双子
双子の家は、建物自体はそんなに大きくはないのだが、敷地はめちゃくちゃ広い。
双子のおじいさんがすごいお金持ちなのもあるとは思うが、頻繁にヘンな飛行機みたいなのが離発着するので、近隣から苦情を言われないように、庭をものすごく広く取ってあるのだ。
やってくるのは垂直離着陸機がほとんどだから、滑走路はない。そんなわけで、多目的機を玄関前に止めるのは、あまり苦にはならなかった。
多目的機から降りるなり、双子がすっ飛んできた。ユズルヒノはアンヌワンジルに、カオルヒノはザワディにむしゃぶりつく。
間をぬってジュニアは、タケルヒノ、ナミコヒノ夫妻にあいさつした。
「おひさしぶりです」
「こちらこそ、おひさしぶり」
タケルヒノ伯父さんは、いつも通りにニコニコしている。この人が不機嫌なのを見たことがない。
「多目的機か、ひさしぶりだなあ」
ジュニアより、銀色の機体のほうに興味がいっているみたいだった。気にするな、とナミコヒノ伯母さんは言うが、そもそも気にしているのはナミコヒノ伯母さんぐらいで、この人はいつもこうなのだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ジュニアに言われて、何だ? という顔をナミコヒノ伯母さんがした。
「これ、食べさせちゃって大丈夫かな? 母さんがアンヌワンジルにお土産だって持たせたんだけど」
「誰が食べるんだ?」
袋いっぱいの卵を見て、ナミコヒノ伯母さんがたずねた。
「俺と、アンヌワンジルと…、あとは双子かな?」
「それなら、大丈夫だ」
伯母さんは言った。
「アンヌワンジルも遺伝的には地球人だからな。加熱調理すれば問題ないだろ。生はやめとけ。調理方法はダーにでも聞くんだな」
「ありがとう、そうするよ」
双子の旅支度は思ったより手こずった。とくにユズルヒノがどこかに消えたかと思うと、しばらくしてスーツケースを2つ持ってきたのには驚いた。
「中身、何だよ?」
ジュニアがたずねると、にんまりと笑みを浮かべたユズルヒノがスーツケースを開けて見せる。
ヌガーチョコがいっぱいにつまっていた。
「母さんに聞いてたんだ。宇宙には、おやつがホントに少ないって。そう聞いてたのに前に行ったときは何も持たずに行ったから、たいへんだった」
「前に行ったとき?」
「一昨年、姉ちゃんの家に家族で遊びに行ったんだ。何だっけ? ファライトライメンだったかな。いや、ゾンダードか。ん? どっちでもいいんだっけ?」
ジュニアが困った顔をしていると、かん違いしたらしいユズルヒノが、こっそり耳うちしてきた。
「安心しな。兄ちゃんにも、ちゃんと、わけてやるから」
カオルヒノの荷物は小さなカバンがひとつだけだったが、心配になったジュニアは、中身が何かたずねてみた。
「まあ、お兄さん、レディにバッグの中身を聞くなんてはしたないですよ」
カオルヒノは、そんなことを言いつつも、ころころ笑いながらカバンを開けて見せてくれた。
ハンカチと、小さな手鏡、リップクリームが2本。あとは小さな歯磨きセットが入っていた。
これだけ? とジュニアが聞くと、カオルヒノは不思議そうな顔をして聞き返した。
「ほかに何かいりますか?」
そうだな、まあ、必要ないね、とジュニアは答えた。
荷物ではばたばたしたが、出発のときはあっさりしたものだった。
ユズルヒノもカオルヒノも、ジュニアの家から帰るときと同じような感じだった。違うところといえば、タケルヒノ伯父さんとナミコヒノ伯母さんが家の外に出て見送っていたことぐらいだ。
多目的機が上昇し、双子の家が小さく見えなくなったころ、
操縦室にユズルヒノが入ってきた。
「姉ちゃんのこと、最初に見たとき、どう思った?」
操縦席に座るジュニアの背中から抱きついたユズルヒノがたずねる。
「ぐっ、と来ただろ? 姉ちゃんは、ものすごい兄ちゃんの好みだもんな。こういうことは公平にやらなきゃいけないから、双子のほうが付き合いが長い分、姉ちゃんにも機会をやった。第一印象ってのは、いままでの付き合いをひっくり返すぐらいの威力がある」
「なぁにを言ってるのか、ぜんっぜん、わからんぞ」
「わからなきゃ、別にいいよ」
ユズルヒノは笑いながら、ジュニアの背中から離れた。
「もう、これでスタートラインはそろえたから、あとは勝手にやるってこと。カオルヒノだけなら、引いてやろうかとも考えてたけど。姉ちゃんまで出てきたんじゃ、話しは別だ。だからアタシも、がんばるよ」
勝手にやってきて、言いたいことだけ言うと、ユズルヒノは乗組員室に帰ってしまった。入れ替わりにやってきたのはカオルヒノだ。
「やっとユズルヒノも本気を出してくれるみたいなので」
カオルヒノは、ジュニアの左わきにつくと、腕をからめてしなだれかかる。
「ワタシもこれからは本気でお兄さんとおつきあいします」
「さっき、ユズルヒノにも言ったけどな」
ジュニアは左腕にカオルヒノをぶら下げたままで言った。
「お前らの言ってることは、まったく、わからん」
「お兄さんはわからなくていいんですよ」
カオルヒノはそう言って笑う。
「双子のことは、双子にしか、わかりませんから」
カオルヒノが出て行ってしばらくたったあと、
アンヌワンジルが操縦室を訪れた。
そのころには、
正面に見える空は地球の青い空ではなく、宇宙の漆黒の闇に変わっていた。
アンヌワンジルは副操縦席に腰かけた。
「ほんとうに、操縦上手いんだね」
ジュニアは、自動操縦に切り替え、副操縦席のほうに顔をむけた。
「君もできるだろ。地上まで降りたんだから」
「ジルフーコ伯父さんに習ったから」
そう言ってから、アンヌワンジルは首を左右にふった。
「でも、ダメ。あたしには、宇宙船とか、ぜったいムリ」
「気にすんなよ。たいていの人間には無理だ。コンピュータだって、できるのは、いまのところダーぐらいだ」
アンヌワンジルは、深く嘆息をついた。
その顔をのぞいて、ジュニアはたずねた。
「心配ごとでもあるのか?」
双子が…、と言いかけて、アンヌワンジルは、そのまま口を閉じてしまった。
「ひさしぶりに宇宙に出たから、ハイになってるだけだろ」
「でも、この前、会ったときは、あんなじゃなかった」
「いじめられた?」
「そんなんじゃない、でも…」
「この前とは違うさ」
ジュニアは笑ったが、すぐにその笑いを止めた。
「わかってるだろ?」
アンヌワンジルは、ジュニアの言葉に、小さく肯いた。
ジュニアは席から立ち上がり、アンヌワンジルの前に右手を差し出した。
ジュニアのあまりに自然なしぐさに、アンヌワンジルも手を伸ばして、目の前に差し出されたその手に応じる。
「もう自動操縦にしたから乗組員室に行こう」
ジュニアは言って、そしてこんどは大声で笑った。
「いくらザワディだって、あの双子相手じゃ長くはもたないだろ。長い旅だ。最初からザワディを疲れさせたりしたら、あとのことが心配だ」