リーボゥディル
宇宙船に戻ると見知った顔がいて、ジュニアを見つけるなり、にやにや顔で近づいてきた。
「やあ、やっと宇宙に出てきたな。いつまで引きこもってるんだろう、って心配してたんだ」
リーボゥディルの見かけは10歳ぐらいで、双子と同じような年恰好に見える。光子体で子供の恰好をしているのはめずらしい。それでなくとも、いろいろとリーボゥディルというのは目立つ。
「我が家は過保護だからな、なかなか宇宙には出してもらえなかった」
ジュニアは、わざとそっけなく、リーボゥディルに答えた。リーボゥディルは、ジュニアが初めて会った時から変わらない。ジュニアは大きくなったが、リーボゥディルはそのままだ。
「ラーベロイカが君を溺愛してるのは知ってる。甘やかしすぎだ、って、いつもアグリアータがこぼしてるよ」
リーボゥディルがアグリアータをママと呼ばなくなって久しい。男の子なんてそんなものだ、と言ってしまえばそれまでだが、こと、リーボゥディルに関しては、それですまない部分もあるのは確かだ。
リーボゥディルの遺伝子原体は第一光子体の情報を基に一からおこしたものだ。アグリアータが設計したが、技術力不足で、いくつかの致死的な遺伝病を発現させてしまった。ナミコヒノ伯母さんが修復したから、現在のリーボゥディルの光子体安定度に問題はない。
そのへんの話しは、リーボゥディルも、もう知っている。
彼の中で、どう決着をつけたのかまでは、ジュニアは知らない。
誕生の経緯からして、彼は情報として第一光子体にきわめて近いわけで、それが理由でリーボゥディルを何とかしようと考えている輩も多いのだ。
「甘やかされてたのは確かだろうな」
ジュニアは、リーボゥディルの言い分をおおむね肯定した。
「それで、これからどうする?」
リーボゥディルの唐突な切り出しに、見ると、昔なじみの光子体の顔は、ちょっと見たこともないほど険しい表情に変わっていた。
「胞障壁を超えるさ」
それには気づかぬ風で、返したジュニアの言葉に、リーボゥディルはようやくその顔をほころばせた。
「そりゃあいい」
リーボゥディルは言った。
「そうでなきゃな。それでこそ、ジムドナルド、ジュニアだ」
笑顔のままでリーボゥディルは片手を上げ、そこから飛沫のような光がほとばしった。
「ゴーガイヤには会っていかないのか?」
ジュニアの問いに、リーボゥディルは、また笑う。
「もう、会ったさ。…しばらく会えないから、ちゃんとお別れもした」
「お別れ? 何で?」
「ここに来たら、居場所がばれる」
光が笑った。
「なんてったって、ここにいるのは有名人ばかりだからな。いろんな奴らが見張ってるだろうし、その網にひっかかるのは嫌なんだ。ちょっと、お忍びでいろいろやるもんでね」
「あまり、無理するなよ」
「そりゃ、お互い様だ」
そよぐ風のような光の粒子が、もやが晴れるように消えていった。
「なんだ、もう行っちゃったんだ」
アンヌワンジルは、もやのあったあたりを手ではらった。
「ゴーガイヤが、リーボゥディルが来てる、って教えてくれたから探してたのに」
彼に何か用? とたずねるジュニアに、アンヌワンジルは首を横にふった。
「用があるのはアグリアータにだけど、最近、彼女、つかまらないから、リーボゥディルなら知ってるかと思って」
「なんか、これから雲隠れするらしいから、無理じゃないか?」
「アグリアータが?」
「いや、リーボゥディルが、さ」
アンヌワンジルは、ビュッフェのイスに腰かけると、テーブルにほおづえをついた。
「リーボゥディルも、何かやってるんだ。けっきょく、あたしはカヤの外、誰も何も教えてくれない。ママもパパも伯母さんたちや伯父さんたちも…。アグリアータなら、教えてくれるかと思ったけど、無理そうだね」
「俺に聞けばいいじゃないか」
アンヌワンジルは、ほおづえをついたまま、ジュニアのほうに顔をむけた。
「そういえば、そうだね」
アンヌワンジルは、ほんとうに、いま気づいたような顔でジュニアを見つめた。そして、いまの気持ちそのままを素直にジュニアにぶつけた。
「あたし、いったい、何にイライラしてるの? あたしは何をすればいい?」
「やりたいことをすればいいさ」
ジュニアはあたりまえのように答えた。
「あと、イライラしてるのは、この旅の目的がわからないからだな」
「ほんとうだ」
そう言って、アンヌワンジルは両手をテーブルについてジュニアのほうに身を乗りだす。
「あたしが、イライラしてるのは、それだ。そのせい。ジュニアは知ってるの?」
「知らないよ。そんなこと。っていうか、俺たちの旅の目的なんか誰も知らない。アンヌワンジルの父さんや母さんだって知らないし、俺の父さんに聞いたって、わかりゃしないだろ。誰も教えてくれないのには理由がある。だって、誰も知らないんだ。俺たちが何で宇宙船に乗って、胞障壁なんか超えなきゃいけないのか。知らないんだから、教えられるわけがない」
「わけもわからず、自分の子を宇宙に放り出す親がいるっていうの?」
「そりゃ、いるさ。だって、それが、正しいことだからな」
「え? 何?」
「正しいんだよ。俺たちが、俺と、アンヌワンジルと、双子が、胞障壁を超えて行くことが」
「意味わかんないよ」
アンヌワンジルは、心底、途方に暮れた。それでも、ジュニアは辛抱強く繰り返した。
「意味なんかわからなくていい。あの人にはそんなもん必要ないし…」
あのひと? とつぶやいたアンヌワンジルは、ようやく事態をのみこめた。
「双子のお父さん?」
自信なげに問うたアンヌワンジルに、ジュニアは大きく肯いた。
「話しは実は簡単なんだ。タケルヒノ伯父さんは正しいことしかしない。しないというより、できないらしいんだけどな。長年のつきあいで、父さんたちはそのことをイヤと言うほど知ってるから、もう、いちいち理由なんか聞かないんだよ。どうせ、聞いたってよくわかんないことしか言わないだろうしな」
「双子が、あの子たちが、いつも平然としているのもそのせい?」
「そりゃ、生まれたときから、ずっとそうなら、不安とか恐怖みたいなのとは無縁だろ。自分たちは失敗してもいいんだ。必ず親が修正してくれる」
「それで、ときどき、話しがかみ合わないのかあ…、なんとなく、わかった気がする…、でも…」
なかばあきらめ、なかば希望の入りじまじった顔で、アンヌワンジルはジュニアに聞いた。
「胞障壁を、胞障壁を超えたあとは、どうするの?」
「最初に言ったろう?」
ジュニアは笑った。
「やりたいことをすればいい。そのころには、きっと、やりたいことが山のようにたまってる。悩まなきゃならないのは、どの順番でやるかぐらいだ」