ダー
「まあ、まあ、まあ」
宇宙船についたとたん、ダーが叫びながらすっ飛んできて、ジュニアの前にピタリと止まる。
そして、しげしげとジュニアを見つめると言ったものだ。
「ほんとうにジムドナルドそっくりね」
そうしてダリアの大輪が咲き誇るような笑顔をジュニアにむける。
――もし、ダーに会ったら
父さんは、ときどき、ジュニアにそう言っていた。
――きっと、びっくりするぞ、あれは、どう見てもコンピュータには見えない
父さんは、他人の話しはめったにしないが、タケルヒノ伯父さんと、ボゥシュー伯母さん、そしてダーのことだけは例外だった。
父さんは、ぜったいに、他の人をほめたりはしないので、ダーの思い出話しも良い話しだったことはあまりない。ただ、ダーの話しをするときの父さんはいつだって上機嫌だった。
ジュニアのことを嬉しそうに見つめていたダーの表情が曇る。
「どうせ、あなたのお父さんは、わたしのことを悪し様にしか言ってないでしょうけど…」
――第2類量子コンピュータは人の心を読む
これも父さんに教わった。そういうときはどうすればいい? とジュニアが問うと、父さんはめんどくさそうに答えた。
――別に。何か読まれて困ることでもあるのか?
だから、ジュニアもそれについては、あまり気にとめることはなかった。
「うん、まあ、悪口が多かったと思うよ」
ジュニアは正直に答えた。
でしょうね、とダーは口をとがらせたが、ジムドナルドらしいわ、と、つけくわえるのを忘れなかった。
「ばあちゃん、腹減った」
「おばあさん、おひさしぶり」
ユズルヒノとカオルヒノの双子が、ダーにまとわりついてきた。
ダーは、急に愛想をくずして双子たちを抱きしめる。
「ほんと、おひさしぶりね。すぐ、プリンアラモード、つくってあげますからね」
お姉ちゃんも食べるよね? と聞かれたアンヌワンジルは、このときばかりは満面の笑顔で肯いた。
見た目だけなら、母さんと年もそう違わない。その上、ハリウッドの美人女優ですら鼻白むほどの美貌にむけてのおばあさんよばわりは、ジュニアを心底おどろかせた。が、よく考えれば、ダーはサイカーラクラ叔母さんの母さんなのだから、おばあさんでも良いのかもしれなかった。
女の子3人とダーが部屋の外に消えてしまったあと、ミーティングルームのすみでニコニコしている男性を見つけたジュニアは、近寄って声をかけた。
「やあ、こんちは、伝説の主任執行官」
ジュニアは言った。
「あんたがいなくなって、地球ではずいぶん困っちまった人が多かったみたいだよ」
「なかなか手厳しいですね。ジュニア」
エイオークニは毛ほども悪びれない、うれしそうな笑顔でジュニアを出迎えた。
「まあ、地球のことに関してはね。悪かったかな、とは思うんです。でもね、ジュニア。私、他の人に言わせれば努力家らしいんですが、ほんとうのことを言うと、自分の好きなものにしか興味がないんですよ。まあ、ようするにそういうことです」
「父さんには、興味があった?」
「そりゃあ、もう」
エイオークニは声を上げて笑った。
「そもそも、君のお父さんに興味のない人なんていないでしょう。好きであれ、嫌いであれ、とてもじゃないが、無視できるような類の人じゃあない」
「人気者なんだな、父さん」
エイオークニはジュニアの言葉を聞いて笑いをおさめ、そして別の種類の笑みを浮かべた。
「年寄りの繰り言と思って聞いてください」
エイオークニは言った。
「あなたはこれから、いろんな人に会うでしょう。ああ、そうじゃない。人にも、人でないものにも会う。そして彼らはあなたにむかって言うでしょう。お父さんそっくりだ、と。彼らを許してあげてください。ほんとうにあなたに会えてうれしいのだから」
「父さんが、すごいのは知ってる」
「そうじゃないのです」
エイオークニはけっして笑みを絶やさない。ふと何故だか、ジュニアは東洋にいるという、笑ってばかりいる神様たちのことを思い出した。
「すごいのはあなたです。あなたがすごくなかったら、誰もあなたのお父さんのことを思い出したりなんかしないでしょう。自信を持て、なんて言ってるのではないですよ。あなたは自信満々だし、だからこそ、私は、あなたのお父さんのことを思い出せた、というわけです」
おやつの時間に、ちょっと同席する気がおきなかったジュニアは、ふらりとミーティングルームの外に出た。プリンアラモードが嫌いというわけではない。ただ、どんな顔をして双子やアンヌワンジルの前で食べたらいいのか、思いつかなかっただけだ。
農場は思っていたより広かった。
広かった、と、いうより、想像とはずいぶん違っていた。ジュニアはでかい温室のようなものを考えていたのだが、農場全体は、丘陵に囲まれたくぼ地程度の広さがあった。
ノースダコタの見わたすばかりの小麦畑には比ぶべくもないが、宇宙船の中だということを考えれば、これは脅威だ。
ケミコさんの群れが作業する中心に小山のような大男がいる。
無造作に近づくジュニア。
その音に気づいた大男がふりむいて、ジュニアを認めると、驚きの声をあげた。
「ジムドナルど」
「まあ、そうだけどさ」
ジュニアは半ば肯定した。
「たぶん、あんたの言ってるのは、俺の父さんのことじゃないかと思う」
「ジムドナルど、じゃないのカ?」
大男は、近くによると岩そのものだった。奥まった二つの瞳が、とまどいながらも、キラキラと輝いていた。
「ジムドナルどジュニあ、だ」
ジュニアは男の口調をまねてみた。原語は原語だが、一風変わった音調を男の声は持っていた。
「あんたの知ってるジムドナルドの息子だ」
「おお、そうカ、そうカ」
男の声が農場いっぱいに響き、作業中のケミコさんが、一瞬だけ、動きを止めた。
「オレ、ゴーガイヤ、アンタの父さんのトモダち」
ああ、と、ようやくジュニアも事情がのみこめた。
「あんたが、ゴーガイヤか。話しに聞いてたのとちょっと違ったからおどろいた。何時、励起子体になった?」
「ちょっと前だナ。いヤ、ずっと前かナ。すまなイ、よくわからなイ」
「気にすんな」
ジュニアは笑った。
「いまより前なら、ちょっとも、ずっとも、おんなじだ。未来でなけりゃ一緒だよ」
割れ鐘のような笑い声が響く、また、ケミコさんの動作が止まる。
「オマエ、ほんとうに、ジムドナルどの息子ダ」
ゴーガイヤは体全体をゆすりながら笑う。
「何、言ってるのカ、ぜんぜン、わからなイ」
それから、岩のような顔が、すこし険しくなった。
「オマエ、トマトの根っこは食べるカ?」
「いや? 食べないが?」
ジュニアの答えにちょっと安心したらしいゴーガイヤは、重ねてたずねる。
「ジャガイモの茎ハ? 食べル?」
「…食べない」
「そうかア、良かっタ」
ゴーガイヤは、ほんとうにうれしそうだ。
「親子でも、ずいぶン違うナ。オマエ、食いたいモンあったら、オレに言エ。採ってやるかラ」
「ありがとう」
「勝手ニ、食うなヨ」
「わかった」
うんうん、と肯くゴーガイヤを見ながら、
いったい父さん、何してたんだろう、と、ジュニアはちょっぴり心配になった。