瓦礫の中で
「な、にが……起こったの?」
自分の真下から声がする。誰かの声、聞き覚えのある声。そうこの声はたしか、瀬戸内か。そう理解して数秒後、頭に鈍い痛みが走る。頭の中で痛みを伴う鐘の音が、がんがんと打ち鳴らされているかのような鈍痛がした。
どうやら頭を打ったらしい。
「あんた、血がッ」
血?
霞む目をこらして見ると、視界の淵から真っ赤な液体が滴り落ちているのが見えた。雫は重力に引かれ、瀬戸内の胸元を赤く穢している。まだ、身体の中に血が残っていたらしい。
「悪い、服……汚したな」
「そんなの良いわよ! それより頭ッ」
「大丈夫、だ。そんなに……痛くない。頭の怪我は、軽くても血がたくさん出るんだよ」
それよりも、どうなった? いまどんな状況だ?
痛む頭で状況の整理を付けていく。とりあえず、自分の下に瀬戸内がいた。自分が覆い被さるような体勢になっている。それにやたらと背中が重い。何かが乗っているみたいだ。いや、違う。たぶん、ここは瓦礫の中だ。
どうしてこうなった? たしか狐の妖怪が見えて、それからけたたましい轟音が鳴った。
吹き飛ばされたのか? だとしたら、助けられたのは瀬戸内だけか。残りの二人が安否が気になる。銀が上手く保護してくれているといいんだが。
「瀬戸内。お前、動けそうか?」
「う、うん」
「なら、何処か隙間を探して抜けてくれ。俺が頭を上げると瓦礫が崩れそうなんだ」
「あんたは、どうするのよ」
「なんとかする。さぁ、早く行け」
強い口調で追い出すように言うと、瀬戸内は素直に従った。
身体を捻ったり捩らせたりして辺りを調べ、丁度良い隙間を見つけたのか。匍匐前進の要領で瀬戸内は瓦礫の中からの脱出を成功させた。瀬戸内が視界から消えて数分後、それなりに大きな声が聞こえてくる。
「私はもう大丈夫だから!」
「そう、か。これでようやく、俺も抜け出せるな」
四肢にありったけの力を込めて、背中の瓦礫を押し返す。上半身を持ち上げ、片膝を立ち上げ、徐々に徐々に、少しずつ少しずつ、身体を持ち上げる。瓦礫が大きな音を立てて崩れ、砂埃が舞う。しかしそれでも更に強い力を込めて、立ち上がった。
そうすることでやっと、瓦礫の中から脱出することが出来た。
「だ、大丈夫、なの?」
「あぁ、なんとかな」
しかし、身体の損傷が激しい。肉体の至る所が痛みという名の悲鳴を上げている。生身の身体なら確実に死んでいた。それほどの衝撃に襲われた。そう考えると、瀬戸内が無事だったことに心底ほっとする。
庇い損ねて死なれでもしたらトラウマものだ。たとえ、どんな奴でも目の前で死なれるのはキツい。
「ここ、教室か?」
「たぶん、でも私達のじゃあないみたい」
瀬戸内が指さしたほうを見ると、天井が崩れ果てているのが見えた。もはや天井が天井ではなくなり、此処から他の教室が幾つか見えている。それ程までにデカい穴を作ったのは、紛れもなく俺達を吹き飛ばしたなんらかの力だろう。
よく身体がバラバラにならずに済んだものだ。
「あの狐は――来ない、みたいだな」
天井を見て警戒はすれど、あの狐の妖怪の気配はない。俺と銀が途中で妨害しようとしたから、降霊が不完全に終わったのか? だとしたら不幸中の幸いだ。これで多少なりとも落ち着く時間が取れる。畳みかけられるように襲われないだけ、ずっとマシだ。
「どうしよう、こんなことになって」
「どうしようもないだろ。とりあえず、休憩だ」
瓦礫だらけの場所から移動して、何処の誰とも知らない生徒のイスに腰掛けた。それからゆっくりと身体の再生を開始する。即座に治癒しないのは、瀬戸内に不自然に思われないためだ。
時間を掛けて生命力を流すことで、表面上の傷以外の怪我を治癒させる。こうすれば不審に思われないだろう。
「もう何がなんだか……こんなの、ありえない」
「わからないなら、考えない方が良い。あんなデカい音がしたんだ、そのうち誰かが来るだろ」
「……そう、よね」
とは言うものの、恐らく外部からは誰も来ない。もしあの轟音が外部に聞こえていたのだとしたら、真っ先に警備員が此処にくるはずだ。だが、そうならない。誰も来ない。つまり、校舎が崩壊したことをまだ誰も知らないのだ。
知ることが出来ない。気が付くことができない。そんな状況下に、俺達はおかれている。
結界。その言葉が頭に浮かぶ。あの鴉天狗も使ってきたものだ。もし狐の妖怪が不完全ながらも降霊した瞬間、轟音と衝撃と共に結界を張り巡らせていたら。この件はきっと翌日の朝まで誰も気が付かない。
脱出することも、叶わないだろう。
「こんなことになるなら、肝試しなんて」
腰を抜かしたように、瀬戸内はその場に座り込んだ。
後悔先に立たずと言う奴だ。俺がいなければ、瀬戸内も今頃は生きていないだろう。
「そう言えば、どうして俺を肝試しに誘ったんだ?」
「え? あぁ、それは……昨日、連れてくるようにって言われたから」
「こっくりさんにか?」
「うん」
話が見えないな。昨日、三人がこっくりさんをしたことは知っている。だが、それで何故、俺の話が出て来るんだ? それも呼び出された妖怪からの指名と来ている。当然ながら、俺に妖怪の知り合いなんていない。
銀は、妖怪かどうかも不明だしな。
「どんな質問をすれば、そんな答えが返ってくるんだよ」
「えっと、その……気になってたのよ。私も、よしみも、有也も」
「何が」
「あんたと、あのバイクの人との関係」
バイクの人と言うのは、つまり凛のことを指しているのだろう。
金曜日の放課後、校門の前で俺達五人は一度、出会っている。たぶん、狐の妖怪は一人でも多く獲物が欲しかったんだろう。だから、初対面だった凛を断念し、三人と交流があった俺を呼ぶように仕向けた。
それが俺が肝試しに誘われた最大の原因、そして瀬戸内が命拾いをした理由だった。
「お前らなぁ」
「わかってる、わかってるから。あんたを巻き込んだことは……その、謝るから」
「謝らなくていいよ、怒ってないから。心底、呆れ返ってるけれどな」
正直、微妙な気持ちだ。
俺が半生半死にならなければ、凛と知り合うこともなかった。なら、今日、俺が肝試しに誘われることもなかっただろう。しかし、そうなると三人は狐の妖怪に殺されていたかも知れない。凛との件があろうとなかろうと、三人はいずれこっくりさんを行っていただろうから。
三人は俺と凛の関係を問うたことで、寿命が一日延びたのだ。
そう考えると、結果的に良かったのではと思えてくる。残りの二人の安否は知れないが、とにかく瀬戸内だけでも救うことが出来たのだ。一人でも助けられたのなら、それは良いことだ。すくなくとも最悪ではない。




