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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
子供の時代
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ジュニア

 ジュニアが最近感じているのは、どうも我が家というのは普通じゃないらしい、ということだ。


 母さんは、どちらかというと、まだ普通のほうだと思う。

 父さんがたまにしか帰ってこないので、ほとんど母子家庭みたいなものだが、それで寂しいと感じたことはとくになかった。


 母さんは、外に働きに出ることはしなかったが、家のことはたいていひとりで片づけていた。


 屋根に登って雨漏りを直したり、壁の割れ目を修繕したりしていた。牛と鶏を飼っていて、鶏のほうはたいてい木曜日の晩に丸焼きになって出てくる。さすがに牛は捌いたりはしなかったみたいだが、牛乳は毎日しぼって、取りたての卵と一緒に朝食の食卓に上がる。母さんの車は中古の電動車で、よくモーターが止まって動かなくなったが、あちこちふたを開けては、適当に中を叩いたり、電源コードをつなぎなおしたりして修理していた。


 もちろん、母さんも、料理だって、洗濯だってしていたわけだが、ジュニアが大きくなると、けっこうな率でそれらの家事はジュニアの割り当てになってしまった。


「ジュニアの作ってくれるパンケーキは、本当においしい」


 などと、母さんは言うわけだが、それは、必ずしもお世辞というわけではないらしい。だからといってジュニアの料理の腕前が格別良かったわけでもないのだから、まあ、ようするにそういうことだ。


 母さんは、たぶん教育熱心なほうだと思うのだが、学校の勉強にはあまり興味がないらしい。

 逆に、ジュニアの成績があまり目立たないように注意してるみたいだった。

 ジュニアも、学校のお勉強(丶丶丶)はあまり好きではなかったから、その点は母さんと意見が一致した。


 ジュニアの勉強(丶丶)はおもに学習装置(ラーニングシステム)によっていた。


 普通の家には学習装置(ラーニングシステム)が無い、ということをジュニアが知ったのは、小学校に通いだしてからだ。

 しかも、家にあるのは原語ベースの本格的なやつだったから、情報キューブと直接接続しているのにかなり近かった。

 家での会話も原語だった。いちおうジュニアも外では英語を話していたから二か国語対応(バイリンガル)だ。


 十歳を過ぎた頃には、ジュニアも面倒になって情報キューブに直接アクセスするようになった。


 母さんは、学習装置(ラーニングシステム)をジュニアに自由に使わせていた。勉強しろ、とも、するな、とも言わなかった。

 そして、情報キューブのアクセス権設定は外してあったから、ジュニアは、普通の大人(丶丶丶丶丶)と同じように、どんな情報も自由に取り出すことができた。


 こんな感じで、母さんは父さんほどではないが、やはりヘン(丶丶)だった。


 ジュニアがまだ小さいころ、夜、目をさますと、母さんのベッドのまわりに光の玉が飛び交っていたのを見たことがある。

 翌朝、前の晩のことをたずねてみると、母さんは笑って、


「母さん、魔女なのよ」


 などと言う。


 そう言ってジュニアの顔をいたずらっぽい目で見つめる母さんは、ジュニアがあまり怖がらなかったので、少し残念そうな顔をした。


 光の玉は光子体(リーニア)だ。


 学習装置(ラーニングシステム)にだってしょっちゅう出てくるのだから、そんなことでジュニアをだませると思う母さんは、ヘンだと思う。


 アグリアータ伯母さんは、けっこうな頻度で家に来ていた。リーボゥディルもだ。ラクトゥーナル伯父さんはたまにくる。

 アグリアータ伯母さんは、母さんの遠い親戚だと言っていた。もちろん、母さんのほうに用があるのだが、ジュニアともよく遊んでくれた。

 光子体(リーニア)と遊ぶのはいろいろ大変だったが、そこそこ楽しかった。リーボゥディルはひとりでもよく来たが、みょうに兄貴風を吹かすので、少し苦手だった。


 ジュニアも、他家(よそ)には光子体(リーニア)はあまり来ないらしい、というのは薄々感ずいていたので、光子体(リーニア)のことは学校では言わないようにしていた。


 もちろん、家に来るのは光子体(リーニア)だけではない。


 人間だって来る。


 ボゥシュー伯母さんは、年に二回、春と秋にやってくる。


 ああ、違った。


 もうナミコヒノ伯母さんなのだ。タケルヒノ伯父さんと結婚してナミコヒノになったのに、とナミコヒノ伯母さんは、ときどきこぼす。当のタケルヒノ伯父さんですらときどき間違えるので、この件については、伯母さんはとてもかわいそうだ。


 ナミコヒノ伯母さんは、だいたい2週間くらい滞在するのが常だ。


 母さんは、ナミコヒノ伯母さんが来るのを楽しみにしているのだが、実際に伯母さんに対峙するとみょうに緊張している。


 伯母さんが、母さんの主治医だからだろう。


 母さんの髪は、普段、栗色だが、あれはウィッグだ。ナミコヒノ伯母さんと二人だけで部屋にいるときは、母さんはウィッグをとる。ジュニアはこっそり覗き見たことがあって、母さんの本当の髪が艶やかにかがやく紫色なのを知っている。


 伯母さんが家にいる間は、もちろん、双子も一緒にやってくる。


 双子とはよく遊んだ。


 ユズルヒノとカオルヒノは似ているとみんな言うけれど、実は2人はかなり違う。


 ユズルヒノはいつも元気いっぱいで、ジュニアを引っ張って、山でも川でもどこでも行こうとする。

 カオルヒノは、どちらかというと、家で本を読んでいたいたち(丶丶)だ。

 ただ、いつも一緒にいたいのは2人とも同じなようで、そのへんは2人でどうにか都合をつけているらしい。

 いきおい、ジュニアの意見みたいなものは、あまり取り上げられることはなかったが、2人ともジュニアが好きだったので、3人はよく一緒に遊んだ。


 ジュニアも双子が好きだ。


 学習装置(ラーニングシステム)を使っているのが近所ではこの3人だけ、というのも関係があるかもしれない。


 近所、と言っても、ノースダコタとトロント、アメリカとカナダだからちょっと遠いが。


 最近は、2人ともちょっとおませさん(丶丶丶丶丶)で、ジュニアも少し手こずっている。「どっちをお嫁さんにしてくれる?」と、頻繁にたずねてくるのはカオルヒノのほうだ。


 それについては、ジュニアも、ユズルヒノも、聞こえないふりでごまかしていた。


 まあ、双子は良いとして、

 タケルヒノ伯父さんは、いろいろとつかみどころがなくて難しい。


 悪い人ではないのだが。


 気がつくと、いつのまにか、ジュニアの視界に入ってくる。


 そういうときは不思議と、母さんも、ナミコヒノ伯母さんも、双子も、みんな一緒にいるのだった。


 タケルヒノ伯父さんはその家族の輪のすみでいつもニコニコしていた。それが彼の仕事みたいだった。


 ことによると、

 それが本当にタケルヒノ伯父さんの一番大事な仕事なのかもしれなかった。



 母さんも、たいがいヘン(丶丶)だったが、父さんはもっとおかしかった。


「男はベッドなんかに寝るもんじゃない」


 と、常に言っていた。


 ま、一理あるかな、とは思ったので、ジュニアもソファで寝起きしていたのだが、それを見つけると必ずどかす。


「俺のソファで寝るな」


 そして、父さんは家にいる間中、そのソファに寝ていた。


 それについては、ジュニアはとくに反論はしなかった。大人には大人の都合があるんだろう。


 家にいるときの父さんは、車の後部座席にジュニアを押し込んでドライブに出かけることが多かった。

 助手席には母さんがいて、こういうときの母さんは機嫌が良すぎて、頭がおかしくなったんじゃないか、とジュニアでも思うほどだ。

 父さんの車の乗り心地は最低で、いまどきガソリン車だというのはともかく、屋根すらないのはどうかと思う。


 一度、ジュニアは父さんに抗議してみたのだが、


「そこいら中に空気があるのに、機体を密閉にする必要があるのか?」


 という、わけのわからない答えが返ってきたので、もうたずねるのをやめた。


 乗り心地はともかく、ドライブそのものは楽しかった。


 たまにしか現れないわけだから、家にいるときはジュニアも父さんのことをさりげなく観察している。


 だが、


 見られているのを知っているからか、家では、父さんはなかなか尻尾をつかませない。


 父さんが家にいるときは、いつもより夕食の料理が美味しくなっているとか、学習装置(ラーニングシステム)の使い勝手が微妙に良くなっていたりするので、何かしているような気がするのだが、見た目はソファに寝転がっているだけだ。


 思いきって、父さんの留守中、母さんにたずねてみたことがある。


 父さんは、いったい、家にいない間、何をしているのか、と。


 ジュニアの問いかけに、母さんは、急に愛想をくずし、恋する乙女の顔になって、言ったものだ。


「いろいろやってるみたいだよ。第2類量子コンピュータを適合する胞障壁(セルレス)に運んだり、未開民族の人身御供をやめさせたり、ファライトライメンの執政官に会ったり、宇宙皇帝と戦ったり、宇宙英雄のクローンの行方を探したり…」


 父さんのことを思い浮かべると、とろけるような顔になってしまう母さんだが、ジュニアは我慢してとりとめのない母さんの話しを聞いていた。夢見がちな乙女の妄想にしては、細部にみょうな現実感がありすぎるので、まるっきりの嘘でもないらしい。


 それは、それで問題ありだとは思うのだが。


 父さんのどこが好き? と、たずねると一瞬の迷いもなく「顔」と答える母さんだった。


「ほんと、お父さんは、とてもかっこいいわ。ジュニアそっくり」


 母さんは、自分のことを、遠い星から来たお姫様だと言う。


 ジュニアは、まだローティーンとはいえ、学習装置(ラーニングシステム)による早期教育のおかげもあって、もう十分に分別はつく。


 そして、ジュニアは、母さんの言葉が真実であることを知っていた。



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