第05話:ようやく人間の町
「ユウキは、もしかして異世界人デスか?」
あのあと、ネコミミ少女と少し打ち解け、名前を教えてもらった。
彼女の名前はナナミ。猫人族という種族。
そのナナミが直球の質問をしてきた。
「えっ、どうして!?」
「聞いた事があるデス。
人族には異世界っていう、ここじゃない別のところからやってきて、
ものすごい能力を持っている人間――異世界人が何人もいるって」
彼女の話に驚きはしたが納得もした。
やはり前の世界からやってきたのは、ハヤトや俺だけじゃない。
確かに、さっきハヤトもチラッと言っていた覚えがある。
それでも、普通に知れ渡るほど常識になっているなんて予想外だ。
まぁ、ナナミも異世界人を知っているのなら話が早い。
「そうなんだよ、ほんの少し前に、この世界に来て――、
さっきまで知り合いといたんだけど、急用でどっかに行っちゃってね。
この先の町で待っててくれって、放り出されたんだ」
「ナナミ、人族のことも勉強しました。
それでも、さっきのお水の入れ物と食べ物は初めて見たデス。
それに魔物とか魔石を知らない人間は普通いないデスから」
それから――、
ナナミの身体が普通に動けるようになるまで、しばらくその場にとどまった。
かわりに、この世界の話をいろいろと教えてもらった。
彼女が話したがらないのは、
何処に住んでいたとか、なぜ此処にいるのかに関係する話題。
家出少女のようだな、と勝手に解釈し、そこには触れないように会話をした。
聞いたのは生活レベル。
特徴的だったのは「魔法石」と呼ばれる魔石を加工して作る魔法アイテム。
生活のあらゆる場面で利用されている。
用途に合わせた魔法を使用者の意志に従って発動するように加工した物質。
前の世界の異世界ファンタジーで良く見かけた。
熱源に火魔法石。灯りに光魔法石。水を生み出すのに水魔法石、等々……。
うん、便利そうだ。
しかし、移動に使う乗り物はというと……、
馬車か、魔物の一種――魔獣――に牽かせる魔獣車。
動力が発達していないのだろうか。ちぐはぐな感じがする。
それとハヤトが乗っていた空飛ぶ竜は非常に特殊な例らしい。
話を聞いている間、携帯食料を何個かあげた。
美味しそうに食べるナナミ。ピンクのネコミミが元気に動く。
そうして話をするうちに、ようやく彼女は笑顔を浮かべるようになった。
小一時間その場で過ごして、そろそろ動かないと日が暮れてしまう時間。
ナナミの身体もだいぶ復調したようだ。
「さてと……、これからどうする。
俺はこのまま町に行くつもりだったけど、
ナナミに何か用事があるのなら、町行きは後回しにしてそっちを手伝うよ」
「……ナナミも町に行きたいデス。連れて行って欲しいデス」
また表情を曇らせる。その理由を今は聞かない。
「わかった。一緒に行こう」
そして俺たちは歩き出す。
隣りを歩く猫人族の少女の歩きは――、
時間が経てば経つほどに軽快になっていく。飛び跳ねながら草原を進む。
俺は元の世界で身体を鍛えるのをおろそかにしたつもりはない。
水入りのペットボトルの入ったリュックは確かに重いけど――、
なるべく速足で彼女を追いかける。
しばらくそのまま進み、ついに整地された道を発見。
俺とナナミは顔を見合わせて笑い合う。
さらに気持ちを盛り上げて、この先にあるはずの町に向かっていく。
そして――そろそろ日も暮れようとする時間、ようやく町に到着した。
町には魔物除けの為か、背の高い木製の壁で囲われている。
見える場所に一ヶ所だけ門があって、そこに門番の姿が見える。
ナナミに訊くと、この町に来たのは初めてだと言う。
ただ、人族の町だというのは間違いないらしい。
彼女は猫人族。
差別があったら困るので、猫人族と人族の交流について聞くと言葉を濁す。
それなら用心して、猫人族と知られないようにしようと――、
目立つ耳を隠すために、俺のフード付きのパーカーを着てもらった。
身に着けて、すぐに匂いを嗅ぎ始めるナナミ。――やめて!
軽く心に傷を負ったが、なんとか立ち直る。
そして意を決して門に近づき、門番に話しかける。
「町に入りたいのですが……」
門番はやはり人間だった。初めて見るこの世界の人族。
三十代の男性。髪の色は銀色で目の色はブラウン。
俺の日本人特有の顔を見て――女顔だが――、
その後、服装を見て何かに気付いたように目を見開く。
「お前、もしかしてユウキという名前じゃないのか」
「えっ……」
門番の意外な返事に驚く。俺の名前を知っている。
それならば……、ハヤトが事前に何かの準備していたとしか思えない。
「その黒髪と黒い瞳。そして、おかしな服装。
お前……、ハヤト様を知っているんじゃないのか」
――やっぱり。
「そうです。俺はハヤトの知り合いのユウキです」
「やっぱり……、あれ、言葉が話せないようにも聞いていたんだが」
「それはこれです。
さっきまでハヤトと一緒にいたんですが、
急な用事でどこかに行ってしまって……、
それで……この指輪を貰って、
これが言葉が通じるようになる魔法がかかっているので……」
門番の男性に翻訳指輪を指し示す。
ちょっとしどろもどろの話し方になってしまった。
「ふむ、そうなのか……、まぁ、いい。
ハヤト様から確認する方法を受けているから、ちょっと待ってろ」
そう言って門番は門の側にある小屋に入っていった。
まぁ、何とかなりそうだ。
ナナミを安心させるため、「大丈夫そうだよ」と小さな声で言う。
あまり間を置かずに、門番は手に何やら一枚の紙を持って出てきた。
「お前がハヤト様の知り合いなら、
これが読めて、書かれた内容に対する答えを示せるはずだ。やってみろ」
門番から紙を受け取る。そこには日本語でこう書かれていた。
見慣れたハヤトの字。何故かほっとする。
『お前の誕生日の月と日を指で門番に示してやれ』
俺の誕生日は四月三日。
これは確かに他の人間だとわからない質問だ。
日本語が読めるだけじゃ答えられないな。
けど、これってハヤトも俺の誕生日を覚えているってことだよな。うーむ。
すまないが、あいつの誕生日は知らないぞ。
俺は指を四本出した後に、小指を折って三本にして、門番に見せつける。
「おぉ、確かに正解の動作だ。
お前がユウキか。大丈夫だ。町に入るのを許可しよう。
いやぁ、ようやくかぁ。これでハヤト様も喜ぶだろう。
……それと、ハヤト様から預かっている物も渡すから待ってろ」
重い荷を下ろしたような顔をする門番。
そんな訳で、俺は無事に入場試験に合格したようだ。
あとはナナミなんだけど……。
「それで……連れがいるんですが」
「んっ、そっちの嬢ちゃんか。規則通りに考えると……」
門番が難しい顔をする。
「規則通りに考えると……どうなるんですか……?」
俺は不安を隠さずに門番に聞く。
「ハヤト様の手配で、ユウキはもうこの町の住民になっている。
したがって……、お前の保証さえあれば町に入るのを許可できる」
安堵のため息をつく。それにしてもあいつの手回しの良さには驚かされる。
「わかりました。俺の保証でこの子を通してください」
二人とも無事に町に入ることができた。
ハヤトからの荷物には、この世界の通貨らしいモノと、――手紙。
ナナミに「ちょっと待ってて」と言って、立ったまま手紙に目を通す。
『ユウキ、お前がこの手紙を読む頃には、オレはもうこの世には……』
思わず手紙から顔を上げる。ハヤト……お前はもう……。
――いやいや、さっき会っただろう。
『……というのは冗談だ。
この手紙を受け取ったのなら、それこそがオレが生きている証拠だ。
オレがこの世にいなければ――、
さっきの出だしの本当の手紙がユウキに渡されるはずだからな。
この手紙を書いているのは、オレがこの世界に来てから三年目。
手紙を預かっていた人間に訊けば、それから何年経ったのかわかるはずだ。
オレとユウキで、この世界に辿り着いた時間にズレができた――、
それを前提として準備したのが、この手紙だ。
もう一度会えたら、いろいろと話をしよう。話したいことが山ほどある。
お前がこの町に着いたという報告が、
多少時間はかかるが、オレのところに届く手はずになっている。
もし、その町の南の湖に到着したのなら話が早い。
その時点で、オレはユウキの到着を知っている。
そこに、お前の到着を知らせる感知魔法を仕掛けておいたからな。
オレの状況にもよるが、すぐにでも会いに行くつもりだ。
いずれにせよ、あまりユウキを待たせるつもりはない。
言葉については心配するな。
会えたら、この世界の言葉を話せる指輪を渡す。
それまでは、この町で言葉が通じなくてもやっていけるように手配してある。
もう一枚の紙を見てくれ。
書いてある記号が描かれた店が、門からまっすぐ行って十二軒目にある。
そこが宿屋だ。潰れていなければな。
その紙を宿屋に渡せば、食事付きで暫く泊まれる。金は渡す必要はない。
オレが行くまで、そこで大人しく待っていてくれ。
遠くない未来に、
ユウキがこの手紙を受け取ってくれることを願って――ハヤト』
それがハヤトからの手紙の内容だった。
至れり尽くせりだ。
それに俺がこの世界に来て、あいつが小一時間で現れた理由もわかった。
もう一度、手紙の最後に目を向ける。
最後の一文――この手紙を書いた時のハヤトの心情を思い、目頭が熱くなる。
ナナミが心配そうに俺を見るが「大丈夫」と答えて笑顔を見せる。
そして二人で歩きだす。
手紙の内容と事情が違うが――、
俺は道をまっすぐ進み、指定された宿屋にナナミと共に向かう。
第五話、お読みいただき有り難うございます。
※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』
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※11月4日 後書き欄を修正