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四肢変貌


「二対一か。いい。実にいい! 俺を前にして此処までしぶとく生き残った奴は初めてだ。今日は良い日だなァ、おい。初めてのことだらけだ。やっぱり降りてきて正解だった。この――人間界にッ」


 殺人鬼は両腕を再生し、嬉々として攻めの姿勢を取った。


「来るよ」


 折部凛は瓶の蓋を食い千切るようにして開封する。中身は聖水。それを携えた鈍色の剣に注ぎ、来る殺人鬼に応戦する形で振るう。刀身が清められた事で、綻んだ刃に鋭さが戻ったのか。鬼の爪と衝突したそれは、すこしの刃こぼれもなく拮抗する。


「行けッ」


 爪と剣が接触し、互いの勢いを打ち消し合い、双方の動きが止まる。

 それを好機とし、折部凛の脇を擦り抜けて殺人鬼に肉薄した。近付けさすまいと、もう片方の鬼の手が迫り来る。しかし、捕食の能力を前にその攻撃は通用しない。引っ掻くように指先を折り曲げて手の平を薙ぎ払い、捕食する。

 そして更に踏み込み、手の平を押し出した。


「おっとォ!」


 だが、それは身を捻るだけで軽々と躱される。その上で、更に肩を使ったタックルを食らう。痛みのない衝撃が肺を圧迫し、呼吸が荒れる。二歩三歩と後ずさり、そこで踏み止まるも追撃がくる。再生した鬼の片腕が一閃を描く。


「させるかッ」


 束ねられた爪が槍の如く突き出された直後、その鬼の腕に剣が突き刺さる。

 殺人鬼は、俺に意識を向けすぎていた。ゆえに折部凛の対処が疎かになり、反撃を許すという結果を生む。清められた刀身は容易く鬼の腕を貫いて、その攻撃を阻害した。更に、それだけに止まらない。

 折部凛は瓶をまた食い千切るように開封し、その中身を殺人鬼に撒き散らした。


「あぐッああああああッ!?」


 聖水を浴びた殺人鬼は絶叫を上げて後ずさる。聖水を浴びた箇所からは煙が上がり、熱した鉄に水を浴びせたかのような音が鳴る。これが聖水による浄化作用。悪しき者を滅するという効果。穢れを祓うということ。

 畳みかけるようにして鬼の手に突き刺した剣を抜き払い、折部凛は追撃を加える。聖水に怯んだ所への攻撃は素直に通り、その身を何度も刃で刻む。しかし、それは有効打にはなりえず、刻まれた傷は次の刃を受ける頃には回復し始めていた。


「調子にッ乗るなッ!」


 殺人鬼はその剛力にモノを言わせ、がむしゃらに、無差別に両腕を振るう。その結果、運悪く剣を弾かれた折部凛の体勢が大きく崩れる。そこを奴は見逃さず、両の腕で挟み込むように、ギロチンのように、攻め掛かった。


「させる――かッ」


 限界を超えた脚力で地面を蹴り、折部凛の前にまで割って入る。左右からほぼ同時に迫る鬼の腕に対し、受け止めるように両手を広げた。左右に向けた手の平は、鬼の両腕を捕食する。

 そう、両腕の捕食には成功した。


「あがッ!?」


 腹部に再び、強烈な痛みと衝撃が生まれ、それに身を攫われる。どんな抵抗も意味を成さず、左斜めの方向へと飛ばされた。地面と接触し、何回転もしてようやく勢いが止まる。

 鬼の両腕を捕食したあの状況で、いったい何が俺を吹き飛ばしたのか。それを確かめるため、視線を正面まで押し上げると殺人鬼よりも先に、後退した折部凛の姿が目に映る。俺を助けに来たのか、一人では不味いと思ったのか。ともかく、その先の殺人鬼に目を移した。


「くっそ、今度は足かよ」


 腹部の負傷を残存する生命力で再生させながら、ゆっくりと立ち上がる。

 眼前には、四肢を変貌させて鬼の手足とした殺人鬼がいる。両腕のみならず、両足まで鬼になった。俺はあの足に蹴飛ばされた。人一人を吹き飛ばす脚力は、当然、人のそれじゃあない。つまり、あいつは先ほどよりも更に速く動いてくる。


「怪我は?」

「もう再生した。問題ない。だが、厳しいな」


 たびたび鬼の腕を捕食したから残存した生命力には、まだすこしだけ余裕がある。とは言え、最初に食らったような攻撃をまた受けたら、恐らく全快になれはしても、まともに動けない。活動維持に使う分の生命力を残すという意味合いでも、そう悠長なことはしていられないだろう。

 それに俺は多少の負傷なら直せるが、折部凛はそう言う訳にいかない。


「その再生は……後どれくらい持つ?」

「さぁな。捕食しつつ上手く戦えれば長く持つ、かも」

「そうか。なら、あいつと一人で戦って、何秒持つ?」


 その質問の意味を一瞬考えて、折部凛に何か策があると知る。


「素人判断だが、よくて三十秒くらい。悪くて十秒。それ以上は再生が追いつかない」

「上等。それだけあれば十分だ」


 新たに瓶を開けて、剣に聖水を注ぐ。

 かと思えば、折部凛はその剣先を地面に突き刺した。


「気張れよ、誠一郎。二十秒だ。二十秒だけでいい、持ち堪えてくれ。それだけあれば、私があいつの動きを止めて見せる」

「できる、のか? そんなことが」

「私はこれでも歴戦の戦士だぜ? 止めてみせるさ、意地でもな」


 その視線は真っ直ぐで、瞳には嘘偽りなどなかった。


「分かった。二十秒だな? 持ち堪えてやるさ。あぁ、たったの二十秒だ」


 果てしなく長い、二十秒だ。最初の攻防も、折部凛の介入がなければ十秒も経たずに終わっていた。しかも、今度は更に鬼の両足まで追加されている。以前と同じくらいの生命力があるとはいえ、難しい時間稼ぎだ。

 けれど、持ち堪えて見せよう。稼ぎ切って見せる。それ以外に、勝てる方法がないのなら。

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