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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
子供の時代
3/51

アンヌワンジル

 家に帰ってソファに寝ころび、もらった本を読んでいると、母さんがやってきた。


 テーブルの上にある本をとると、ぱらぱらとページをめくる。ふーん、と勝手にうなずきながら、ジュニアのとなりに腰かけ、そのまま読みだした。


 2人は、黙って本を読み続ける。

 途中、ふと思い立ったジュニアが、キッチンに行ってオートミールのはいったボウルを2つ持ってきた。それを見た母さんは、「ありがと」と微笑んで本を読み続けた。


 最初、母さんはジュニアの読み終わった1巻から順に読んでいたのだが、ジュニアが3巻を読みはじめると、いきなり飛ばして、4巻を手に取った。

 そして、ジュニアが3巻を読み終わっても4巻を手放さない。


「返してくれる?」


 ジュニアの言い方はとても自然で柔らかいものだったが、母さんはなかなか4巻をジュニアに渡さない。


「まだ、読んでるから…」


「読んでないだろ」


 母さんは何か言いかけたが、あきらめて、本をジュニアに渡すと立ち上がった。


「もう遅いから、ほどほどにしてね。明日は学校でしょう?」


「もう学校には行かない」


 ジュニアは本から顔を上げると、そう言った。


「それに、大事だから、ちゃんと読めって言われた」


「誰に言われたの?」


「アンヌワンジル」


 そう、と母さんは細く長い息をついた。それから、微笑もうとしたのだろうが、母さんの顔は、もう、涙でぐちゃぐちゃで、あまり笑っているようには見えなかった。


 母さんは、ソファに寄り添うとジュニアを抱きしめ、頬にキスをした。


「おやすみ、ジュニア、またね」


 母さんは、また明日ね、とは言わなかった。母さんにはもうわかったのだろう。


「おやすみ、よい夢を」


 ジュニアは母さんに言って、本の残りを読み続けた。




 次の日、


 ジュニアは、商業施設(モール)で昨日と同じテーブルに座っていた。


 シェークは頼んでいない。


 いつ来るかわからないし、待っているあいだ飲み続けてシェークで腹いっぱいになるのはかっこ悪いと思った。


 平日の商業施設(モール)は人もまばらだ。


 ジュニアは、見ためだけなら大人だから、平日の昼間、こんなところでぶらぶらしていても、誰も何も言わなかった。背格好というより、落ち着きはらった面持ちが、子供のそれではなかったから。ヘンなところばかり似る、とボヤいていたのは父さんだ。


「本は読んだ?」


 いつの間にやってきたのか、


 目の前の金髪の少女がジュニアに微笑みかける。


「読んだよ」


 そう、と笑うアンヌワンジルは、もういちど、たずねた。


「で、どうする?」


「宇宙に行く」


 どうやって? と、いたずらっぽく笑うアンヌワンジル。


「君の乗ってきた宇宙船に乗っていくさ。後のことは後で考える」


 アンヌワンジルの顔から笑みが消え、かわりに美しい顔がほんの少しこわばった。ジュニアの答えを真剣に受けとめたようだった。


 それがいいね、アンヌワンジルが言って立ち上がろうとする。それを、ジュニアが留めた。


「頼みがあるんだ」


「何?」


 アンヌワンジルは、椅子に腰を戻して、じっとジュニアを見つめる。あまりにまっすぐな眼差しに、ジュニアのほうが、ちょっとどぎまぎしてしまう。


「出かける前に…」


 ジュニアは言った。


「母さんに会ってくれないか。その…、とても喜ぶと思う」


「ラーベロイカ叔母さんに?」


 アンヌワンジルは、母さんを昔の名で読んだ。それから、思案気に顔を曇らせたが、思いきったように言った。


「いいよ。ママとパパからもご挨拶するように言われてたし」


「ありがとう、母さんも喜ぶよ」


 ジュニアは立ち上がって、優しくアンヌワンジルの前に手を差し出した。アンヌワンジルはためらいも見せずにジュニアの手をとり、引かれるままに歩き出した。




「あたし、1人なの?」


 玄関の前で、いぶかしげに問うアンヌワンジル。


「うん、まあ」


 と、ジュニアも、こればかりは気まずそうだ。


「たぶん、俺も一緒だと、母さん、泣いちまうからな」


 アンヌワンジルは、じっとジュニアの顔を見つめていたが、わかった、と返事した。


「勇気がいるな」


 アンヌワンジルは言った。


「友だちのお母さんに会うときには、いつも緊張するんだ」


 そう言って、少しだけ頬を膨らませたアンヌワンジルの背中を見送り、ジュニアは後ずさりしながら木陰に身を隠した。


 小一時間ほどして、アンヌワンジルが玄関から再び現れる。母さんが家から出てこないのを確認して、ジュニアも木陰から身を現した。


「優しいお母さんだね」


 アンヌワンジルは言った。


「卵をもらったよ。美味しそうだ」


「卵?」


 ジュニアはちょっとだけ顔をしかめた。


「検疫のこととか、何も考えてないな」


「食べられないの?」


「いや、それは…」


 ジュニアは取りつくろうように即座に答えた。


「何とかする。割らないようにだけ、気をつけてくれ」


 良かった、と顔をほころばせるアンヌワンジルだったが、ふと、眉間に小さくしわをよせると、ジュニアにたずねた。


「ほんとうに、会わなくていいの?」


「いいよ、だって、ほら」


 ジュニアは右手を上げて、遠い地平線を人差し指で指し示す。


 その地平線に吸われるようにのびる細い道路の先に動く点、


 はじめは点にしか見えなかったそれは、近づくに連れて大きくなる。粉塵を巻き上げつつ走る屋根のないスポーツカー。


 とても乗り心地の悪いガソリン車は、わざとらしく急ブレーキを踏んで、いましがたアンヌワンジル出てきたばかりの家の前に止まった。


 運転席のサングラスの男は、ジュニアによく似た金色の巻き毛をなびかせ、花束と、きれいに包装されたプレゼントの包みを抱え、車から颯爽と降り立った。


「あれ、何?」


 呆気にとられて問うアンヌワンジルに、ジュニアは苦笑いしながら答える。


「父さんだよ。父さんは、いなきゃならない時にはかならず現れるからな。なんなら、父さんにも会ってみるかい?」


「いや、いい」


 アンヌワンジルは首をふった。


「あなたのお父さんは、ほんとうにママの言ってたような人みたいだから、それなら、絶対に会わない方がいい」


 それを聞いて、ジュニアは笑った。


「イリナイワノフ叔母さんは、なかなか、かしこいな」


 それから、アンヌワンジルに視線を向ける。


「行こう、あとのことは父さんにまかせるさ」





 多目的機(マルチロール)のハッチから中に入ると、いきなりザワディに出くわした。や、と片手を上げてあいさつしたジュニアに、ザワディは面倒くさそうにアクビを返す。


 ライオンへのあいさつをすませたジュニアは、そのまま操縦室に入った。


 席に着くとすぐに、計器を調整しだしたジュニアに、あとから入ってきたアンヌワンジルが目を丸くした。


「操縦できるの?」


「父さんがさ」


 造作もなく、機体をホバーさせながら、ジュニアが言う。


「たまにしか帰らないくせに、家にいるときは寝てるとき以外、ゲームばかりしてたんだ。こっちもゲームは嫌いじゃない。でも、父さんは、何だって上手いからな。そうそう勝てるわけはないんだ。だから、父さんがいるときもいないときも、暇を見つけては練習した。父さんよりうまくなろうと思ったんだ。そのゲームさ、学校で話しても誰もやったことがない。そりゃ、そうだ。操縦席(コクピット)が、ここ、そっくりだったんだ」


 機体を安定させ自動操縦(オートパイロット)に切り替えたところで、ジュニアはアンヌワンジルに振り返る。


「ま、うまくはめられた、ってヤツだ。たぶん宇宙船(ボード)の操縦もできると思う」


「じゃあ、このまま、宇宙に行く?」


「いや、その前に行くところがある。カナダだ」


 カナダと聞いて、アンヌワンジルの顔に笑みがさす。


「双子のところに行くのね」


「そうだよ」


 ジュニアは答えた。


「あの双子をおいていったりしたら、後で何を言われるかわかったもんじゃない。そもそも、宇宙に行くときは一緒に行こう、って約束してたんだ」




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