第39話:洞窟村で(1)
ソニアさんの館がある切り立った崖に囲まれた窪地、
その南東の位置に洞穴はあった。
「この中だ」
ハヤトの号令で中に這入る。
続いてミリアさん。次にクレアを肩車している俺と隣にナナミ。
後ろにリリスとアンヌさん。ソニアさんは同行していない。
洞穴と聞いていたが、地面も壁も綺麗に仕上げられていて、
自然物の雰囲気はなく、トンネルと呼んだ方がいいくらいに整備されている。
道幅はこの世界の交通機関である馬車がすれ違えるほど。
壁に埋め込まれた光を発する魔法石が、
想像していた以上に広々とした通路を明るく照らしている。
右に左に緩やかなカーブを描く少し下り坂の道を、
誰かとすれ違うこともなく進んでいく。
やがて見えてきたのが二方向への分岐。ご丁寧に看板まである。
書かれている「←洞窟村、ミバクの町→」の表示に従い左に進む。
そして辿り着いたのが洞窟村。
そこは頭に思い描いていた空間よりもずっと大きかった。
ドーム球場くらいあるのかもしれない。
高い天井に太陽のように輝く球形の物体が四ヶ所に浮いている。
村の入口にある小さな広場。
そこにいた二人の門番がミリアさんの顔を見て敬礼をする。
同行している俺たちもそのまま素通り。完全に顔パスだ。
中央を奥に向かう大通り。途中交差する道は左右に扇型を描いている。
段階的に奥に向かって拡張していった名残なのかもしれない。
行き交う人々がミリアさんを見ると、
ピタッと立ち止まり、深々とお辞儀をして去っていく。
木材とレンガを使った二階建てや三階建ての建物が並ぶ。
目にしただけでも数十軒、全体では百軒近くあると思う。
ナナミの感心したような「ほえー」という声が聞こえるが、
俺も同じ気持ちで洞窟村の景観を見ていた。
しっかりした家が建っているとソニアさんが言っていたけれど、
やはり洞窟村という呼び名から、洞穴の中に大きく広げた空間があって、
その壁面に穴倉のような生活空間が並ぶ村――そんな光景を思い浮かべていた。
こうして現実を見て、その想像がとても失礼だったと反省する。
街並みはドラワテの町と何ら遜色がない。
そこから少し歩いて、三つ目の十字路。
洞窟村の中央付近を右に曲がった突き当りが――
トネルドさんの魔法石店だった。
◇ ◆ ◇
「君はハヤトじゃないか、ひさしぶりだね」
正面のカウンターに座っていたのは、
ぼさぼさの真っ白な髪で白衣を着ている痩せた男性。
もっとも目立つ特徴は……、
顔の上半分を覆い隠しているゴテゴテした眼鏡。
カメラのレンズみたいなのが両目部分から突き出ている。
暗視スコープなのか双眼鏡なのか拡大鏡なのかよくわからない。
その男性がハヤトの名を呼びながら立ち上がり、
両手を広げ歓迎の仕草で迎えてくれた。
「オレを覚えているのか……? それなら話が早い」
この男性がトネルドさんらしい。
三十年前にここに住み着いたのだから、
年齢は少なくともそれ以上のはずだけれど、
総白髪の割には声に張りがあり、動作も若々しいので年齢不詳って感じ。
「もちろんさ! 君はこの村で有名人だからね」
店の中は片側に魔法石の実物が説明付き(読めないけど)で展示してあり、
反対側の壁に魔法石で強化した(のだと思う)武器や防具が飾ってあった。
見ているだけでも楽しそうだ。
「……何故だ?」
店の広さは俺たち全員が入ると少し窮屈なくらい。
リリスとアンヌさんは入り口付近で立ち止まっている。
ナナミが物珍しそうに壁にかかった武器を眺めている。
「知らないのかい……? この洞窟村では年に二回、
君のために使われた『藁人形』のお焚き上げが恒例行事になっているんだよ?」
明るい声で身振りまで交えての台詞なんだけど……。
知り合い同士の軽い挨拶だと思っていたのに、
なんだか不穏な単語が出てきたぞ。
「…………」無言のハヤト。眉間にしわが寄っている。
「大丈夫。その藁人形はね、
君に対する不満解消のために、習慣で作って使っているだけで、
誰も本気の闇魔法で呪ったりなんかしていないから害はないよ」
「なっ、なんでそんなことを……?」
率直な疑問が思わず声に出てしまった。
ここに来る前のハヤトの様子から、
洞窟村の人に恨まれているとはとても思えなかったからだ。
「当然だよ。この村に住む者――そのほとんどがソニア様を信奉する人間だ。
以前ここに来た時のハヤトはただの若者だったけど……、
ソニア様の寵愛を受けているのであれば話は別。
もちろんソニア様の機嫌を損ねる訳にはいかないから、
直接的にも間接的にも手は出さない。
その代りに形だけでも呪いの儀式をして、誰もが自分の心を慰めているのさ」
なんだかとっても嫌な話を聞いてしまった。
心がすさむ。
「あれ……? 君たちは……、あぁっ! ミリア様っ!」
トネルドさんはようやくハヤト以外の人物に気がついたようだ。
俺たちの中にミリアさんの姿を見つけて焦ったように声をあげる。
「今の話はっ! 今の話はソニア様にはっ!
ソニア様にはお伝えしないでください! どうか! どうかお願いしますっ!」
「うむ、その願い……聞き届けても良いが、多分もう遅いぞ」
ミリアさんはトネルドさんにそう答えて、
俺が肩車しているクレアを目で示す。
「あぁっ! クレアお嬢様っ!
も……もしかしてソニア様が今見ていらっしゃるのですか!?」
どうでもいいが……、
トネルドさんのゴテゴテした眼鏡って、視野が狭すぎるんじゃないか?
「ほお……トネルドよ。
この村ではわらわの知らぬ間に、面白い行事が始まったようじゃな」
頭の上からソニアさんの声。
またクレアの目と耳と口を使っているのだろう。
ソニアさんの言葉に慌ててカウンターから飛び出してきたトネルドさん。
眼鏡が床にめり込むのではないかと心配になるくらいの土下座をする。
「ソニア様! も……申し訳ございませんっ!
む、村の者には二度とやるなと言い聞かせますので、
どうかっ! どうか、お許しくださいっ!」
「ふふふっ、その程度でお主たちをどうこうするつもりはない。
そのまま続けても、わらわは一向にかまわん。
ハヤトに危害が加わるようなら話は別じゃが、
そこはわきまえているようじゃしの」
「ははぁ、ありがたきお言葉!」
「まぁ、それとは別に、ハヤト達の頼みに協力するようにとは言っておく」
「ははぁ!」
「ハヤト、この村でもお主の評判はあまり芳しくないようじゃな。
がしかし、わらわが云うのもなんだが、この村の者は皆まっすぐだ。
理不尽なことはしないと思うぞ」
苦笑気味な声を出すソニアさん。
厄介事を避けるために近くに拠点を作れと言っていたのに、
お隣の村になるであろう場所がこんな状況では、その根拠も薄れてしまう。
「それは知っている」
だが、ハヤトはその点については気にしないようだ。
片眉を少し上げて不快を示したが、それ以上の苦情は口にしなかった。
どうやら本当に納得しているようだ。
長年の付き合いでそのくらい見ればわかる。
とすると、ソニアさんの言う通りなのだろう。
「では、話を進めるがいい」
「トネルド。頼みがあるんだが……」
「ははぁ、何なりとっ!」
◇ ◆ ◇
あのあと、一苦労してトネルドさんをなんとか土下座から引き起こした。
で、改めて話をしようとすると「ここじゃなんだから」と、
店の奥にあった雑多なものが置かれている研究室みたいな部屋に通された。
中央にあるテーブルの上は綺麗に片付いていて、
用意された不ぞろいの椅子に全員が腰かける。
椅子が足らなかったのでクレアだけは俺が肩車したままだけど。
そこに全身が木で造られた人形が現れて「ドウゾ」とお茶を出してくれた。
その木人形――背の高さは人間サイズ。
身体のパーツは全て木製で、関節部分に球形に削った木が使われている。
丸太でできた顔には眼鼻口は無く、額に赤く輝く魔法石。
それなりに造形された胴体。とってもファンタジー。
お茶菓子を置いて部屋から出ていった。
もしかして店番とかもできるのだろうか。
ちょっと気になったけれど、今はそんな場合じゃない。
とりあえずお茶菓子をひとつ、頭の上のクレアに渡すほうが先だ。
そうして――
一息ついたところで、トネルドさんにこちらの要望を伝えた。
「遠距離連絡できる魔法石だね」
「前回作ってもらった、ある人物の出現を感知して知らせる魔法石。
その連絡するという機能だけがあれば十分だ」
「うん、覚えているよ。そういえば、その人物ってこの少年なんだろう。
あの時、色々と聞いた人物の特徴とピッタリだ。
僕の魔法石は上手く働いてくれたのかな」
――俺の特徴って……ハヤトはいったいどんな説明をしたのだろうか。
口をはさんで訊きだしたかったけれど、
これもまたそんな場合じゃないので自重する。
「あぁ、希望通りの働きをしてくれた。その件は改めて感謝する。ありがとう」
「いやいや、もらった金額分の働きをしたのなら僕は満足だ。
改めて礼は必要ないさ。……で遠距離連絡の魔法石だけど、作るのは簡単」
「そうなのですか!」
幸先の良い返事に、リリスが嬉しそうに身を乗り出す。
けれどもトネルドさんは冷静なまま。
といっても顔の上半分は例のゴテゴテ眼鏡のせいで見えないのだけれど。
「ただ、材料がね。特殊な魔石が必要なんだ」
「とりあえず以前の魔法石なら回収して、
いま手元にあるのだが……これの再利用はできるのか?」
「四組全部かい?」
「あぁ、これだ」
ハヤトが腰のバッグから、
ここに来る前に見せてもらった、あの赤と青の魔法石を取り出した。
「検知送信する方と受信用のが対でちゃんとあるようだね。
とりあえずは、これを再加工して四組はできるね」
「できれば、もっと欲しいのだが……できれば百くらいの単位で」
「それはまた多いね、一体何に使うんだい?」
ハヤトがトネルドさんに事情を話す。
自滅憑依体出現の報せを真っ先に受けるためなのだと。
「ふーむ、それは僕も協力を惜しまないけど、材料がね……」
「どんな材料が必要なのですか?」とリリス。
「うん、空間魔法の成分を含む魔石が必要なんだけど、今は手持ちがなくてね。
それに希少な魔石なんで、市場にもあまり出回らないんだ」
魔物が残す魔石って、それぞれ含む魔法成分が違うのか。
初めて聞いた話だけど、
魔法石加工職人なら詳しくて当たり前だよな、本職なんだから。
リリスも詳しくなかったようで、少し首をかしげているくらいだし。
「空間魔法の成分を持つ魔石……ですか。
それは、どんな魔物が残すのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「あぁ、それなんだけど……現在知られているのは二種類だけ。
その二種類のうち、出会える確率が高い方が『八艘飛びバッタ』という魔物。
空間魔法の成分はごく微量で、
ひとつの魔石から、なんとか一組の連絡用魔法石ってところだね」
「その魔物ならギダルナのダンジョンに出るって聞いた事があるね」
アンヌさんは八艘飛びバッタを知っているようだ。
ギダルナのダンジョンってのは、
行くのを取りやめたダンジョンの名前だったような。
「そう、あそこなら運がよければ、一日に一体くらいは見つかるって聞いている」
出会える確率が高い方でも一日一体。
百組の連絡用魔法石を作るのに、単純計算でも百日かかる計算になってしまう。
「もう一種類の方は最初から無理だと思うけど……一応話をしておこう。
数年に一度くらいの頻度で何処かで手に入れた噂が流れるくらいの魔石。
だから狙って手に入れられるものじゃない」
トネルドさんの言う通り、これはさすがに無理じゃないか。
でも……そういえば――
数日前にそのくらい希少な魔物を倒したような覚えがあるなぁ……。
「まあ、そっちだと完全に空間魔法成分だらけの魔石だから、
一個だけで望みの百組の連絡魔法石を作って、なお、お釣りが出るよ」
――それってもしかして……。
「通常魔物の中で、唯一本物の空間転移魔法を使って、
各地のダンジョンを渡っていく魔物なんだけどね」
ハヤトが俺たちに目配せをする。
俺もリリスもアンヌさんもナナミも頷く。
あの魔物を撃ち抜いたクレアも俺の頭の上で頷いているようだ。
「その希少価値と合わせて、君たちも話だけは聞いた事があるだろう。
魔物の名前は『渡り大ツバメ』……その魔石が一個あれば解決なんだけどね。
そうはいっても……」
トネルドさんが諦めの口調で言葉を続けようとする。
それを遮るように、ハヤトがバッグの中を漁って取り出したのは……、
そう――渡り大ツバメの魔石だった。
第39話、お読みいただき有り難うございます。
次回は「洞窟村で(2)」拠点予定地への通路を無限ドリルで……です。
それで――
こちらの都合で申し訳ないのですが、次週の更新はお休みさせていただきます。
従いまして、次回更新は7月21日の予定になります。
よろしくお願いいたします。