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敵の敵は


「くぅ……今の装備じゃキツいか」


 折部凛は苦戦していた。あの変形した片腕の剛力に、圧倒されてしまっている。繰り出される攻撃の一手一手を辛うじて捌いているが、殺人鬼の爪を剣で弾くたびに刃に綻びが出来ていた。あれでは、長くは持たない。

 だから、直ったばかりの足で駆け抜けた。

 体内に残った微かな生命力を足へと注ぎ、肉体の限界を超えて走る。自らの足跡で弧を描くようにして周り込み、折部凛と戦う殺人鬼を側面から強襲した。手の届く範囲にまで肉薄し、到達し、踏み入り、殺人鬼の顔面に手を伸ばす。


「がはッ!?」


 けれど、その手は空を掻いた。手が届く寸前で脇腹に衝撃が生まれ、地面に叩き付けられたからだ。身体は大きく刎ねて、身を削りながら転がった。けれど、すぐに体勢を立て直して二本足で立ち上がる。


「こいつは、たまげた。お前、たしかに殺したはずなのに、どうして生きてる」


 殺人鬼のもう片方の腕、まだ人間の形を保っていた部分が変貌していた。片腕と同じ鬼の腕となっている。あれが俺を払い除け、地面に叩き付けた。右腕、左腕ともに人のそれではない妖怪のモノになっている。

 その風貌はもはや、バケモノと遜色ない。


「誠一郎……あんた、どうやって」

「説明している暇はない。お前は下がってろ、こいつは俺の獲物だ」

「そう言う訳にはいかない。こいつは……一人でどうにかなる相手じゃあないだろ」


 にわかには信じがたいモノを見た。そう言う感情を孕んだ声音で話ながら、折部凛は剣を構える。今、注視すべきは奇妙な復活を果たした俺ではなく、殺人鬼のほうだと理解している証拠だ。

 それは俺に取っては都合が良く、またこの状況においての最良の選択だ。他を気に懸けながらでは、こいつの相手は勤まらない。


「そうか! 思い出した。お前、すこし前に俺が殺した奴だ。ちょうど此処と似たような公園で」

「あぁ、そうだよ。俺は桜の木の下でお前に殺された。でも、戻ってきたんだ。お前を食うために」

「はっはー! いいね、いいね! 今まで数え切れないほど殺して来たが、殺されて戻って来た奴はお前が初めてだ。そして! 同じ奴を二度殺すこともなァ!」


 殺人鬼の標的が折部凛から完全に移り変わり、俺のほうに移動する。

 地面を蹴って駆け出したかと思えば、次の瞬間には鬼の両腕が攻撃動作を取っていた。

 一瞬、それが槍に見えるほどの一閃だった。爪を束ねて突貫力を増した二本の腕が、常人が捉えられる速度を超えて馳せる。周囲に満ちる空気を貫いた二本が、狂いなくこの半生半死の身体に迫った。

 しかし、如何に槍の如く鋭くとも腕は腕だ。


「まずはその両手を貰う」


 この手で、能力で、食えない道理はない。

 二本の槍が迫る最中、それを払うようにして両手を振るう。肉体の限界を超えて空を掻いた手は、、鬼の腕に触れた瞬間に捕食の能力を発動する。その禍々しく、無骨に変形した鬼の手を食らい。一息に肘関節までを捕食する。


「なにッ!?」


 驚愕の声が上がり、殺人鬼にブレーキが掛かる。それ以上の前進を止めるため、地面に足を付けて勢いを殺しにかかった。けれど、それを行動に移すのが遅すぎる。

 鬼の両腕を捕食したことによって得た生命力。それを身体に循環させ、総ての身体能力を大幅に底上げする。同時に、こちらから殺人鬼に向けて踏み込み、間を置かずに距離を詰めた。目と鼻の先にまで肉薄し、この手を伸ばす。


「なめるなッ」


 そう殺人鬼が叫んだ直後、視界から消え失せる。手を伸ばした先にいた筈の獲物が消失し、捕食の能力が不発に終わる。到達点を失い、あえなく空気を押した手を止めながら、完全に停止するまで目で殺人鬼の行方を探す。

 その短い時間のうちに、視界の端に奇妙なモノが映り込んだ。

 地面に刻まれた半円の線。それは俺正面から始まり、俺の背後にまで続いていた。それを認識し、意味を理解した時、俺は直ぐに足を止めて、背後を振り返った。


「残念、もう遅い!」


 再生した鬼の腕をもって、攻撃動作をする殺人鬼がそこにいた。防御も、迎撃も、すでに間に合わない。

 生命力はあと幾ら残っている? 鬼の手を捕食した際の生命力で傷は直るだろうか。眼下に捉えた攻撃に為す術もなく、思考だけが回転する。しかし、それは俺達の間に介入して来た鈍色の剣によって、断ち切られた。


「ヘイ。寂しいじゃないか。私を無視するなよ」


 鈍色に輝く剣は掬い上げるような軌道を描き、振り下ろされた鬼の腕を断つ。刎ねられた腕の先は宙を舞って地に落ちる。攻撃は、俺にまで届かなかった。


「チィッ!」


 折部凛が繰り出す二の太刀を躱すため、殺人鬼は大きく後退する。

 彼女はそれを追うことなく、敵を見据えながら静かに剣を構え直した。


「誠一郎、まだ動けるか」

「あ、あぁ」


 命拾いしたことに驚きと安堵を感じつつ、そう返した。


「なら、気合いを入れな。二人であいつを倒す」

「い……いのか?」

「聞きたいことは山ほどあるけど、今はあいつを倒すことが先決だ。そうだろ?」

「そう、だな。まどろっこしいことは後回しだ」


 折部凛にとって俺が何者であるかなど、現時点では気に止めることでもないようだ。いや、気にしては居るだろうし、疑問にも思っているだろう。けれど、問い詰めたり、追究したりしないのは、目の前の強敵をそれほどまでに警戒しているからだ。

 敵の敵は味方。つまりそう言うことだ。

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