第08話:新しい仲間、そして幼女
また、訳わからない話をする人が現れた。
しかし瞳が「大切な存在」と告げたのだから、邪険には出来ない。
目尻が垂れていて穏やかそうに見えるが、元気のいい話し方だった。
「君……リリスさん? 確かに俺はユウキだけど……ハヤトの知り合いですか?」
「ハヤト……この町で有名な竜騎士のハヤト様ですか?」と小首をかしげる少女。
ハヤトが竜騎士……確かに竜に乗っていた。
「えぇ、竜に乗ってるハヤト、俺の昔からの友人です。リリスさんは?」
「あ、いえ……、
ハヤト様の名前は存じ上げておりますが、直接お会いしたことはございません。
ワタシがここにいるのは、神託を受けたからなのですわ」
「はぁ……神託ですか……」
「今日この町で、黒目黒髪、女顔で背の低い、男性の異世界人が現れる。
一目で解りました、神が告げた名は『ユウキ』――あなた様ですね!」
青い髪の少女があまり豊かではない胸を張って断言する。
確かに黒目黒髪で名前はユウキ……間違ってないけど……。
――神様! 「女顔で背の低い」はいらない情報だよね!
「ユウキ様が世界を救うにはワタシの力が必要になる――そう告げられましたの」
「いや、ちょっと待って。世界を救うって、どっから出てきたんだ」
リリスという少女の、あまりにも突拍子のない話に、言葉遣いが乱れる。
ナナミを撫でる手に余計な力が入り、ビクッとする感触が返ってくる。
俺はリリスから視線を移し「ごめん、ごめん」とナナミに告げて、
優しく撫で直すと、再び目を細めて気持ちよさそうにする。
まるで猫のようだ、――猫人族だからね。
「そういう訳ですので――、
これからはワタシとアンヌ、行動を共にさせていただきます。
よろしくお願いいたしますわ」
ナナミに気を取られていたら、リリスの話が決定事項になってしまった。
まぁ、良い。「大切な存在」なのだから、俺にとって意味があるはず。
無下に断る必要はない。
ただし世界を救うという話には納得できない。
その点を訊き返そうとしたのだけれど、別の声が邪魔をした。
「リリス様、こちらは片づきました」
背の高い女性――俺よりもだけど。年齢も上だろう。
髪の色は燃えるような赤。
ショートカットの髪型が、整った顔立ちを精悍に見せている。
「ありがとう、アンヌ」
この女性がさっき名前が出たアンヌという人らしい。
すっかり忘れていたが――、
町の警備員にナナミが倒した男を引き渡して、事情を説明してくれたようだ。
彼女は砕けた口調で自己紹介をしてきた。
「君がユウキ君なんだね。ボクはリリス様の従者のアンヌ。よろしく頼むよ」
「はぁ、こちらこそ、よろしくお願いします」と歯切れの悪い返事をする。
「確かに女顔だね、背も低いし。女装するとボク好みになるかな」
コンプレックスを刺激する言葉が胸に痛いが……、
それ以上に恐ろしい趣味を持っているらしい。頭の中で警報が鳴っている。
しかし、ナナミの頭を撫でるのに俺の手が使われているので、逃げ出せない。
「アンヌ、ユウキ様が困ってらっしゃいますわ。自重しなさい」
「あはは、冗談だよ。ボクはいたってノーマル。
君たちの代わりにバカな男の件を片付けたんだ。逃げ腰にならないでほしいな」
「……その件は感謝します」
「そういえばアンヌは、ハヤト様のことに詳しかったですわね。
ユウキ様は、この町で有名なあのハヤト様のお知り合いだそうですわ」
「へぇ、君はハヤトの知り合いなのかい――、
彼も異世界人だそうだし、そっちで同郷だったのかな」
「そうです。あなたもハヤトを知っているんですか」
「うん、良きライバルってとこかな」と、はにかみながらアンヌさんが答える。
「オレはお前をライバルなどと思ったことは一度もない」
またまた誰かが突然、背後から口をはさんできた。
だがその声、振り向いて確認するまでもない。
最も聞き覚えのある声――ハヤトだった。
「ユウキ、いつの間に、こんなに女の知り合いを増やしたんだ」
目の前に現れ、何故か怒った口調で言うハヤト。
俺が「用事は終わったんだ?」と訊くと「あぁ」と答える。
そこには、一緒に空に飛んでいったミリアさんの姿は無く、
代わりに、小さな女の子――完全に幼女――がハヤトに肩車されていた。
黒髪に黒い瞳。意志の強そうな目が、ハヤトの頭の上から俺を見つめている。
そして今日三度目。
俺の瞳が告げる――その幼女も『大切な存在』と。
――もう頭の中が飽和しそうだ……。
変な男に絡まれて、ナナミが何とか撃退してくれたら、
二人の女性が現れて、世界を救うのに同行したい。一人が『大切な存在』。
ハヤトが戻ってきたら、ミリアさんの代わりに幼女。その子も『大切な存在』。
一度にいろんなことが起こり過ぎている。
――落ち着け。
深呼吸をする。
こういう時は、できることを、必要なことを、ひとつずつこなしていく、
それが俺のやり方。
ならば最初は――ハヤトにまた会ったら、真っ先に伝えたい言葉があった。
できればハヤトと二人だけで話したい。
まずは、それから――。
「ナナミ、そしてリリスさんに、ええっと……アンヌさん、
ちょっと待ってて欲しいんだ、
ハヤト、すまないが……その肩の女の子を降ろして……、
いや、やっぱりそのままでいい。――こっちに来てくれないか」
肩車されている幼女が俺をギロリと睨んだので、方針変更。
幼女はそのままで、ハヤトを建物の陰に連れていく。
そして俺にできる精一杯の真顔になって、
「ハヤト、まずは言わせてくれ……、五年間お疲れさま」
その言葉にハヤトが「……あっ……」と言葉を詰まらせる。
それから少し俯いて、
「……、あぁ、……ありがとう……」
と答える瞳が潤んでいたが、すぐに俺からさっと顔をそむける。
俺もそれ以上はハヤトの顔を見ないようにした。
「悪いな、お前を泣かせたかった訳じゃないんだ。
だけど一度は言っておきたかった。
あの湖での再会が五年ぶりだと聞いても、実感がわかなかったが――、
この町に来てお前の手紙を読んだ時に、お前の五年を考えてな。
だから、これは俺のけじめだ……。これからも、前と変わらずによろしく頼む」
「オレの方こそ、少し歳を取ったが――、
ユウキ――変わらずに昔と同じように付き合ってほしい」
こちらに向き直ったハヤトの顔は、もう普段の顔に戻っていた。
無表情の中にほんの少しだけ浮かぶ笑み。俺にだけ見せる笑顔。
「わかった。俺たちは何も変わっていない。そうしよう」
「あぁ、そうだ。何も変わっていない」
ゆっくりと頷いてから、話題を変える。
さっきから俺を睨んでいる幼女。
「それで……、お前が肩車をしている小さな女の子は誰なんだ」
「この子は色々と事情があって、オレが預かることになった。
込み入った話だから、ここではなんだから後でゆっくりと話す」
胸のあたりにある幼女の足を、ポンポンと叩きながらそう言った。
想像するにミリアさんの主という人物からだろう。
それから内緒話をする様に、グイッと顔を近づけてくる。
「ユウキこそ、ほんの少し目を離した隙に猫人族の娘と――、
それに、あの二人はリリス王女と爆炎の竜騎士アンヌじゃないか。
いつの間に知り合ったんだ」
「王女と竜騎士!?」
「知らなかったのか」
「ねえ、ユウキ君と疾風の竜騎士さま、まだかい? みんな待っているんだよ?」
この声はアンヌさん。待ちくたびれて声をかけてきた。
疾風の竜騎士――ハヤトのことか?
俺はどうやら疾風の竜騎士様と話し込んでいたらしい。
アンヌさんに促されて、建物の陰から出ると、ナナミが駆け寄ってくる。
ネコミミ頭を撫でて「お待たせ」と言うと、笑顔が返ってきた。
これで、ハヤトに伝えたい思いは告げた。
あとは、いきなり増えた登場人物を整理しないと、読者がついてこられない。
――って誰が読者だ。俺は物語の主人公か!?
心の中だけでボケとツッコミを終わらせ、次の行動に移る。
リリス王女(?)と爆炎の竜騎士(?)アンヌさんに向き直り、
「まずは落ち着いて話し合いが必要です。事情をもっと詳しく教えてください」
幼女を肩車したハヤトに、
「まだこの二人にも会ったばかりなんだ。
俺と行動を共にしたいと言っているから、ハヤトにも話を聞いてほしい」
それからナナミの頭を撫でながら簡単に紹介する。
「この子はナナミ。縁があって、……これから行動を共にすることになった」
思わず「しばらくの間」と言いそうになって思いとどまる。
たとえそうであっても、その言葉は今のナナミを悲しませる。
最後に、もう一度ハヤトに向かって、
「ハヤト――、何処か、みんなでゆっくりと話せる場所はないか」
「あぁ、それなら……」とハヤトが提案したのは――さっきの宿屋。
この宿屋。結構設備がそろっている。
四階建てだけれど、敷地面積も大きいから宿泊の部屋数も多い。
共同風呂もあると言っていた。
話し合いの場所にしたのは、
食堂の奥に何部屋かあった宴会や密会ができる個室、その一部屋。
ハヤトが顔パスで借りることが出来た。
女性給仕さんなんか、声のトーンを上げて、
「ハヤトさん、いらっしゃいませぇ」とわざわざ出迎えたくらいだ。
ただ、肩車をしている幼女を見て「ヒィッ!」と変な声を上げていたけど。
俺とナナミは、食べられなかったおススメ料理を温め直してもらった。
もったいないから。
他のみんなは夕食は済ませていたので飲み物だけ。
何故だか、それらの品を持ってきてくれたのが、
女性給仕さんではなく、別の男性だったのが少し気になる。
ハヤトの隣ですまし顔でミルクを飲んでいる幼女をチラッと見る。
あの子が原因か……? まぁ、気にしてもどうにもならない。
それから俺とナナミが食事を終えるのを待ってもらい、
ようやく落ち着いて話せる環境が整った。
もちろん一番気になっているのは――、
あの大男が言っていた、ここにあるダンジョンのこと。
しかし……俺はグッと堪える。物事には順番がある。
急いては事を仕損じる。
まずは改めて自己紹介から。
「俺はユウキ。みんな知っているだろうけど、この世界で言う異世界人だ――」
第八話、お読みいただき有り難うございます。
※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』
好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。
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※11月4日 後書き欄を修正