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不気味な誘い

「それじゃあ、行くよ」


 宣言のもと、刀の鋒が煌めいた。

 折部凛は目に終える程度の速度で刀を振るい、上下左右から攻め立ててくる。俺はそれら一つ一つを確認してその軌道を遮っていく。一閃、二閃、三閃と、次々に繰り出される剣戟を総て防ぐ。すると、折部凛はなぜか含み笑いをした。


「次から速度を上げるよ」


 瞬間、折部凛の身体が沈み込んだかと思えば、下方向から強烈な一撃が見舞われる。それには受け止めた紅桜を通して、振動が腕を駆け上がるほどの衝撃があった。速度だけじゃあない、確実に威力も上がっている。


「ちょ、ちょっと待ってって!」

「いいや、待たない」


 聞く耳もたず。静止の言葉も聞かず、折部凛は更に剣速を上げてくる。堪らずに地面を蹴って後退を試みるが、それを容易く見逃してはくれず、一向に距離が開けない。その間にも連撃は続き、もう剣の軌道を目で追うことすら叶わない。

 何処から攻撃が飛んでくるかは、反射に頼らざるを得なかった。


「あ――れ?」


 だが、それでも俺は攻撃を凌いでいた。

 攻撃を目で追いきれず、防御も反射に任せきり、尚且つ後退しながらの応戦劇。にも関わらず、俺はすべての攻撃を完全に捌ききっている。どの角度から、どんな速度で振るわれた攻撃でも、なぜか身体が駆動し対処している。

 頭と心はすでに置いてけぼりだ。しかし、身体だけが折部凛の攻撃に付いていくことが出来ていた。


「だっ!?」


 けれど、それも長くは続かなかった。

 後退し続けながら攻撃に対応していたため、ついに倉庫の真ん中から壁際にまで追いやられてしまっていたのだ。それに気付かず、俺は背中から思いっ切り壁に激突して体勢を崩す。その隙をつかれ、刀の剣先を喉元に宛がわれてしまった。


「こ、降参降参」


 両手を挙げてそう言うと、目を伏せて何かを思案していた折部凛と目が合う。


「悪い悪い、ちょっと勢いづいちまった。でも、これではっきりしたことがあるぜ」


 喉元の剣が下げられて鞘へと向かい、納刀される。

 俺はそのことにほっと息を吐くと、そのはっきりしたことについて問いかけた。


「なにがはっきりしたって?」

「あぁ、それなんだが……誠一郎、どうもあんたに剣を教える必要はないらしい」


 必要ない?


「誠一郎にはもう、剣術が身についている。正確には鴉天狗の剣術が、な」


 鴉天狗の剣術が、俺に身についている。


「さっきの攻防、あれは素人には絶対に出来ない動きだった。たとえ希代の天才だったとしても、初めからあんな芸当は出来っこない。と、なれば、だ。考えられるのは一つしかないだろ」

「俺が……捕食能力で、鴉天狗から命ごと奪った」


 そう聞かされて、初めて気が付く。俺はここに来てまだ、不睡ねむらずの言葉を完全に理解していなかった。食べるとは奪うということ。それは何も生命力や能力だけに限らない。この能力は経験さえも、奪えてしまうのだ。

 だから、俺は鴉天狗の攻撃を辛うじて躱すことが出来ていた。あの身体捌きは、憎き殺人鬼のそれそのものだ。


「とは言え、そいつは身の丈に合わない技術だ。過ぎた力は身の破滅を生む。理解しないまま、曖昧なまま、振るって良い力じゃあない。いずれそいつは自分に跳ね返ってくる」

「そう……だな。こいつは俺の力じゃあない。鴉天狗が磨いて培ってきた技術だ。俺はそいつを横取りしただけ」


 略奪者。その言葉をやけに鮮明に思いした。

 その言葉は、かつて不睡が自身を称したものだ。略奪を司る神にも等しい妖怪。そんな存在に奪う力を与えられた。ならば、俺も略奪者ということになるのだろう。すでに俺は殺人鬼と鴉天狗から、経験を略奪しているのだから。


「……なぁ、折部」

「凛で良いって言ったろ?」

「り、ん――凛。俺は、どうすればこの力を使いこなせる」


 しかし、だが、今更もうどうにもならない。奪ったもの返すことは出来ない。殺人鬼も、鴉天狗も、すでに俺の中にいるのだから。なら、それすらも利用するだけだ。すべては生き返るために必要なこと。そのためなら、なにも厭わない。


「そうだなー……とりあえず、刀に慣れる所から始めよう。なに、心配はいらないさ。少しずつ慣していけばそれでいい」


 俺達は再び刀を構え、刃を交えた。

 鴉天狗の経験を、その技術を、完全に我が物とするための特訓。それは土曜と日曜の空いた時間を隙間なく使うことで、ある程度の成果を生んだ。少なくとも戦闘中に紅桜が手元からすっぽ抜けそうになることはなくなった。

 そうしてあっと言うまに時間は過ぎ、来たる月曜日。

 休日をまるまる潰した反動からか、今日の特訓は休みである。この日は学校に登校し、放課後に家に帰り、狩りをして終わる。そんな何気ない非日常になる、はずだった。


「忍び込む? 夜中の学校にか?」

「そう、面白そうだろ?」


 その話を神無月から聞いたのは、ちょうど昼休みのことだった。


「そんなことしていいのか? 優等生」

「ただの肝試しだよ。怖いだろ? 夜の学校って」

「それは否定しないが……」


 それも生前の話ならばだけれど。


「人数は四人、俺と春子とよしみ、それから誠一郎だ」

「なんで俺が数に入ってんだよ」

「予定あるのか? 今日」

「いや、ないけれども」

「なら良いだろ? 頼むよ」


 拝むように手の平を合わせて、神無月は頭を下げる。

 クラスの人気者が教室内でそんなことをすれば嫌でも目立つ。あっと言う間にクラスメイトの注意が集中する。特に女子から鋭い視線が、俺に突き刺さった。此処に瀬戸内と小鳥遊が居ないことだけが、不幸中の幸いだ。


「だいたい、なんで俺なんだ? お前が誘えば誰だって二つ返事で了承するだろ」

「いや、それがさ。春子とよしみが誠一郎を誘えって言ったんだよ」

「あいつらが?」

「あぁ、だから二人が此処にいないんだ。私達がいると話がこじれるからって」


 それはとても、不気味な話だった。ある意味、怪談話や肝試しよりもよほど怖い。

 あれだけ嫌われていたのに。時には暴言染みた言葉を吐かれたこともある。なのに、どう言う風の吹き回しなのか、俺を誘ってくるよう神無月を差し向けてきた。これは何か裏がある気がしてならない。とにかく、不自然だ。


「……もう直ぐ、昼休みが終わる。悪いが、考えさせてくれ。放課後までには結論を出すから」

「わかった。なら、それで頼む。良い返事を期待してるよ」


 ちょうど良いタイミングで予鈴の鐘が鳴り、神無月は自分の席へと帰って行った。それを機にクラスメイトの注意も解かれ、各々が次の授業の準備をし始める。鋭い視線から解放された俺も、例に漏れず教科書とノートを机上に出した。

 すると、独りでにノートが開き、ペンが宙に浮く。そうして真っ白なページに書き綴られたのは「神無月に付いていけ」という文章だった。それはつまり、あの三人と一緒に夜中の学校に忍び込めということだ。

 それが文字を書いたもの。透明化している銀からのメッセージだった。


「……」


 筆記用具入れから二本目のペンを取り出して「どうしてだ?」と書く。すると、すぐにその答えが書き綴られる。内容は「あの男から微かに妖怪の臭いがしたからだ」というものだった。

 妖怪の臭いがした。銀は妖怪の臭いをかぎ分けて、探知する能力に長けている。銀がそう言うのなら、神無月がどこかで妖怪と接触した、またはしかけたことがあるのだろう。そんな人物が夜中に学校で肝試し、それはとても危険なことだ。


「はぁ……面倒だ」


 これを知ってしまった以上、知らないふりはできない。

 どうやら神無月の頼みを聞かなくてはならないらしい。正直、面倒臭いことこの上ないが、仕様がないからリストに追加しておこう。

 やることリストその三、一般市民を護衛すること。

 それにしても、どうやってペンを持っているんだ? 銀は。

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