第06話:ナナミの事情
指定された宿屋を見つけ、ハヤトが用意した紙を渡す。
ちなみに、その紙の文字は俺には読めなかった。
翻訳指輪は文字には効果がないのか。残念。
ナナミに読んでもらうと、
『この者、我の大切な親友なり――ハヤト』とだけ書かれてあったそうだ。
細かい指示は、既に宿屋の方に伝わっていた。
言葉が通じないとも思われていたので「話せます」と事情説明。
宿泊には問題がなかったのだが――、
部屋を一部屋か二部屋にするかで、ナナミと少し揉めた。
「ナナミはひとつの部屋が良いデス。同じ部屋なら床でもいいデス」
「いやいや、ちゃんと二部屋借りても大丈夫だって、宿屋の人も言ってるし」
そう言うと、泣きそうな顔で俺を見つめる。
まだ出会ったばかりなのに、信頼されているのはうれしいが……。
まぁ、いい。深く考えるのはやめよう。
宿屋の人に、ベッドがふたつある部屋があるか尋ねた。
「ありますよ」と、ちょっと太めの宿屋の女性が答える。
俺とナナミはその部屋を借りた。
「夕食の時間は始まってます。早めに注文してください。
共同風呂があるので食事の後に利用してください。それでは部屋に案内します」
案内された部屋は、四階建ての建物の三階。
俺が暮らしていた寮の二人部屋と同じくらいの広さ。
内壁や家具やベッドは木製で落ち着ける部屋だった。
「んしょ、んしょ」と言いながら――、
ナナミがベッドを隣り合うように移動している。
なんだ凄い力だな。これが猫人族の本来の姿か。
やはり最初に出会った時は、本当に疲労の限界だったんだな……?
「って、なんで! ベッドを、くっつけて……るの……かな?」
最初のほうの声が大きくなってしまった。
ナナミがビクッと身体を震わせて、泣きそうな顔で俺を見る。
とたんに罪悪感に包まれる。
「あっ、いや、なんでベッドを近づけているのかなと……。怒ってないよ?」
彼女の眼からは、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。
「あぁ、そうだな。ベッドは近い方がいいよな。寂しくないもんな」
必死にフォローする。
女の子の涙には慣れていない。というかこんなの初めての経験だ。
「あぁ、ナナミは疲れているんだから、俺がやるつもりだったのにってね。
そう言いたかったんだよ。大丈夫。大丈夫」
そういってナナミが動かしていたベッドに手を掛ける。
――うげっ、重い!
想像以上に重かったベッドを、男子の意地で何とか動かす。
「これでよし!」とわざとらしく、明るく笑って見せる。
ナナミは「……一緒に寝るデス」と小さい声で言って、笑顔を俺に向けた。
妹がいればこんな感じなのだろうか、と考えていた。
俺にまともな家族がいたら……という仮定の話で。
その騒動の後、二人で階下に降りて食堂に行く。
席に座ると、若い女性の給仕が注文を取りに来る。
「お客さん、ハヤトさんの大切な人なんですってぇ」
「いや、大切な人って言うと、なんか変だな。親友ですよ、俺とあいつは」
「そうなんですかぁ……あれぇ、言葉が話せるんですねぇ」
言葉が通じない件は、ここにも伝わっていた。再び事情説明。
「じゃあ、メニューは読めないんですねぇ」
「そうなんです、適当なのを出してくれませんか――、
ナナミ――、ナナミはメニューから好きなのを選んでいいよ」
「ユウキと同じものがいいデス」
「そうか、まぁ、お店のおススメでいいか――、同じのふたつでお願いします」
「わかりましたぁ」
そう言って、女性給仕さんは厨房に下がっていった。
するとナナミが、真面目な顔になって話しかけてくる。
俺のパーカーを着て、フードを被って耳を隠したまま。
「ユウキは、さっき魔物を倒したあと震えてたデス。
異世界人は凄い能力を持っている筈なのに、どうしてデスか」
「ナナミの言う異世界人が、どういう人間なのかは知らないけど。
俺は普通の人間だから戦う力はないよ。
ちょっと勘が良くて、この世界に来る入口を見つけて、今ここにいるけれど」
眼のことは、ややこしくなるので話さなかった。
「さっき震えていたのは、生き物の命を奪うのが初めてだったからさ。
それでも一生懸命だったんだから、笑わないでくれると助かるな」
「笑わないデス。確かにユウキの体は戦う身体じゃないデス。
あの時が初めての戦いだったデスか……」
ナナミは少しだけ視線を下に向けて、何かを考えている。
それから顔を上げて真剣な顔で、再び問い掛けてくる。
「ユウキは倒れて動けないナナミに、食べ物とお水をくれたデス。
大ネズミに襲われたときに守ってくれたデス。
それに、この服も柔らかくて素敵デス――、
どうして、ナナミに優しくしてくれるデスか」
どう答えれば良いか迷った。
もちろん最初は眼が「大切な存在」と告げたからだ。
しかし、今となっては、それだけだなんて口にしたくない。
ナナミの悲しむ顔を見たくないのもある。
それ以上に、もう眼がどうしたという話じゃないから。
さすがにまだ「大切な存在」とまでは言わないけれど。
それでもこの半日で「大事な相手」くらいにはなっている。
だから――、
「俺のこの眼はね、ちょっと特殊で、時々いろんなことを教えてくれるんだ」
正直に話すと決めた。
「それでナナミを見つけたのは、この眼が教えてくれたからなんだ……。
この眼が俺にとって『大切な存在』がいるって。
でも――優しくしたのは眼が教えてくれたからじゃない。
俺がそうしたかったからなんだよ」
「大切な存在……」
ナナミがその単語を繰り返す。
「大丈夫、今はもう、それだけが理由じゃない。俺が――」
「わかったデス。嬉しいデス……。だから――ナナミのことも話すデス」
俺の言葉が終わらないうちに、彼女の中で何かの決心がついたらしい。
自分の事情を語り始める。
ナナミの暮らしていた場所は猫人族の村。
近くにある人族の町と仲良くなろうとした矢先のこと。
それを認めない猫人族の大人が――、
凶暴な狼人族を雇って、人間と仲良くなりたい大人たちを襲撃した。
戦闘能力に劣る猫人族は、狼人族に抗えず次々と倒れていく。
ナナミは大人顔負けの身体能力を持っていた。
だから村では特別な存在として扱われていて――、
人族と猫人族との融和の証として、人間の町に留学する予定だった。
そのため――反対派の標的となった。
「ナナミなら狼人族とも戦えたはずデス。でも……怖くて逃げたデス」
大人たちに庇われて村を飛び出し、
追ってくる狼人族を振り切って、二晩走り続けた。
そして、ついに力尽きて、あそこで倒れていたそうだ。
「ナナミがもっと強ければ、みんなを助けられたのに――、
ユウキのように強い心があれば、逃げないで戦えたのに……」
顔をくしゃくしゃにして、うつむいて涙をこぼす。
俺は焦りに焦る。普通こういう場面ではどうすればいいんだ。
優しく慰めればいいのか……、でもどうやって?
こういう時に対人(対猫人?)経験の少なさが仇になる。
確かにナナミの話には同情してしまう。力になりたいと素直に思う。
けれど――、
今の俺は、周りの目が気になって、それどころじゃないんだが。
瞳の能力は発動していないのに、突き刺さる視線がわかってしまう。
泣きじゃくる女の子を前にして、頭が真っ白になる。
それでも、なんとか周りから冷たい奴と思われないように、
机をはさんで、ナナミの手を握りながら、フードの上から頭を撫でる。
「大丈夫、ナナミは悪くない。
まだナナミは子供なんだから、逃げるのなんて当たり前だよ。
大丈夫、大人たちが逃がしてくれたのは、
ナナミに生きていてほしいと願ったからなんだよ。
だから、そんな風に自分を責めたら、
せっかく逃がしてくれた大人たちが悲しんでしまうよ」
話し続けるうちに――、
だんだんと自分の心が整理できて、心を込めて伝えることが出来た。
ナナミの方もようやく落ち着いて、俯いていた顔を上げる。
まだ顔には涙の後が残って、顔も赤くしているが――、
俺の方を見て素直に頭を撫でられている。
うん、そうだよな、ナナミはまだ子供なんだよ。そう実感した。
そこに女性給仕さんが、ようやく料理を持ってきた。
どうやら、落ち着くのを見計らっていたらしい。
「……女を泣かすなよ」ドスの利いた声。さっきと口調が違う。
そして……それは誤解だ。
焦って否定をしようとすると――、
突然、別の方向から男の大きな声が食堂に響く。低音で威圧感のあるダミ声。
「おい! ここにハヤトの仲間ってのがいるのか!」
この町ではハヤトは有名人らしいから、あいつの知り合いは多いはずだ。
だから、この声の主のいうハヤトの仲間は、俺ではない可能性が……。
……やっぱ俺だよな。誰も動かないし。
どう見ても「おう、お前か。お小遣いをやろう」なんて雰囲気じゃない。
その男、身長2mはあって、洋物ゲームのゴツイ主人公みたいな身体。
宿の入口に立ちふさがり、凶悪な顔で、こっちを睨んでいる。
せっかく届いた料理を目の前に途方に暮れる。
どうする、俺?
第六話、お読みいただき有り難うございます。
※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』
好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。
http://ncode.syosetu.com/n3332cv/
※11月4日 後書き欄を修正