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はじまりの唄

言葉の数だけ 唄がある

誰かへのメッセージだったり

自分への喝だったり

青春時代の思い出だったり

いろんな唄があるけれど

どんな唄にも 作った人の気持ちがこもってる

これから始まるながいながい唄が

誰かの心に届くなら

これほど嬉しいことはありません

「自分はタイムスリップでもしてしまったんだろうか」


目が覚めた時、優真は真っ先にそう思った。


優真がそう思うのも無理はない。電車が発車した後、程よい揺れに心地よくなり意識がだんだん遠のいて、いつの間にか眠りに落ちていた。その数十分後、間もなくの到着を呼びかける車内アナウンスで起こされると、辺りの景色が出発時と一変していたのだ。林の如く並ぶビルや忙しそうに行き交う人々はどこにも見当たらなくなっており、代わりに辺り一面が昭和の景色になっていた。


パズルのように規則正しく並んだ田や畑。

農作業をする老夫婦や、春だというのに虫取網を振り、走り回る子供達。

それら全てを見守るように、どっしりと立つ山。

都会から来た人間だとしたら間違いなく故紙を抜かすであろう田舎の景色がどこまでも広がっていた。

しかし、優真が生まれ育った街は、東京のような大都会という訳ではない。ただ、田舎の県の県庁所在地であるので、そこの県民からしたら‘都会育ち’ということになる。東京都民からしたら田舎者の優真でも、電車が目的地に近づくにつれて‘都会者’になっていった。

それでも1つ良かったことは、優真は田舎が好きだということだ。幼い頃、両親とよく山や川へ遊びに行っていた思い出があるからか、田舎イコール楽しいところ、と認識していた。だから、この‘タイムスリップ体験’は優真にとっては言い知れぬわくわく感を誘うものであった。

間もなく、電車は終点であり優真の目的地である輪立駅に到着した。コンビニもない、改札と古いトイレだけの小さな駅だったが、優真は気にならなかった。リュックを背負い、駅を出て、街の方へ向かうにつれ、わくわく感は一層強まっていった。自然と足も早まる。街には、スーパーマーケットやコンビニはあったが、決して多いとは言えなかった。代わりに、輪立南横丁という商店街があり、そこが主婦を始めとする村人達の買い物の場となっていた。そして、その輪立南横丁の中の1つの店が、優真がこれから向かう場所である。横丁に入ると、優真は周りの威勢に驚いた。八百屋、魚屋、肉屋、靴屋、寿司屋・・・。とにかく上げればきりがないほどの専門店がずらりと並んでいた。

「すげぇ、駄菓子屋もある。懐かしいな」

幼い頃、昭和を舞台にしたアニメを何本も見てきたが、その世界が今目の前に広がっている。不思議な安心感と感動を感じた。

「やあ、そこの眼鏡の兄ちゃん」

‘眼鏡’という名刺に反応し、優真は振り向いた。中学入学と同時に眼鏡をかけ始めてから、それまで外見にたいした特徴のなかった優真にとって、眼鏡は唯一のトレードマークとなったので、眼鏡と呼ばれると自分だと反射的に気づくようになった。優真を読んだ声の主は、今時珍しい、移動式豆腐販売屋だった。

「おめ、この辺じゃ見慣れない顔だな。新人か?」

「はい、今日からこの村でお世話になります」

地方独特の訛りのある豆腐屋の声に比べ、優真の標準語は引き立つ。

「都会もんだな?」

「はい、県庁から来ました」

「この時期になるとなぁ、進学さ言って移り込んでくる若いもんが多いもんな。おめえもそうか?」

「はい」

やっぱり多いのか、と思った。

「ほんなら引っ越しと入学祝いしねえとなぁ。おめ、どうせ寮で独り暮らしならおらんち来いよ」

優真は慌てて首を振った。

「いや、俺下宿なんで!今から下宿先に行くとこなんです…。だからせっかくですけど、遠慮しときます。…すみません」

「おう、そうかい」

本当に申し訳なかったが、豆腐屋はそれほどがっかりしてるようには見えなかった。むしろ、少し嬉しそうな顔にも見えたが、それは、初めて見知らぬ村に来た若者が一人で新生活を歩まなくていいことへの安心感のようだった。

「んでおめ、下宿先はどこなんだ?」

「え、満彩亭っていう和食屋ですけど…」

「まん…さい…」

豆腐屋は少し考え込むと、おおっと声を出した、

「満彩亭か!一徹さんとこの!」

「知ってるんですか?!

「当然だべ!この横丁は皆家族みてえなもんだ。おらだけじゃねえべ。そこの八百屋も魚屋も、みーんな互いに顔見知り。輪立南横丁は一世帯の仲間だべ」

その言葉から、この豆腐屋を始め、横丁で働いている人達は皆、心から輪立南横丁を、輪立村を大切にしていることが、新参者の優真にも分かった。そんなところで自分も過ごせることに、改めて嬉しさを感じた。

そして豆腐屋は、まだ残りの分を売らないかんから、と去っていった。優真に、頑張れよ!と周りが振り向くほどの声で叫びながら。優真もそれに応えるように、腹の底から言った。

「ありがとうございましたぁー!」


それから満彩亭まではそれほど長くはかからなかった。平日の昼間ではあるが春休みのせいかにぎわっている横丁を数分歩くと、古ぼけた和食屋が見えてきた。隣は空き地になっており、地元の子供達がボールを蹴って遊んでいた。なんとも微笑ましい光景だ。満彩亭には、店名が書かれた暖簾がかかっており、出入口には、‘定休日’と油性ペンで書かれた貼り紙があった。日曜、祝日に加えて、優真が来る今日も休みにしてくれたのだ。

「ごめんくださーい!」

しかし、返事はない。おかしいなと思って、店の脇にある車庫を覗くと、車はなかった。子供用の水色の自転車が塀沿いに置いてあるだけだ。

「留守かな」

ひょっとしたら、車検かなんかかもしれない。今日来ることは、2、3週間前から伝えてある。中学の卒業式が終わって数日後の3月中旬に、両親と共に挨拶に来てそう約束したのだから知らないはずがない。

「こんにちは!開けますよ!」

鍵が掛かっているだろうと思いながらも、ガラスの引き戸に手をかけた。すると意外にも、引き戸はガラガラと音をたてて開いた。中には、木製のテーブルがいくつも並んでおり、壁にはメニュー板がかけられたいた。所々、ビールのポスター等もあり、居酒屋っぽい雰囲気だ。奥に厨房があり、カウンターに面していた。厨房は銀色、それ以外の所は木で出来た、優しい色が基調となっていた。和食屋だから当然だが、‘和’の雰囲気が広がっていた。

もう一度、自分が来たことをアピールしようと、声を出そうとした。その時、厨房を囲むカウンターの端のさらに奥にある階段から、人が降りてくる気配を感じた。軽快な足音はだんだん近づいてくる。

「あっ」

「おっ」

優真と少女は、ほぼ同時に互いの姿を認めた。互いに覚えのない顔だった。階段の3段目で足を止めた少女は言った。

「すいません、今日お店休みなんです」

「いやっ違います!俺は…客じゃなくて…」

「え?」

「あっ、あの…」

この店の大将は40代後半の男性だったはずなのに、目の前にいるのは、小学生くらいの女の子である。驚いて、言いたい言葉が出てこず、嫌な沈黙を作ってしまう。

「えっ…まさか、泥棒⁉」

「え…違…」

優真が言い終わらないうちに、少女は厨房に飛び込み、大きなフライパンを取り出してきて、優真に向けた。

「出てき!」

「違うってば!」

少女はフライパンを優真に向かって振り回した。子供には重すぎるせいか、落ちるようにぐるんと回る。かろうじて避けたが、少女はめげずに何度も攻撃してきた。

「子供だからって甘く見ないでよね!」

「だから違うんだ!聞いて!」

優真の言葉には耳を貸さず、少女は必死に優真を出入口まで追いやった。店を守ろうと必死なのだ。それもそうである。少女には優真は、穏やかな顔をして凶器を隠し持った凶悪犯に映っているのかもしれない。これは一旦退出すべきかと判断し、優真は諦めてガラスの引き戸を開けようとした。すると、戸は優真が開ける前に自動で開いた。外から開けられたのだ。

その瞬間、店内に怒声が響いた。

「こらーっ!実音(みこと)!!」

顔を真っ赤にして、その男は少女からフライパンを取り上げ、ガツンと一喝した。

「このバカたれが!!」

その迫力に、少女だけでなく優真も肩をすくめてしまった。

「お父さん…」

少女は蚊の鳴くような怯えた声だった。この‘お父さん’こそが、満彩亭の大将の高萩一徹である。

「娘さんだったんだ…」

思わず呟くと、恐ろしい形相だった一徹は、パッと優真の方を振り返り、人が変わったような明るい顔を向けた。

「おお、すまんすまん。えっと、石月……何くんだっけか?」

「優真です」

「そうだそうだ。優真くんだ。すまなかったな。初日からみっともないの見せちまってよ、驚いたろ」

「ええ、まあ…」

一徹は豪快に笑うと、娘の肩を叩き、優真に向けさせた。

「これな、おらの娘の実音(みこと)だ。今、小4。この前、優真くんが啓真さん達とうち挨拶来てくれた時、こいつは学校だったから会えんかったもんな。ほれ、実音、挨拶しな」

啓真というのは優真の父親の名前だ。一徹と啓真は親しい仲なのである。一方、娘の実音はうつむいて黙り、優真と目を合わせない。さっき、下宿生である優真に失礼なことをしたので気まずいのだろう。その気持ちは、被害者の優真にも分かっている。一徹は、無愛想な娘に怒っているようだったが、優真はとっくに許していた。

「よろしくな、実音ちゃん」

実音の背の高さに合わせて優しく言うと、実音は目をそらした。肩をつかんでいる一徹の手を振りほどくと、その場から逃げるように、小走りで2階へ上がっていった。

「こら!どこいくんだ!」

「いいんですよ、一徹さん」

呆れ果てる一徹をなだめるように言った。

「俺も子供の頃はああでしたから。気持ち分かります」

「優しいやつだな、おめえは。お父さんの遺伝か?」

二人でふっと笑うと、一徹は、優真がこれから使う部屋へ案内してくれた。先程実音が上がっていった階段を上がると、ミシミシときしむ音がした。2階には、階段を上がるとすぐ和室が2室、角を曲がるともうう1室、その隣にバス、トイレがあった。2室並んでいるうち手前の部屋が優真の部屋だ。

「今日からおめんちだ。自由に使ってええからな。長旅で疲れたろうから、まずはゆっくり休め」

そう言い残し、一徹は優真をひとり、部屋に残し出ていった。畳の香りがほんのりとする、落ち着いた部屋だった。手作りであろう木の机が1つと、紺色の座布団が1枚、窓際においてある。タンスはどの棚も空っぽだった。その向かい側に押し入れがあり、丁寧に畳まれた布団が上段に、プラスチックのクローゼットが下段に入っていた。

リュックを下ろすと、優真は畳の上に大の字に寝そべった。電車の中で居眠りをしたのに、また眠くなってきた。しかし、ここで目を閉じたら、明日の朝まで寝てしまう気がして、重い体を起こした。ふうっと深呼吸をする。

その時、壁の向こうからかすかに物音を感じた。

「そういえば…」

少しためらったが、勇気を出して行くことにした。ここで自分も避けたら、いつまでも仲良くなることは出来ない。隣の部屋のドアの前まで来て、ノックをした。

「実音ちゃん、優真です」

物音は止まり、時計の秒針が聞こえるくらい静かになった。

「入ってもいい?」

「……」

「入るよ?」

回りにくいドアノブに手を掛けた時、中から、ダメ、と声がした。

「入ってこないでよ」

「ごめん」

それでも優真は、まだ立ち去るつもりは無かった。

「ごめんね。いきなり押しかけちゃって」

「……」




 


 



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