第09話:ユウキの決意
「俺はユウキ。みんな知っているだろうけど、この世界で言う『異世界人』だ。
今日、この世界に来たばかりで、まだ何も知らないと言っていいと思う。
言葉はここにいるハヤトから貰った――」と左手の指輪を示して、
「魔法の翻訳効果を持つ、この指輪で会話をしている。
だから文字は読めない。ここにいるハヤトとの関係は……」
そこでハヤトに目配せをする。
ハヤトは黙って頷く。これは問題ないの合図だ。
「ハヤトとの関係は――、
元の世界で俺とハヤトは親友だった。そしてこれからも親友だ。
今日来たばかりの異世界人の俺が、
何年も前からこの世界にいるハヤトと親友だと言う理由……。
それは――この世界に来る入口に飛び込んだ、ほんの短い時間の差が、
この世界では五年の差になってしまったからだ」
ハヤトに一度頷いてから、
隣で柑橘系のジュースを目を見開いて飲んでいるナナミを見る。
今はまた俺のパーカーを着て、フードでネコミミを隠している。
また着たがったので渡したのだけど、
やっぱり匂いを嗅いでいた。――やめてほしい。
「あと、この子はナナミ。こっちの世界で猫人族って言う種族だと聞いている。
この町に来る途中、疲労で倒れていたのを俺が助けた。
事情があって、今後俺と行動を共にする。
さっきハヤトに恨みがあると言って、
喧嘩を売ってきた探索者Cランクの大男を簡単に撃退してくれた。
……探索者Cランクってのが、どのくらい強いのかは知らないのだけれど」
「なに! そんなことがあったのか!」
「あぁ、さっき店の外にいたのは、それが理由なんだ」
「誰だ、そいつは!」
あまり感情を出さないハヤトが、珍しく怒りを見せている。
それを諫めるように冷静な声でリリスが、
「ハヤト様、その男はアンヌが警備員に引き渡しましたわ。
後程、詳しくアンヌから話させます。
今はそれよりも先に話すべきことがありますよね」
「あぁ、そうだな。すまない」すぐに冷静さを取り戻すハヤト。
「じゃあ、話の続きを――ナナミ、自己紹介をして」
「ナナミ、デス。猫人族デス。ユウキを守るデス」
ぴょこんと立って簡単に自己紹介、おじきしてそのまま座る。
「俺が知っているのはハヤトとナナミの二人だけ。
ただハヤトとは五年ぶりだから――、
この世界でハヤトがどういう立場なのかはまだ聞いていない。
疾風の竜騎士というのも、さっきアンヌさんから聞いたばかりだし。
それにその女の子とは初対面だ。そこらへん聞いてもいいか」
ハヤトの連れてきた幼女について尋ねると、
「あぁ……」と少し歯切れの悪い返事をする。
「……まずはオレのことから話そう。この世界に来てもうすぐ五年。
四年前に竜を仲間にして、今は――ある貴族のお抱え竜騎士になっている」
「竜騎士ってのは、職業なのか?」と俺が尋ねる。
「竜騎士というのは――、
竜と心を通わせて、背中に乗ることを許された者が名乗れる称号だ。
アンヌも同じだな」
「うん」即答するアンヌさん。
「だから、誰かに仕えている必要はない。
ユウキがこの世界に来たからには、オレは貴族仕えを終わらせるつもりだ。
その貴族とはそういう約束をしてあるからな。
これからは、ユウキと共に歩む竜騎士になるつもりでいる」
そう言って、ハヤトは俺に決意の視線を向ける。
この世界で五年。しがらみがあって当然だ。
にもかかわらず俺を優先して、共に行くことを選んでくれる。
その決断、俺に否やはない。
本来なら、しっかりと礼を言わなければならないのだろうが――、
あえてハヤトの視線をしっかりと受け止め、小さく頷くだけで心の内を伝える。
そうやって親友同士の信頼を確認していると――、
その様子を見たアンヌさんがニコニコしながら口をはさむ。
「うん、男同士の友情っていいねぇ」
「アンヌ、まだハヤト様のお話が終わっていませんわ」
「あぁ、リリス様、ごめん。ハヤト、続けてくれ」
リリスにたしなめられて――、
アンヌさんが軽く舌を出して可愛いしぐさをする。
ハヤトが二人のやり取りをチラッと見てから話を続ける。
「他にユウキに伝えたいことは――、
この世界で身に付けた能力を話しておきたいが、それはまた後にしよう。
あとは……、すまないが、この子供のことは最後に話させてもらえないか。
それよりもリリス王女の事情を聴きたい」
王女と呼ばれて片眉を上げるリリス。
「ハヤト様。こうして直接お話をするのは初めてですね。
ユウキ様の親友でしたら、今後とも長いお付き合いになるでしょう。
よろしくお願いいたしますわ。
それで……いまのワタシは継承権を放棄して王女ではありませんので――、
まずは教会の神官として認めていただかないと、お話の続きが出来ません。
よろしいですか」
「あぁ、すまない。今後はそのようにしよう」
「わかっていただけて嬉しいです」
ハヤトにそう返事をして、笑みを浮かべるリリス。
それから俺の方に視線を向けて、淀みなく説明を始める。
「では、改めまして、私の名はリリス。
教会で神官を務めております。先日、礼拝中に神託を受けました。
ユウキ様が世界を救うには――ワタシの力が必要になる。
全身全霊でお仕えするように、と。
その神託に従い、ユウキ様にお仕えするため、本日この地に赴きました。
どうか末永くよろしくお願いいたします」
リリスの話を聞いて――、
出来過ぎていると思い、素直にその気持ちを告げる。
「その神託って――何かの間違いではないのですか」
「ユウキ様、まずはワタシに敬語はおやめください。
ワタシがユウキ様にお仕えする以上、
そういった部分に、けじめをつけていただかないと困ります」
「いや、そういう訳には……王女様だって聞いたし……」
「教会の神官です」
「……わかったよ、リリス……これでいい?」
「はい、そしてもうひとつ。神託をお疑いにならないでください」
そこにハヤトが説明を加える。
「神官は神託についての嘘は絶対に言えない。だからリリス様の話は真実だ」
「ハヤト様もリリスとお呼びください」
その言葉に答えたのはアンヌさん。
「リリス様。この場は呼びやすいように呼ぼうよ。
ボクは、これからもリリス様はリリス様と呼ぶんだからさ」
「……そうですわね。でも! ユウキ様はリリスと呼んでください!」
「……うん。でもさ、呼び方は良いとしても……」
彼女は俺の『大切な存在』のはず――対等な立場でいたい。
「仕えるなんて大げさな気がするし……仲間でいいんじゃないかな」
「そんな!?」大きく目を見開いて動揺するリリス。
その様子を見てアンヌさんが困った顔で援護する。
「ユウキ君。そこはなんとか認めてくれないかな。
異世界から来たばかりで仕方がないのだろうけど、
神託が『仕えろ』と告げたのだったら、仕えなければダメなんだ。
それが守れないってのは、生きる価値無しって言うのと同じなんだよね。
……すまないが、ハヤトからも何か言ってくれないか」
援護を依頼されたハヤトは眉間にしわを寄せながら、
「……仕方がない。
ユウキ、聞いてくれ。オレとしても不本意だが……。
神託を無下にするのは色々と不都合が生じるかも知れない。
お前の夢に関係するかもしれないからな」
「それって……あのこと?」
「そうだ。覚えているか。オレの言ったこと」
覚えている。
ダンジョンを人の手で作るには神の力が必要だと。
神の頂に行く必要があると。忘れるはずがない。ならば、答えはひとつ。
全てを納得している訳ではないけど……。
「わかった。神託に従って、リリスが俺に仕えてくれるのを受け入れるよ。
俺の方からもお願いする」
「はい!」リリスが明るい表情で答える。
そのやり取りを見て、少し不機嫌な顔になったナナミ。
フォローしておこう。
「ナナミが俺の大切な仲間なのは変わらないよ」といって頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるナナミ。
おっ、俺って少し気遣いができるようになったかな。
「じゃあ、ボクの番だね。
ボクはアンヌ。もうばれているけれど、リリス様の従者じゃなくて護衛だよ。
リリス様を狙う敵は今でも多いから、王家と教会両方から頼まれてね。
それでハヤトと同じ竜騎士。そしてハヤトとはライバル関係なんだ」
「オレはアンヌと竜騎士として競った覚えはないぞ」
「何言ってるんだ。ボクの狙った女の子が、
ハヤトのファンだったのなんて両手の指じゃ足らないんだよ。
それを色々な手段でボクに振り向かせるのに、どれだけ苦労したか……。
逆にボクのファンだった筈なのに、
知らない間にハヤトのファンになっていたり……。
それはもう熾烈な争いを繰り広げたのに、知らないなんてひどいじゃないか」
俺の頭に、はてなマークが浮かぶ。
「アンヌさんて女性ですよね」
「当たり前だろ」
「それで、さっきアンヌさんは自分でノーマルだと」
「もちろんさ」胸を張るアンヌさん。
「……あぁ、もういいです」
これ以上、問い詰めても無駄だ。
ハヤトは途中から完全に聞き流している。
「……で、そうすると――、
アンヌさんもリリスと一緒に、俺と行動を共にするってことでいいんですか」
「そうなるね。一緒に世界を救おう」あっさりと提案するアンヌさん。
「そう、それですよ。その世界を救うってのも、話がやたらと大きいんですが」
「ユウキ様、それも神託が告げたことですわ」とリリスが強調する。
「ユウキ、それはオレが話した件と同じだと思う。
なら、やはりお前の夢に関わる問題だ」ハヤトも追随する。
ハヤトは俺の為を思っての提案なのはわかるが……、
それでも世界を救うなんて、おいそれと目標になどできない。
そうやって逡巡していると、リリスがためらいがちに尋ねてくる。
「……お聞きしてよろしいですか、
ユウキ様の夢とは――いったいどんな夢なんですか」
「俺の夢は――、
もし人の身でダンジョンが作れるのなら、この手で作ってみたいんだ」
「まぁ、そうですの」少し驚いた顔のリリス。
「ふーん、そうなんだ」と優しい笑みを浮かべるアンヌさん。
「……ナナミも手伝うデス」とポツリとつぶやく声がする。
「ナナミに隠していた訳じゃないよ。言う機会がなかっただけだからね」
「はいデス」素直に答えるナナミ。
「ありがとう、笑い飛ばさないでくれて」
「もちろんですわ。
ただそれは果てしなく苦難の道だということは――おわかりですよね」
「ハヤトから聞いたからね」
「であれば、やはり世界を救わないと、その夢に辿り着く時間がないですわ」
「リリスは――世界を救うって、何をすればいいのか知っているのかい?」
「はい、それは恐らくハヤト様のお話と同じです。
今の世界を救うと言ったら、そのこと以外に考えられません。
――『自滅憑依体』。それを解決しなければ世界に未来はありません」
「……やっぱりそうか」
俺は運命論者じゃないけど、
それでも瞳の告げたこと、この世界に来たこと、
ナナミとの出会い、ハヤトの話、リリスの話。
何かを成すのを俺に求めている。世界を救うのも――そのひとつ。
避けて通れないのなら、逃げ道を考えても仕方がない。
ならば、前に進むのみ。それが俺のやり方。
やはり納得できている訳じゃないけど、全てを飲み込む覚悟をする。
「――わかった。
俺に何ができるのか全然わからないけれど、
俺の夢の為――そしてここにいるみんなの為にも、真面目に考えるようにする。
みんなも協力してほしい」
「やるデス」「当然だ」「もちろんですわ」「がんばるよ」
「ありがとう、みんな」
俺は感謝の気持ちを込めて全員の顔を見る。
そこでもう一人紹介の住んでいない顔を見つける。
ミルクを飲み終えて、またハヤトの肩に乗っている幼女。
時々俺を睨む目がキツイ。
「それで……、ハヤト、その子のことなんだけど……」
「……あぁ、そうだな」言いにくそうなハヤト。
「アタシは父様の娘――クレア」と幼女が唐突にかわいい声で自己紹介をした。
「父様!?」「娘!?」俺とアンヌさんが驚きの声を上げる。
何故、アンヌさんはそんなに驚いているのだろうか。
ナナミとリリスは意外そうな顔をするだけなのに。
「ハヤト、お前が父親なのか……?」
「んっ……まぁ、そういう場合も……あるのかもなぁ……」
こんな風に言いよどむハヤトなんて初めて見た。
わかった。この子の前で、はっきり否定できないんだな。
その気持ち良く分かる。
「わかった、ハヤト。この子はお前の娘だ。そうなんだろう」
わざとらしい言い回しで、お前の気持ちはわかるぞ、と伝える。
「あぁ、そうなんだ。ユウキならわかってくれると思った」
それに安堵で答えるハヤト。以心伝心。
その以心伝心がわからないアンヌさん。
「まずいよ、まずい。
そんな話が世に出回ったら女の子たちがパニックになるよ。
ボク一人じゃ手に負えない。ボクの身体はひとつしかないんだから。
チャンスだなんて言ってられない。
ダメだ、ハヤト、今は時期が悪い。
ボクが段取りを組む。それまでそれは内緒にしてくれ。
そうでないと、国が崩壊する」
「アンヌ、落ち着きなさい。
ハヤト様、今の様子だとその子のこと――、
あまり大っぴらにするつもりではありませんよね」
「そうだ……、この子は魔族だからな……多分」
魔族……やっぱりあのミリアさんか、その主の関係者なんだな。
ミリアさん、背中に翼があって、いかにも魔族って感じだったし。
「やはり、そうですか。今は事情は訊きません、アンヌ、そういうことですので」
「ふう、そうですね。わかりました」ようやく落ち着きを取り戻したアンヌさん。
「感謝する、リリス様」
「ボクは事前に布石を打っておくよ」
「アンヌ、お前は何を言っているんだ」
「いいんだよ、ハヤトは自覚がないんだから、黙ってボクに任せれば」
アンヌさんのよくわからない話を聞き流して、
幼女についてハヤトに問い掛ける。
「その子もこれから一緒に行動するのか」
「あぁ、そのつもりだ。
ただこの子――クレアは色々と優秀だから、足手まといには決してならない。
それは断言できる」
「わかった、クレア――これからもよろしく」
笑顔の挨拶に、睨むような視線で答えるクレア。
この子も俺にとって『大切な存在』らしい。これからが少し心配だ。
とまぁ、何度か話し合いがグダグダになったが、
ひと通りの自己紹介も終わって、全員が仲間になったことだし――、
「それじゃあ」と前置きしてから、俺にとって一番大事な話をする。
「ハヤト、まずはこの世界のダンジョンを知りたい。
明日にでも、この町にあると聞いたダンジョンに連れて行ってくれないか」
「もちろんだ」以心伝心。さすがハヤト。俺の希望なんか予想済み。
ちなみに、その提案はリリスとアンヌさんにも受け入れてもらえた。
世界を救うには、ダンジョン探索の経験は必要だと理解しているようだった。
「ナナミも! ナナミもダンジョンでユウキを守るデス!」
そうして、明日の予定――この町の『ダンジョン探索』――が決定。
正直に言えば、まだダンジョンの話が聞きたかったのだけれども――、
隣りでナナミが眠そうな顔をしているし、俺も顔に疲れが出ているようだ。
ハヤト、リリス、アンヌさんが心配し始めたので、
残念だけど明日に備えて、この場での話を終わりにした。
リリスとアンヌさん、ハヤトとクレアも、この宿に部屋を取った。
それから共同風呂へ。ちゃんと男女別になっている。
ハヤトのコネでゆっくりと利用を許されたのは有り難い。
ナナミとクレア――二人とも素直に従ってくれた――をリリスたちに任せる。
そして男二人も――、
「ハヤト、一緒に風呂に入ろう」「ああ」
何故かアンヌさんの眼がギラギラしていて、恐怖を感じさせる。
それを無視して、俺とハヤトは二人で男風呂へ。
第九話、お読みいただき有り難うございます。
次回は男風呂での話です。
※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』
好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。
http://ncode.syosetu.com/n3332cv/
※11月4日 後書き欄を修正