第23話:クレアの活躍
「……こうもナナミが眠り攻撃に弱いとは……」
「どうやらナナミちゃんは眠り耐性が無いみたいだね……リリス様は大丈夫?」
「えぇ、なんともないわ」
リリスがナナミの顔の前に手をかざして状態回復魔法をかけている。
寝てしまったナナミにしてやれることが俺には無い。
それなら――と洞穴の奥に視線を移して、
パタパタ羽ばたいている吸血蝶をもう一度しっかりと観察する。
その結果……、
「……なんだか俺にも倒せそう……」
吸血蝶の動きはそれほど速くないし、高く飛ぶわけでもない。
そして想像通りなら……、
鱗粉の眠り攻撃はスキル【毒耐性】で無効になるはず。
「ちょっと俺にやらせてもらっていいかな?」
その自信の根拠がハヤトにも伝わったようだ。
少し間を開けて「危なくなったらオレが加勢に入るぞ」と応えてくれた。
隣でアンヌさんも頷いている。
二人に了解を貰えたので、ひとりだけで慎重に洞穴の奥に進む。
俺の動きを敏感に察知した吸血蝶がさらに激しく羽ばたきながら接近してきた。
細かい霧のような鱗粉が周囲を覆う。
一瞬だけ強い睡魔に襲われたが、
危険な状態になる前にスキル【毒耐性】が発動し眠気が完全に消える。
思った通りだ。
そうとも知らずに、油断して寄ってくる吸血蝶めがけて槍を振るう。
小さい割には、六階層の魔物としての体力をしっかりと持っているようで、
一撃で倒すのは無理だったが、なにせ吸血蝶の動きは接近も回避も遅い。
少しは集られ吸血もされたが、
ダメージ的に大したものではないのも嬉しい誤算だった。
相手の動きを読んで回避を繰り返し、こちらのダメージを最小限に抑える。
槍を大振りして一旦追い払って、まばらに寄ってくる吸血蝶に斬撃を加える。
パターン化した攻撃を何度か繰り返して、少しずつ敵の数を減らし、
ついには俺だけの手で全てを退治してしまった。
ダンジョン地下六階の魔物十八匹を。
誇らしい気持ちを押さえ切れずに、
後ろを振り返って仲間たちに笑顔を向ける。
「この吸血蝶は俺と相性がいい!
眠りは効かないし、飛ぶ高さに槍が届くし、動きも速くない!」
喜ぶ俺を見るハヤトの目が優しい。
「あぁ、そのようだ。ただし今のはあくまで試しだ。
これからは独りでやらせたりはしないぞ」
リリスからの状態回復を終えて目覚めていたナナミも、
感激して眼の中に星がキラキラしている。
「ユウキ……、すごいデス。もうナナミと一緒に戦えるデス……」
リリスは「お疲れ様です」と優しい笑顔で回復魔法をかけてくれた。
吸血されて削られた体力が癒される。
そしてアンヌさんからはお褒めの言葉。
「いやぁ、ユウキ君の成長には驚かされるね。
六階層初めての魔物、それもあれだけの数を独りで倒してしまうなんて」
しかし、彼女はふと真面目な顔に変わる。
「でもね……。今のでわかったけど、
吸血蝶がいると主戦力のナナミちゃんが無力化してしまう。
この階層の魔物だと多分リリス様も完全に抵抗できないだろうし……」
そうなのだ。
今のは単に相性が良かっただけ。
吸血蝶と一緒に他の魔物が来たら――俺だけが眠り耐性を持っていても、
ナナミやリリスが戦えなくなってしまえば対処できない。
「だからね……」
一瞬で雰囲気を変えたアンヌさん。
手揉みしながら心底嬉しそうな顔をする。
「いよいよボクの出番かな!」
どうやらそれが言いたかったらしい。
見学に飽きたのは解るし、言っていることも正論なんだけど、
なんだかとっても露骨に話を持っていったので思わずジト目になってしまう。
けれども、そんなアンヌさんの参戦を却下する声がする。
それはハヤトのいる方から。
「アタシがやる」
クレアだった。
「アタシは父様と同じ風魔法が使える。蝶の鱗粉を吹き飛ばせる。
それに父様が言ってた。ここは空を飛ぶ敵が多いって。
ユウキは空飛ぶ敵が苦手。アタシは銃があるから空飛ぶ敵が得意」
そこまで一気にしゃべって口をへの字にする。
これだけの長台詞をクレアから聞くのは初めてだ。
ハヤトの頭をポンポンと叩き、ハヤトもそれに応えて腰を落とす。
肩車から降りたクレアが、
今度は俺の目の前に歩いてきて手のひらで呼ぶ仕草をする。
なんだろうと思いつつ、目線を合わせるため腰を落とすと……、
クレアはスッと背後に回って無言で背中に這い登り――肩車をさせられた。
両耳あたりに幼女の太ももが密着する。
それでドキドキするような趣味はないが、
ナナミとリリスからの強い視線を背中に感じる。
恐る恐るクレアを肩に乗せ中腰のまま振り返ると……
ナナミは「ぐぬぬ」と悔しそうな顔で俺とクレアを交互に睨み、
リリスはジト目で蔑むように上から俺を見ている。
――いや、俺はなんにも悪いことをしてないよ……?
そう訴えたかったけれど声にはならなかった。
誰か助け船をと残りの仲間に目を向けると……
アンヌさんは自分の参戦が無視されて「ええー……」と情けない顔をしている。
ハヤトはおかしなことなど何もないといった様子で本気の真顔だ。
「この階層は属性が風で、風魔法が使える者がいたほうが有利だ。
オレが出るよりも、クレアがやる気ならそれが一番いいだろう――
クレア、やれるな?」
「うん」
幼女のしっかりとした返事。ハヤトの瞳にも迷いがない。
どうやらクレアの参戦は決定したようだ。
だが少し待ってほしい。
――クレアは肩車をするのがデフォルトの待機姿勢なのか?
とりあえず俺の能力はアップしているので、
幼女ひとり肩車しても行動に支障はないけれど……
だからといって今の状況は簡単に納得できない。
「はぁー……まぁ、いいですわ。
クレアは肩の上に乗せないと力を発揮できないのですね」
こんな時に限ってリリスの物分かりが良くなる。
そこはもう少し疑問を持ってほしい……という心の声は届かない。
「吸血蝶の鱗粉には風魔法が一番効果的ですから。
ナナミ、あなたの為でもあるのです。アンヌ、あなたの出番はまた後で」
「はいデス……」「しかたないよね……」
一番説得が必要かと思ったリリスが逆にナナミとアンヌさんを説き伏せる。
ついに、この状態を納得していないのが俺だけになってしまった。
……仕方がない。
クレアを肩車しながら……全てを受け入れることにした。
皆が納得したので下手に蒸し返さないように今は黙っていよう……。
俺はゆっくりと立ち上がる。
一応そんな感じで――
この場がまとまったのを察して、ハヤトが早速次の行動に移る。
「ナナミ、この先に魔物の気配はあるか」
「そっちにはないデス。でも……いまこの洞穴の出口に魔物が集まって来たデス」
「魔物の種類はわかるか?」
「羽白カラスが……今六匹……七匹デス。だんだん増えてるデス」
今度はナナミの知っている魔物らしい。
迷いなく種族名を言い当てる。
「羽白カラス……、この階層ではザコ敵だな。
通常攻撃は空中からのクチバシと足の爪。
特殊攻撃かどうかは微妙だが、拳大の石を上から落としてくる。
大コウモリより素早いが移動が直線的だ」
ハヤトが解説してくれた。
さっきの吸血蝶で自信もついた事だし、
そろそろ俺も戦闘のお荷物だけにならないように頑張ろう。
「ユウキ……一緒に戦うデス!」
今までは「ユウキを守る」が口癖だったナナミがそう言ってくれた。
なんだかとっても嬉しい。強く頷き返す。
「あぁ、ナナミ、一緒に戦おうな!」
「はいデス!」
「クレアもよろしくな」
「ん」と頭の上からの返事。
クレアとの関係も良い方に変化したようだ。
微妙に残っていた「肩車姿勢」に対する理不尽さもこれで帳消しだ。
それと……、
リリスにも伝えたい思いがあった。このタイミングでなら言える。
「リリス、俺はリリスが仕えるのに相応しい人間になるように頑張るよ」
「ユウキ様…………、はい!」
俺に付き従えと神託を受けたリリス。
神の言葉に逆らえない彼女と対等の関係になろうとするのは、
単に彼女を苦しませるだけだと気づいた。
もっと気安い関係になりたかったけれど、
それが無理なら俺が変わればいい――そう考えを改めた。
その想いから出た言葉はしっかりと伝わったようだ。
リリスが今までで一番いい笑顔で答えてくれた。
アンヌさんが優しい笑顔でリリスを見ている。
そんないい雰囲気のまま、
羽白カラスが集まってきている洞穴の出口に向かう。
その途中リリスが小さな声でクレアに質問する。
「風魔法は何が使えるのか聞いていい?」
「【やっ!】と【とうっ!】ができる」
「?」
「クレアのいう【やっ!】は【旋風】だ。
昨日の襲撃者にオレが使った魔法で、強風で相手を攪乱する魔法。
空を飛んでいる敵に効果が高く、吸血蝶の鱗粉攻撃なら吹き飛ばせる」
クレアの言葉足らずの返事をハヤトが補足をする。
さすが親子(?)――あれだけでわかるようだ。
「そして【とうっ!】は【風の刃】だ。中距離の単体攻撃魔法。
次の戦いで威力は見てもらえるだろう……だな、クレア?」
「うん、父様」
ハヤトとクレアの仲の良い会話を聞いている内に、
次の角を曲がると出口が見える地点に到着。
「どんどん増えてるデス……あっ、まとめて三匹来たデス。もう十六匹デス」
「クレア、最初に【旋風】をお願いしてもいいかしら?」
この戦闘メンバーだと指揮を執るのはリリスの役目。
彼女の指示に頭の上のクレアが頷いている。
顔は見えなくてもそういうのは分かるもんだな。
「ナナミ、クレアの攻撃で怯んだ敵を倒していくわよ。大コウモリと同じ要領ね。
ユウキ様もクレアと一緒に倒せる敵がいたら遠慮なく切り伏せてください。
――では、行きましょう」
右にナナミ、左にリリス、頭の上にクレアの陣形で洞穴から飛び出る。
天井からの疑似太陽に照らされる大地。視界が急に明るくなる。
こちらの存在に気づいた羽白カラスたちが一斉に奇声をあげて飛び立つ。
何匹かはひと手間かけて近くにあった手ごろな石を足で掴んでいた。
そのタイミングに合わせてクレアの魔法が発動する。
「【やっ!】」
宙を飛ぶ羽白カラスを【旋風】が襲う。
真直ぐ飛べずに混乱する魔物たち。数匹がぶつかり合い落下している。
足で掴んでいた石は何の役目も果たせずに取り落とされる。
続いてナナミの手斧が投げつけられる。
空中の羽白カラス三匹に命中して、ブーメランの如く手元に戻ってくる。
スキルなのか単なる技術なのかは解らないが便利な技だ。
一匹だけが致命傷で魔石を落とし、残りの二匹は地面に落ちてもがいている。
リリスは「刺し貫け!【氷の針】!」と魔法を発動。
小指大の氷の針が三本まとめて放たれ一匹の羽白カラスに命中。
と同時に針が刺さった周辺が凍り付き地面に落下。
まだ息があり、飛び上がろうとしているが凍り付いた翼では不可能だ。
クレアは「【とうっ!】」と俺の頭の上で手を振っている。
半透明な三日月【風の刃】が羽白カラスに向かい翼の一部を切り落とす。
続けて俺の頭をポンと叩く。
合図を受けて落下した羽白カラスに俺が向かう――その間も、
魔物が寄らないように「やっ!」を使って、そして「とうっ!」で攻撃する。
俺は地面に落ちた羽白カラスのトドメ係。大事な役目だ。
そうこうしている内に、あれだけいた魔物が全て魔石になる。
仲間の誰一人ダメージを受けずに――完勝だった。
実力的に言えばそれも当然なのだけど、
クレアの【やっ!】による攪乱が戦いを一層楽なものに変えていた。
「お疲れ様です……クレアも頑張りましたね」
リリスが声をかけて、クレアの頷く感触が伝わる。
ナナミは俺とクレアに笑顔を見せて、アンヌさんは魔石の回収。
一戦を終えて場の空気が和らいでいる。
そこに突然――ハヤトの珍しく焦った声。
「クレア! 上空にいるあの鳥! 命を奪わないように注意して撃ち落とせ!
ユウキにトドメを刺させる。出来るか!?」
「うん、父様」
頭の後ろでクレアの手がさっと動く。それはきっと銃を取り出す仕草。
俺はクレアの銃撃を邪魔しないようにと、
自分の身体が動かないように足をしっかりと地面に固定して立つ。
間髪入れずに「パシュ!」と頭の上から小さな音。
離れた場所に何かが落下する。
「ユウキ、急いでトドメを!」
俺は全力で走り出す。クレアを肩車したままだが影響はない。
ハヤトがそうまで慌てた理由はわかる。
いまクレアに撃ち落とさせた魔物は希少種なのだろう。
技能結晶が出る可能性を考えて、
このチャンスを逃せないとハヤトが急いで指示を出したのだ。
ならば俺がトドメを刺す前に魔石になってもらっては困る。
急いで落下地点に駆け寄る。
間に合った。
そこにいたのは小型の鳥の姿。
上部が平らな大きな岩の上に落下してピクピクしている。
岩に駆け昇りすかさず槍を一閃。その瞬間に魔物は魔石に変わった。
その結果――
焦った甲斐があった。
技能結晶が現れたのである。聖魔眼がその意味を告げる。
「【空間把握】……?」
小さな鳥の魔物が残した技能結晶。
それは――世界の見え方が劇的に変わるスキルを俺に与えてくれた。
第23話、お読みいただき有り難うございます。
次回――スキル【空間把握】とは……?
更新は2月23日を予定しています。