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第07話:ユウキの揉め事

 こういうのも事なかれ主義というのだろうか。

 宿屋で揉め事が起こるのが嫌なので、仕方なく名乗り出る。


「それは俺だ、何か用か?」

「ん? お前、女か? 男と聞いていたんだがな」

「俺は男だ!」

「そうか、まぁ、男でも女でも構わない。

 俺は人間が小さい。ハヤトに受けた恨み、お前で晴らさせてもらう」


 こいつ、こんなに大きな体なのに、自分で人間が小さいなんて言っている。

 そう言われると「それは八つ当たりだろ」と反論できない。

 仕方がないので。何の手立てもないが定番のセリフを言う。


「ここじゃ、みんなの迷惑になる。表に出ろ」


 足が震えてる。歩いて外に出られるかさえ心配だ。


「お客さん、大丈夫ですかぁ、あいつCランクの探索者ですよぉ」


 女性給仕さんが心配して声をかけてくるが――、

 彼女の言うCランクの探索者……。

 何のことかも、どれくらい強いのかも、わからない。


 ただ、なんにせよ大男の身体つきだけで、

 俺が倒される未来しかないのは、既に分かり切っている。


 ありがたいのは、女性給仕さんの声を聞いたら、

 足が動いて前に進めるようになった。

 気にかけてもらえているという事実で、少しだけ気が楽になったから。


 そして、大男と共に宿から出る。

 彼の大声を聞きつけて、すでに野次馬が数名周りでニヤニヤと見ている。


 ――さてどうしよう……。


 一発殴られて終わりなら、まぁ、良しとしよう。

 それ以上だったらどうしよう。ナナミに介抱してもらうか。

 ちょっと恥ずかしいけど、それしかない。


 後について宿屋から出てきたナナミに声を掛けようとすると――、

 彼女は、俺が貸したパーカーを脱いで返してくる。

 意味が解らず「えっ」と言って、素直に受け取ってしまう。

 ピンク色のネコミミが人前で露わになっている。


「今度はナナミがユウキを助けるデス」


 そう言って、俺の前に立ち背中を見せる。

 少しだけ顔をこっちに向けて、

「もう村には帰れないけれど、村から逃げ出した意気地のないナナミだけれど、

 ――それでもナナミはユウキの力になりたいデス」


 キッパリと言い切った声には、ナナミの強い意志が表れていた。

 さっきまで泣いていた女の子とは思えない。

 すぐに正面に向き直ったので、その時の彼女の表情はうかがえなかった。


 大男がその姿を見て「お前、猫人だったのか」と驚いたように言う。

 そこに侮蔑や蔑みの感情が見えなかったのは、素直に喜ぶべきだろう。

 

「しかしハヤトの仲間というのも情けない。

 こんな子供の猫人族の背中に隠れるとはな」


 侮蔑や蔑みの対象は俺だった……。

 少女の後ろで隠れるように立つ俺を、心底バカにしたような顔で見る。


「ユウキをバカにするな!……デス」


 ナナミが一喝する。大男を前にして、全く動じていない。


「ふん、猫人の素早さは確かに侮れない。五感の鋭さも驚異的だ。

 こんな子供でもな。

 だが俺も、ここのダンジョンで鍛え上げている。

 お前の素早さについていけないなどと、勘違いしてもらっては困る」


 大男の言葉に気になる単語が出てきた。

 ――なに! ここにダンジョンがあるのか?

 もっと詳しく聞きたいが、残念ながら今はそんな場合じゃない。

 大男の言葉が続く。


「……おい、情けない男。

 先にこいつをいたぶってから、お前の相手をしてやる。静かにそこで見ていろ」

 

 さすが自らを人間が小さいというだけある。

 ためらいなく子供をいたぶると言う。

 方向性の間違った大男の潔さ、違う時と場所で発揮してほしい。


 その言葉が終わると同時に動き出す大男。


 ――速い!


 俺の眼は特殊だが、動体視力が高いわけではない。

 尋常でない速さで動かれれば見失ってしまう。

 大男が自分の実力を評した言葉は、ハッタリではなかった。

 瞬く間にナナミの前に到達する。


 この時になってようやく――、

 男として……、ナナミを引き止めるべきだった、と思い至った。

 彼女の堂々とした態度に、気付くのが遅れてしまった。まったく遅すぎた。


 目の前でネコミミ少女に向かって振り下ろされる拳。

 が、次の瞬間――、


 ナナミの姿は消えていた。


 空振りした姿勢の大男の顔がゆがむ。

 何故かそこだけスローモーションのように。


 そして――巨体が真横に吹き飛ぶ。

 土ぼこりを上げて何度もバウンドして。


 大男の姿のあった場所には、ナナミが拳を突き出した姿勢で立っていた。

 少女の凛とした横顔が見える。


 ――えっ、どうなってんの。


 口を開けたまま、驚くしかできない。しかし事態は進んで行く。

 大男、あれだけの勢いで吹き飛んだにもかかわらず、既に起き上がっていた。

 その顔には苦痛と怒りが浮かんでいる。


「小娘が! ふざけやがって!」そう言って、腰の剣に手をかけて抜き放つ。


 先程よりも勢いが衰えているが、

 それでも俺からしたら驚きの速度で、再びナナミに襲い掛かる大男。

 今度は真剣を持っているのだ。


 背筋に冷たいモノが走る。


 対するナナミは、しっかりと大男を見据えて待ち構えている。

 あっという間に二人の距離が埋まる。振り下ろされる剣。

 そこには、やはり彼女の姿はなかった。


 しかし大男の攻撃はそれで終わらない。縦横無尽に何度も放たれる斬撃。

 その合間合間に見え隠れするナナミの姿。


 ――あれが残像か……。


 もう結末がわかった。ナナミは強い。この大男なんかよりずっと。

 だからこそ、住んでいた村を逃げ出した自分が許せなかったのだろう。

 戦えなかった自分を責めているのだろう。

 ナナミのことが、少しわかったような気がした。


 大男の身体が宙を舞う。四階建ての宿屋の二階の高さまで。

 ナナミの左手には、男の持っていた剣。刃の部分を指で摘まむ様に持っている。

 大音響をたてて、地面に叩き付けられる大男。


「それまで! ですわ」


 誰かが戦いの終了を告げる。良く通る澄んだ女性の声。

 声が聞こえた方を見ると、黒い帽子をかぶった女性が視界に入る。

 そして――、

 俺の瞳がまたまた発動する――『大切な存在』と。


 ――こんな時に……。


 今はそれを気にしている余裕はない。先にやるべきことがある。

 俺は瞳の報告を無視して、ナナミに駆け寄った。

 彼女は左手で摘まんでいた剣を一瞥してから、大男の近くに放り投げる。


「大丈夫かい。ナナミ……、怪我は無いかい」

「ありがとデス。ナナミはユウキの為に自分の力を使うデス」


 真っ先に自分の決意を語る少女の顔には、満足しきった笑顔が浮かんでいた。

 思わず手を伸ばして、ピンクの髪の毛を撫でる。


「うん、わかった。ありがとう」


 彼女は自分の力の使い方を選んだ。今は素直に受け入れよう。

 それでナナミが笑顔になるのなら。彼女の罪悪感が癒えるのなら。


 ――俺にそんな価値は無いのだけれど……。


 目を細めて素直に頭を撫でられているナナミを見て、そう考えていた。


「あなた、ユウキ様ですね」


 声を掛けてきたのは、俺にとって新たな「大切な存在」らしい少女。

 ナナミの頭を撫でるのをそのままに、そちらに目を向ける。


 青いセミロングの髪の少女。

 年齢は俺と同じくらいに見える。残念ながら身長も。

 かぶっている黒い帽子には、円に十字をあしらった文様がある。

 美少女と言っていい程に整った顔。

 チラッと、ナナミを撫でる俺の手に目をやってから、自己紹介を始める。


「お初にお目にかかります。ワタシの名はリリス。

 教会の神官を務めております。

 この度はユウキ様にお仕えすべく、この地に参りました。

 以後、よろしくお願いいたしますわ」



 第七話、お読みいただき有り難うございます。


※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』

 好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。

 http://ncode.syosetu.com/n3332cv/


※11月4日 後書き欄を修正


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