ご神木
「我らとて出来れば闘争は避けたい。だが、汝らをこのまま逃すわけにもいかない。まだ我らの行動を知られては困るのでな。水面下で粛々と、侵略は済まさなければならない」
「まったく、どいつもこいつも、鬼も天狗も、昔から変わりゃあしねぇ」
何も知らない俺は、何もわからない。けれど、一つ理解したことがある。あの天狗は敵で、戦わなければ生き残れないということだ。仕事の続きをしよう。神社の境内にいる総ての妖怪の排除。それを続行しよう。
「立て、坊主。そして聞け。俺が今から結界を破りにかかる。その間の時間稼ぎをお前がしろ」
「どれくらい稼げばいい」
「なにせ、この形だ。正確にはわからん。が、急ぐ」
「はっは、頼もしい限りだな」
地面に両手をついて、今度こそ立ち上がる。
「だが、わかった。稼いでやるよ、時間稼ぎは得意だ」
上空の天狗、鴉天狗を見上げて臨戦態勢を取った。
相手は翼を持っている。空も飛べるし、風も起こせる。きっとあの殺人鬼の時のようには行かない。俺の都合良く、わざわざ地上に降りて戦うこともないはずだ。だから、考えろ。鴉天狗を地上に引きずり下ろす算段を。
「任せたぞ」
そう言い残して、銀は境内の何処かへと消える。攻撃の的にならないよう、何処か別の場所で結界を破るつもりらしい。とりあえず、銀を護りながら戦わずに済むようだ。それだけでも難易度がぐっと下がる。高いハードルに変わりはないが。
「なるほど、私の相手は汝か。嘗められたものだな」
「嘗めるだけじゃあない。噛みもするし、呑み込みもするぜ? 味わいはしないけれどな」
「下らん。即時、お前を亡き者とし、あの犬を葬り去ってやろう」
黒翼を広げた鴉天狗は、勢いよく得物を抜刀した。
それを、今度はきちんと見ることが出来た。自分の左腕を切り落とした攻撃を、この目でたしかに視認した。上空から降り注ぐは一閃、実体なき刃。その一振りは空を断ち、鎌鼬となって襲い来る。
咄嗟に飛び退いて、鎌鼬を躱した。石畳の道が刻まれ、破片が散る。その最中も、次々と断続的に鎌鼬は降り注いだ。上から下へと、刃が降りる。その光景を目にし、俺はすぐ境内を逃げ回った。
「くそっ。雨霰みたいに」
鴉天狗は滞空したまま、その場を動かない。ただ刀を振るい、鎌鼬を眼下に落としているだけ。だが、それだけのことが有効打になりえている。制空権は鴉天狗にあり、遠距離攻撃を用いて戦う。
安全圏から一方的に攻撃できるのに、わざわざ余計のことをする必要はない。
「これならどうだッ」
境内を駆け回る間に、砕けた石畳の破片を掴み上空へと投げ付けた。
この半生半死の身体は、生命力があるうちは人並み以上の力を発揮する。本来なら到達出来ない高さにまで、十分な威力を保ったまま届けることが可能だった。破片は弾丸のようにまっすぐ鴉天狗のもとへと向かう。
「小賢しい」
だが、直前になって鎌鼬に呑まれ、攻撃は届かない。
投擲は、どうやら有効ではないようだった。
「か弱き者よ。汝のような者に私は倒せん。観念せよ」
「観念して殺されろって? 悪いが命は一つなもんでな。お前にくれてやることは出来ないんだよ」
もう、この身に命はないのだから。
「それにどうした。お前、さっきから手が止まってるぜ。どうして急に喋り始めた? なぜ攻撃してこない」
「……」
返事はない。
言葉も攻撃も、沈黙した。今の今まで容赦なく鎌鼬を浴びせて来たのに、どうして攻撃の手を止めた? 諦めるよう諭してきた? なにか理由があるはずだ。なにか、攻撃できない理由が。
「――もしかして、場所か」
奴の眉が、ぴくりと動いた。
「はっ、ははっ。そうかそうか、理由はこいつか」
俺の背後には、ご神木があった。樹齢を推し量ることも出来ないくらい古びた大木、その枝葉の下に俺はいた。いま俺を鎌鼬で攻撃すれば、ご神木に傷がつくかも知れない。奴はそれを嫌ったのだ。
俺がここにいる限り鴉天狗は鎌鼬を放つことが出来ない。
「どうやら、都合が悪いみたいだな。ご神木を傷付けられると」
「……その木は、神域の核だ。神木が朽ちれば神域も力を失う。そこから退け、神木を戦いに巻き込むな」
「嫌なこった。生憎、俺は信心深い人間じゃあないんでな。枯れようが倒されようが知ったことじゃあない。利用できるなら利用するまでだ。俺の目にはご神木もその辺に生えてる木も同じようにしか映らない」
「このッ、罰当たりめがッ」
明らかに表情を変えて激昂した鴉天狗は、その黒翼を羽ばたかせて急下降した。
「境内を荒らしまくったお前には敵わねぇよッ」
落下に合わせて剣先が煌めき、頭上を襲う。それを辛うじて躱して距離を取るが、それを直ぐさま埋めるように鴉天狗は前進する。二閃、三閃と続けざまに繰り出される剣戟を紙一重で避けつつ、思案する。
鴉天狗の剣戟は苛烈だ。一瞬でも気を抜けば即座に斬り伏せられる。いまこうして避け続けられていることが不思議なくらいだ。今はまだ大丈夫、まだ避けられる。だが、何時までもこうしてはいられなかった。




