二重惑星(4)
「それで、ヤンフーリーの相談って、何だったのです?」
息せききって尋ねてきたカオルヒノには目も向けず、揺り椅子におさまったユズルヒノは、めんどくさそうに答えた。
「どうって言ってもなぁ。ただの恋愛相談だったし…。ヒューリューリーの子供が産みたいんなら、かってに産めばいいんじゃん、って言っといたよ」
「彼女、妊娠してるの?」
揺り椅子のひじ掛けをつかんで身を乗り出したカオルヒノに、こら、危ないだろ、とグラグラ揺れながら、ユズルヒノが押し戻す。
「してないんじゃないか? なんか、そんなののずっと手前らしいよ。ヒューリューリーは、あんなんだから、ヤンフーリーがヒューリューリーのこと好きだとか、毛ほども感づいてないんじゃないかな」
「サイユルは毛なんか生えてませんよ」
「そりゃあ、そうだけどさ、望み薄だろ。サイユルの慣習なんかには詳しくないからよくわかんないけど。すくなくとも、親子以上の年の差はあるみたいだし」
「年の差なんて関係ありません」
「気にしてんのはヤンフーリーだよ。どーでもいいと思うんだけど。えらいグジグジ言ってたな」
「ヒューリューリーがお爺さんだから気になるの?」
「そりゃ、ジジイなのはそうだけど…。どっちかっていうと、問題なのはそこじゃない。ヤンフーリーはヒューリューリーのことを母星救済の英雄かなにかと勘違いしてる。だから、普通にくっつくのは道義に反するから、どうにかしてヒューリューリーに知られずにアイツの子供を産みたいとか、無茶なこと言うんだ」
「どこかで聞いたような話しですね」
「そうだなぁ、うん、ありきたりすぎて、聞いたんだか、本で読んだんだか、わからないくらいだ。それで、こんなもの差し出してきて、どうにかならないか、とか言うんだ」
そう言いながら開いてみせたユズルヒノの掌には、虹色に輝く丸い小片が乗っていた。
「…これ、なんですか?」
「ヒューリューリーの鱗だよ」
言って、ユズルヒノはヒューリューリーの鱗をラバースーツの胸ポケットにしまう。
「これでヒューリューリーの子供をこっそり産みたいとか、もう、何言ってんだか」
「できるの?」
「え?」
「さっきの鱗で、ヤンフーリーはヒューリューリーの子供を産めるの?」
いつもとちがうカオルヒノの雰囲気に気おされながらも、ユズルヒノはしぶしぶ肯いた。
「そりゃ、できるけどさ…。そんなことしなくたって、普通にやればもっと簡単だろうに…」
「この、にぶちん」
カオルヒノは揺り椅子のひじ掛けをつかんで、がくがくと揺さぶった。
「わ、なにする…、やめろ」
無理にゆすられて、揺り椅子の背もたれにしこたま後頭部をぶつけたユズルヒノを、冷たい視線で見下ろしつつ、カオルヒノは立ち上がった。
「心底、アナタには失望しました。そこまで思いつめているなんて、ヤンフーリーがかわいそう。ワタシ、彼女のところに行かなくちゃ」
部屋を飛び出したカオルヒノの背中を隠すようにとびらが閉じた。
こぶのできた頭をさすりながら、ユズルヒノがつぶやく。
「他人の恋路なんてかかわるだけ無駄だろうに。止めたってやめやしないのは当然だけど、応援なんかしたところで、ぐだぐだグズられるのがオチだ」
「すてきな農園ですね」
トウモロコシの畝のとなりに座っているゴーガイヤは岩そのものに見え、落ちくぼんだ双眼に気づかなければ、ヤンフーリーも見過ごしてしまったかもしれない。
「おお、別嬪さん」
ゴーガイヤは言った。
「あんたら来るって知らんかったからナ。あんたらが食えそうなモン植えてなかっタ。すまン」
「お気になさらずに」
ヤンフーリーは身体を伸ばして、かたわらの草の香りをかいだ。
「ステキ、春の尾のような匂いがする」
「地球の草だヨ。ローズマリー、って言うらしイ。こんなもん、腹の足しにならんと思うガ、ジュニアが作ってくレ、言うから作ってル。たいして手間もかからんしナ」
「不思議ですね」
ヤンフーリーは笑った。
「あア、不思議なやつダ。あいつの親父もおかしなやつだったガ、息子のほうが輪をかけておかしイ」
「ジュニアのことじゃありません」
ヤンフーリーは、また笑う。
「ゴーガイヤ、不思議なのはあなたのことです。もっと恐い人だと聞いていました」
「まア、悪いやつ、ではあったナ」
「あなたがですか? あなたが悪いことをしてたなんて信じられませんが…」
「光子体だったことがあル」
「光子体がすべて悪い人なんてことはないでしょう」
「ま、そうなんだがナ」
手持無沙汰もあってか、ゴーガイヤは目についた雑草を取りはじめた。
「リーンには囁くって意味もあル。囁く者は実体がないかラ、他所からやってきて、その星にいる者たちに囁き続けるんだト。良いことも悪いこともナ」
ヤンフーリーは一瞬、身を固くした。ゴーガイヤの言葉に思い当たることがあるようだった。
「俺はそういうの苦手だったからなア」
ゴーガイヤは笑った。
「光子体の時から、できそこないだったかラ」
「優しいんですね」
「どうかなア。よく、わかんねえなア」
ここでヤンフーリーは、はたと気づいた。少しはばかられたが、思いきって聞いてみた。
「光子体だった、ということは…、今は、光子体じゃないんですか?」
「励起子体だヨ」
ヤンフーリーは、はげしいめまいに襲われ、身体そのものがぐらぐらと揺れた。
「あの…、そんなこと…、できるものなの? 光子体から別のものになるなんて…」
ゴーガイヤは優しく笑いながら肯いた。
ヤンフーリーの眩暈はおさまることなく、ふたふらと、その場で立っているのがやっとだった。この船には凄い人しかいない。ヤンフーリーは、あらためて、この船に自分がいることがいかに場違いか思い知らされた。
「やあ、ダー、おひさしぶり、お元気そうで何よりです」
ヒューリューリーはそう言ってから、何かおかしいな、と、まじまじとダーを見つめる。
「最後に会った時から、少し体形が変わりましたか?」
「体型ならもとに戻りましたよ」
ああ、なるほど、とヒューリューリーは言ったが、とくに気にしている風ではなかった。あいかわらずのふてぶてしい態度に、ダーも思わず本音が出た。
「ジュニアにあまり余計なことをさせないでね」
「何のことです?」
堂々としらばっくれるヒューリューリーに、ダーもつい口調が厳しくなる。
「サイユルのもめ事をジュニアにまかせようとしているでしょう?」
「練習ですよ。練習」
開きなおったヒューリューリーが、上体をひゅんひゅん振り回す。
「ジムドナルドはどんなことでも、こっそり練習してましたからね。ジュニアだって練習はしておいたほうがいいでしょう」
「練習、って、ヒューリューリー、あなた…」
驚くダーに、ヒューリューリーは頭部を小さく振って見せた。
「ジュニアは、これから先、とんでもないもめ事に巻き込まれるわけですよ。だって、ジムドナルドなのだから。サイユルとベルガーの紛争なんて小さい小さい。ジュニアの練習にちょうどよいぐらいです」