第04話:ネコミミ少女との出会い
そういえば言葉は通じるのだろうか。
ハヤトから貰った翻訳指輪(響きが婚約指輪に似てる)は機能しているのか。
相手は人間とは少し違うのだけど。
ネコミミ少女は俺の声を聞いて、大きく目を見開く。
そして急激に体を起こして、その場から飛び跳ねるように逃げ出す――、
……つもりだったらしいが、数歩行ったところで倒れてしまった。
どうやら身体に力が入らないようだ。
今の一瞬の行動だけで全ての力を使い果たして、
その場でもがいて、立ち上がることすらできないでいる。
彼女を安心させるために、少し離れた位置のまま声を掛ける。
口調を柔らかくして。
「俺の言葉はわかるかい。わかるなら聞いて欲しいんだ。
君に危害を加えるつもりはない。
もし君が助けを必要としていないなら、すぐにこの場を立ち去る。
けれど助けが必要なら言って欲しい。
水が必要ならある。携帯食料で良ければ食べ物もある。
行きたい場所があるなら肩を貸すから」
俺の眼が「大切な存在」と知らせたのだ。
この少女は、この少女との出会いは重要な意味があるはず。
だからこそ、少し踏み込んだ提案をしてみた。
少女は立ち上がれないまま、こちらに顔を向ける。
その顔には警戒心がありありと見える。
ここで焦ってはいけない。
背中のリュックをゆっくりと降ろす。
中が見えるように少女に向けながら、ペットボトルの水と携帯食料を取り出す。
ペットボトルの蓋を開け、口をつけないように水を飲む。
携帯食料を袋からと取り出し、半分に割ってそれを自分で食べる。
そうしてその残りを少女の方にゆっくりと差し出す。
そのまま静かに近づく。
「水と食べ物だ。毒なんかじゃない……。言葉はわかるかい」
少女が初めて前向きな反応を示す。
ゆっくりと頷いたのがわかった。
「大丈夫、何もしない。水と食べ物を渡すだけだから。心配する必要はないから」
その後、本当に慎重に少女の警戒を解いていった。
やがて彼女は何とか手を動かして、水を飲み、食べ物を口にしてくれた。
水と食べ物が良かったのか、リラックスして体の力を抜いたのが良かったのか。
その場に座れるぐらいには回復した少女が初めて口を開いた。
「ありがとデス。美味しかったデス……」
少しだけ発音がおかしく聞こえたが、意味は理解できた。
翻訳指輪のお陰だろう。ようやく俺は安心して、そして自己紹介を始める。
「俺の名前はユウキ。ここから北にある町に向かう途中だったんだ」
そう言って一旦言葉を切る。
自分の状況を説明するのが非常に難しい。
今はここまでの説明にして――逆に彼女の事情を聞こうと問い掛けた。
「君はどうしてこんな所で倒れていたんだい」
その問いかけに目を逸らして、拒絶の意志を表す少女。
まぁ、それも仕方がない。
ならば、自分の事情を少しだけ話をしてみようか、
そう考えて口を開きかけたのだが、それは少女の突然上げた声に遮られた。
「大ネズミ!」
彼女の視線の先を追う。……が何も見えない。
少女は逃げようと後ずさりをするが、思うように体が進んでいかない。
彼女を庇うように前に立つ。しかし何に怯えているのか判らない。
しかし数刻後、ようやく何かが動くのが見える。
そこに現れたのは――中型犬ほどの獣が一体。
元の世界で言えば、最大のネズミと言われるカピバラに似た獣だった。
こちらに突進してきて、気付いた時にはかなり近くに接近していた。
後ろには少女がいる。逃げる訳にはいかない。
俺は腹を決めた。
カピバラもどきの突撃を身体全体で受ける。
かなりの衝撃があり、体重が軽い俺は弾き飛ばされる。
しかし、それは計算通り。
その勢いで、自分のリュックの近くに転げるように近づき――、
武器にするつもりで結び付けていたバールを急いで手にする。
カピバラもどきも、体当たりの衝撃で次の行動にまごついていた。
俺は声を出しながら、バールを構えて近づいていく。
カピバラもどきはこちらを向いて再び襲ってくる。
――こいつの命を奪う。
カピバラもどきの頭に力いっぱいバールを打ち込む。
手に何とも言えない感触が残る。
あたる瞬間カピバラもどきは足を踏ん張っていたのだろう。
その場にとどまり、バールの威力の全てを頭に受けていた。
そのままゆっくりと崩れ落ちる。
俺は獣の命を奪った。この手で直に。
普通の高校生では、そんな経験がないのは当然だろう。
だからこそ、異世界に行くと決めた時から心構えをしていた。
異世界ではためらう暇などないと。
そんな訳で、あまりショックを受けずにすんでいた。
バールを持つ手が震えて、足ががくがくする程度で。
気持ち的には平静だから良しとする。
身体の震えが収まるのを待っていると――、
目の前のカピバラもどきの姿に異変が起こる。
姿が薄れていき、砂粒のような光で描かれた姿になる。
その光の姿が拡散して空に舞い上がり消えていく。
ゆっくりと、音も立てずに。
その後に親指の先くらいの輝く石が残っていた。
さらに、小指の先くらいの透明な水晶が宙に浮いて、緩やかに上昇している。
不思議な光景を見て、身体の震えもおさまってくれた。
「君、これって何かわかる?」と地面に落ちている輝く石を拾う。
何故だか顔が上気している少女。
「それは魔石デス」と取り繕うようにすました顔になって返答する。
魔石――うん、何となくわかる。
「じゃあ、この透明な水晶みたいなのは?」
と浮いている水晶をつまむと、淡い光を放って消えていった。
指に微かな感触を残して……、「うわ!」と驚いて手を引く。
少女は首をかしげている。ネコミミも一緒に揺れる。
「小さな水晶みたいなやつ……、消えちゃったけど」
「魔物を倒すと魔石が残るデス……知らないデスか?」
「あぁ、いろんなことを知らないまま生きてきたから、教えて欲しいんだ」
「そうデスか……、その光る石は魔石と言って、魔物を倒すと必ず残るデス。
お金の代わりに使ったり、魔法の道具を作るのに使えるデス」
「それってこれだよね」と消えていない輝く石を示す。
「そうデス」
「これじゃなくって、さっき浮いていた透明な石。触ったら消えちゃったけど」
やはり首をかしげる少女。
「……見えなかったデス」
この時はわからなかった。
ネコミミ少女が見えないと言った意味を。
人間を遥かに凌駕する五感の鋭さを持つ猫人族が――見えないと言った意味を。
第四話、お読みいただき有り難うございます。
※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』
好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。
http://ncode.syosetu.com/n3332cv/
※10月5日 誤字修正
※11月4日 後書き欄を修正