第38話:ソニアの館(2)
ソニアさんの言葉は、たぶん他の仲間の頭にも浮かんでいたのだろう。
ハヤトとリリスとアンヌさんは答える言葉が見つからず黙っているけれど、
なんとなく微妙な雰囲気を醸し出している。
ナナミだけは目を輝かせて「すごいデス!」と声を上げたが、
周りの雰囲気がおかしいのを察して、
首をすくめて「……ダンジョン掘らないデス?」と声が小さくなる。
俺はそんなナナミの頭を左手で撫でながら……、
自分の気持ちの整理ができずにいた。
その一方でひとり楽しそうな顔をするソニアさん。
「おう、そうじゃ。ひとつ教えてやろう――
その武器の桁外れな能力が何なのかを……な」
続けてサラッと口にしたのは衝撃的な事実だった。
「その武器は【空間魔法】を使っておるぞ」
――【空間魔法】!
それは神に至る魔法。俺の夢を叶えるための魔法。
何故それがこの武器に……と理解が間に合わず言葉を失う。
仲間たちも驚きの表情で俺の手にある武器に視線を向けている。
ナナミとクレアはキョトンとした顔だったけれど。
ソニアさんは俺たちの反応をみて、
満足したように一度「うむ」と頷いてから説明を続けた。
「削り取ったはずの土がその場から消えておるじゃろう。
それが桁外れな能力なのじゃが……、どうやっているかというと、
専用の異空間を創り上げて、掘り出した土を全てその場所に送っておるのじゃ。
ふふふ……、それこそ空間を操る能力、まさしく【空間魔法】じゃな」
崖を削っていた時に土が飛び散らなかった理由。
これだけの穴が開いているのにその分の土砂がない理由。
その謎が解けた。
「専用の異空間に……ですか」とリリスが驚いた顔のまま呟く。
「掘った後に土を運び出さなくとも、
己の魔力の続く限り掘り続けることができる。
まさに『穴を掘る』そのために必要な機能を全て与えられた……、
ふむ……一応、武器と呼んでおこうか」
――いやいや、そこで悩まないでほしい。
いくらなんでも道具とか工具とか呼ばれるとちょっとへこみます――と、
心の中だけでひっそりと思う。
確かに元になった片方は折り畳みスコップだけれども……。
ただ、それはそれとして……、
どうやら望んでいた神の頂に空間転移する能力とは別物らしい。
そこで、ふとソニアさんが言葉を止めて片眉を上げる。
何かを思いついたようだ。
「そういえば、その武器……まだ名前がなかったかの?」
「えぇ、まだですね……」嫌な予感がしつつも俺は正直に答えた。
「わらわが思いついたぞ。その武器の名は……【無限ドリル】じゃ!」
得意げに宣言するソニアさんに対して、
ちょっと微妙と思った感情が顔に出ないようになんとか押し止める。
その隙に口をはさんだのがリリス。
「その【無限ドリル】が作る異空間というのは、
どれ程の大きさがあるのでしょうか? 一杯になってしまったりは……?」
ごく自然にそう言って、
ソニアさんの提案した武器の名前を既成事実にしようとする。
「そうじゃな。普通なら心配する必要もないのじゃが……、
本当にダンジョンを掘るのなら、その土の量は膨大になるからな。
あふれた場合は……、いざとなれば、わらわが出してやらんこともないが、
おそらく【無限ドリル】自体に何かしらかの対応策があるはずじゃ」
どんどん【無限ドリル】が正式名称になろうとしている。
「いずれにせよ無限ドリルを使い慣れる必要はあるということか……。
スキル【無限ドリル術レベル1】とか、そういった能力が身に付けば……だな」
ハヤトの中ではその名前で決定らしい。
「すごいねぇ。無限ドリル。空間魔法を使っているなんてね。
伝説の武器に相応しいよね、無限ドリル!
なんてったって無限だからね、無限ドリル!」
アンヌさんがニヤニヤ笑って名前を連呼する。
「無限ドリルデス!」「……無限ドリル」
ナナミとクレアに悪気はないのだろうけど……。
こうなってしまってはもう逆らえない……と、俺は肩を落とす。
「だとすると……この【無限ドリル】があれば、
ダンジョンのような奥深い穴を掘るのも簡単なんですね……」
「そうじゃ。その能力は十分にある。
加えて、お主は【地中適応】と【土石操作】を持っているじゃろ。
そういえば【暗視】もあったかの」
ここで話が元に戻る。
「お主が手にしたスキルは穴を掘るのにおあつらえ向きのものばかりじゃろ。
そこにこの無限ドリルの能力。ここまでそろえば――
全てがお主の『ダンジョンを作る』という夢のためと考える方が自然じゃ。
それが運命なのか、何者かの意図によってなされたかは知らぬがの。
ただ……お主の聖魔眼が関係しているのは確実じゃろう」
それは薄々考えていた。
いや……無限ドリルを最初に手にした時からはっきり意識していた。
これに空間魔法の能力がある――と、ソニアさんに教えてもらう前から。
おそらくハヤト、リリス、アンヌさんも。
ソニアさんが挙げた俺のスキルは全てじゃない。
手に入れた技能結晶の中にはソニアさんが見ていなかったものもあるからだ。
しかし仲間の三人は全てを知っている。だからこそ尚更なのだ。
特にスキル【空間把握】は――
方向感覚を失う地中であっても自分の位置を正確に把握できるスキル。
深く穴を掘るのならば必須と言ってもいい。
さらに(こじつけかもしれないけれど)空気が無くても【潜水】があり、
高温の蒸気が噴き出しても【熱耐性】、毒が噴き出しても【毒耐性】がある。
これら全てが俺の聖魔眼が見つけた技能結晶から得たもの。
そこに武器融合魔法石でドリルを思わせる武器が出来上がったのだ。
ソニアさんの言う通り、
どう考えてもひとつの方向性を示している。
と、ここまで考えて――
俺が持っているスキルを、いまここでソニアさんに話しておこうと思いついた。
ここまで親身になって助言してくれている人に隠し事をするつもりはない。
武器の名前はあれだったけれども……。
そういえば……聖魔眼もソニアさん命名だった。
まぁ、それはいいか……。
正直に「他にこんなスキルを手に入れました」と説明すると、
ソニアさんが目を丸くする。
「なんと……【空間把握】もあるのか。それは……」
俺はダンジョンをこの手で掘るという提案を改めて考える。
確かに穴を掘る能力はこれで十分なのかもしれない――
だがそれは……決してダンジョンを作る能力とイコールではない。
ダンジョンを作るには神の頂で授かる『ダンジョンコア』という超常的な力、
そして『ダンジョン術』という能力が必要だ――と、ハヤトから聞いている。
そこにはダンジョンの形を作るだけでなく、魔物の管理や宝箱や罠といった、
ダンジョン固有の要素を具現化する能力も含まれているはずだ。
それ無くしてダンジョンを作れるのだろうか……と、この疑問がひとつ。
加えて、決して小さくない問題がある。
それは……何処にダンジョンを作るのかということ。
さすがに勝手な場所に穴を掘ってダンジョンにはできない。
結局、今の状態では――
ダンジョンを自分で掘るかと云われてもすぐには肯けない。
おそらくハヤト達も同じように考えて微妙な顔をしているはずだ。
もちろんこれらをクリアできるのなら、
気持ち的には大賛成なのだけれど……。
そんな俺たちの微妙な思いを知ってか知らずか……、
ソニアさんがニコニコとした表情で提案をしてくる。
「わらわに少し思いついた事がある」
◇ ◆ ◇
崖に空けてしまった穴をそのままに、
庭の一角にあった屋根のある休憩所に案内されて、
ミリアさんが淹れてくれたお茶を飲みながら話が始まる。
「まず最初に訊きたいのじゃが……、
お主たちはこれから先、何をする予定じゃったのじゃ?」
「とりあえず洞窟村でトネルドに会おうと思っていた」
ハヤトの答えに俺が首をかしげていると、
同じ疑問を抱いたリリスとアンヌさんが訊ねる。
「洞窟村とはなんですか? 聞いた事がありませんが」
「うん、それとトネルドって誰?」
「洞窟村はここの近くにある洞穴の中にある村だ。
元は南にあるミバクの町へと通じている小さな洞穴だったらしいが、
ソニアの信奉者が集まって、途中を広げていって出来た村だと聞いている」
ミバクの町――ここに来るときに南に見えたあの町だろう。
そこまで洞穴がつながっているのか。
で、その洞穴の中に人が住んでいる村がある――と、そういうことらしい。
「三十年ほど前じゃったか……、
わらわがトネルドに『そこならば住んでも良い』と許可したら、
知らぬ間に洞窟を広げてしまいおって、人間が勝手に増えていったのじゃ」
「トネルドは魔法石の加工職人なんだが、
俺の知る限りでは最高ランクの技量の持ち主だ。
この世界にユウキが来たことを報せてくれた結界も、
そいつに作ってもらった検知魔法石で張り巡らしたものだ」
どうやら俺とハヤトがこの世界ですんなりと再会できたのは、
トネルドさんって人が作った魔法石のおかげらしい。
「それで今日は、会って何をするつもりだったのかい?」とアンヌさん。
「離れた場所でも連絡が取れる手段が欲しくてな。
自滅憑依体出現の報せを一刻でも早く受け取れれば、それだけ対処が楽になる。
ユウキの出現を俺に伝えたような魔法石を、
できるだけ多くの都市や町の責任者に渡そうと考えている。
ドラワテの町長とは、すでにその方向で打ち合わせ済みだ」
そう言って腰のバッグから幾つかの輝く球を取り出しテーブルの上に置く。
色は赤と青の二種で、表面に刻印がしてある。
「青い方が湖に仕掛けていた検知魔法石。用が済んだから昨日回収しておいた。
で、赤い方が俺が手元に置いていた連絡を受ける方の魔法石だ。
刻印が同じもので対になっている。
これの連絡機能だけにした魔法石を改めてトネルドに頼むつもりだった」
「確かにそれがあれば便利だね。さすが、ハヤトはそこまで考えていたんだ」
「みんなも薄々考えていただろうが、
オレにはトネルドという当てがあったからな」
そこにソニアさんが口をはさむ。
「自滅憑依体のぉ……
すまぬがその件に関しては、事情があってお主たちと協調できぬ。
とはいえ相反する立場ではないから安心してくれ」
「あぁ、それはいい。これは人間側の問題だ。今の言葉だけでもありがたい」
「ふむ……ハヤトは隣にユウキがいるだけで素直になるのぉ」
せっかく真面目な話だと思ったのに、
なんだかおかしなことを言いだすソニアさん。
ハヤトはその言葉を軽く無視して話を元に戻す。
「その方針で自滅憑依体の対応は進めていこうと考えていた。
せっかくだから皆の意見を聞きたいんだが……」
「ワタシは賛成です。ハヤト様の言うような連絡手段があれば万全ですわ」
リリスに続いて、アンヌさんと俺も頷いて賛成する。
こんな時、ナナミとクレアは意見を出さないのでこれで決定。
「では、話が一段落ついたらトネルドに会いに行くか」
そんな風に話がまとまったところで、
アンヌさんが次の話題を切り出した。
「それで……その後はどうするつもりだったんだい?
最初の予定だと別の町のダンジョンに行って、
ユウキ君に【技能結晶】でスキルを身に付けてもらおうって話だったけど」
「そうだな……オレはギダルナにあるダンジョンに行こうと考えていたんだが」
「あぁ、あそこにある四十階層ダンジョンだね。
行ったことはないけど魔物の種類が多いって話は聞いた事がある」
ギダルナ――聞いた事がない単語だけど町の名前だろうか。
ハヤトとアンヌさんが初めて聞くダンジョンの話をしている途中で、
待ってましたとばかりに、満面の笑みを浮かべたソニアさんが再び口をはさむ。
「お主たち……本当にそれが良いと今でも思っておるのか?」
「……いや」と答えるハヤト。
「おう……ハヤトにしては歯切れの悪い返事じゃな。
わらわにも考えがあるので話をさせてもらおう。
ダンジョンに行くというのはユウキを鍛える為じゃろ」
「そうだ」ハヤトが表情を変えずに返事をする。
「お主たちもわかっておるのじゃろ。ユウキは強くなった。
スキル【地中適応】があれば、ミリアと対等ほどに強くなっておるはずじゃ」
ソニアさんが身体を引いて椅子のひじ掛けに両腕を乗せる。
そして真剣な表情で俺たちを見渡す。
「だがな……あまりにも危うい。
スキルとステータスに頼り過ぎて基本が足らない……足らなすぎる。
いまはダンジョン探索で経験値やスキルを手にするよりも、
純粋な訓練が必要じゃろう。
でないと、いざという時に能力に見合った動きができんぞ」
「……」
俺を含めて全員言葉を返せない。
まったくその通りだと納得してしまったからだ。
「しばらくはそのネコ娘に体術、
そっちの青髪娘に魔法を教わったりした方がよい。
あとは無限ドリルを身体に馴染むまで使い続けるのもよいじゃろ」
ネコ娘はナナミだから……青髪娘はリリスか。
で、無限ドリルは既に正式名称になってしまった。
「でだ、お主たちがドラワテの町を離れたのは、
ハヤトやそっちの竜使いの娘が原因で起こる厄介事を避けるためじゃな。
ならば新しい町に行っても同じことじゃないかの、
お前たちは有名人らしいからの」
竜使いの娘はアンヌさん。
ソニアさんにかかってはアンヌさんも娘扱い……年齢の話はやめよう。
「そこでわらわの提案じゃ……。
わらわの支配地の手ごろな場所を自由に使って良いから、そこに住め」
仲間たちは全員――ハヤトでさえも――目を丸くしてソニアさんを見つめる。
これが、さっき思いついたと言っていた話らしい。
「そこをお主たちの拠点にしろ。先程のトネルドの話もちょうど良い。
連絡手段があればどこだろうと拠点にできるじゃろ。
もちろん二体の竜の居場所も好きにして良い。
住まいの近くであれば急な出動も出来るじゃろうしな」
ソニアさんの視線が俺を向く。
「ユウキには無限ドリルを使ってダンジョンを作るのを許可しよう。
場所は拠点とは別に考えて良い。ミバクの町に近い方が良いかの。
洞窟村にいる人間にも協力するよう話してやる。
なかなか優秀な人間がそろっておるそうだから、
ダンジョンを作る上で足りない部分の力になるんじゃないかの」
そして最後に……、
ソニアさんがニカッとした笑顔をハヤトに向ける。
「この提案……ハヤト、どう考える?」
ハヤトは眉間にしわを寄せて真剣に考え始めた。
それもほんの短い時間、その後ゆっくりと口を開く。
「……オレにとっては、町での厄介事に気を取られる必要が無くなる。
ガリドナから離れて竜を身近に置けなくなってしまったが、それも解決か……。
アンヌにとっても同じだな」
アンヌさんが真面目な顔で頷く。
「そうだね……。それに人の少ない場所ならリリス様の警護が楽になる。
リリス様だって余計な雑事にかまけることなく自滅憑依体の対策に動ける。
でもそれには、もちろん――
トネルドって人に連絡手段を作ってもらうことが前提だけどね。
竜に乗っての移動を前提にすれば、この地から一日で行ける町の数は多いし」
「ユウキも訓練に集中できるか……。しかし、そんなことよりも、
ダンジョンを作って良いと云われて、ユウキがその機会を逃すとは思えないな」
さすがハヤト。俺の気持ちがわかっている。
さっきのソニアさんの提案を聞いてすでに腹は決まっていた。
ここまでお膳立てをしてもらって断るなんて考えられない。
今の俺の能力では大したダンジョンは作れないだろうけど、
おもちゃみたいな試作でもいい。人に来てもらえるレベルじゃなくてもいい。
とにかくこの手で造り始めたい。そのためにこの世界に来たのだから。
もうすっかり俺の頭の中は――
今の能力でどんなダンジョンが作れるのか、その考えで一杯になっていた。
「ナナミはユウキがいればどこでもいいか?」
「はいデス!」ハヤトの問いに躊躇なく笑顔で答えるナナミ。
「オレたちにとってはかなりの好条件なんだが……、
ソニアには何の得があるんだ?」
「ハヤトよ……お主の鈍感にはほとほと呆れかえってしまうわ。
お主がわらわの手の届く場所に暮らすのならばそれだけで十分じゃろ。
それに、クレアも近くにいれば安心じゃし、
ユウキがこれから何をするかも見てみたいからの。
どうじゃ、わらわの提案、誰もが得をするじゃろ。他に何か意見があるか?」
しばらく思案気にしていたリリスがここで口を開く。
「拠点とか住まいといっても――
人手と資材がないと無理なのではと思うのですが」
「それは大丈夫じゃろ、
洞窟村の人間はそういったのが得意な人間も大勢いるはずじゃ。
洞窟の中にはしっかりした家も建っておるしな」
ソニアさんの返答をハヤトが小さく頷いて肯定する。
それを見たリリスが「わかりました」と大きく頷く。
「であれば早速トネルドさんという方に、
こちらの望む連絡手段を作っていただけるかどうか確認をいたしましょう。
それさえはっきりすれば――
ソニア様のご好意を受けてワタシたちの拠点をこの地に作らせていただき、
ユウキ様のダンジョンを作る夢の一歩を踏み出すのが最善かと思います」
その場にいた全員が迷うことなくリリスの言葉に賛意を示した。
こうして俺たちは……
一旦ソニアさんの館を離れて、洞窟村へと足を運ぶことになったのである。
第38話、お読みいただき有り難うございます。
次回は洞窟村での話になります。連絡用の魔法石を作るには……? です。
更新は7月7日を予定しています。