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第21話:ユウキの反撃

 翌朝、着替えてから、まだ寝ているナナミを起こして先に部屋を出る。

 食堂に行くと奥の個室に通されて、

 そこには昨夜出掛けたハヤトとクレアの姿があった。


「あはよう、ハヤト、クレア」

「おはよう、ユウキ」「おはよ」


 クレアからも返事が来た。視線は向けてくれなかったけど。

 でも少しづつ気を許してくれている。睨まれていた時と比べれば大進歩だ。

 笑顔で返すとチラッとこっちを向いて、すぐに視線を戻した。

 うん、今はこれくらいで良い。


「ハヤト、昨日の話はついたのか?」

「あぁ、完全とはいかないが、自由に動けるようにはなった」

「そうか、じゃあ、これからよろしく頼む」

「もちろんだ」


 そして俺とハヤトの間柄ではこのくらいの挨拶がちょうどいい。

 少しして眠そうなナナミを連れてリリスとアンヌさんが部屋に入ってきた。


 今日一日が始まる。



 ◇ ◆ ◇



 朝食を終えた俺たちは、最初にダンジョン探索組合に顔を出した。

 アンヌさんは知り合いの受付の女性と情報交換。

 ハヤトは換金所の男性に声をかけられていた。

 昨日預けた魔石の集計結果のようだ。


「今日もこれからダンジョン探索だ。カネは戻ってきてからでいい」


 ハヤトがそう告げる。

 昨日と違って、これ以上ここですることもない。

 アンヌさんの話も終わったので建物から出てダンジョンに向かう。


 ダンジョン入口前の広場を過ぎ受付所に行くと、

 その奥に人だかりができている。

 昨日は気づかなかったが、そこにはたくさんの張り紙があった。

 いわゆる掲示板らしい。

 元世界の知識で考えると、もしかして【依頼】って奴じゃないか?


「ハヤト、あそこの人だかりって……」


「あぁ、ユウキの想像通りだ。ダンジョン探索の依頼が貼ってある。

 昨日は時間がずれていたから目立たなかったが、

 今の時間なら毎日あんな感じだな」


「どんな依頼が多いんだ?」


「アイテム採取の依頼がほとんどだ。

 このダンジョンの六階層から九階層――

 いろんな環境があって珍しいアイテムが結構採れるからな。

 あとは希少魔物レアモンスターの魔石を入手してくれって依頼だな。

 その内に暇ができたら受けてもいいが今日は攻略優先だ」


 物欲しそうな目をしていたのがハヤトにばれて釘を刺されてしまった。

 アイテム採取もダンジョン探索の醍醐味。興味をそそられるけど今は我慢。

 想いを振り切って「そうだな」と短く答えて先に進む。

 そしてダンジョン入口、最初の広い部屋で俺はひとつの話を持ちかける。


「ちょっとお願いがあるんだけど……」

「なんだ?」とハヤトが答える。他の皆も俺に視線を向ける。


「できたら……俺に一階層の魔物の相手をさせて欲しいんだ。

 自分が昨日と比べて……どれだけ強くなったか……ちょっと試したいから……」


 自分自身強くなった実感はあるけれど、

 昨日はどんどん下の階層に進んで、ずっと強い魔物だけが相手だった。

 そのために、いわゆる「何とか無双」にはなれなかった。だから……


「一回だけでいいから……どうかな……?」


 上目遣いでお願いすると、返ってきたのはみんなの笑顔。

 ハヤトもクレアもそれなりに頬が緩んでいる。


 誰もが自分が強くなったと実感したいと思うのは同じ。

 仲間の――自分たちの昔を見るような――視線が生暖かったけれど、

 全員から了解を貰い、昨日最初に訪れた部屋に向かった。


「大ネズミが八匹デス」とナナミ。

「今のユウキなら楽勝だろう」「まぁ、そうだよね」「当然ですわ」


 全員で部屋に入ると、こちらを発見した大ネズミが向かってくる。

 俺だけが前に出て迎え撃つ。

 その時点で昨日との違いがわかる。大ネズミの速度を遅く感じる自分がいる。

 ならば先手を取ろうと槍を構えて俺は走り出す。


 八匹の大ネズミの動きがよく見える。次にどう動くかも。

 倒すイメージが頭に浮かぶ。

 まず速度を上げて接近して右の一体を槍で薙ぎ払う。

 おそらく他の大ネズミは反応できないだろうから、

 続けざまに三体固まったところに斬り込む。まずはそこまで。


 その通りに身体を動かす。

 頭の中に一撃で倒せなかった場合の対策も浮かんでいたが杞憂だった。

 あっさりと四匹が魔石に変わる。

 魔石に変わる速さも最初の頃とは全然違う。一瞬だった。


 すでに残りの四匹を倒すイメージも出来上がっている。

 斬――斬――突――斬――と、思ったとおりに身体を動かし槍を振るう。

 自分でもわかる。動きにブレがない。スムーズに槍が魔物に向かう。


 こうして八匹の大ネズミを全て一撃であっさりと仕留めた。


 自然と残心をとる。

 これはレベルアップの結果ではなく、あの無限の部屋で戦い続けた成果。

 全てが俺の血肉となっていた――そう実感していた。


 ドンッ!


 全てが終わったのを確認してから、

 少しの間だけ自分に酔っていた俺に何かが突進してきた。

 ナナミだった。


「凄いデス! カッコいいデス!」


 押し倒した俺の上で、ネコミミ頭を俺の胸に押し当てて喜びを表現している。

 地面にぶつけた後頭部が痛むのを我慢して、ナナミのピンク髪を撫でる。

 他の皆も寄ってきた。


「いやぁ、美しかったっていうのが正直な感想だねぇ。

 倒した魔物は強くないけどユウキ君の舞うような戦い。

 実力以上の何かを感じたよ。武器に槍を選んだのは正解だったようだね」


 アンヌさんの評価は上々だった。素直にうれしい。

 リリスとクレアは顔を赤くして俺を見ている。何故かハヤトも……?


「あぁ……コホン……。ユウキ――今のが昨日一日でお前が手にした実力だ。

 よく頑張ってくれた。ありがとう」


「何言ってるんだ。礼を言うのは俺の方だ。ハヤト――ありがとう。

 それにアンヌさん、リリスにクレア、ありがとう。……ナナミもね」


 最後にネコミミ頭をもう一度撫でる。

 そしてナナミを身体から剥がして立ち上がる。


「俺の我儘を聞いてくれてありがとう。

 これで今日も一日、自信を持ってダンジョン探索を続けられるよ」



 ◇ ◆ ◇



 その後は特筆することもなく予定通り五階層ボスのサラマンダーに挑戦。

 とはいえ昨日の今日で俺の実力に変わりはない。

 一階層では無双出来るけどここではまだ無理。

 昨日と同じ展開で攻略を終える。技能結晶は出なかった。


 今のところ技能結晶は一種族一回だけしか現れていない。

 だが、まだ断定は早い。

 しばらくは機会あるごとに俺が魔物のトドメを刺す方針に変わりはない。


 宝箱の中身も空っぽだったので、そのまま下層へ降りる。

 そして昨日見た六階層メインエリアに出る為の結界扉をくぐる。


「おぉ!」「すごいデス……」


 感嘆の声を上げたのは俺とナナミ。リリスも目を丸くしている。

 昨日話を聞いて想像はしていたけれど、

 実際に目の前に広がる光景はそれ以上に素晴らしかった。


 岩石砂漠。


 広々とした空間かと考えていたが、

 何層もの段差を持った凹凸の激しい岩山が視界を遮るように屹立している。

 垂直に近い岩山の表面には、人が這入れる大きさの洞穴が幾つも見える。

 壁伝いにその中にも行けるらしい。天然の立体迷路といった様相だ。


 上を見上げると雲ひとつない空には太陽がある。

 ハヤトの話では疑似的な物で、天井があると言っていたがそうは見えない。

 その光はさほど強くなく、吹き続ける風も相まって暑さを感じるほどではない。


 遠くに飛ぶ鳥らしき姿が見えるが、それも魔物なのだろう。

 そして同業者の姿もちらほらと見える。


 そんな風に景色を眺めながらゆっくりと進んで行くのを、

 ハヤトとアンヌさんは黙って見守ってくれていた。


 だが、そういう時に限って歓迎できない相手が現れる。


「何か用か」


 俺達が進むのを塞ぐように四人の男達が立ちはだかる。

 もちろん彼らの存在はかなり前からナナミが察知していて警戒していた。

 先頭に立つ目付きの悪いスキンヘッドの男がハヤトの問いに答える。


「用があるのは俺じゃなくてこのおっさんだ」


 禿げの男の後ろから現れたのは黒いローブを着ている男。


「誰がおっさんだ……。ハヤト、久しぶりだねぇ。くふっ。会いたかったよ

 といっても、もう僕が君にちょっかいを出していること知っていたようだね」


「ガウス……」ハヤトが俺達を庇うように一歩前に出る。


「僕が君に恨みを持っている理由は君が一番よく知っているよねぇ。くふっ。

 でも今日は挨拶だけ。ここにいる面子じゃ君のパーティには敵わないからね」


 この男がガウス。昨日流した情報につられて本人のご登場だ。

 陰気そうな見かけによらず饒舌にしゃべる。 

 そこにナナミが仲間にだけ聞こえるように小さな声で「あれは影デス」と囁く。


「なにせ、疾風の竜騎士と爆炎の竜騎士がいるんじゃね。くふっ」


 ガウスの言葉に最も反応したのは禿げの男を含む四人の男達。


「なんだそりゃ! 聞いてねえぞ!」

「ふざけるんじゃねぇ。そんな奴ら相手にできるか!」

「竜騎士さんよ、俺達は騙されただけだ。今すぐ消えるから勘弁してくれ」

「おう、おっさん、後で覚えておけよ」


 男達が一斉にその場から立ち去ろうとするその時に――

 無言のままナナミが突然後方に手斧を投擲する。

 岩場が張り出し影を作っている場所。

 何もないように見えたそこから、スッと手が伸びてナナミの手斧を受け止める。


「「ほう、僕の隠形を見破るとは……。くふっ。

 猫人族だと警戒していたけれど予想以上だね」」


 正面に立つガウスと背後に現れた同じ姿の男、同時に声が聞こえる。

 やがてナナミが影と見破った正面の姿が陽炎のように揺らぎ消えていく。


「なんだ!? こいつ偽物だったのか! ふざけやがって!」


 同行していた依頼主がただの影であったと知り、

 さらに怒りを募らせた男達は、興奮して立ち去るのを忘れている。

 周りに味方がいなくなったにも関わらず、

 ガウスは落ち着いた態度のまま含み笑いをして――勝ち誇る。


「でも、騙し合いは僕の勝ち……くふっ」


 その言葉が終わると同時に――

 俺の身体が黒い触手に締め上げられ宙に浮く。手にした槍も落としてしまう。


「くうっ!」

「ユウキ!」「ユウキ様!」ナナミとリリスが俺の名を叫ぶ。


「くふっ、この少年が君たちの弱点なのは知っている。一番弱いのもね。

 大丈夫。ただの人質にするだけだから。すぐに命は取らないよ」


 俺の身体は触手に絡めとられたままガウスの近くに運ばれ、

 仲間に姿を見せつけるように盾となる位置で宙ぶらりんになる。


 ガウスは最初から俺を狙っていた。

 四人の男を引き連れて姿を見せたのも罠。

 挨拶だけだなんて嘘。その場で四人の男に嘘をばらしたのも策略。

 男共が騒ぎ出したのに乗じて、見えない触手を俺に向けて伸ばしていた。


「とりあえずは大人しくしていて。くふっ。

 変な気を起こすと、この少年に何が起こるか僕も保証できないからね」


 俺は油断などしていなかった。しかしこのざまだ。

 ガウスの能力と策略が上回っていたからなのだが悔しさに変わりはない。


 そしてもう一つ無念に思うのはナナミを悲しませてしまうこと。

 また守れなかったと思わせてしまうのが俺の心を苛む。

 俺の前で怒りと悲しみで顔を歪めているナナミが見える。


 だがナナミはしっかりと自分の役目を果たしたのだ。

 最初に姿を見せたガウスを影だと見破り、本体の位置を探り当てた。

 だから、そんな顔をする必要はない――そう伝えたかった。


 その時、俺を縛る触手の一本だけが、別の動きをするのが視界の端に映った。

 俺の首筋にその触手が触れた途端に猛烈な睡魔に襲われる。

 身体から力が抜け、瞼が下がるのを止められない。


「心配しなくていいよ、くふっ、ただ眠るだけだから」


 しかし俺は眠らなかった。理由は分かる。これは毒が無効化された感覚だ。

 触手の睡眠攻撃が毒と判定され、スキル【毒耐性】が反応したらしい。

 嘘のように眠気が晴れる。だが俺はそのまま眠った振りをすることにした。 


 ガウスを油断させてこの危機から脱出するために足掻いてやる。

 ナナミが役目を果たしたように俺も俺にできることを。

 そのための手段を左手に持っているのだから。


 最初に怪しい男たちが前に立ちふさがった時、

 襲撃者『沈黙の山羊』の時と同じ轍を踏まないように用心していた。


 真っ先にウェストバッグから唯一の特殊攻撃武器を取り出していたのだ。

 それは三階層の宝箱から見つけた『炎の魔法石』――ナナミから貰ったモノ。

 今それが手の中にある。これでガウスに一泡吹かせてやる。


 発動するタイミングを見計らっていると、

 ガウスが俺の顔を覗き込むために宙づりのまま近くに寄せる。


「くふ……確かに少女のような顔だねぇ。色々とはかどるねぇ」


 何が捗るんだ! と心の中で叫ぶ。

 その嫌悪感がこれからすることへのためらいを消してくれた。

 魔法石を発動するには念じるだけで良い。

 眠ったフリを止め、目を開けてガウスの顔を睨み付ける。


「燃えろ!」


 あぁ、そう言えばこの魔法石どれ程の威力があるモノか聞いていなかった。

 自分とガウスの身体が業火に包まれている中でぼんやりと考えていた。

 十個まとめてだと威力がありすぎたかな。


「ぎゃああぁあぁーあぁー! な、なにをするぅー! ばかかぁ!」


 俺の情報を知っていたらしいから、

 探索初心者の俺がよもや魔法を使うとは考えていなかったのだろう。

 いや、それよりもこんな自爆攻撃をするなんて普通は考えないか。


 爆発炎上した魔法に反応が遅れて、俺と一緒に火だるまになったガウス。

 未だにその手から炎を吹きだす俺の戒めを解いて放り投げる。

 俺もガウスもまだ身体が威勢よく燃えている。


 一番先に我に返った――ただ反射的に動いただけかもしれないが――

 ナナミが燃え盛る俺の身体に抱き付いてくる。


「ユウキ! ユウキ! ユウキ!!」

「馬鹿! ナナミ! 離れろ! 俺は大丈夫だ!」

「凍えて眠れ!【氷結縛】!」


 そして俺は――リリスの魔法でしばらく眠りについた。



 第21話、お読みいただき有り難うございます。


 次回は――派手に炎上したユウキ。その後の結末は? 


 次回更新は2月10日を予定しています。


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