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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
子供の時代
9/51

ハビタブルゾーン

 ジュニアはミーティングルームのすみっこに、特大のソファを持ち込んだ。


 父さんの言うことは、いちいちうさん臭いが、納得できるものもないではない。


 そのうちのひとつが「男はベッドになんか寝るもんじゃない」だ。


 こりゃあいい、と思ってジュニアはもっぱら家で実践していたのだが、父さんが帰ってくると、どかされた。


「俺のソファだ」


 まあ、その言い分はもっともだと思ったので、ジュニアもそこは引いてやった。


 でも、ここは宇宙船(ダー)だ。


 父さんはここにはやってこないだろうし、たとえ来たとしても、


「俺のだ」


 で、おい返せる。


 さっそくザワディがやってきて、ソファの端っこのにおいを嗅ぐと、へんな顔をして去っていった。


「気に入らなかったかな」


 ジュニアが独り言を言うと、そんなことはありませんよ、と後ろで声がした。


「ライオンは他人(ひと)の寝床になんか寝ませんから」


 言いながら、カオルヒノは、ジュニアのとなりに腰をおろす。


「お兄さんのにおいがしたから、自分のじゃないと思ったんでしょう」


 ところで、お兄さん、と、カオルヒノは、ジュニアの目をまっすぐ見すえて言う。


「また嘘をつきましたね」


 ジュニアのまなじりがほんのわずかひきつった。カオルヒノでなければ見逃してしまうほどだ。


お姉さん(シス)双子(ワタシたち)と違って純粋で騙されやすいのだから、そういうことをされると困ります」


「旅の目的なんか誰にもわからない、これは本当のことだろ?」


「いちいち我家(うち)のお父さんのことを引き合いにだされるのも困るのです」


 カオルヒノはそう言って、小さく嘆息をついてみせた。


「お父さんは、ずっと、ああなのでしょうがないですけど…。よくわからないまま正しいことをはじめるのは確かですが、終わったときには、ちゃんと理解していますよ」


「そりゃ、俺の父さんより頭がいいんだから、それぐらいは普通だろ?」


お姉さん(シス)は、まだそのへんの事情をよく知らないのですから、あまり誇張されると困るのです。最近、双子(ワタシたち)のことをお姉さん(シス)は特別な人あつかいします。ワタシもユズルヒノも普通の女の子です。お父さんお母さんが、ちょっと変わっているだけなのに…」


――いや、それは、どう考えても違うだろ。アンヌワンジルのほうが正しい


 とにかく、困ります、をカオルヒノは連発した、ビスクドールのように艶やかな面持ちに、少しばかりの愁いを浮かべつつ、ジュニアをたしなめるようにカオルヒノは言葉を続ける。


「この旅の目的にしても、他の人はともかく、お兄さんが知らないハズがないのですから、そういうことは、きちんとお姉さん(シス)に説明していただかないと」


「そりゃ、そうだが…、アンヌワンジルには、誰も知らないとは言ったが、俺が知らないなんて、ひとことも言ってないぞ」


「そういうところが、姑息で卑怯なのです」


 カオルヒノは、花のように笑い、抱きついて(こうべ)をジュニアの胸に押しつけた。


 はいはい、そう言ってジュニアは、いつものようにカオルヒノの頭を撫ぜた。




「リーボゥディルが来てたって?」


「ああ、さっきまでいたよ」


 ユズルヒノの体から湧き出す気色が、彼女の感情を物語っている。


「アタシには挨拶なしか、だいたい、アイツ、アタシよりちっちゃいくせに、アタシを無視するとか、なってない」


――だから、かかわるのヤなんだろ


 念のためだが、実際にはリーボゥディルのほうが、わずかに大きい。ユズルヒノに言わせると、光子体(リーニア)は焦点がぼけているから、実際より大きく見えるだけなんだそうだ。


「いろいろ忙しいらしい、しばらく会えない、とか言ってた」


「それは、かまわない」


 ユズルヒノはそっけない。


「こっちから用もないしな。だいたい、アイツはおやつ(丶丶丶)も持ち歩かないんだ。一回もアイツからもらったことがない」


 食うか? とジュニアはポケットから銀紙に包まれたフルーツケーキスティックを取り出した。ありがとう、と満面の笑みで受け取ったユズルヒノは、ていねいに銀紙をむいていく。


「どこで仕入れたんだ? こんなもの? オーダーシステムか?」


「材料はな。キッチンはダーしか使わないから、空いてるんだ。暇つぶしに作った」


「まだ、あるか?」


 口いっぱいにほおばったケーキを、やっとの思いで飲み込んだユズルヒノが、たずねてくる。ほら、と、ジュニアは更にポケットから2本取り出し、それで手持ちは空になった。


「とりあえず、これだけだ。また作ってやるから、持ってけ」


 両手に1本ずつ、ケーキスティックを握りしめ、ユズルヒノは鼻歌を歌いながら、ミーティングルームを出ていった。




「あ、あの…」


 かけられた声に、ソファの上でジュニアがまぶたを開けると、目の前にアンヌワンジルの顔があった。


「ケーキ、ありがと…、おいしかった」


 ああ、と起き上がった、ジュニア。ユズルヒノは独り占めにしたわけではなかったらしい。


 ジュニアは、ソファのすみに置いていた小箱を、そのまま、アンヌワンジルに差し出す。


「さっき、追加で作った。食べる?」


 いや、いい、いい、アンヌワンジルは、両腕を突き出してしり込みしながら、手をめいっぱい振る。


「嫌いなのか?」


 ジュニアが小箱を戻そうとすると、いや、そうじゃなくて、好きだけど、とアンヌワンジルは煮え切らない。


「…ふとるから」


「だいじょうぶだよ。あまりカロリー高くならないように作ってあるから」


「ほんと?」


「ああ」


 目を輝かせたアンヌワンジルは、それでも、おずおずと遠慮がちに、小箱の中から銀紙に包まれたケーキスティックを1本取り出した。


 銀紙の上から匂いをかいでうっとりしている、アンヌワンジルは、やっぱりかわいいな、と思った。


「ジュニアは、ほんとうに、何でもできるんだねえ」


 ケーキスティックを掌の中に、アンヌワンジルは、キラキラした瞳でジュニアを見つめる。


「双子には、ずいぶん、鍛えられたからな」


 ジュニアは笑った。


「いつも、余分に作らないと、俺の分がなくなっちまうんだ」


「そんな食べるの?」


「食べる。とくにカオルヒノが」


「え?」


「ユズルヒノはな、あれは、キャラでやってるから、食いしんぼうに見えるけど、ほんとはそれほど食べない。カオルヒノはむちゃくちゃ頭を使うらしくて、糖分摂取がはんぱじゃない。足りないと砂糖水飲んでるくらいだからな。足りなくなると、ユズルヒノがなんとかしてることが多かったけど、宇宙船(ここ)ではそのへん、ダーがうまくやってくれると思うが…」


「そんなすごいの?」


「頭の中に胞障壁(セルレス)が詰まってるんじゃないかと思うくらいだよ。あれはたぶん母親似だ」


「気づかなかった」


「まだ、気づくようなことはじめてないからな。ザサンの仕上がりが悪ければ連れていっただろうけど」


「それもよくわからない」


 アンヌワンジルは、しょんぼりと肩を落とした。


「あたし以外のみんなは、ザサンの立ち上げ機(ピスアール)に何しに行ったのかわかってたみたいだけど、あたしにはわからなかった」


「そうか?」


 ジュニアは怪訝そうな顔をした。


「俺、そんなにわかりにくいことしてたか?」


「ザサンを元気づけてるようにしか見えなかったよ?」


「それ、やりに行ったんだよ。なんだ、ちゃんとわかってるんじゃないか」


「なんでそんなことするのか、わからないもん」


「悪いやつに、ふらふら付いてったら困るだろ。第2類量子コンピュータが敵に回ったりしたら厄介だし」


「でも、いっしょに連れてこなかった…」


「あんぐらい言っとけば、だいじょうぶだろ。仮にも第2類量子コンピュータなんだし、馬鹿じゃないんだから」


 はー、とアンヌワンジルは、大きく嘆息をついた。あたしには無理、と小さくつぶやく。


「そこまで言うなら、こっちも言うけどな」


 ジュニアは言ったが、とくに責めているような口調でもなかった。


「途中で、魔法みたいなことして3人壁に叩きつけたろ? あれ(丶丶)のほうが、よっぽどどうかしてる」


「あれは、…あれは、違うの」


 何がどう違うのか、とつぜん、大仰に両手を振り回して、アンヌワンジルが言い訳する


「あれは、無重量でしか利かないし、ほんのちょっと速度ベクトルを曲げただけなんだよ。相手が素人だから、派手に見えただけで…、ジュニアだって、ちょっと練習すればできるよ」


「じゃ、お願いするかな」


「え?」


「練習、教えてくれるんだろ?」


 もちろん、まかせといて、とアンヌワンジルは胸を張った。でかいな、とジュニアは思った。




 不意に寝苦しさを感じて、ジュニアが目を開くと、胸の上にユズルヒノの脚がのっかっていた。


 なんだ、こいつ、と脚をどけても、また、寝返りをうって、どん、と腹の上に乗せてくる。


 ソファから起き上がろうとするが、右足はカオルヒノがしっかり捕まえていて、身動きがとれない。こっちも、すやすやと寝息をたてている。


 あきらめて、そのまま、二度寝しようと思ったが、頭の後ろがやけに柔らかい。


 見上げると、アンヌワンジルが、ジュニアに膝枕を貸したまま、ソファにもたれてうつらうつらしている。


 ま、いいか、と思って。


 ふたたび目を閉じて、ジュニアはすぐに寝入った。




 もういちど、目を覚ましたとき。


 ソファに寝ていたのは、ジュニアだけで、


 おそらく、ダーが焼いているのだろう、目玉焼きの匂いが、鼻腔をここちよくくすぐった。





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