エリス
「エリスには187時間後に到着、と、8日弱、ってとこだな」
ユズルヒノがコンソールと壁スクリーンを連動させて、エリスとその衛星ディスノミアを弄ぶ。
「着いたら、まず、ディスノミアに降りる」
「ディスノミア? 何でまた?」
ユズルヒノは、不思議そうな顔で、ジュニアに聞き返した。
「宇宙船の周りをうろついてる奴と、少し話しておいたほうがいいかと思う。エリスでも悪くはないが、そのまま第一光子体の宇宙船に行くなら、同一軌道上のディスノミアのほうが楽だ」
「第一光子体の宇宙船で会うわけにはいかないのか?」
ジュニアは、いたずらっぽい目をして笑った。
「そっちは、いろいろ探し物とかもしなきゃならないんで、あまり他人を入れたくないんだ。乗り込んだら、すぐにプラズマシールドを張るつもりだ」
へぇ、と、興味津々の眼差しをジュニアに向けるユズルヒノだったが、それ以上は問いただすこともなく、ディスノミアのとなりに小さな宇宙船のモデルを浮かべたりして遊んでいた。
「ディスノミア?」
アンヌワンジルが片眉をあげて、訝しげに問い返した。
「どこ? それ?」
「エリスの衛星です」
カオルヒノは答え、コンソールにエリスとディスノミアを映し出した。コンソールをのぞきこんだアンヌワンジルが、思わずつぶやく。
「小っちゃいね」
「…ですね。スラスター出力を上げすぎると、引力圏を振り切ってしまうので、気をつけてくださいね」
「気をつけて、って…、ここ、降りるの?」
「そうみたいですよ。お兄さんは、そう言ってました」
「何で?」
「誰かと会うみたいです」
「こんなとこ、人いるの?」
「人はいないでしょうね。たぶん光子体だと思いますけど」
ふーん、とアンヌワンジルは腕組みした。
「最近、宇宙遊泳訓練してないな。無重量区画に行こうかな…」
アンヌワンジルが部屋から出ようとすると、カオルヒノも立ち上がる。
「待ってくださいよぉ。ワタシも行きます」
「え? カオルヒノも?」
そうです、と答えるカオルヒノ。
「ディスノミアはともかく、第一光子体の宇宙船にはワタシも行きますから、遊泳の練習はしておきたいのです。双子だけだと怖いですから、お姉さんがいれば安心です」
無重量区画は、宇宙船の疑似重力発生用回転中心、小宇宙船とのドッキングポート付近のことをいう。今は減速期間中なので、完全な無重量状態ではなく、0・3Gの加速度がかかっている。自由落下での無重量訓練に使える時間は5秒足らずだが、やらないよりはマシだ。
無重量区画の入り口には、ユズルヒノが待っていた。途中、カオルヒノが連絡をとっているような素振りはなかったが、双子はそういうものなのだろう。
「スラスターのタイマーはセットした?」
したよ、しました、と返事があった。
「大丈夫とは思うけど、ねんのため、手動スイッチから手を離しちゃダメだよ」
わかった、大丈夫です、と、これまた即座に声が返る。
ライフワイヤーと電磁ネット、エアクッションを合わせて、3重の安全装置になってはいるが、ようするに、ただ落ちるだけなので、用心にこしたことはない。
先に飛びおりた2人をアンヌワンジルが追う。スラスターの操作はアンヌワンジルのほうが慣れているので、途中で追いこして、クッションにつく。
数度折り返すうち、突然、ぬっ、と異形の宇宙服が現れた。
4つ足を広げたそれは、双子はおろか、アンヌワンジルすら追い抜いて、クッションで跳ねると、ふわりと3人のとなりまで浮いてきた。
「ザワディ?」
「どうして、いるのです?」
アンヌワンジルがヘルメットの中で笑う。
「ザワディは専用の宇宙服装脱着システムを持ってるから、自分で宇宙服を着たり脱いだりできるの。宇宙遊泳なら、あたしが生まれる前からやってるから、とても上手」
わあい、とユズルヒノがザワディに抱きついて、カオルヒノもならった。双子をくっつけたまま、ザワディは無重量区画を縦横にかけめぐる。
これじゃ、練習にならないなあ、アンヌワンジルは苦笑したが、ま、いいか、とスラスターを調整して、ザワディのとなりを並走した。
「どうしタ? 浮かない顔だナ」
ひさしぶりに農場に現れたダーに、ゴーガイヤが声をかけた。
「いろいろありまして」
などと、理由にもならない言葉をつぶやきつつ、ダーは草取りをはじめた。もとのボディのほうが草取りは楽ですね、と言いつつも、なかなかに手際よく畑の雑草を間引いていく。
「そんなにエリス行くの嫌カ?」
「…いえ、そういうわけではありませんけど…」
ダーの手がピタリと止まる。図星だったらしい。
「…エリス、というか、あそこにある宇宙船というか、もっと言えば、宇宙船ではなくて…、昔、それに乗っていたのと言うか…」
「会ったことないけど、そんな嫌なやつカ?」
「他の人がどう思ってるかは知りませんけど、わたしにとっては、…そうです」
「…いろいろあったみたいだナ」
「…いろいろ、あったんです」
もちろんゴーガイヤも、この儚げなボディがダーの擬態であることは知っている。ダーの真髄は宇宙最速のコンピュータだ。だが、目の前のダーも、また本当のダーには違いはない。
「第一光子体なんか、行方不明なんだから、気にしなけりゃいイ」
「あれは関わる人すべてを不幸にします」
「ソレも含めて、アイツの仕事だロ」
ゴーガイヤはダーのとなりに腰をおろして草をむしりはじめた。
「アイツの仕事は、アイツにまかせとケ」
ダーは納得したものかどうか、ゴーガイヤにならって、無言で草を取りはじめた。
「ダーのこと、ですか?」
つきあい長いんだろ、どう思う? とジュニアに問われて、エイオークニは苦しまぎれに言った。
「よく…、わかりません」
そりゃ、そうだろな、とジュニアが素直に引くので、どう答えたものか、ますますエイオークニは困ってしまう。
「エリスに着いたら、ダーと2人だけでこの宇宙船を見てもらわなけりゃならないんで、よろしく頼む」
「ああ、そういうことでしたか」
ジュニアの言葉に、ほっとした顔のエイオークニだったが、ふと思い直したらしく、ジュニアにたずねた。
「私とダーだけ…、というと、ゴーガイヤとザワディもあなたと一緒に行くのですか?」
「ああ、そうだよ」
ジュニアは、さも当然、という顔で答えた。
「その2人は、第一光子体の宇宙船には関係ないけどな。先にディスノミアによるんだ。むこうが、どう思ってるのかしらないが、連れていったほうが良いんじゃないかと思う」




