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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
子供の時代
2/51

ザサン

 ベリーフィンがいいかげんなのは、いまにはじまったことではないけれど、これは、ちょっとヒドイと思う。


 ザサンの通過儀礼(イニシエーション)を一緒に見よう、と言いだしたのは、ベリーフィンだ。


 ザサンは太陽系初の第2類量子コンピュータで、10年前に月の裏側、ラグランジュ2で構成外殻の建設がスタートしている。

 ザサンの構築は汎胞宇宙プロジェクトで、太陽系以外からも光子体(リーニア)の顧問を何人か構築委員会メンバーとして招請するという、鳴り物入りの凄さだ。

 とはいえ、第2類量子コンピュータ構築委員会のメンバーに名を連ねている光子体(リーニア)は、あまりぱっとしない連中だし、太陽系側の面々は、どこかの大学教授とかばかりで、もっとしょぼい感じがした。


 ジュニアは、そんなことするより、宇宙船乗組員(ボードクルー)に指示を仰ぐとか、あるいは直接ダーにでも聞いたほうが、よっぽどいいんじゃないかと思うのだが、そこは大人の事情(丶丶丶丶丶)でいろいろあるんだろう。


 もっとも、こんなことが言えるのは、ジュニアが情報キューブの内容を直接読み取っているからで、友だちのベリーフィンなんかに言わせるとだいぶ事情が違う。

 ザサンは、太陽系初の胞障壁(セルレス)踏破可能な航宙船で、他の胞宇宙(セルベル)との交流のさきがけとなる、エポックメイキングなシステムなのだ。


 宇宙船(ボード)はどうした? とジュニアでなくてもつっこみたくなる話しだが、少なくとも太陽系内では宇宙船(ボード)のことは、なかったこと(丶丶丶丶丶丶)になっている。


――まあ、いろいろあるんだろう


 誰のせいか? ということならジュニアにも心当たりがある。まぼろしの(丶丶丶丶丶)初代太陽系統一政府主席あたりが、いちばん責を負いそうなところだ。もっとも、彼の失踪も判然としないところがあるから、彼には彼の都合があるのかもしれない。


 そんなこんなで、ジュニアとしては、ザサンの通過儀礼(イニシエーション)については、あまり期待はしていなかった。第2類量子コンピュータは胞障壁(セルレス)物理学の応用なのに、委員会のメンバーで胞障壁(セルレス)に詳しいのが1人もいないのだから、期待しろというほうが無理だ。


 だが、ベリーフィンは、そうは思っていない。


「正しく宇宙を志す者なら」


 ベリーフィンは、本当にこう言った。


「ザサンの通過儀礼(イニシエーション)に興味をもってしかるべきだ」


 俺、正しくないからいいよ、というジュニアの意見をベリーフィンは聞き入れてくれない。


「ジムドナルド」


 ベリーフィンはジュニアのことをジムドナルドと呼ぶ。そりゃあ、そうだ。ベリーフィンはジュニアの父さんのことなんか知らないし、ベリーフィンにとってジムドナルドと言えば、どこか得体のしれないハンサムボーイ、同級生のジムドナルドだけだ。


「ジムドナルド、俺たちは一緒にザサンの通過儀礼(イニシエーション)を見届けるんだ。それが俺たちの義務だ」


 ネットワーク放送なんだから家で見てればいいんじゃないか? とジュニアはベリーフィンに言ったのだが、許してもらえなかった。


「画面が小っちゃかったら、迫力ないだろ」


 それで、ジュニアは15分前から商業施設(モール)の野外シアターの前で、チョコシェークをちびちび飲みながら、時間をつぶしているのだ。自分から誘っておいて、すっぽかすのは、ベリーフィンらしいと言えばらしいのだが、こうも度重なると腹もたつ。


 だいたい、ザサンの通過儀礼(イニシエーション)と言ってはいるが、実際にはザサンに対する第0次の人格(パーソナリティ)付加であって、人間でいったら、産まれたての赤ん坊が、おぎゃぁ、と産声を上げるようなものだ。本格的な稼働にはまだ数年、ことによったら数十年はかかるわけだし、映像的にも大画面で見たからどうというものではない。


――あいつ、俺のことヒマだと思ってるんだろうなあ


 ジュニアは、実際、ヒマなのだから、その点だけはベリーフィンが正しい。

 いそがしかったら、そもそも、こんな場所にいるはずがない。


 開始5分前にいたっても、シアターの3D映像にほとんど変化はない。画面の半分を使って、ネットワーク放送のキャスターが図解つきで通過儀礼(イニシエーション)の説明などしているが、ところどころ間違えるので耳障りだ。ただ、観客の受けはそれほど悪くなく。シアター前のテーブル席は8割がた埋まっていた。


 ボーっとしながら、ちびちびチェコシェークを飲むジュニア。そのとき、テーブル席のあちこちからどよめきが起った。


 何かあったか、とシアターの画面に目を向けるも、そちらはとくに何もない。あらためて席の客の視線を探ると…


――なるほど


 ジュニアは自分の目に入ってきたモノに納得した。これなら、皆、騒然とするのも無理はない。


 だが、


 どちらのほうにより(丶丶)驚いたのだろう、それを思ってジュニアは苦笑した。


 すらりと立ち姿も美しい、金髪の少女が透き通るような髪をなびかせながら歩いてくる。

 そのとなりには、たてがみもいかつく1頭のライオンがつき従っていた。


 あまりに自然にライオンが少女のとなりにいるので、

 周囲の人々も逃げるのを忘れて、ただ固唾を飲んで、1人と1頭を見つめていた。


 少女は当たり前のように、テーブルをはさんだジュニアの真向かいに腰かける。

 ライオンもまた、少女のとなりに腰を落として、大きくひとつアクビした。


「こんちは」


 少女が言った。


 こんにちは、ジュニアは、少女とライオンにあいさつした。


「あなた、本は好き?」


「好きだよ。情報キューブも、紙の本も好きだ」


 よかった、少女の緊張がほぐれ、その口許に笑みが浮かんだ。

 彼女は、肩から下げたバッグのふたを開けて中身を取り出すと、テーブルの上に並べた。


「これ、あなたにあげるから」


 言いながら、少女はテーブルの上に出した5冊の本を、1冊ずつ指さす。


 本の表紙には「ワンダー7」と題名が書いてあって、1巻から5巻まで、巻数がふってあった。


「ちゃんと読んでね。大事なことだから」


「ああ、ちゃんと読むよ」


 ジュニアの返事を聞いて、少女は微笑んだ。立ち上がると、かたわらのライオンに声をかける。


「行こう、ザワディ」


 皆が、唖然として声も出せずにいる中、少女とライオンは、また、当たり前のように去っていった。


「おう、悪い、悪い。また遅刻だよ。もう、はじまっちゃってる?」


 あいかわらず頓着なしのベリーフィンだが、周囲の人の目が、シアターのスクリーンではなく、ジュニアのいるテーブルに釘づけなのに気づいて、あわててたずねた。


「どうした? なんか、あったのか?」


「たいしたことじゃないさ」


 ジュニアは、テーブルの上の本を片づけながら答えた。


「それにしても、失敗したな」


「失敗? ああ、もう、はじまっちゃてるもんな、通過儀礼(イニシエーション)。悪かったよ、な、このとおり」


 スクリーンとジュニアに交互に視線を向けつつ、目の前でおがみ倒すベリーフィンに、一瞬、とまどいの表情を見せたジュニアだったが、すぐに気づいて笑い出した。


「違う、違う。ザサン(あんなもん)なんかどうでもいいんだ。でも、ほんとうに失敗だった。あんな美人だなんて知らなかったからな。もっと早く会いに行ってれば良かったよ」


 ジュニアは空を見上げた。


 ジュニアの見ているのは、青く晴れわたった空でなく。そのむこうの漆黒の闇、そこに瞬く星々の光だった。


「でも、遠かったからな。ちょっと、たいへんだったかもしれん。でも、いまなら、もう大丈夫だ。母さんの好きそうな金の髪だった。双子たちにも早く教えてやらなきゃな」




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