スライドショー
「えーっと、これが第一光子体」
壁スクリーンの真ん中に、青い短髪の壮年男性が大写しになる。そのにこやかな表情に、ダーの眉根がぴくりと上がった。
「あ、違う。もう光子体じゃないから、第一光子体はおかしいな」
「おかしいのは名前だけじゃないぞ」
ユズルヒノがコンソールを操作するジュニアにむかって言った。
「うちの父ちゃんが手こずるくらいだからな。ミウラヒノ、ってまるでうちの親戚みたいなこと言ってるのが、いちばんイラつく、って父ちゃんが言ってたな」
「すべての元凶と言っても良いくらいの人ですからねえ」
カオルヒノも容赦ない。
「悪気がないのがかえって始末に悪いのです」
「いまのところ行方不明だから、たいして影響はないけどな。その分、出てきたときの迷惑さははかりしれんが…。ま、いまはリーボゥディルが追ってるから、当面、俺たちには関係ない」
「どうしてリーボゥディルが?」
「この男の遺伝情報の99.99278%をリーボゥディルが引き継いでいるから…」
アンヌワンジルの問いには、ジュニアの代わりにダーが答えた。
「…ほんとうに、アグリアータも馬鹿なことをしたと思うけど。この男がいなくなると、この男の信者たちがリーボゥディルを担ぎ出そうとするの。リーボゥディルにしたって、とばっちりは御免でしょうから、見つけ出してそいつらに差し出そうとしている」
「リーボゥディルだって、馬鹿じゃないからなあ」
ジュニアは笑った。
「見つけたら、見つけたで、騒ぎが大きくなるだけだから、探すふりして自分が身を隠してる、ってのが真相に近いな」
「迷惑な人なんだね」
アンヌワンジルが、あまりに素直に本質をつくので、皆、思わず吹き出しそうになったのだが、コレについては笑い飛ばす気にもなかなかなれなくて、ちょっとした静寂がミーティングルームに降りた。
「で、次はこちら」
ジュニアが壁スクリーンに映し出したのは、腰までの銀髪をゆらす細面の男、着こんでいるタキシードが、何故だか不思議なほど似合っていた。
「デルボラ、元宇宙皇帝。自称だったって話しもあるから、なかなか喰えないおっさんだ。こっちも行方不明だが、場合によっては、俺たちで探さなけりゃならないかもしれない」
「何で探すんだ? そっとしといてやれば?」
ぶっきらぼうに言うユズルヒノに、ジュニアが笑いかけた。
「何せ、胞障壁の専門家だからなあ。これ以上を頼るとなると、お前の父さんと母さんしかいない」
「それは、ヤだなあ」
「探しましょうよ」
カオルヒノが、うっとりと壁スクリーンを見つめながら言った。
「この人、とてもかっこいいです」
必要になったらな、そう言ってジュニアはスクリーンを切り替えた。
こんどスクリーンに投影されたのは2人、ユズルヒノとカオルヒノの両親だった。
「もう、2人とも地球は出たんだろ?」
「たぶんな」
「でしょうね」
同時に肯定した双子は、顔を見合わせ、あとはユズルヒノが引き継いだ。
「地球の祖母ちゃんと祖父ちゃんは従兄弟の家に行ったから。アタシらもいないし、父ちゃん母ちゃんは地球にいる理由がない」
「こっちも同じだ」
再び切り替わった壁スクリーンに、ジムドナルドシニアとラーブドナルドが並んだ。
「俺がいないんじゃ、この2人も地球にいなきゃならない理由はまったくない。それでなくても父さんはあちこちほっつき歩いてたんだし、母さんは俺さえいなきゃ喜んでついてくだろう」
次に映ったのは4枚のパネルだった。
右からビルワンジル、イリナイワノフ、ジルフーコ、そしてサイカーラクラ。
「この4人は、一緒でいいんだよな?」
問われたアンヌワンジルは、たぶん、と答えた。
「あたしがゾンダードを出る前に、サイカーラクラ叔母さんとジルフーコ叔父さんはそろそろ宇宙に出るようなことを話してた。ママはサイカーラクラ叔母さんのことをとても心配してたから、一緒に行ったと思う。ママが出かけたら、当然、パパもついていくから」
じゃあ、これでよし、ジュニアが言って、船内のメンバーが一瞬だけ表示され、ぱたぱたと宇宙船の映像にたたみこまれた。
「ここも含めて、6拠点、同時に相手するにはむこうも骨が折れるだろう」
「って、言うか、他はおっかなすぎて手が出せないから、ちょっかい出すんなら普通にここだろ?」
「さあ? それはどうでしょうね」
ユズルヒノにむかって、エイオークニは、にこにこしながら反論した。
「ここがもし危なくなったら、他の5つが全部ここに来ますよ。そんなことになったら…、私はその5つ以外の宇宙全てを敵に回したほうが、よほど楽だと思いますけどね」
「デルボラも来ると思います?」
「え? ええ、まあ…」
突然のカオルヒノの質問に、エイオークニは苦笑しながら答えた。
「そうですか…、そうなると、いいですねえ」
うっとりと、夢見がちに言うカオルヒノに、やっぱりコイツ、宇宙に出てからオカシイな、とユズルヒノは思うのだった。
「ほほォ、そんな話ししてたカ」
ゴーガイヤが投げてよこしたトマトを右手で受け止めたジュニアは、そのまま口にあててかぶりついた。じゅっ、と甘酸っぱい汁が口の中に流れ込む。
「そう言えバ、レウインデがこないナ。こんなことになったラ、飛んでくるんじゃないかと思ってタ」
「もう来てる」
「なニ?」
トマトの半分を呑み込んだジュニアは、来てるんだよ、と繰り返した。
「この船は宇宙船とまったく同じに造ってある。光子体で入れるのは、リーボゥディルとラクトゥーナル、アグリアータ、それにあんただけだ。レウインデは時々来てるんだが、あんたの真似がうまくできたときだけ入れるようになってるから、うまくいかなくて、外殻のプラズマシールドのあたりをぐるぐる回ってるよ」
ゴーガイヤの割れんばかりの哄笑が農場に響いた。
「ああ、そうだっタ。オマエの親父とその仲間たちは、とんでもないやつらだっタ。デルボラはオレたちに、絶対にオマエの親父たちと喧嘩するな、って口を酸っぱくして言ってたんダ」
「へえ、そりゃ、初耳だな」
「そうダ。デルボラの言うことを聞いてたのは、四天王の中ではレウインデだけだっタ。オレも最初は喧嘩しタ。はじめて負けテ、次も負けテ、負けテ、負けテ。勝てないことがわかったから、オレ、戦うのやめタ」
「四天王、てのも初めて聞いたぞ」
「レウインデとタルトレーフェンとルミザウとオレで四天王ダ。タルトレーフェンとルミザウはもういない。レウインデは賢かったから残っタ。オレは、運が良かっタ」
「どのへんが運が良かった?」
「戦ったのが、オマエの親父と、アンヌワンジルの両親だっタ。だから、とても運が良かっタ。タケルヒノと戦っていたら、オレも消えていタ」
「デルボラとも戦わなかったろ?」
「オレ、臆病だからナ」
「それは、臆病じゃない、慎重、って言うんだ」
ジュニアは、食べ終わったトマトのヘタを、ぽいと地面に投げ捨てた。
「もともと臆病も慎重も同じものなんだ。生き残ったやつが慎重で、死んだやつは臆病者だ。結果しか違いはないんだよ。あんたは生き残った。だから慎重で間違いない」