宇宙船探検(2)
宇宙船に帰ると、見慣れないケミコさんがいた。
いや、恰好だけなら見慣れたケミコさんだが、挙動というか、雰囲気が何かおかしい。
ルル、とタイヤの走行音をさせて近づいてきたケミコさんに、ジュニアは声をかけた。
「どうしたんだ? ダー? その格好」
「いろいろ、思うところがあったのです」
ダーは答えた。
「前のボディは、たしかにキッチンの棚の上のほうにあるものをとるときは重宝でしたが、困ることも多かったので、こちらに戻したのです」
ああ、そう、ジュニアは言ったが、あまり納得したような顔でもない。
「宇宙船のほうはどうでした?」
「とりあえず制御権は確保した。あとは改修してから、ゆっくり探索するよ」
「改修…、ですか?」
「せまいからな」
ダーの疑問に、ジュニアは端的に答えた。
「俺たちは光子体じゃないから、やっぱり通路は必要だよ」
「ケミコさんを回収するのですか?」
そうそう、とユズルヒノは首を縦にふる。
「でも、1000体以上、いますよ。誰が教育するんです?」
「今いるケミコさんと、ケミコさんになったばあちゃんと、あとは兄ちゃん、じゃないかな?」
「それじゃ、ぜんぜん、時間が足りませんよ。そんなにエリスでのんびりしていく気はないんでしょう?」
「宇宙船の改修がすんだら、すぐ出発らしい」
「でしょう? ぜんぜん間に合わない」
「生まれたてのケミコさん、ってわけじゃないんだから、そこまで時間かからないだろ」
そういうユズルヒノに、カオルヒノは眉根をつりあげて反論する。
「第一光子体なんかと一緒にいたら、変に性格がねじ曲がってるかもしれないじゃないですか、生まれたてのが、まだマシです」
「最後の胞障壁踏破のときには第一光子体の中にサイカーラクラがいた。半分、サイカーラクラだったんだから、そこまでひどくはないだろ」
サイカーラクラ、と聞いて、カオルヒノは考えこんでしまった。そして、手元のコンソールを操作しつつ、なにやらぶつぶつと語りかけはじめた。
「こんにちは、ワタシはカオルヒノ。アナタたちが、宇宙船に着くのは190時間後です。そちらの船にはワタシたちのケミコさんが行く。アナタたちの船は、ワタシたちも使えるように改修します。仲良くしましょう。時間はワタシたちの間の理解の助けにはならないけど、たぶん妨げにもならない。そう、きっとワタシの双子の姉が、アナタたちを迎え入れるでしょう」
――昔から思ってたけど、コイツ、魔女みたいだよな
ユズルヒノは、自分の姉妹のことを、はじめて正当に評価した気がした。
「ダーは、ボディを戻したみたいだな」
「そうですね」
そう言うエイオークニは、いつもと違って何かそわそわうきうきしている、ついついジュニアもちょっかいを出してみたくなる。
「ずいぶん、嬉しそうだな」
「そりゃあ、もう」
ここぞとばかりにエイオークニは、破顔一笑、勢いにまかせてしゃべりだす。
「あのボディのダーは、私が最初に会ったダーそのものですから。太陽系防衛評議会の執務室に、ダーはあの格好で現れました。嬉しかったなんてものじゃない。そうですね、私にとっては初恋の人そのものに再び会えた、そんな感じです」
ジュニアは後悔したが、言ってしまったものはしかたない。はちきれんばかりのエイオークニに、ともかくも、ひと言、忠告せずにはいられなかった。
「それ…、あんまり、他人には言わないほうがいいぞ。とくにダーには…」
「どうしてです?」
ダーの努力も無駄だったみたいだなあ、ジュニアはいくばくかの寂しさを感じたが、もともと100パーセントあったダーへのエイオークニの信頼を、むりやりそれ以上に持ち上げるのは、いくら第2類量子コンピュータだって無茶というものだ。
ジュニアは話題を変えた。
「宇宙船から大量のケミコさんを回収することにしたんだ」
「ほう、それは…」
「1000体ほどいる」
「なかなか、大変ですね」
「で、教育のほうを手伝ってほしいんだが…」
いいですよ、とエイオークニはみなまで聞かずに承諾した。
「…大丈夫なのか?」
だいじょうぶでしょう、とエイオークニは笑った。
「あなたが私に頼んでるのだから、当然、私にできることなのでしょう。私にできるかどうか、なんて私が考えたところでロクな答えは思いつかないだろうし、私としては言われたことをやるだけですよ」
ところで、と、こんどはエイオークニがジュニアにたずねた。
「宇宙船をどうする気です?」
「直して使うよ」
やっと、気がねしなくてすむ話題になった。ジュニアは、ほっとした。
「宇宙船はもちろんだが、宇宙船でも大きすぎるときがある。次元変換駆動機関が必要なときは多目的機じゃどうしようもないからな。最小の次元変換駆動機関つき航宙船として、きっと使い道がある」
「アレは、つけるんですか?」
「…まあ、そうなるかな?」
ジュニアにしては、めずらしく、語尾をにごした。
エイオークニは迷ったが、それでも彼は口に出した。
「しかたのないことだとは思いますが、アンヌワンジルの母親も、アレにはたいへん苦労したと思います」
「それは…、わかってる、つもりだ」
ジュニアは、それ以上、何も言わなかった。
エイオークニも、それ以上追求することをしなかった。
「ああ、なんか疲れちゃった」
ほらヨ、とゴーガイヤの投げてよこしたトマトを、両手で受け止めるアンヌワンジル。
お疲れさン、と笑うゴーガイヤに、アンヌワンジルも微笑み返した。
「疲れたっていうか、びっくりしたんだな、ほんと」
何にびっくりしたんダ、ゴーガイヤも自分でトマトをもぎ取って食べる。
「ケミコさん」
「ケミコ…、さン?」
不可解な顔のゴーガイヤに、アンヌワンジルが笑いかける。
「制御室いっぱいに、ケミコさんがいたんだ。みんな止まってたけど」
「そんな、いっぱい、いたのカ?」
「いたいた、すんごく、いっぱい」
ふっ、とアンヌワンジルの顔が真顔になった。
「何で、あんなにたくさんいたんだろう…」
「守ってたんだろウ」
何を? アンヌワンジルは聞こうとしたが、ゴーガイヤの笑いに先をとられて、それを聞くことはできなかった。
そういえば、とアンヌワンジルが思い出したように言う。
「ダー、ケミコさんになっちゃったね」
「あア、そうだナ」
ゴーガイヤは、ダーのボディについては、あまり気にしていないようだった。アンヌワンジルは、ゴーガイヤに聞こえないよう小さな声で、前のほうが良かったかな、と、つぶやいた。