第22話:無謀の代償
目を覚ました時には全てが終わっていた。
というか……ガウスも男たちも取り逃がしてしまったそうだ。
俺があまりにも派手に燃え上がったせいで、
ナナミやリリスはともかく、ハヤトやアンヌさんまでうろたえて、
ガウスが影に身体を沈め逃げ出すのを見逃してしまったらしい。
男たちも知らぬ間にいなくなっていたのだとか。
これは――しばらくして俺を含めたみんなが落ち着いてから聞いた話。
そして今の俺の格好は……
まぁ、端的に言うと彼氏のシャツを着た女子状態だった。
その格好で半身を起こして皆の前に座らされている。
何故そんな姿なのかというと……、
それはもちろん『炎の魔法石』で業火に包まれた結果――である。
防具のあった場所は燃え尽きてはいないが、大丈夫とはとても言えない状態。
それ以外の場所は完全に燃えてなくなっていた。
さらば俺のお気に入りのジャージ。
防具は原形をとどめているがほぼ炭化している。
唯一シューズだけは一応機能が残っていると言える程度だ。
歩くだけならどうにかなりそうなのは偶然とはいえ有り難かった。
けれども。
身に付けていたもの全てがそういった状態だったにもかかわらず――
俺の皮膚には一切の火傷跡がない。
これがスキル【熱耐性】の効果。
理屈は判らないが髪の毛も産毛もその他の毛も全くそのまま。
とりあえず炭化した防具を外し、
下半身の重要部位で辛うじて生き残って――
短パン以下の存在になっているジャージの残骸を残して、他は脱ぎ捨てる。
で、着せられたのがハヤトが脱いで渡してくれた布地の厚いシャツ。
悔しいけど俺の身体にはデカい。
「ユウキ、何かをするなら先に説明をしてくれ」
ガウスに捕まったあの状態でそんな説明なんて出来るはずもない。
ハヤトらしからぬ無茶な要求だ。
胡坐をかいて座っているのだが、
シャツを脱いでいるので上着の下に素肌が見える。疲れた様子なのも珍しい。
「ユウキは馬鹿デス!」
こちらは怒っているナナミ。
膝をついて俺の前に立ち、感情のままに両手の拳を上げ下げしている。
「火傷は無いかい?」
そう俺が訊くと……
一瞬泣きそうな顔になってすぐにまた怒りの表情に戻る。
「ナナミはあのくらいの火は大丈夫デス! それよりもユウキデス!
無茶し過ぎデス! 馬鹿馬鹿デス!」
ナナミの防具も所々焦げている。
でも酷くはない。その下の服は大丈夫そうだ。
リリスの氷魔法での対処が早かったからだろう。
そういえばナナミ、今日は俺のパーカーを着ていなかった。
昨夜、大事そうに畳んで部屋の隅に片づけていた姿を思い出す。
俺としても燃えなくて良かったと思う。
確かに俺のやったことは無謀だった。
使った『炎の魔法石』の威力も知らないで、
自分の【熱耐性】スキルの限界も知らないで、
その結果――全身燃え尽きていたかもしれないのだ。
「みんな……、心配かけてごめん……でも……、
自分の身は自分で守れるって見せたかったんだ――ひとりの男として」
俺の言い訳に言葉が詰まるナナミ。
隣りで文句を言う順番を待っていたリリスも口を開けたまま止まっている。
そこにアンヌさんが「ふぅーっ」と大きなため息をつく。
「ガウスに先手を取られたのはハヤトとボクの責任だよ。
そこから独力で脱出したユウキ君は誉められこそすれ謝る必要はない。
疾風の異名を持つハヤトか……同じくらい素早いナナミちゃんがいれば、
ガウスのほんの少しの隙を見つけて簡単に救出できただろう、
――というのは予想でしか無いからね」
ハヤトが無言で目を伏せる。
アンヌさんは俺に視線を移し言葉を続ける。
「でも……ユウキ君のやり方は正直心臓に悪かった。
ボクたち全員がガウスのことを忘れてしまうくらいに……」
そこでアンヌさんが目をつぶり、
自分自身に言い聞かせるように「うん!」と強く一言、
その言葉で雰囲気を変えて明るく大きな声で宣言する。
「ユウキ君はみんなに心配かけたことをちゃんと反省する!
みんなはユウキ君のことをもっと信じる! 今回はこれで終わり!」
「アンヌさん……ありがとうございます」
俺は素直にアンヌさんに何度目かの礼を言う。彼女にはいつも助けられる。
ナナミとリリスも不満そうだが首を縦に振る。
ハヤトも「まぁ、無事だったからな……」と渋々頷く。
ハヤトの頭の上、クレアが手の甲で目頭を拭っている。
視線を向けると突然頭を振って久しぶりに睨んでくる。顔色が赤い。
あれっと思いヘラヘラッと笑顔を向けると一層怖い顔で睨むクレア。
俺は首をすくめて視線を逸らすしかできない。
そこにようやく気を取り直したハヤトが皆に指示を出す。
「とにかくだ。ユウキがこのままの格好では探索を続けられない。
防具がもう役に立たないから、一旦町に戻って装備を整え直すぞ。
それにガウスの件を警備隊に話しておこう。
今回の件でしっかりと動いてもらえるようになるはずだ」
「そうだね。これでもうガウスは表立って動けなくなるだろうし、
町中での襲撃もできなくなるよね。それだけは、まぁ、良かったと言えるかな」
「あの男のダメージですと、
しばらくは大人しくしているのではないかと思うのですが……」
「オレもそう願いたいのだが……難しいだろうな。
あれでも魔法師としてはかなりの実力だ。身体を癒す手段は持っているだろう。
あいつの執念深さは今回の件で味わった通りだからな。
大人しくなったとしてもせいぜい二、三日だけじゃないか」
「そうですか……」リリスが肩を落とす。
「リリス様、大丈夫! 次に顔を見たら――
あいつの出方なんか見ないで、いきなり攻撃しちゃえばいいんだから!」
アンヌさんが「バーンとね!」と右手の拳を振る仕草をしてリリスを励ます。
そしてナナミにも視線を向けて力強い笑顔を見せる。
「ボクはやるよ。ユウキ君の使った炎の魔法石なんかより、
もっと派手にあの男を燃え上がらせるつもりだから!」
「そうよね!」「やるデス!」
アンヌさんの気合の入った言葉にリリスとナナミが元気に答える。
ハヤトの頭の上のクレアも真剣な眼になって強く頷いている。
よかった。
さっきまでの沈んだ雰囲気が無くなっていつもの明るさに戻ったみたいだ。
さすがアンヌさん、凛々しくて頼りになるなぁ。
ハヤトも感心したようにアンヌさんを見ている。
そういったわけで――
第六階層の探索は一度も魔物と戦わずに一旦退却となった。
俺は立ち上がり皆と一緒に歩き出す。
……あれっ、今の俺って彼シャツ姿じゃないか……?
否! 違う! 俺は男だ。
サイズの合わないシャツを着ているれっきとした男に見える筈だ。
自分に自信を持て! 胸を張れ、俺!
だがしかし……アンヌさんの俺を見る目が完全におかしい。息遣いも荒い。
この姿が彼女の何処かのスイッチを押してしまったのだろうか?
さっきまでの凛々しくて頼りになる女性はいったい何処に行ってしまったのか?
リリスとナナミはアンヌさんがそんな様子になっている理由がわからず、
少し首をかしげただけで、すぐに関心を無くしていた。
ハヤトは情けをかけて俺の姿を見ないようにしている。
やはり親友だけはある。
そこにアンヌさんがさっきまでのおかしな態度はどこへやら、
スッと凛々しい顔に戻って声をかけてきた。
「ボク、熱耐性のある服持っているよ。ほら、ボクって火魔法が専門だからね」
「えっ、本当ですか」
「うん、良かったらあげるから着てみないかい」
「それならちょっと着てみ……、あれっ、それって女性ものですよね……?」
なぜ俺に女物の服を着せたがるのか? そんな疑問に――
今までにない悪人ヅラで「……ちっ、気づいたか」と舌打ちをするアンヌさん。
どうしよう……、アンヌさんの変化が激しすぎてついていけない……。
◇ ◆ ◇
一旦ダンジョンから外に出て、昨日と同じ武器屋を訪ねる。
昨日買ってもらった物をダメにして、
いくら俺とハヤトの仲だろうときちんと謝るべきだと思った。
だから「すまない」と一言だけ告げる。
「元はと言えばオレが原因だ――
お前が謝るのならオレも謝るぞ。いいのか?」
返ってきた答えはおかしなものだったが、その想いは伝わった。
だから「それはダメだ」と苦笑すると、
ハヤトも「じゃあ、これで話は終わりだ」と小さな笑顔を向ける。
そんなやり取りをしながら防具一式を新調した。
下着は元の世界から持ってきたのがまだあるのだが、
ついでだからと下着を含めてこちらの世界の物で揃えた。
その時ハヤトの提案で選んだのが熱耐性効果付きの物。
ダンジョン九階層が火山ステージなので、その対策として売られているらしい。
効果は俺のスキル【熱耐性】には全く及ばないが、
簡単な火魔法くらいでは燃えないような魔法処理済みだそうだ。
横で聞いていたアンヌさんが再び「ちっ……」と舌打ちをしている。
優しいアンヌさんに早く戻ってきてほしい。
ナナミの少し焦げた防具は手入れをすれば大丈夫らしく、
店にいったん預けて、少し早いが街中で昼食を摂ることにした。
全員が武器を持っているので、
普通の店は遠慮してダンジョン前にある屋台で、
串焼きとかサンドイッチなどを買って広場にあるテーブルに腰かける。
ダンジョンの中で携帯食料を食べるのと比べれば雲泥の差だ。
そこで食事をしながら……
ガウスの襲撃で変更を余儀なくされたこれからの予定をどうするか――
みんなで話し合い、その結果……今日は六階層の攻略だけにしようと決まった。
◇ ◆ ◇
「あれは吸血蝶だな。能力的には弱い部類の魔物だ。
ストローの形をした口で相手の血を吸うドレイン攻撃をしてくる。
それと撒き散らす鱗粉に眠り効果があって、こういった洞窟では厄介な魔物だ」
俺たちは六階層の岩石砂漠エリアに戻り探索を再開していた。
最初の岩山にあった洞穴。
ナナミが魔物の気配を感じたのだけれど……魔物の種類がわからないと云う。
ということで――
全員で洞穴に這入り、そろりそろりと近づいて魔物を観察していた。
「始めて見る魔物デス」
ハヤトの説明に答えるナナミ。
今はもう手入れを終えて綺麗になって戻って来た防具を身に付けている。
「そうか……、確かにこれからの階層に出現する魔物は、
上の階層みたいに何処にでも現れる魔物ではないからな。
ナナミが見たことがない魔物も多くなるだろう」
洞穴の通路の幅は上の階の通路と比べて半分以下で、
五人が横並びにようやく歩ける程の幅しか無く、
戦闘する場合、前衛と後衛に別れないときつい。
「まぁ、吸血蝶だけなら数が多くても怖くない。
鱗粉の効果が及ばない離れた位置から攻撃すれば良いだけだからな。
だが他の魔物と一緒に現れた時に油断して眠らされたら危険だ」
「吸血蝶だけが十八匹いるデス」
洞穴内部は暗く視界は悪いが今の俺たちなら問題ない。
俺にはスキル【暗視】があるし、他のみんなも高い能力を持っているからだ。
目を凝らして吸血蝶を観察する。片方の羽が人間の手のひらサイズくらいか?
蝶としては巨大だが魔物として脅威を感じるほどではない。
すると突然――吸血蝶が激しく動き始めた。
アンヌさんが皆に注意を促す。
「あっ! こっちに気付いたみたいだよ。興奮して羽ばたき始めた。
眠りの鱗粉が飛んでくる……けど、これだけ離れていれば大丈夫かな」
「そうだな、これだけ距離があれば大丈夫だろう。
眠り攻撃に対して、全く耐性が無いとなれば話は別だが……」
「ぐー……」
「ナナミが寝てしまいましたわ!」
ハヤトの前フリに応えるようにナナミが眠りにつく。
そして早速「もう食べられないデス……むにゃむにゃ」と寝言が聞こえる。
第22話、お読みいただき有り難うございます。
次回は――吸血蝶にユウキが挑む。そしてついに……幼女も参戦か?
更新は2月17日を予定しています。




