんなこと言わないの」

 横でテレビを見ていた父親が言う。

「それがね、健太。じいちゃん、ロボット買ったらしいよ」

「ええ?ロボット?」

「健太が来た時に遊び相手になれるように、この前買ったんだって」

「ロボット、喋る?何ができるの」

「それはじいちゃんの家に行ってみないとわからないなあ」

 父親はちょっと意地悪く言った。

「ふうん、だったらちょっとだけロボット見に行ってもいいよ」


< 02 >


 12月30日、健太と両親は、車で山梨に住む祖父母の家へ向かった。

 健太のじいちゃんとばあちゃんは二人とも来年八十歳になる。

 午後、庭の駐車場に入る車の音を聞きつけて、二人が玄関まで迎えに出てきた。じいちゃんは背筋もピンとしているが、ばあちゃんは膝が悪く歩くのが億劫な様子だ。

「ただいま、元気?」

 健太の父親が声をかける。

「よく来たね。健太、元気だったか」

「ロボットどこ、どこ」

 健太は挨拶もせずにスニーカーを脱ぐ。

「健太!こんにちは、は!」

 母親が叱ると、健太は

「じいちゃん、ばあちゃん、こんにちは」と軽く頭を下げた。

「はい、こんにちは」

 祖父母は笑って言った。

 健太が居間へ入ると、テレビの横に、健太の身長より少し小さいロボットが立っていた。

 それは人型の二足歩行ロボットだった。人間よりも大きめの丸い頭部に太い筒状の手足、デフォルメされたその形状は、マンガやアニメに出てくるような姿だ。

 ロボットは部屋へ入ってきた健太を見た。

 大きな丸い目とボタンのような鼻、笑っている口元、と単純な顔の作りだが、どこか親しみを感じさせた。頭にはヘルメットを被っているようなデザインになっている。

「健太君だね。はじめまして」

 ロボットから少年のような声がした。

「喋った。すげー、すげー」

「健太も挨拶してごらん」

 居間に入ってきたじいちゃんが健太の背を押す。

「はじめまして。僕、健太です。えーと……、名前は何」

「名前はないんだ」

 横からじいちゃんが説明する。

「健太に名前つけてもらおうと思ってな、まだつけてないんだ」

「ホント?じゃあ、……健太2号。健太2号にする」

「ちょっと、何それ」

 いつの間にか傍らにいた母親があきれて言った。

「同じ名前じゃわかりにくいわよ」

「好きにつけていいって言ったじゃん。今日からお前は健太2号だ」

「わかった。僕は健太2号」

「よろしくね、健太2号」

「よろしく、健太君」

 ロボットの目に、ほんのり緑色の光が灯った。

「健太2号、何ができる、サッカーできる?」

「少しだけできるけど下手だよ」

「野球は」

「野球はできないんだ」

「じゃあ何ができるの」

「運動は苦手なんだ。その代わり勉強が得意だよ」

「僕と反対だ。僕はね、勉強は嫌いだけど運動は得意なんだ」

「どうして勉強は嫌いなの?」

「だってめんどくさいじゃん。勉強得意だったら、代わりに宿題やってよ」

「それはだめ。健太2号、健太を甘やかしちゃダメよ」

「了解、健太ママさん」

 その後健太は、健太2号の機能をいろいろ見せてもらいながら遊んだ。

 健太2号は自分で言う通り、運動は苦手だった。歩行はできるがとてもゆっくりだし、複雑な動きはできない。じいちゃんによると、対話型ロボットだから、運動より会話が得意なのそうだ。

 健太2号は写真を撮ることもでき、腹部のドアを開くとモニターが現れ、画像を映し出すこともできた。

 健太は、夜になって寝る時間が来ても、まだ遊びたがっていた。

「健太2号と一緒に寝たい」

「一緒は無理だよ。僕、夜は充電しなくちゃならないんだ。また明日遊ぼう」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


< 03 >


 健太が寝入った後、居間で大人たちがお茶を飲んでいる。

「健太、気に入ったようだな」

 じいちゃんは満足しているようだった。

「高かっただろ。健太のために」

「ちょっとだけな。でも、こっちもいろいろ脳トレになっていいよ」

「そうそう、じいちゃん、一生懸命いろんなこと教えてたもんね」

「まずアルバム見せて、家族全員を覚えさせて、健太の好きなこととか教えるのに忙しかったよ」

「それが終わると、一緒に将棋指したりしてね」

「強いんだ、これが。でも、五回に一回は俺が勝つんだぞ」

「わざと負けてくれたのよ。じいちゃん負けるとショボーンとしちゃうから」

「ロボットがわざと負けるなんてないだろ、ははは」


< 04 >


 そうして賑やかな正月が過ぎ、健太が東京へ帰る日がやってきた。

「ねえ、本当に健太2号、東京に連れて帰っちゃだめ?」

「だめよ。健太2号のお家はここなんだから。会いたかったらまた来ればいいじゃない」

「じゃあ今度の土曜日に来るよ」

「それは無理だって。春休みに連れてきてやるよ」

「またね。健太2号」

「ばいばい、健太君」


< 05 >


 健太たちがいなくなった部屋に、じいちゃんとばあちゃんの静かな時間が訪れた。

「よかったな、健太もすっかり気に入ってくれたな」

 じいちゃんは健太2号の頭を撫でた。

「僕も健太君と友達になれてうれしかったよ」

「健ちゃん、本当に春休みに来るかしらね」

 電話が鳴った。

「あら、もう東京に着いたのかしら」

「こちら、警察署ですが」


< 06 >


 高速道路の事故に巻き込まれた健太たちの車は、見るも無惨な姿となっていた。

 健太とその両親は、搬送された病院で、じいちゃんが駆けつける前に息を引き取った。

「みんな一緒か……。それなら寂しくなくていいか……」

 じいちゃんはうつろな顔で呟いた。


< 07 >


 葬儀はじいちゃんの地元の葬祭場で行った。

 じいちゃんは家族葬にしようと思ったが、息子の会社の関係で、それなりの葬儀をしたほうがいいと考え直した。

 じいちゃんとばあちゃんには、健太の父親以外には子供がいなかったので、じいちゃんの甥と姪、ばあちゃんの親戚が手伝いにきた。

 火葬場では、いざ火葬する時になってばあちゃんが棺にすがりついて泣いた。

「焼かないで、やめて、焼かないで……」

 その姿に、その場にいた皆は涙した。


< 08 >


 葬儀が終わり遺骨を持って帰ったじいちゃんとばあちゃんを健太2号が迎えた。

「じいちゃん、ばあちゃん、お帰りなさい」

「ああ」

 じいちゃんとばあちゃんは客間の床の間に遺骨を三つ並べて置いた。

「まさか俺より先に逝っちまうとはな」

 疲れきった様子のじいちゃんは、居間のソファに肩をがっくり落として座った。

「じいちゃん、逝っちまうって何」

「死んじまったってことだよ。健太も、みんな」

「死んだ、という概念が、僕、あまりよくわからない」

「もう二度と会えないってことだよ」

 じいちゃんは少し声を荒らげた。

「人間はみんないつか死ぬんだ。お前らロボットにはわからないんだよ」

「教えてくれればわかるよ」

「うるさい」

 じいちゃんは怒鳴った。

「こんな物、もう必要ないんだ、健太がいないんじゃ必要ないんだよ」

 じいちゃんは健太2号を蹴飛ばした。

「いたたた」

「やめて、健太に何をするの。何も悪いことしてないのに」

 ばあちゃんが健太2号をかばうように腕を広げた。

「僕は大丈夫だよ、ばあちゃん」

「……すまん。八つ当たりだ」

「八つ当たり。わかった。じいちゃん」

「かわいそうに、健ちゃん。お父さんとお母さんをいっぺんに亡くして……。これからはね、ばあちゃんがお母さんの代わりになってあげるからね」

 ばあちゃんは健太2号の身体をさすりながら、涙ながらに言った。

 じいちゃんは、ばあちゃんの顔を見た。

 ばあちゃんは、孫の健太を見るような優しい顔をしていた。

「ばあちゃん……」


< 09 >


 それから半年余りが過ぎ、夏休みになったが、今年はじいちゃんばあちゃんの家に健太は来ない。

 居間のローチェストの上に、健太親子三人の写真と花、それに線香立てが置いてある。写真の中では息子、嫁、そして孫の健太が笑っている。これは今年の正月に近所の神社に皆で初詣に行った時の写真だ。あの時、この写真をこのような形で使うことがあるとは、誰も夢にも思わなかった。

「今年の夏は寂しいなあ……。いや、今年だけじゃないか。これからずっと」

 じいちゃんは写真に向かってつぶやいた。

 庭から車の音が聞こえた。

 じいちゃんは一瞬、毎年のように健太たちがやってきたと胸が躍った。しかしすぐに、そんなことはないことに気付いた。姪の和香子だ。今日訪ねてくると連絡があった。

「こんにちは〜、叔父さん、叔母さん」

 和香子は、じいちゃんの兄の娘で、今は東京で一人で住んでいる。和香子の父親は既に鬼籍に入っており、認知症になった母親は和香子の兄一家と暮らしている。

「新盆だから、うちの兄も来たかったんだけど、母の具合があまりよくなくて、すみません」

「いや、無理しなくていいよ。新盆ったって俺んとこは無宗教だからお坊さんも来ないし。和香子たちにもすっかりお世話になっちゃってすまなかったね」

「そんなの気にしないで。大変なときはお互い様よ」

「義姉さん、どんな感じだい」

「相変らずだわね。まあ、今のところ身体だけはどこも悪くないから、何とかいいけど」

「そうか。お前さんがたも身体大事にしなよ」

「叔母さんはどう」

 話しながら和香子とじいちゃんは居間へ入った。

 居間のソファにばあちゃんが座っている。

「ショックで一気に悪くなっちゃってね、毎日ああしてテレビ見てるだけだよ」

「こんにちは、叔母さん」

「ばあちゃん、兄さんとこの和香子が来てくれたよ」

 ばあちゃんは、他人行儀の微笑みを浮かべ、のんびりした口調で言った。

「いらっしゃい。何もお構いできませんがゆっくりしてって下さいね」

「叔母さん、和香子よ、わかる?」

 ばあちゃんは和香子の声が聞こえないのか、ソファの横に立っている健太2号を見て言った。

「健ちゃん、ご挨拶なさい」

「こんにちは、和香子おばちゃん」

「こんにちは。これが例のロボットね」

「ああ。いつもばあちゃんの話し相手になってくれてるんだ」

「時々じいちゃんと将棋するの」

「あら、すごいわ」

「今は何にも楽しみがなくなっちゃったからね。こいつと将棋指すのが唯一の楽しみさ」

「僕も楽しいよ。じいちゃん、けっこう強いんだ」

「まあ、言うじゃない」

「ははは。面白いだろ、こいつ」

「健ちゃんもそろそろ学校に行かなくちゃね」

 ばあちゃんが言った。

「僕は今、夏休みだよ」

「ああ、そう夏休みだったわね」

 和香子が困惑した目でじいちゃんを見ると、じいちゃんは言った。

「ばあちゃんはどういう訳かこいつが健太だと思い込んでるんだよ。こいつには、ばあちゃんが死ぬまでは健太のフリをしてくれって言ってある」

「フリをする、ってわかるの?そんなこと」

「ああ、それがわかるんだ。演技するってことだね、って言うんだよ」

「すごい、そんなことまで」

「ばあちゃんがおかしなこと言っても、ちゃんと相手してくれるんだ」

「よく出来たロボットね。でも、おじさん、ご飯とかどうしてるの」

「俺がやってるよ。その辺で弁当買ってきたり、簡単な物なら作れるからな」

「こっちに来て近くに住んだら?」

「そんな迷惑はかけられんよ。お前たちだって大変なんだから」

「でも」

「それでも、こいつがいるおかげでずいぶん助かってるんだ。俺が出かけてる間ばあちゃんのこと見ててくれるし、頭良いんだぞ、何かあったら俺の携帯に電話することだってできるんだ」

「まあ、頼りになるわね。健太君、叔父さんと叔母さんのこと、よろしく頼むわね」

「うん、僕、しっかり見てるよ」

「で、おじさん、これが例の書類ね」

「うん、すまないね。本当ならこっちから出向いていかなくちゃなんないのに」

「大したことじゃないわよ。私たちだって生まれた時から叔父さんたちにお世話になってるんだし」


< 10 >


 その後、じいちゃんと和香子は、和香子の車で健太たちの墓へ行った。

「じゃあ、ちょっと和香子とお墓に行ってくるから、健太、頼んだよ」

「オッケー」

「ほんと、人間みたい」

 健太たちの墓は、じいちゃんの家から車で10分ほどの墓苑の中の、低木の根元にあった。今後のことを考えて、じいちゃんが、墓を作らず他の人たちと合葬する「樹木葬」にしたのだ。

 広い墓苑の敷地が通路でいくつかの区画に仕切られ、墓石がある区域と、低木が植えられている樹木葬の区域がある。樹木葬の区域では、通常の墓参りは通路以外の場所に足を踏み入れてはならない。

「日当りがよくていい所ね」

「俺たちが死んだら、ここに一緒に埋めてくれよ。お前たちに面倒かけることになるけど」

「お花とか植えてもいいの?」

「いろいろ制限があってね、勝手にできないんだ。でも、いいんだ。こんな木の下でみんなで仲良く土に帰る、それでいいかなと」

 二人の横を、夏草の匂いのする風が吹き抜けた。


< 11 >


 冬が来ると、じいちゃんとばあちゃんは、真新しいグループホーム施設の部屋に入居した。


 じいちゃんたちは、自宅を売却して、和香子の兄を後見人として財産管理を任せ、老後をここで過ごすことにしたのだ。

 自宅を売却したとはいえ、全ての想い出を捨てるのは不可能だった。和香子の提案で、貸し倉庫を借り、どうしても捨てられない物はそこへ移した。

 施設への入居料などはすべて貯金でまかなえた。

 じいちゃんたちには、息子夫婦の生命保険料と、自分の定年退職金が手つかずで残っていた。それに長年コツコツ貯めてきた貯金もあった。いつか、孫の健太が大学に行く時に渡そうと思って貯めておいたのだ。それももう必要なくなってしまった。

 毎月の利用料は年金と、足りない分は少しずつ貯金を取り崩すことになるが、生きている間は何とかなるだろうとじいちゃんは考えた。


 じいちゃんたちは、年の瀬も押し詰まる中、慌ただしく引っ越しをした。じいちゃんは、健太たちが来ない家で正月を迎えるのが耐えられなかったのだ。

 健太2号も一緒に連れてきた。ばあちゃんはもう健太2号がいなくては暮らしていけない。


 二人の部屋は、広めのワンルームにベッドが二つに小さなテーブルセットがあり、ベッドが介護用ベッドという他は、ちょっとしたビジネスホテルのようだった。

 食事は基本的に一階の食堂で皆で食べる。ばあちゃんも杖をつきながらだが一階まで歩く。じいちゃんは、健太2号も一緒に連れて行こうとしたが、ばあちゃんが「健太を学校に行かせてないのを怒られる」と言うので、健太2号は部屋に置いていくことにした。

 食事が済むと、ばあちゃんはリハビリルームで歩く練習と軽い体操をする。

 ばあちゃんは、リハビリをしたり、昼寝をしたり、テレビを見たりして毎日を過ごす。

 じいちゃんは、他の入居者と食堂でお喋りしたり、健太2号と将棋を指したり、一人で散歩に出かける。近くに公園があるのでそこまで歩いて飲み物を買ってベンチでひと休みし、それからまた歩いて帰る。帰りに必要な物をコンビニで買う。


 じいちゃんは写真を撮るのも好きだった。健太たちが死んでからはカメラを手にすることもなかったが、ここへ来て再びファインダーを覗くようになった。散歩の途中で撮った写真をばあちゃんと健太2号に見せることもある。

「ほら、公園の桜だ。キレイだろ」

 じいちゃんはコンパクトカメラのモニターを見せた。

「僕もきれいな桜の写真、たくさん持ってるよ」

 健太2号は腹部のモニターに、桜の写真をスライドショーで見せた。インターネットで手に入れた写真である。

「ほお、きれいだな。……でもな、健太、本当に人の心を動かす美しい景色ってのはな、いつ、どこで、誰とどんなことを思いながら見たか、そういうのも大事なんだ」

 健太2号は首を傾げた。

「そうだな、例えば」

 じいちゃんは、ふと窓の外を見た。

 空が夕焼け色に染まっていた。

「ほら、見てごらん」

 じいちゃんは窓際に健太2号を呼んだ。

「おお、今日は富士山がよく見えるぞ」

 オレンジ色に染まった西の空に、富士山のシルエットがくっきりと映し出されていた。

「きれいな夕焼けだな」

 健太2号は答えた。

「きれいな夕焼けだね」

「こうして一緒に夕焼けを見て、きれいだねって話すのも大事なんだ」

「うん。……わかる気がした」

 じいちゃんと健太2号は残照が消えるまで並んで外を見ていた。


< 12 >


 和香子は、母親の介護で遠出ができない兄に代わり、時々じいちゃんとばあちゃんを訪ねた。

 じいちゃんは「ここはなかなか快適だよ。三食昼寝付きでな〜んも心配することがない」と言っていた。


 じいちゃんとばあちゃんが施設に入居して二年めの秋の日のことだった。

 和香子が施設を訪ねると、ちょうどじいちゃんは健太2号と将棋を指していた。

「おお、和香子、よく来たな」

「こんにちは。和香子おばちゃん」

「こんにちは、健太君」

「今ね、あと少しで僕がじいちゃんを負かすところ」

 健太2号は、大きな目を緑色に光らせて言った。

「何を、これからじいちゃんが逆転するんだ」

 じいちゃんは楽しそうに見えた。

「叔母さんの調子はどう?」

 じいちゃんは立ち上がり、午前中の散歩の時に買ったおはぎを持って来た。

「まあな。最近じゃ気分の波が激しくなってね、調子いい時はおとなしくテレビ見てるんだけどね、何かあるとぐずついて泣き出したり、怒って物を投げつけたりすることもあってね、赤ちゃんみたいだ。でもね、そういう時もこいつがなだめてくれてケロッとしちゃうこともあるんだ。ほんとにこいつがいてくれてよかったよ」

「あら、ロボットがそんな風に介護できるなんて知らなかったわ」

「まったくだ。おかしな話だけど、俺も時々こいつがロボットじゃないような気がして、笑っちゃうだろ、本当に人間みたいな感情を持ってる風に思っちゃうんだ。俺もばあちゃんみたいになっちゃうのかな」

 じいちゃんはそう言って笑った。

 それが和香子が見たじいちゃんの最後の姿だった。


< 13 >


 和香子がじいちゃんの訃報を聞いたのは、それから一ヶ月もたたない朝だった。

 夕方、散歩から帰ってこないじいちゃんを心配して、施設の人が公園を見に行ったら、途中の道端でじいちゃんが倒れていたという。くも膜下出血だった。

 じいちゃんの葬儀は近い親族だけで行なった。ばあちゃんも車椅子に乗せて参列させようとしたが、息子一家の死を思い出したのか、葬儀場の入口で泣きわめき出したので、仕方なく施設に戻した。


 葬儀が終わった後、夕方、和香子が施設のばあちゃんの様子を見に行くと、ばあちゃんはおとなしく眠っていた。薄暗い部屋のベッドの脇で健太2号がばあちゃんを見守っていた。

 健太2号は、和香子の気配を感じると顔を向けた。

「お帰りなさい、和香子おばちゃん」

 健太2号は、ばあちゃんを起こさないよう、小さな声で言った。

「ただいま、健太君」

「じいちゃんは死んじゃったんだね」

「そうよ。死んじゃったの」

「……わかった……」

 健太2号がどこか寂しそうに見えたが、夕闇のせいだと和香子は思った。


< 14 >


 木々の葉が赤く染まる頃、じいちゃんの遺骨は健太たちの眠る同じ場所に葬られた。

 その後、ばあちゃんは、じいちゃんの死を理解できないまま日々を過ごした。

 じいちゃんがいなくなってからは、介護の人を頼むようになった。ばあちゃんは身体が辛いのだろう、リハビリを嫌がるようになり、部屋で健太2号とテレビをぼんやり眺める時間が多くなった。

 和香子がばあちゃんを訪ねる時はいつも、ばあちゃんは眠っていて、そのベッドの横で健太2号はばあちゃんを見守っていた。


 そうしてじいちゃんの死から三年後の冬、ばあちゃんは風邪をこじらせて死んだ。じいちゃんの時と同様、ばあちゃんの葬儀も身内だけで行なった。


 翌日、ばあちゃんの部屋を片付けに行った和香子は、誰もいなくなった部屋で、窓際に立って外を見ている健太2号を見た。健太2号は和香子が引き取ることになっている。

「健太くん」

 和香子は呼びかけた。

「和香子おばちゃん」

 健太2号がゆっくり振り向いた。

「ばあちゃん、死んじゃったの?」

「ええ……。今までおばさんの面倒いろいろ見ててくれて、ありがとうね」

「僕はもう、ばあちゃんのこと、見てなくていいの?」

「うん。お葬式も終わったし、もう大丈夫よ。健太くんは私の家に来て一緒に暮らしましょう。勝手に決めちゃったけど、これからよろしくね」

 健太2号は何も答えなかった。


< 15 >


 和香子のマンションに運ばれた健太2号は、輸送した時の衝撃が原因か、電源を入れても反応しなくなった。元々、メーカーでは定期的なメンテナンスを推奨していたが、じいちゃんとばあちゃんがそれをしていた様子はなかった。和香子がアフターサービスに連絡すると、持ち帰って修理すると言って引き取りにきた。


 それから二週間後、和香子に連絡があり、郊外の修理センターに来てもらえないかと言う。

 和香子は、修理センターの敷地内の一室に案内された。部屋には、コンピューターやら何やらの機材が置かれ、作業着を着た男が和香子を迎えた。部屋の中央には、その頭部の蓋を開かれた健太2号が置かれていた。

「残念ですが、人工知能の損傷が酷く、元通りに修復することは不可能でした。新しく別の人工知能を入れれば、本体はまだ使えるかと思いますが、そうすると今までのデータは全て無くなり、またいちからということになります。どうなさいます?このまま廃棄処分にしていただいてもかまいませんが」

「そうね……。今までの記憶は全く残ってないんですか?」

「それが、ほんのわずか興味深いデータが残っていまして、もし廃棄処分になされるんなら、我が社の開発チームが研究してみたいというのですが」

「?」

「一部のデータに繰り返しアクセスした形跡が残っていまして、それが原因かもしれないと。わずかに取り出せたデータがあるんですが、確認なさいます?」

「ええ、できるなら」

「おそらく停止する直前のデータだと思います。映像は壊れていて音声データだけになりますが……」

「"えーと、はじめまして、じいちゃんです。よろしくお願いします"」

「叔父の声だわ」

「"王手!じいちゃんの勝ちだ。ははは"」

 懐かしい叔父の笑い声だった。

「どうしてこんな?」

「我々も不思議に思っています。まるでAIが想い出を反芻していたようで」

「"お前は賢いな、なんでも知ってるんだな"」

「"ばあちゃんのこと、頼むな"」

「"えらいぞ、健太"」

「"いい子だ、健太"」

「"はじめまして、じいちゃんで……ピー"」(了)

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