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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
紐とコンピュータ
33/51

二重惑星(2)


 遮断区域(アイソレートゾーン)への客人は2人。


 それぞれ個室(コンパートメント)へと分離した、2人のサイユル。ヒューリューリーのほうはお兄さん(ジュニア)にまかせた。カオルヒノとしては、もう1人のほうがずっと気になったのだ。


「検疫中だからヘルメットのままでゴメンナサイ。ワタシはカオルヒノ」


 身体の後ろ3分の1をくるりと巻いて足がかりにし、ヒュン、と立った姿は、異星人であるカオルヒノから見ても形よく、凛々しく見えた。


「ヤンフーリーと申します」


 ヤンフーリーは、ゆったりと半身を振って発音した。風切り音と翻訳声はほぼ同時で、話しに聞いていたような、めちゃくちゃな誤訳はない。おそらくヤンフーリーにとって古語に近い振り回しかたなのだな、とカオルヒノは推測した。


「私がくつろげる恰好ですのに、あなたにばかり窮屈な思いを強いて、恐縮です」


「そんなでもありませんよ。ワタシもヘルメット以外は普段着だし、ラバースーツは見た目よりずっと楽ですから」


 ヤンフーリーのほうも、ヘルメットこそ被ってはいないが、頭頂部以外はすっかりラバースーツにつつまれている。顔にあたる部分が露出しているだけだ。


 ふたつならんだ、つぶらな瞳がかわいくて、カオルヒノは何故か自分が赤面してしまう。


――ヘルメットかぶってて、良かった


 ヤンフーリーは、また、左右に体をくねらせた。


「ここにはどれぐらいいることになるのでしょう?」


「艦内時間で3日ほどです。サイユル―ベルガーの1日半ぐらいです」


「そんなすぐで大丈夫なんですか? もっとかかると聞いていました」


「ひも…、もとい、ヒューリューリーが最初に来た時は、サイユルの生態系データが不足してましたから…。母がストックしたデータと、その後の検疫システムの改良で、効率が2・5倍改善されたので、検疫時間が短くなっています」


「母…、と言うと…」


 ヤンフーリーの風切り音がとたんにぎこちなくなった。


 サイユルのことをよく知らないカオルヒノにも、ヤンフーリーが動揺しているのがわかる。


「もしかして、あなたのお母様というのは…」


「ナミコヒノ、…ああ、これじゃ、わかりにくいのかなあ…」


 カオルヒノはすこし困っていたが、まあ、本人もいないことだし、ここは言っちゃてもいいのかも? と都合よく考えた。


「ボゥシューです」


 ヤンフーリーの体が、ぴーん、と伸びた。


 そして、まっすぐに伸びたまま、不規則に左右にゆれる。


「…じゃあ、あなた…、あの(丶丶)ボゥシューの娘さんなのですか? …あの、…それって、もしかしたら…」


 ヤンフーリーの聞きたいことは、なんとなくわかる。


 しようがないので、カオルヒノは、ヤンフーリーに告げた。


「父は、タケルヒノです」


 硬直したヤンフーリーは、かくかくと不自然に、身体を振った。


「そうだ…ん、したい…、…あるのです」


「わかりました」


 カオルヒノの言葉が風切り音に翻訳されて部屋に鳴る。


「相談というのは…、その…、あなたが女性であることと、関係ありますか?」


 ヤンフーリーは上体をゆすった。彼女の身体は風を切るほどにはキレがなく、翻訳システムもそれを言語とは認識しなかった。


「もし、そうなら、ワタシの姉を呼びましょう」


 カオルヒノは、ゆっくりと、できるだけていねいにヤンフーリーに語りかけた。


「アナタが母に期待するようなことは、ワタシの双子の姉のほうが得意なのです。姉はすぐに来ますから、もうすこしだけ、待っててくださいね」




「ずいぶんと、おくつろぎのようで」


 隔離室(コンパートメント)のソファに、だらしなく伸びていたヒューリューリーは、ジュニアに声をかけられて、鎌首をもたげた。


「やあ、ジュニア、お久しぶり」


「会ったのは、初めてだと思うが…」


「そうでしたかね。まあ、そんな細かいことはどうでもよろしい」


 ヒューリューリーは、すす、と歩みよると、ジュニアの前で上半身を屹立させた。そうして、頭を動かして、なめるようにジュニアの全身を観察する。


「本当に、あなたは…」


「そんなに親父に似てるかい?」


 ヒューリューリーは、ひゅひゅん、と頭の先だけを回した。


 一瞬の間をおいて、とってつけたような合成音の笑いが部屋に満ちる。やっぱり、翻訳システムは手を入れたほうが良さそうだ、ジュニアは苦笑した。


「はっきり言えば、似ている(丶丶丶丶)、わけではないのですよ」


 ヒューリューリーは言った。


「あなたは、ジムドナルドとは違うわけですからね。いや、そうではない。ジムドナルドは他の誰とも違う、だから誰とも似るはずがないのです」


 おや、とジュニアは思った。翻訳がずいぶんスムーズになってきている。翻訳システムがヒューリューリーに合わせて学習したとすれば変化にはもっと時間がかかるハズ、それがこんな短時間で適正化されたのだとすれば、ヒューリューリーのほうが変わったのだ。この隔離室(コンパートメント)の、いや、かつての宇宙船(ボード)と同じ雰囲気に、ヒューリューリー自身が昔に戻りかけているのかもしれない。


「まあ、確かにな」


 ジュニアは思い出し笑いした。


あれ(ジムドナルド)に似てるようなモンは、俺でも思いつかないよ」


「でしょう?」


 その抑揚は、翻訳システムからのものだとは思えないほどに心の底からうれしそうに聞こえた。


宇宙船(ボード)の友だちは、皆、唯一無二で、似ているような人は誰もいなかった(丶丶丶丶丶丶丶)。そして、ジュニア、あなたもそう(丶丶)です」


「まあ、昔話しはそれくらいにしてだな…」


 ジュニアは、ヒューリューリーの脇をすりぬけると、ソファにどっかと腰をおろした。


「あの()を連れてきたのはどういう目論見だい?」


「かわいい()でしょう? 私の秘蔵っ子です」


「そんなことは聞いてないんだが…」


「サイユルの新世代の中では群を抜いての天才なのです」


「そんなの見りゃわかるよ」


「わかりますか?」


「ありきたりな話しだし、そういうのはお袋の話しで聞き飽きた」


「なら、わかるでしょう?」


 ヒューリューリーに切り返されて、ジュニアは次の言葉を飲み込んだ。それは、どちらかと言えば、ヤンフーリーと言うより、ヒューリューリーの問題だ。


――まあ、いい


 ジュニアは話題を変えた。


「何でまた、わざわざ、宇宙船(ダー)に来たんだ? そっち(ベルガー)に行くのを待ってれば良かっただろうに」


「戦争になりそうです」


 ヒューリューリーは、至極あっさりと言った。


「やめさせるほう? それとも、やるほう?」


 即座に返ってきたジュニアの問いに、ヒューリューリーは、ゆったりと身体を回した。


「それも含めての相談です。実際、どっちがいいのか迷っています」


「やりきれるのなら、やってみるのもひとつの方法だけどな。実際、戦争ってのは、最悪の選択ってわけでもない」


「やりきれないでしょうねぇ」


「まあ、普通はそうだな。勝ちきるのも、負けきるのも、それなりに覚悟はいる」


「じゃあ、やめるほうで」


「そんな簡単に決めていいのか?」


「あなたのやりやすいほうでいいですよ。ジュニア」


「何だよ。俺がやるのかよ」


 ジュニアは笑った。ヒューリューリーは、ひゅんひゅん腰から上を振り回す。


「そりゃあ、宇宙(ベル)最強の便利屋さんが来てくれたんだから、頼む以外の選択肢なんかありませんよ。まあ、そんな顔しないで。私も少しぐらいは手伝いますから」




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