第02話:ハヤトとの再会
「ハヤト……、えっ? なに? どうなってんの?」
空から俺に声を掛けた後、少し離れた場所に空飛ぶ竜は着地していた。
その背中から降りて歩いて近づいてくる顔は――、
朝から一緒に行動して、俺より先に異世界の入口に飛び込んだ親友。
その後を大きな身体に似合わず、チョコチョコと竜が追いかけている。
俺も立ち上がり彼を迎える。竜に意識の大半を取られながら。
「あぁ、ユウキが驚く顔……懐かしくて涙が出そうだ。オレらしくもない」
「いいから説明しろ! いつの間にその格好と……あの、生き物はなんなんだ」
「そうだな、もう会えないのかと諦めていたから、つい嬉しくてな」
「お前の言葉で予想がついたぞ。
ハヤト、この世界に俺よりもかなり早い時代に飛ばされたんだろう?」
「あぁ、そうだ、オレがこの世界に来てから、もうすぐ五年。
その間に色々あって、いまはこんな格好に、あんなペットを連れている」
ハヤトが自分の姿と、後ろで控えている竜を指し示す。
彼の姿は黒を基調としたジャケットにパンツ。そして黒のブーツ。
デザインは俺の感覚から見ても古臭い。
けれども華やかさがあって、有体に言えば貴族のような服装を身に着けていた。
腰に帯剣もしている。
そして竜はと言えば――、
ハヤトの後ろで大人しく座っているが、その姿勢で頭の高さがハヤトの二倍。
そのまんまファンタジー世界の竜。その中でも細身の竜という感じ。
先程まで空を飛ぶのに使っていた大きな翼を畳んで、
こちらを不思議そうに首をかしげて見ている。
その瞳には普通の爬虫類にはない高度な知性が宿っているように見えた。
「五年……、それならハヤトは、もう二十歳を超えているのか……。
確かにそう見えなくもないが、
元から老け顔だったから、あまり変わらないな」
「その憎まれ口も懐かしい――、
とりあえずここで腰を下ろして、ゆっくりと話がしたい。
このままオレの住む場所に戻ると、
いろいろあって落ち着いて話が出来なくなるんだ。――すまない」
「あぁ、いいさ。俺も早く話がしたい」
二人してそのまま地面に座り込む。
「話したいことは山ほどある」と前置きをしてハヤトが話し出す。
「まずは、……謝罪させてくれ。
あの時、この世界への入口に先に飛び込んでしまったことを。
オレは故意に抜け駆けをしたんだ……」
いきなりハヤトが頭を下げてくる。
彼の謝罪の意味がまったくわからない。
「んっ? それがどうした?」
「ユウキも考えたかもしれないが……、
異世界に飛んだ時に、時間の差が大きく現れるなんて、異世界物の定番の話だ。
あの時、異世界の入口に向かうまでの道すがら、そんなことを考えていた。
ユウキよりも先に飛び込んで、先に異世界に行こうなんて悪戯心でな……。
まぁ、途中までは軽い気持ちだったんだが――」
そう言って俺の顔を真剣な顔でマジマジと見つめる。
ハヤトにとって五年ぶりになる俺の顔を。
「ただ、異世界の入口をユウキに示されたとき、想像してしまった。
後に飛び込んだオレが異世界についたら……、
ユウキの生きていた時代から何十年、何百年と経っていて……、
お前の生前の話を聞いている自分。
そんな場面を想像したら――それだけは耐えられない、
と身体が動いてしまった。オレらしくなかった。謝罪する」
「そんなのは謝る必要はないさ。俺にとっては、ほんの一時間の違いだ。
それよりもハヤトの方だろう。
五年前に、ひとりでこの世界に来たのなら、いろいろ大変だったろうに」
「あぁ、大変だったと言えばそうなのだが、何とかなったと言えば何とかなった」
「そうだな。さっきこの世界に辿り着いて、ハヤトがいないと気づいた時。
お前も、そして俺も、どうにかできると、あまり心配していなかったからな」
「ふふふ、やっぱりユウキはいい。その突き放したような信頼。心に沁みてくる」
謝罪を終え、表情を緩めるハヤト。
ならば次はこちらが尋ねる番だ。
「ハヤト、最初に訊きたい」
彼はこの世界に来て五年。俺が最も知りたいことの答えを持っているはずだ。
身を乗り出して問い掛ける。
「この世界に……ダンジョンはあるのか」
その質問が俺にとってどれだけ重要なのかをハヤトも知っている。
再び真剣な表情になって答える。
「……ある。この世界にダンジョンはある。ユウキの想像と同じものが」
「それは……、人の手で作れるのか?」
「……人が神の力を手にすれば」
ハヤトの答えに言葉を失う。……神の……力が……?
俺の夢――、この手でダンジョンを作る。その為には神の力が必要だと……?
顔から血の気が引く思いだ。いきなりの挫折。
絶望に包まれて、自分の身体が支えきれない……。
俺のあまりの落ち込みぶりに、ハヤトが焦った様に言葉を続ける。
「――言い方が悪かった。可能性は零ではない。
この世界では神の力は手に入る。
歴史の中で百人近い人間が神の頂に辿り着いているんだ。
確かに細く遠い道のりだが、ユウキなら辿り着けるとオレは思っている」
「そう……なのか……?」
「あぁ、そのためには、ある障害を取り除くのが大前提だが……」
「……それは何だ。教えてくれ」
続けてハヤトはこの世界の概要を話し始めた。
色々な魔法があり、色々な武器と武術がある。
人間以外の種族がいて、魔物がいて、勇者と魔王がいる。
魔物の森があって、ダンジョンがあって、魔王城がある。
騎士がいて、貴族がいて、王様とお姫様がいる。
冒険者がいて、探索者がいて、ハンターもいる。
前の世界から転生したり、召喚された人間が活躍している。
この世界の在りようは、前の世界にあったゲームや小説そのまま。
そこには何かの作為が見える。しかしハヤトはそこに言及しなかった。
「詳細はひとまず置いておく」
そう言ってハヤトは、先に言った除かねばならない障害について話し出す。
それは――、間近に迫る人間社会の終焉。
元凶は「自滅憑依体」と名付けられた未知の存在。
知らぬ間に人に憑依し、数日の間は大人しくしている。
やがて憑依した人間の意識を乗っ取り、強化した身体で破壊行動を始める。
次第に肉体が膨張を始め、極限まで肥大した肉体が周囲を巻き込んで消滅。
その範囲は町の一区画に及ぶ。
肉体の膨張前の段階ならば浄化魔法で、それ以降は退治するしかない。
最終段階の消滅にまで至った例はまだ数例だが――、
近年、この世界の至る所で憑依案件が増大。いずれは対応が間に合わなくなる。
予想ではそれがあと数年。臨界を超えれば加速度的に最終段階が発生。
町、都市、国家の消滅が避けられない。
「だがユウキなら――、
ユウキの能力なら何か新しい手立てが見つかる、とオレは思っている」
ハヤトが期待を込めた目を向ける。
しかし彼が告げた言葉には賛成できない。
「この眼のことを言っているのなら、それは買いかぶりすぎだ。
確かに思い通りに使えれば、憑依された人間を見つけられるのかもしれない。
たとえそうだとしても、俺一人の力では大したことは出来ない。
ましてや、自分の思い通りにならない能力――、役に立つとは思えない」
「いや、ユウキの持っている能力は、そんな単純じゃないはずだ。
この世界に来て、魔法やスキルを知って、確信するようになった。
お前の能力はおそらく……」
ハヤトの口にした「スキル」という単語。
魔法があるのだ。やっぱりスキルもあるのか。
そこに突然――、
俺の思考とハヤトの言葉を遮るように、いきなり横から声がかかる。
抑揚に乏しく突き放すような話し方なのに、良く響く透き通った女性の声。
「ハヤト様、御館様が待ちわびております。
こんな男と逢引きをする時間があるのなら、御館様に会いに来てください」
第二話、お読みいただき有り難うございます。
※『自作ダンジョンで最終ボスやってます!【動く挿絵付き】』
好評連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。
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※10月5日 後書きを前書きに書いてしまったので修正しました。
※11月4日 後書き欄を修正