ワンス・アポン・ア・タイム・イン・竹
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・昔話シリーズが終わったと思ってみたら、ところがどっこい。二巡目とはな!
これに限っては、勧善懲悪ではない噺なので、ちょっと毛色が違います。よろしくお願いします。
起
時は平安。
世は情け。
或ところに、竹取りの翁こと讃岐造とその妻が住んでいました。翁は、日頃から竹をいろいろと日用品に加工したそれらを売って、生業としていました。
その翁が、いつものように竹林で、立派に育った竹を取ろうと歩いていたら、ちょうど真ん中のあたりから黄色い光を放っている一本に気付き、これは珍しい竹じゃと鉈を下に走らせて割ったそんなときのことです。なんと、吃驚仰天。斜めに断たれた竹の断面はさらに光を増して輝いていき、その中から小さな影を生み出しました。子供のいなかった翁は、妻に見せたらさぞや喜ぶであろうと、これはなにかの巡り合わせやもしれぬなどの思いにかられて、歓喜の涙をこらえながら、竹の生み出した赤子と傍らにあった金を大事に抱えて家に帰ってゆきました。それからというもの、妻も翁と一緒に我が子として、たいへんに可愛がり育てていきました。その後も、翁が竹を取りに行く度に、中から金が出てきては持ち帰り、そうしているうちに生活は豊かになっていき、家も立派なものに変わりました。やがて、翁と妻に拾われて育てられた赤子は、なんと、僅か三ヶ月で妙齢――この時代では十八歳ほど。――の女性へと成長してしまったのです。
それはそれは、腰まで流れるような艶やかな長い黒髪を持つたいへん美しい女性でありましたが、日に経って現れてくる、精悍さというか鋭さというものをもともと持ち合わせていたらしく、光り輝く竹から生まれた赤子は、実に“けしからん程の色気”と近寄りがたい美しさとをそなえて成長したのでありました。十二単を纏っていても、尋常ならぬまたは人外の色香と眩く輝く美貌をかもし出していたのです。そのように育った我が娘に、御室戸斎部の秋田へぜひとも名を付けてほしいと頼んだところ、秋田は『なよ竹のかぐや姫』と付けました。しなやかな竹の中から生まれた輝く姫、といった意味です。
かぐや姫。
と、呼ばれるようになりました。
それからというもの、かぐや姫の精悍な色気と美しさとにぜひとも御目にかかりたい、できるならば結婚したいと云わんばかりに、公達――上流階級の貴族家系をこのように呼んでいた――らが昼夜問わず、というか寝る間も惜しむ状態で、なよ竹のかぐや姫のその姿をこぞって見に来たうえに求婚もしに来たのでした。やがて、このような公達たちの行為をこう呼ぶようになりました。
よばひ。いわゆる、夜這い。
しかし、かぐや姫のいっこうに靡かないその姿に、挫折する男たちが出てくるなかで、抜きん出た好色の公家の男たちが残りました。石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂の五人です。これらの公達は、諦めることなく、かぐや姫に求婚を続けいったのです。
これを見ていた翁が。
「仏のように大切な我が子よ。たとえ変化の者(神仏が人の形を顕した者または化け物の類い意味)であっても、この翁も妻も、もう齢七〇になりこの先長くはない。世間の男女を見て見なさい。年頃を迎え結婚をしている。―――あなたがこのままこの先も後も結婚しないというわけにもいかないのではないか」
この言葉に、かぐや姫は書の手を止めるなりに、翁に顔を向けること数秒の沈黙の後に、再び半紙に目線を戻します。そして、筆を硯の傍らに置いて、月明かりの差す縁側から夜空にへと少し顔を仰がせました。
「私は、深い志の無い者とは結婚したいとは思いません。ましてや浮気をしようなどとは論外。―――しかし」
ここでいったん言葉を断ち、再び筆を手に取ると、縁側から部屋に戻して、さらに、実にゆっくりと翁にへとその精悍で切れ長な目を流していったあとに繋げていきました。
「そこまで仰るのならば、ひとつ試してみましょう。その五人の男たちへ伝えてください。―――私がこれから云う物を持って来て、この私に誠の意をみせてほしいのです」
そう云い終えると、顔のあたりまで上げた筆の先に僅かながらに力を込めた目線を送った、その瞬間。あら吃驚。先端に溜まっていた墨の飛沫が、その先にある障子にだけ飛んで行ったと思ったら、なんと、張り付いて像を画いたのです。それは、一見は蛙にみえますが、その口元からは何かしらの蔓のようなものを生やしていた摩訶不思議な生き物の画でした。そういった一連の出来事を見ていた翁は、反応に困りつつも、我が娘の要求とあらば仕方ないと思い、あなたがそう考えているならば五人にそう伝えてみようと返したのでした。
すると。
「お爺さんとお婆さんには聞こえませんか」
「なにがだい」
「てけり・り、てけり・り。……と」
「?―――いいや」
相変わらず不可思議な娘だなという表情を浮かべたのちに翁は、かぐや姫の部屋をあとにしました。
それから。
竹取りの翁こと讃岐造は五人の男たちに、かぐや姫の意思を伝えていきました。
石作皇子には『仏の御石の鉢』を。
車持皇子には『蓬菜の玉の枝』を。
右大臣阿部御主人には『火鼠の裘』を。
大納言大伴御行には『龍の首の珠』を。
中納言石上麻呂には『燕の生んだ子安貝』を。
それぞれの男たちは、なよ竹のかぐや姫の要求とあらばお安いご用とばかりに皆が各々の手下を連れて各地へと散って行ったのです。
そうして、五人の男たちそれぞれが手にして戻ってきました。ひとりひとり翁の家に招き入れられて、かぐや姫の部屋でその品々を見せたのでした。
しかし。
なんということでしょうか。
かぐや姫が要求したその品々が、偽物だったのです。
ひとつは、寺にあった只の鉢を。
ひとつは、職人たちに造らせた贋作。
ひとつは、只の燃える衣。
ひとつは、只の石ころ。
最後のひとつは、子安貝かと思い掴んでみたら燕の糞。
あわれ、石上麻呂は木の上から落ちて腰を打ったのです。
それらを見破って退けたかぐや姫が、キツいひと言。
「主ら、妾は“本物”を持って来いと云うたはずじゃぞ。それを主らはあろうことか堂々となに食わぬ顔で偽物を持って来るなり、その上にこの妾に求婚ときた。―――恥を捨てい!! この甲斐なし!!」
今までの気品に溢れる態度から一変。
“けしからん程の色気”に似合うその精悍さから放たれた、叫びというか恫喝でした。
やがて、かぐや姫の噂は都にいる帝の耳にまで入ってきたのでした。
承
そして、捕まっていました。
十二単の上から縄で縛られていた、かぐや姫。
それは、亀の甲羅を象って。
キッコウ縛りといいます。
帝から直々に招かれた翁とかぐや姫は、上京して邸から部屋に迎えられるなりに、六人の兵士から取り押さえられて、かぐや姫のみ亀の甲羅のように縛り上げたのです。
翁を娘の傍らに立たせ。
当のかぐや姫は膝まづかせた格好でした。
そんな娘の常人ならざる美貌を、舐め上げるように一重瞼の切れ長な三角白眼から放たれる目線を這わせていったのちに、白塗りの顔の口元に引いた紅を歪ませて、帝は鼻で軽く笑いました。
「お前がその、竹から生まれたという娘か。化け物の類いとも聞いた。そして、五人の男たちを殺したとも麿は聞いたぞ。すべて真のことでおじゃるか?」
そう話すごとに、帝の口元から漆のごとく塗られた黒く艶やかな歯がチラチラと顔を覗かせました。しかし、こうした状況下におかれながらも、ひとつも表情を変えないかぐや姫が、唇の端を吊り上げたのです。
「帝の伝え聞いた通り、嘘はありません。そのような妾を縛り上げて膝まづかせたあなたは、いったいどうしたいのじゃ」
「麿と結婚するでおじゃる」
「断る」
間髪入れずに帝からの求婚を突きはねました。
交渉決裂です。
「それに、このように貧弱な代物では妾を封じ込めようなどとは無意味」
と云い放って、躰から光を発した途端に縄を四方八方に飛び散らせたのです。そして両膝を伸ばして立ち上がり、十二単を整えて、まずは帝をひと睨みしたあとに両側後方を塞ぐ兵士の六人にへと顔を向けていき、また再び正面の白塗りの化け物こと帝を睨み付けました。そして、嘲るかのような笑みを浮かべたと思ったら、かぐや姫は真横に腕を突き出しました。すると、なんということでしょう。真横にいた兵士は、障子を突き破って庭まで吹き飛ばされて、庭の石に背中をぶつけて落ちました。不思議なことに、かぐや姫は兵士に指一本も触れることなく吹き飛ばしたのです。
こうした尋常ではない場を目撃しながらも、当の帝は眉さえも動かさずに、ただ薄笑いを見せていただけでした。
そして。
「お前たち、なにをしておる。麿の兵士でおじゃろう。さっさとその“もののけ”を取り押さえてみせい」
動揺する兵士たち。当然と言えるでしょう。だが、状況がそれを許しません。仕える我が君主の指示は絶対です。後方にいたひとりの兵士が雄叫びを上げて刀を引き抜くと、かぐや姫の背後から袈裟を狙って振り下ろしました。素早く振り向いて、かぐや姫の掲げた腕によって不発となりました。しかも、娘の腕は切り落とされずに、それどころか、刀を半ばから折ってしまったのです。短くなった刀を見て驚愕していた兵士の顔に向けて、軽く握った拳を振るったその瞬間のこと、その躰は弾かれて壁に叩きつけられました。それから、踵を蹴り落とす動作を見せて、かぐや姫は無情に追い打ちをかけました。その途端に、腹に衝撃を受けた兵士の躰は折れて、壁に穴を空けてめり込んだのです。
残りの兵士たちは、やけっぱちでした。
槍で顔を狙って突いたと思えば、娘の振るった掌により兵士は空中でキリモミ旋回をみせて庭まで突き飛ばされて、地面に落下。二本の刀で斬りつけいくも、娘からは紙一重というか髪の毛一本分の間合いですべて退けられて、延髄に掌を翳された瞬間に床に突っ伏しました。矢を放ったはずが手早く素手で掴み取られて、投げ返されたときに、兵士の前頭部に突き刺さり。残りのひとりは、力強く踏み出して、太い刀を娘の脳天をめがけて振り下ろしていきます。しかし、かぐや姫が瞳孔を稲穂色に強く輝かせたそのときでした。兵士は一瞬にして壁まで飛ばされて、人形の黒焦げを残してこの世から消されたのでした。
ここまでしておいて、かぐや姫自身は兵士たちにいっさい触れていませんでした。
さすがの翁も驚愕に震えています。
しかし、帝に至っては相変わらずでした。
「いやはや、見事なものじゃ。まさに人ならざるモノでおじゃるな。どうじゃ、かぐや姫。麿に一生仕える気はないか。どの女たちよりも良い暮らしをおくらせてやるぞ」
「断る。―――と、云ったはずじゃ」
そして、冷たい表情を帝に向けて続けました。
「人ふぜいが。この妾を力付くで仕えさせようなどとは、愚か者だのう。お主の従えておる者たちは実に脆弱じゃが、妾が従える“外なる者たち”は違うぞ。―――この程度では済まぬ」
「それでも麿はお前を妻にしたいのでおじゃるよ」
と云い返すなりに、なんと帝は、かぐや姫の眉間をめがけて矢を放ったのです。
転
真っ直ぐ飛んできた帝の矢が、かぐや姫の眉間から後頭部へとすり抜けて、襖に突き刺さったのです。おやおやこれは、という風な顔でおどけてみせた帝は、弓を下げて、懐から取り出した扇子で口元を隠して「おほほ」と笑いました。
「真に摩訶不思議な娘でおじゃるな。麿はますますお前を妻にしたくなったでおじゃるよ」
「幾度そう願おうが、叶わぬ。妾がお主のすべてを否定してくれようぞ」
「ほほほほ。良い良い。―――ところで、かぐや姫よ。お前が月より生まれて来たというのは、真のことか」
この問いかけに、かぐや姫はほんの少し沈黙したあとに、帝を指差し、その美しく細く白い人差し指を天井へ移動させて口を開いていきました。
「真じゃ。先も妾が云うたように、この“外”から来た。お主らの差す月とは、また違う物だとは思うがな。その月とは妾たちが“外の世”を移動するときに使う、拠点にしかすぎぬ。しかし、妾たちに仕える“外の者たち”はお主ら都の者をすべて集めてもその数と力を上回るぞ」
「なるほどの。お前の力を見れば充分でおじゃる。―――で」
「……で?」
「麿と結婚するでおじゃる」
「断る」
「恥ずかしがることはないぞよ。この麿に言い寄られて喜ばぬ“おなご”など誰ひとりともおらぬかったでおじゃるよ。だから、その細い首を縦に振ってくれたもれ」
「い、や、じゃ」
と、首を“横に”振ってみせた、かぐや姫。
「きぃーーー! この麿がお前を妻にしたい云うたらしたいのでおじゃるよ。麿と結婚しろと云うたら結婚するのじゃ!」
黒く塗られた歯を剥き出して、思い切り悔しさに顔を歪ませて、その上になんと、帝は地団駄を踏みはじめたのです。これに対して、かぐや姫が精悍な眼と、白い歯とをともに剥き出して追い打ちをかけます。
「い、や、じゃ」と、対抗。
「ええい! 麿の妻になれと云うておろうが!!」
さすがに青筋を額に浮かべた帝は、その感情に任せて再び矢を放っていきました。しかも、二発三発とはいわずに、連射をしていきます。その割りには、射的の腕は恐ろしいくらいに確かで、かぐや姫の急所と思われる躰の箇所を狙って、矢を次々に打っていきました。こちらも油断ならない男です。そのような帝の矢を、かぐや姫はかすり傷ひとつ負うことなく、すべて髪の毛一本分の距離を保って避けていったのです。そして、瞬く間に帝の間合いの中に入ったと思ったら、垂直に跳ねて躰を旋回させて背中を見せた途端に、踵を勢いよく後方へ突き出しました。
かぐや姫のローリングソバットです。
不意を突かれた帝は、迂闊にその踵蹴りを胸板に受けてしまい、壁にぶち当たって尻餅をついてしまったのです。ちなみにこの技は、敵に背後を見せるという面からリスクをともなうので、武術系ではあまり使いたがらないのですが、この“外から来た”かぐや姫に至っては、じぶんの余裕を敵に見せるという意思があると思われます。音を立てることなく軽やかに床に着地して、十二単の裾と袴とを整えると、胸元と腰を“さする”帝のその姿を見下げたではありませんか。かぐや姫からのそんな目線に気付いた帝は、力強く跳ね起きて、すかさず弓矢を構えました。矢の鋭い先端を、かぐや姫の鼻先に突きつけて、白塗りの顔を微笑みに変えていきました。
「どうじゃ。このような一寸もない間合いからでは、お前でさえもかわしようもないでおじゃろう」
「試してみるがよかろう」
直後、矢を射った目の前から娘の姿は消えて、床に刺さってしまったのです。それだけではありません。目線の高さよりも少し上にある影を感じた帝が、その先に顔を仰がせたと思ったら、吃驚仰天。宙でトンボ返りを見せていた娘の両脚が、再び帝の胸元を狙ってきたのでした。
かぐや姫のムーンサルト・キックです。
“月から来た者”なだけに。
両踵から胸板を突き刺された帝は、今度は力強く床に背中を叩きつけられて、後頭部も打ってしまったようです。その証拠に、目の前を走り回る激しい火花を視ていました。不気味に歪むじぶんの部屋を見ながらも、かぐや姫だけには必死に形を保っていたようです。意識を朦朧とさせて虚ろな目でもなお、諦めていない帝の姿に、かぐや姫は。
「これで分かったであろう」
こう冷たく突き放したあとに、踵を返して部屋を出ていき、翁と共に都をあとにしました。
あれから三年が経ち。
最近、夜を迎えるごとに空を見上げては悲しそうな顔をする、かぐや姫。あの都で帝を蹴散らした者とは思えないほどに、実に“しおらしい”姿を珍しく見せていました。あまりの珍しさに、翁は、いったいどうしたのかねと訊ねてみました。
すると、かぐや姫は。
「私が光る竹から拾われてから、もうだいぶん時が経ちました。お爺さんとお婆さんには、大変に感謝しています。―――しかし、そんな私も、ここには長くは住むことはかないません」
「どういうわけだね、我が子よ」
「前にも話したように、この私は“外の世”から生まれて来た身。いずれかは、その彼方へと帰らなければなりません」
「い、いつになるのだい」
「もうすぐです。今度の十五夜を迎えたら、その夜の月は満月となります。満月の日に“月の従者”たちが月からやってきて、私を迎えにくるのです。―――その時がきたら約束をしていただきたいのです。―――私の仲間が迎えにきても、決して刃の類いを向けてはなりません。すべてが無駄に終わります。それと、この私を閉じ込めようとはしないでください。素直にこの私を仲間たちのもとに行かせていただきたいのです」
そう云って翁から目線を外して、少しうつむきます。
「“外の世”の者の私であるとはいえ、ここに長く居すぎました」
そして、暫くの間を置いたのちに。
「時にお爺さん。お婆さんともに、聞こえることがありませんか」
「なにがだい」
「てけり・り、てけり・り。―――と」
「いいや。私も妻も、明日をもしれない年だが、耳は確かだよ。だから、ちょっと聞こえてくるということはないな」
「そうですか。―――でしたら、まだまだ“遠い”のかもしれませんね」
と、微笑みを浮かべました。
日常から摩訶不思議な娘でありましたが。「来た処から迎えがくるので帰る」とか云われた日からは、翁とお婆さんともに気が気でなりませんでした。都で、帝と兵士たちを不可思議な力で軽く“あしらった”我が娘を目の当たりにしたせいか、嘘とは決められない言動でした。そして、十五夜の近づくにつれて不安が積もってきた翁は、帝へとそのことを伝えたのです。それを聞いた帝が、勿論というか当然というか、二千の兵士を引き連れて、電光石火のごとき驚異的な速さで翁の家へと向かっていきました。
やがて、尋常ではない人びとの群れが家にやってきて取り囲みはじめたのを見た、かぐや姫は、いったいぜんたい何事ぞ?とした顔で眺めていました。
そして、十五夜を迎えた晩がきました。
玄関から縁側に添って周りを囲む千の兵士。
屋根のすべてを覆う千の兵士。
かぐや姫を部屋に閉じ込めていました。
部屋の中には、帝をはじめに翁とその妻がいます。
「妾を帰したくない気持ちは、痛いほどに解るが。そのすべてが無意味なのじゃ」
と、開口一番を切ったのは、かぐや姫。
これに対して、帝が黒塗りを歯を見せて。
「麿は無意味とは思わぬがの」
「希望を持つことまでは否定せぬ」
これは、珍しい反応を見せた、かぐや姫でした。
しかし。
「そろそろかの。お主たち、“外の世の者たち”が参るぞ」
さらに。
テケリ・リ テケリ・リ
テケリ・リ テケリ・リ
といった小さな鳴き声がしてきました。鳥のようで鳥ではない、鳥のようでなくて鳥に似た“なにか”の声を、部屋にいた四人だけではなくて、家じゅうに包囲網を張り巡らせていた二千の兵士すべても耳に入れたのです。
閉ざされた障子から差し込む月明かりを見上げた、かぐや姫が、こう力強く声を放ちました。
「今宵は満月じゃ。―――参れ」
そのときでした。
障子のみが揺れたのかと思われたら、それは違っていました。障子の揺れから、やがては家ぜんたいにまで及びました。屋根を警備していた兵士たちは大変です。激しい左右の運動から振り落とされないように、しがみついて堪えました。走馬灯を視たに違いありません。そんなこんなであたふたしている内に、家屋ぜんたいの揺れはおさまり、静寂を取り戻したのです。二千の兵士たちも、お爺さんもお婆さんも、そして帝も、安堵に胸を撫で下ろしました。
当然、これだけではそうは問屋が卸さない展開がきます。
静寂の余韻を味わせることも許されずに、今度は、目の潰されるかのような、白く眩い光が満月から吐き出されて、韋駄天のような速さで一瞬にして家の上に停止したのです。その白い光りは、まさに爆発するかのごとく、翁の家にやってきたのでした。甲虫の羽ばたくような音を大きく唸らせながら、宙に留まっていた光りが弾け飛んで、その中から白銀に輝く飛行物体が姿を現しました。それは、回転をする幾つもの巨大な円盤が重なって、さらにその中からたくさんの赤や青や桃色の光を放っていました。そして、光りを灯したまま、白銀の円盤の機体は回転と唸りとを止めたのです。そうしたら、次は、一番下の円盤から、二つの脚らしき物を生み出して、それぞれ鎌首を上げたのでした。しかも、その二つの塊は、まるで水牛を思わせるかのように、鎌首の先端の両方から太く力強く内側に歪曲した角がありました。
その機体の形は、まるで牛車のようです。
外がなにやら騒ぎはじめたなかで、かぐや姫は三人から閉じ込められたままでした。立て続けに起こってゆく不可思議な現象に、翁とお婆さんは顕になる不安を隠すことができませんでした。そのような焦りと恐怖と、なによりも今まで育ててきた我が娘を、今さらのように現れてじぶんたちから引き裂こうとは許せん、といった怒りの方が一番に感情で勝っていたようです。そういう思いもあって、翁の口から耳を疑う言葉が吐き出されてしまいました。
「奴ら、今さら親か家族の面を下げて我が子を横取りしにくるとは。指一本でも触れてみろ。この爪で奴らの目を抉り出して、腹を割いて臓物を引きずり出して、耳の穴に手を突っ込んで奥歯をガタガタ揺らしてくれるぞ!!―――まったく。不届きな連中だ!」
「そういうお気持ちは、まことに嬉しく思うが。残念なことに、お爺さんとお婆さんは変わられてしまいましたようです。―――今の言葉、二度と妾の前で云うでないぞ」
そう、かぐや姫は釘を刺しました。次に、閉じられた障子を睨み付けたそのとき、娘の瞳孔はあの時の都のときと同じように稲穂色に輝いたのです。すると、部屋じゅうの障子から襖までのすべてが開いて、中の四人を表に晒したのでした。
「お主たち、見るがよい。あれが“外の世の者”たちじゃ」
そう見上げて呟いた、かぐや姫の目線の先には、牛車のような白銀の円盤の機体のほかに、不可解な生き物たちが数体ほど宙に浮いていたのです。
「鳴いておる鳴いておる。てけり・り、てけり・り」
テケリ・リ テケリ・リ
テケリ・リ テケリ・リ
かぐや姫の声を追うかのように、鳥のようで鳥ではない青黒い生き物は鳴いていきました。それは、嘴は嘴でも、まるで烏賊の嘴を持ち、複数の前肢と後ろ足に、羽毛ならぬ蔓のような触手に覆われた一対の翼を生やしていました。
テケリ・リ テケリ・リ
テケリ・リ テケリ・リ
「お主たち、見よ。鳴いておる“あれ”が、蛆牛子という名の働き者じゃ。月にあの者は欠かせぬ。―――そして、両脇におるのは、月の従者というての。いつも横笛を肌身離さず携えて演奏しておる」
その紹介の通りに、機体の両脇で浮いているのは、まるで蛙のような上半身の下からは、木の根っこみたいな触手を生やして、それらを絶えず動かしていました。そうして、最後の生き物が機体の下に現れてきたのです。すると、かぐや姫は縁側に足を運んでいったと思ったら、床からその躰を上へ上へと浮かばせていき、最後に現れた生き物の前に並びました。
「妾の後ろにおるこの者じゃが。ここの言葉を使うと“月の獣”と呼ぼうか」
かぐや姫から“月の獣”と紹介された、この生き物も、先の月の従者と同じく、蛙のようで蛙ではない姿をして、下顎に蔓みたいな触手を複数生やしていました。そして、その全身を覆う皮膚が、まるで重度の火傷を連想させてしまうほどに大変に薄気味悪いものだったのです。それから、かぐや姫は言葉を続けていきました。
「そして妾たちがここの地を訪れたもともとの理由は、奴隷を捕らえて、お主らが云う“月”まで連れて行き、そこで働いてもらう為じゃ」
なんということでしょう。
結
衝撃的な事実はさらに語られていきます。
「月で、妾たちのために働く奉仕種族として、選び、連れてゆくのだ」
「麿もお前と一緒にゆきたいぞよ」
「お主は連れてゆかぬわ」
帝へと強く切り返しました。
「お主たちは、妾を含めた“外の者”から見れば、まだまだ幼き者。そして、短き命じゃ。それ故に、この妾たちに奉仕するようになれば、もっとより生きられるぞ。永遠に等しい時をすごせるになる。―――どうじゃ、お主たち」
「麿は退屈するのは嫌いでおじゃるよ」
「ふん。やはりお主とは話しが合わぬの」
そう、目を細めて帝を見下げました。
すると、今度は、かぐや姫を見上げていったあとに、家じゅうを警備している二千の兵士たちに驚く指示を出していったのです。
「矢を上げい」
帝のひと声を受けて、一斉に二千の弓矢が月の者たちに掲げられました。これにギョッとする翁。
「娘に当たりまする!!」
「心配するでないぞよ」
不思議な自信から、帝は翁をなだめます。
そして。
「者ども、放て」
主の号令により、二千の矢が一斉に射たれました。
かぐや姫を含めた、背後に浮く“外の世の者”たちへと向けて。
しかし、なんということでしょう。
一斉射撃をされた二千の弓矢は、たちまち力を失うやいなや、地面に落ちていきました。それでも、帝からの「構わぬ。射て」との指令に、兵士たちは弓矢を次から次へと放っていきました。十本ほど射ったそのすべてが、力を失い、一撃も当たることなく落下して、地面を矢で一面に埋めてしまいました。やがては、そうしているうちに、具合を悪くして地に屋根に膝を突いたり伏せてしまったり、またある者は体勢を崩して屋根から滑り落ちるのも出てきました。そのような光景を見ていた帝が、鼻で溜め息をしたのちに、なんと、自ら梯子を使って屋根に上がりました。
「もう、よい。お前たちは休んでおれ」
そう兵士たちに声をかけて、弓矢を構えていきます。
「麿が直々に相手をしてやるぞよ」
これを見た、かぐや姫は薄笑いを浮かべました。
「お主、都のときと同じめにあいたいようじゃな」
「そうとも限らぬでおじゃるよ」
「んふふ。―――良かろう。妾も直々に相手をしてやろうぞ」
「嬉しいぞよ」
「妾はそうでもない」
そう返していきながら、向かいの屋根に舞い降りて、帝と向き合うかたちになります。そして、吃驚仰天。かぐや姫は、その手を背中に回したと思ったら、弓を取り出したのです。
これに帝が。
「お前も弓を使えるのでおじゃるか」
「お主たちのを見て覚えただけじゃ」
このように返したあとに、弓の弦を引いていったときのこと、かぐや姫の白くて細い指先から、光の矢が生み出されてきたのです。
「妾の矢は無尽蔵にあるでな。そこがお主たちとは違う」
「さすがは不可思議な娘でおじゃるな。麿はますます嬉しいぞよ」
そして。
かぐや姫の光の矢と、帝の矢との射ち合いが始まったのです。
先手は帝。
娘の喉仏を狙った一撃。
これをかわしたのちに、かぐや姫の一撃。
身を屈めて頭をかすめるのも構わない帝。
前転からの片膝を突いて、一矢。
跳んで避けてから、そのまま一矢を放った、かぐや姫。
脳天を狙った矢をかわした帝、立ち上がりざまに一撃。
かぐや姫の残像を貫く矢の下から、現れてきた当人。
それからは、二人の弓矢の攻防が続きます。
帝の矢をすべて無傷でかわしてゆき、光の矢を放っていきます。また、かぐや姫の矢を無傷とは言えないものの、着物の所々を切られながらも、こちらもすべての矢をかわしていったのです。しかし、当然のように帝の矢は底をついて無くなりました。すると、兵士たちにこう呼びかけていきました。
「者ども、その残りの矢を麿に渡すのじゃ」
その通りに、これ以降、兵士たちの余っていた矢を入れ物ごと手際よく渡されては矢を放ち、使い切る度に渡されては射つ、といったことを繰り返していったのです。こういう出方にやや感心を見せながらも、かぐや姫は弓矢の攻撃をやめませんでした。やがて、二人の間合いがどんどん詰まっていきます。走りながら矢を射ってゆく、かぐや姫と帝。その帝の矢も、本格的に尽きかけたときに、一気に間合いを縮めて滑り込んでいきました。そして、矢を放ちます。同じく走って間合いを縮めてきたかぐや姫は、弓を投げ捨てながら、この一矢を避けて、あっという間に至近距離となりました。屋根を蹴って宙を舞った、かぐや姫が躰を丸めたと思ったら、一気に両脚を伸ばしました。
かぐや姫のドロップキックです。
まさに、一閃の矢の如し。
この蹴りが、帝の頭に直撃です。
と、思ったら、寸前で腕を交差させて庇っていました。恐るべき反射神経です。蹴飛ばされていきながらも、帝は屋根に力強く踏ん張って、ブレーキをかけて止まりました。着地していた、かぐや姫が、これを見て「ほう……」と感心を示します。常人離れしたこの娘の蹴りから両腕を使って防いだものの、その受けたダメージは大きかったらしく、たとえ矢を射つことができても、あと一撃としか思えませんでした。
「妾の技を防ぐその反射神経、ただ者ではないな」
そう云いながら、屋根でピョンピョンと軽く跳びつつ次の技を繰り出すために、躰を“ならして”いきます。ウォーミングアップを終えたのちに、かぐや姫が珍しく構えていったではないですか。それは、躰をやや半身にして、手刀を寝かせたかたちで両腕を突き出して、右脚の爪先を僅かに浮かせる程度にして、いわゆる“猫足”の構えをとったのです。そして、遠くで体勢を整えていく帝へと、かぐや姫は力強くかつ静かにひと言をかけました。
「お主は嫌いじゃ」
と、全力で駆け出していきました。
小細工なしの、一直線です。
真正面から突っ込んでいるのです。
これに感動を隠しきれない帝。
「おお!! なよ竹のかぐや姫。麿の胸に飛び込んでたもれ!!」
と云いつつも、せなかの矢を確認するという。しかし。矢の尽きた事実に焦りと驚きを表しながら、なんと、腰に差していた刀を引き抜いて、それを矢の代わりとして弓を構えたのでした。かぐや姫と帝の距離がごく僅かになったそのとき。同時に二人の技が放たれたのです。
かぐや姫の踵が相手の膝に炸裂したとき。
帝の射った刀は娘の肩を切り抜けていったのです。
しかし、娘の技には次の一手があったのでした。
膝を砕かれて片膝を突いた帝の左膝を踏み台にして。
舞い上がり、その身を力強く捻ります。
そして、ほぼ真横に振った膝で、帝の横頭を蹴りつけました。
かぐや姫の、シャイニング・ウィザードです。
閃光魔術とも言います。
そうして、かぐや姫必殺の膝蹴りをまともに喰らった帝は、体勢を崩して屋根から落下してしまいました。しかし、なんということでしょう。下で待機をしていた兵士たちから、受け止められたのです。そのような感動的な場面なのに、帝はあわれにも白眼を剥いて、完全に意識を遥か彼方にへと飛ばしていたのでした。
勝負あり。かぐや姫の勝利です。
「これでお主らも分かったであろう」
そう云いながら、宙に浮いていき、再び白銀に輝く牛車のような機体の前に位置します。そして、テケリ・リと未だに鳴き続けている蛆牛守の頭を撫でていきつつ、翁とお婆さんと気絶した帝と多数の兵士たちとを見下ろして、話しを続けていきます。
「お主たちは、妾たちに奉仕するためにあるのじゃ。なんなら、今からでも“月”に連れてゆけるでの。―――しかし」
ここで一旦言葉を切って、蛆牛子の頭から下顎に手を移して撫でていきます。ほんの少しだけ間を置いたのちに、かぐや姫は再び語り出しました。
「お主らはまだまだ“穢れきった”とは云えぬ。あのような程度では、まだ綺麗なくらいじゃ。それまでには長い時がかかるであろう。―――だから、それまで待ってみることにしてみたのじゃ。妾にしてみたら大した待ち時間ではないがな。―――そういうことで、今だけはお主らを奴隷として連れてはゆかぬ。なにせ、妾はそこのお爺さんとお婆さんに恩がある」
そして、ようやく撫でる手を下ろして。
「“穢れきった”頃にお主らのもとに再び現れるとしよう。―――さらばじゃ」
こう云い放ったと思った、そのときに、白く眩い光りに包まれたと同時に、かぐや姫と“月の者たち”こと“外の世の者たち”は瞬く間にして“月”に舞い戻っていったのでした。
―――完!!―――
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・竹』完結
最後までお読みしていただき、ありがとうございました。
女王様を縛ってはいけません。
なお、今までのシリーズよりもかなりな長さになってしまった一本なので、次の投稿はあと一本から二本くらいで二巡目を終らせる予定ですので、よろしくお願いいたします。