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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
紐とコンピュータ
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二重惑星(10)


「は~い、ワタシ、カオルヒノです。こんにちは。これから、みなさんにいろいろ手伝ってもらうんです。よろしくお願いします」


 カオルヒノは、ヤンフーリーの選んだサイユルの精鋭たちを前に、物怖じすることなく説明をはじめた。


「みなさんには、これからベルガーの引力圏を離脱して、サイユル―ベルガーの一次結合軌道に待機してもらいます。軌道に上るのには、みなさんがサイユルから乗ってきた宇宙船を使います。宇宙船にはハエたたき(プラズマバッシャー)を装備しました。これでサイユル側から侵入してくる宇宙船の軌道を変更します。簡単に(丶丶丶)言うと、サイユル―ベルガーの一次結合軌道は加速度ベクトルゼロでの局所安定解になりますので、プラズマバッシャー、あるいは、スラスター制御された重量物でもいいんですが、こういったもので加速度ベクトルを付加すると、局所安定性が破れて、サイユル側、もしくは、ベルガー側の非線形軌道に遷移します。こういった系の解析には、広域座標系を用いて静的に重力方程式を解くのもひとつの方法ですが、それよりは、その場座標系での速度ベクトル差分を追跡したほうが、よりわかりやすく(丶丶丶丶丶丶)直観的です。この場合、一次結合軌道の法線ベクトルに対する付与分はサイユル―ベルガー重力場の影響で急速に収束するので、無視しても問題にならないからです。その上…」


 細身のサイユルとは言え、講堂に500人も集合しているとなかなかに窮屈だ。だが、サイユルたちは、胞障壁(セルレス)を超えてきた宇宙船乗組員(ボードクルー)の子供に興味津々で、身体をくねらすこともなく、ぴーんと直立したまま、一心にカオルヒノの説明に聞き入っている。


――ベルガーとは、ぜんぜん違う


 この場にいるサイユルが皆、そう思っていた。姿形は、もちろんサイユルよりはベルガーに近い、ここまでは噂どおりだったが…、


 言っていることが、ぜんぜん、わからない。


 とくに、簡単に(丶丶丶)とかわかりやすく(丶丶丶丶丶)とかいう単語のあとはめちゃくちゃだった。最初、翻訳システムの異常かと思ったのだが、そういうことではないらしい。


 一生懸命に説明を続けるカオルヒノだったが、ふと気づくと講堂内のサイユルたちの表情が硬い。ヤンフーリーと過ごすうちに、そういう見わけはなんとなくわかるようになってきたのだ。


 カオルヒノは、説明を一時中断して、考えた。


 そうやって、1分間ほど演壇上で静止していたカオルヒノは、おもむろに備え付けのコンソールを操作しだすと宇宙船(ダー)との暗号化回線(スクランブルド)を開いた。


 500のサイユルが心配そうにカオルヒノを見つめている。カオルヒノのほうは一心不乱にコンソールを操作しているので、サイユルには毛ほども意識を向けない。


 一通りの操作を終えたらしいカオルヒノは、こんどは宇宙船(ダー)の中にいるアンヌワンジルを直接呼び出した。


お姉さん(シス)、いま、訓練中ですか?」


「そうだけど…、何か用?」


 流体(ジェル)カプセルの中のアンヌワンジルは、急なカオルヒノの問いかけに、すこし面食らって聞き返した。


「ちょうどよかったです。これから、流体(ジェル)カプセルを火器管制シミュレーターから切り離して、ハエたたき(プラズマバッシャー)を接続します。いま、ダミーの宇宙艇を軌道に乗せましたから、プラズマバッシャーを使って、サイユル側に押し出してみてください」


「え? いま、やるの?」


「無理ですか?」


「無理じゃないけど…」


「じゃあ、お願いします」


 講堂前面の大型パネルをオンにして、カオルヒノは軌道上に2艇の宇宙艇(デコイ)を映し出した。


 何事? と思い思いに身をよじってパネルスクリーンに見入るサイユルに、カオルヒノが言った。


「いまから、むかって右側の宇宙艇からプラズマバッシャーが照射されるので…」


 カオルヒノの説明よりも早く、宇宙艇から青白い光が放たれた。


 もう一方の宇宙艇に光が当たる。


 はじめは青白い光(プラズマ)でうっすらと光るばかりの2艇だったが、やがてその距離が離れていき、プラズマ照射を受けているほうの宇宙艇がゆっくりとサイユルに向けて下降していった。


 風切り音が講堂内に響いた。密集して並ぶサイユルたちは、興奮しながら、器用に隣人と振りを同調させて、細い身体を振り回す。


「最初から、こうやって説明すれば良かったです」


 パネルの3分の1を覆う青く巨大なサイユルに落ち込んで行く宇宙艇(デコイ)を見ながら、満足げな口調でそう言うと、カオルヒノはサイユルたちに向き直った。


「こんな感じでお願いします。サイユルからやってくる宇宙船は、数は多いですが、中身はたいしたことありません。操作しているのも光子体(リーニア)ですから、操縦者のことも気にしなくていいです。思いきりやっちゃってください」




 蒼きサイユルがベルガーの天中にかかる深夜。


 旅団長は野営のテントから出、腕組みをして頭上のサイユルを睨みつけていた。ほぼ一時間、みじろぎもせず、じっとサイユルを見続けていた。


「箱舟、来ますかねえ。親方」


 部下に、親方、と呼ばれても、もう旅団長は怒らなかった。


「さあなあ」


 旅団長は笑った。口髭がゆれた。


「来ようとはしてるみたいだけどな。追い返されてる。誰がやってるのかは知らんが…、殿方の使者(丶丶丶丶丶)かもな」


「見えるんですか?」


 驚いて天上のサイユルに目を凝らす部下だったが、旅団長は笑いながらそれを諫めた。


「お前なんかに見えるかよ。俺はガキのころ、神の鉄槌(丶丶丶丶)の夜に一晩中、天蓋(サイユル)を見続けてた」


「まあ、確かに」


 部下はサイユルを見上げるのをやめた。見続けていると首が痛い。


「オレが生まれる前の年が、最後の神の鉄槌だったって聞いてます」


「ほほう、お前、そんな年だったか。神の鉄槌(丶丶丶丶)後なのは知ってたが、あの年に生まれたとはな」


「そんな若く見えますかね」


「落ち着きが足りねえんだよ、お前は。年相応の落ち着きってやつがな」


 部下と話しながら夜空を見上げ続ける旅団長の目には、白い光を放ってサイユルに落ち込んでいく、幾筋もの流れ星が見えていた。


「ああ、こりゃあ、無理だな」


「無理ですか?」


「無理だ。星の武器は降りて来ない。神の鉄槌派の負けは確実だ」


「良かったですね。王様裏切らなくて」


 ばかやろう、旅団長は怒鳴ったが、その口許は笑っていた。


「俺は陛下の忠臣だぞ。ペシャグラント王に弓引くなど、考えたこともないわ」


 飛んできた拳骨をかわして、部下は後ろに飛び退った。


「…そういうことにしときますよ」


 部下はもう一度、夜空を見上げた。サイユルを見上げても、部下には何も見えない。


「ねえ、親方」


 部下は、ふと不思議に思って、旅団長にたずねた。


「王様、星の武器はいらないんですかね」


「ん?」


「星の武器ですよ。王様は神の鉄槌派が星の武器を使うのは警戒してるけど、自分で使うほうはあんまり興味なさそうですよね」


「そりゃあ、お前。ペシャグラント王は、星の武器なんか頼らなくても、欲しけりゃ、似たようなモンを殿方の使者(丶丶丶丶丶)から貰えばいいんだ。興味なんかあるわけない」


「なるほど、そうかあ」


 部下は言ったものの、まだ腑に落ちない顔である。


「でも、それなら何で、王様は神の鉄槌派を追い込むのに殿方の使者(丶丶丶丶丶)の力を借りないんですか?」


「わからんか?」


「わかりません」


「俺もわからん」


 旅団長は、笑った。


「わからんから、王に拾われるまで山賊なんぞやってたし、今も王の寝首をかく隙を狙ってるわけだ。それ(丶丶)がわかってるから、ペシャグラント王は王なのであって、俺はそうじゃない」





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