ラグランジュ2
「ラグランジュ2に行く?」
「ダメかな?」
「別にいいけど…」
そう言いつつも、ダーは不可解さを顔にあらわにしている。
「ザサンに干渉したいのなら、ここからでもできますよ?」
「それは、知ってる」
ジュニアは言った。
「でも、ザサンと直接コンタクトしたら、頭のにぶい奴らは、こっちがちょっかい出してるのに気づいてくれないだろ」
「ああ…、そういうこと」
ダーは思案気な顔に戻ったが、それは単なる偽装で、実際には、とうにジュニアの結論まで先読みしているハズだ。
「確かに、あの委員会のメンバーでは、こちらがザサンに直接干渉しても誰も気づかないでしょうけど…」
「彼らは私が選んだのではありませんよ」
ダーの視線が、ジュニアから自分に移ったのを感じたエイオークニが弁解した。
「そもそも、第2類量子コンピュータの建造を提案したおぼえもないですし」
「でも、腹案は練っていたでしょう?」
「実際に、あなたを見て、無理なことがわかりましたから、腹案はボツにしました」
無駄なことをするのは、それほど好きじゃないんですよ、などとエイオークニはうそぶく。
「それでも、立ち上げ機ぐらいは造れるさ。情報キューブのとおりにやれば、そこまではできる」
ジュニアも、もちろん、本気で言っているわけではなかったが、エイオークニの言い訳がおかしかったので、ついつい、突っ込んでみたくなったのだ。
「そりゃあ、立ち上げ機ぐらいなら造れますが…」
エイオークニはジュニアの突っ込みを正面から受けた。
「あのころの地球には、宇宙船乗組員はおろか、第一光子体すらいなかったのだから、第2類量子コンピュータの建造なんて不可能です。第2類量子コンピュータは胞障壁物理学の応用なのに、誰も胞障壁のことなんて知らないんですから」
「いまだって、知ってるわけじゃないだろ?」
「まあ、そうですね」
ジュニアの問いに、エイオークニは笑った。
「ついでですから、もうひとつだけ言い訳させてもらうと、私の腹案の時点では、現在の構築委員会のメンバーほどひどくはなかったですよ」
「誰の差しがねだと思う?」
「地球側じゃないのは明らかですね。ザサンがきちんと稼働すれば地球にメリットはあってもデメリットは皆無です」
「構築委員会の光子体メンバーのほうは?」
「いちおう、探ってはみたんですよ」
エイオークニは両掌を上にむけ、お手上げのポーズをした。
「小者すぎてよくわかりませんでした。失敗させるのに十分な程度、頭が悪いのだけは確かです」
「じゃあ、やっぱり、ラグランジュ2には行ってみたほうがいいな」
「かまいませんけどね」
と、ダーはつけくわえた。
「ちゃんと晩御飯までには帰ってきてね。今日は、ひさしぶりに腕をふるうつもりで、しっかり準備もしているのだから…」
「ラグランジュ2?」
アンヌワンジルはわずかに眉根をあげたが、それ以上は問うことをせずに、あっさり答えた。
「わかった。行くよ」
「え? 何で?」
ちょっと、行ってくる、夕食前には帰る、と言ったジュニアは、アンヌワンジルのこんな返事は予想していなかった。
「パパとママにみっちり仕込まれたの。もともと訓練は嫌いじゃなかったけど、やっと使える機会がめぐってきた。だから、行くよ」
「そんな、物騒な話しじゃないんだ。危険なことなんか別にない」
「それなら、なおのこと、ちょうど良いよ。危険がないのなら、良い練習になる。ママも練習はとても大事だって言ってた」
「アタシも行くぞ」
尻馬に乗って言いだしたユズルヒノに、さすがにたまりかねたジュニアが言い返した。
「何でお前まで来るんだよ?」
「行っちゃいけない理由でもあるのか?」
あらためて聞かれたら、そんなものあるはずがない。
困ったジュニアは、苦しまぎれにカオルヒノに目を向けた。
「双子は片方行けばよいので」
カオルヒノはコロコロと笑う。
「ワタシは残っておばあさんのお手伝いです」
それを聞いたジュニアは、一瞬、ほっとしたのだが、よく考えれば、それはそれで、そうとう気味の悪い話しだ。
「心配すんな兄ちゃん」
ユズルヒノがヌガーチョコを1パック投げてよこした。
「これでも食べて落ち着け、あんまりくだらないことで悩んでると、ハゲるぞ」
多目的機の操縦席は、主操縦席と副操縦席の2つしかない。
まあ、ごゆっくり、と、いたずらっぽい笑いを浮かべて、ユズルヒノは乗組員室に消えた。
しばし気まずい雰囲気だったが、2人とも、そういう気分で機会をだいなしにするほど馬鹿ではなかった。
はじめに口を開いたのは、アンヌワンジルのほうだった。
「ママも、パパも…、ジムドナルド伯父さんのことをよく話してたから…」
「俺のことは?」
「会ったことないから…、でも、いつも会いたいって言ってた」
「まあ、そのうち会うさ。もう、宇宙に出たし」
「あたしのママとパパのこと知ってる?」
「母さんが、よく話してたからな。もっとも、母さんの話しってのは大げさだから、どこまで本当なのかわからなかったけど」
「本…、読んだでしょ?」
「読んだよ。ジルフーコ叔父さんも話しをおもしろくしすぎるな。まあ、全部、本当のことだろうけど」
「どうして、本当だってわかる?」
「父さんや母さんなら、あれぐらい、やりかねん」
「…そう、そうなんだよね。…あたしの、ママとパパもそう…」
「双子のトコもそうだよ。あそこは、もっとヒドイな。とくに伯父さんがヒドイ」
アンヌワンジルは、タケルヒノ伯父さんのことについては、何も言わず、笑ってごまかした。
「どうなるのかなあ、あたしたち」
そう言いながら笑って見せる、アンヌワンジルの表情は、やはりどこか不自然だった。
「なるようにはなると思うが」
ジュニアは言った。
「あまり、普通の生活はできないのかもしれない」
「普通? 普通の生活、って、どんなのかな?」
揶揄でも自嘲でもなく、アンヌワンジルは、むしろ、期待すらこめるような顔をして、ジュニアにたずねた。
「普通は、普通だろ」
ジュニアは答えた。
「父親が宇宙中をうろつきまわってトラブルを解決してたり、母親が異星人で光子体の親戚がいたり、14歳かそこらで宇宙船に乗ってラグランジュ2に出かけてみたりとか、そんなんじゃない、普通の生活だ」
アンヌワンジルは笑った。どことなく、母さんに似た感じの笑いだった。
「あたし、すっごく楽しみにしてたんだ。ジュニアに会うの。ユズルヒノもカオルヒノも、ううん、あたしの知ってる人は、みんなあたしにジュニアのことを教えてくれた」
「会って、がっかりしたろ?」
「そう、そうかもしれない」
アンヌワンジルは、また、笑う。
「ずっと、ジュニアのこと考えてた。どんな子かな、って。みんなの話しを聞いてたら、とてもそんな子がいるなんて思えなかった。だから、会ってみたいと思った。それで、会ったら、みんなの言った通り、あたしの思ってたとおりのジュニアがいたから、だから、そういう点では、がっかり、かな」
「いったい何を吹き込まれたんだよ。どうせろくでもないことだろうけど」
「みんな言うんだよ。ジムドナルド伯父さん、ジュニアのお父さんにそっくりだって」
「そりゃ、親子だからな」
「違うんだよ」
アンヌワンジルは、首を振る。
「そうじゃない、若いころのジュニアのお父さんじゃなくて、いまのお父さん、いまのジムドナルド伯父さんにそっくりなんだよ。まるで、ユズルヒノとカオルヒノみたいにね」
「双子は、みんなが言うほど似てないぞ」
「そうだよ、ユズルヒノとカオルヒノは似ていない。でも、彼女たちはそっくりなんだ。あなたも同じ。ジムドナルド伯父さんとジュニアは、似てるところなんかほとんどない、しいてあげれば髪の毛ぐらい、でもね、ほんとうに、そっくりなんだ」