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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第2章:短期留学編 ~初めての異世界~
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9.順調にハーレムの礎を築く勇者様と蚊帳の外で友情を育む親友様

 異世界から妻と共にやってきたその男は、街の住人達とすぐに仲良くなった。

 勇者や戦士の適性に秀でていて、注目を集めたわけではない。良好な人間関係を作り出す人当たりの良い性格は、その男の才能といえた。

 地球では国家直属の機関で働いていたという男の王都における役割は、保安部の地球側の責任者である。次々とやってくる勇者候補やその他適性を持つ者と、元々王都に住んでいた者との折衝が主な仕事だ。


 様々な問題に中立の立場で向き合い、時には優しく諭し、時には厳しく叱り、お互いに納得出来るポイントを見出だす。

 その手腕は実に優れており、特に、経験に裏付けされたバランス感覚と交渉術は見事だった。彼はすぐに、王都になくてはならない存在となっていった。


 しかし、万人に好かれる人間などいるはずもなく、男を好ましく思わない者もいた。

 その者達は男に、王都で開催される武術大会に出場するよう促した。仮にも保安部の所属でありながら、喋ってばかりいるのでは説得力に欠ける、というのが彼らの言い分。つまりは難癖である。

 武術大会はお祭り行事の一種で、人死にが出たりするようなものではない。それでも怪我人は毎年出るし、その結果は住民達の話の種として、王都中を駆け巡る。

 もし、あまりに期待とかけ離れた成績を残す事になれば、それまで築きあげてきた良好な関係に影を落とすおそれがあった。


 男は迷った。当然だろう、剣や槍を振り回す事はもちろん、魔法の才能があるわけでもないのだから。


「なに、ちょっとした武術の心得はあるからな。まあやってみるさ」


 しかし最終的には、回りの空気に押される形で、男は出場を決意する。おそらく、初戦突破も叶うまい。見た事のない構えをとっておどける男に、誰もが同情の視線を向けた。


 しかし。


 結果として男は、準優勝という快挙を成し遂げた。上位を高適性者が占める中、特別な適性を持たない男のこの成績は、まさしく奇跡に他ならない。決勝を戦った、後の騎士団長との激戦も、その衝撃に華を添えていた。

 男が繰り出した地球の武術……ジュードーと呼ばれたそれは、まるで魔法のようだった。体格の良い屈強な戦士が、魔力も筋力も劣るはずの男に、次々と投げ飛ばされるのだ。

 中でもイッポンゼオイという技は、戦士達を戦慄させるに十分な効果を発揮した。必殺の突きを繰り出し、勝利を確信したその瞬間、空を見上げて転がっているのだからたまったものではない。

 男はたちまち、王都で知らぬ者のない英雄へと祭り上げられたが、しかし彼はそれを良しとせず、苦笑いを浮かべてこう言ったのだ。


「俺が英雄だって? 勘弁してくれ、ただのおじさんには荷が重い。酒場でおねえちゃんにちやほやしてもらえるのは嬉しいっちゃ嬉しいんだけどな。わっははは!」


 豪快に笑いながら謙虚な姿勢を見せる男を、王都の住民は本当の意味で尊敬するようになった。誰もが羨むような英雄の称号を固辞しただけではない。酒場の話などをあえて前に出し、平穏な生活を望んでいる事を暗に示したのだ。

 それから、人々が男の噂をあからさまに広めたり、英雄として祭り上げる事はなくなった。しかし、男は確かに王都の英雄として、人々の真なる信頼を勝ち取ったのだ――


「ここまでは良い話なんだけど……」

「実際凄いよ! おじさんが戦った相手には、戦士適性Aとかの人もいたんだよ? 普通は勝てないって!」


 自分の父親を褒めるのはなんだかこそばゆいのだけど、確かに父さんは凄い人なのだろう。

 ただし、問題はここからだ。酒場のおねえちゃんにちやほやされてわっはははの件が、母さんの耳に入ったのがまずかった。

 怒り狂った母さんに、公衆の面前で豪快に一本背負いされた挙げ句、土下座までさせられたというのだ。なんて恥ずかしい。


「でもそれ、どっちかっていうと母さんの方が『戦慄のイッポンゼオイ』じゃないの?」

「同じ事を父に聞いてみたのだが……そのような恐れ多い通り名、付けられようはずがないと遠い目で話してくれてな。色々と察したよ」


 即答のアレックスくん。つまり、母さんへの畏怖を込めて、父さんが戦慄の名を1本背負ったというわけだ。


「ユーキくんも気をつけないと、さっきみたいに冷たくしてるとお母さんに一本背負いされちゃうかもしれないよ?」

「瀧本くんは、お父さんの血を、色濃く受け継いでいるのね」


 完全に面白がっている斉藤さんと、父さんへの印象を俺に重ねてぐんぐん好感度を急降下させている渡辺さん。まあこの2人の反応は仕方ないとしても、俺はタクミに物申したい。

 どうしてこの話を、俺が父さんから直接聞いているなどと思ったのだろうか。

 若い女の子にでれでれして、母さんに投げ飛ばされた上に、その場で土下座したなんて。全力で息子に隠しておきたい類の話じゃないか。


「軽率で軽薄なところは玉に瑕ですけど、ユーキ様のお父様の実力は、王都でも指折りだと思いますわ」


 リィナさん、にこにこしながら軽率で軽薄ってはっきり言っちゃったよ。せめてどっちかは心の中にしまっておいてくれても良かったのに。フォローしてくれてる風だけど、父さんは谷底にまっさかさまだ。まあいいか、なんならもっと言ってやって下さい。

 ちなみに母さんの通り名『導きの女神』は、主に女性の支持層によるものだ。男社会であった王都に、強い女性像という新しい風を吹き込み、王都中の女性を導いた女神という意味らしい。


 両親のとんでもエピソードは、穴があったら入りたい勢いではあったものの、悪い事ばかりでもなかった。ビッグネーム2人と打ち解けるきっかけになったからだ。

 それを思えば、俺の……いや、瀧本家の恥名度なんて大した事ではないはずだ。


 まあ打ち解けたとはいっても、一筋縄ではいかない事もありそうだ。最大の問題は、タクミをターゲットにした女子3人による、表面上は水面下でのバトルである。

 表面上は水面下、というのはおかしな言い方かもしれない。これは、タクミ本人は気付いていないという意味で、あえてこう表現させてもらった。

 なにしろ、まわりの……例えば俺からすれば、バレバレすぎて怖いのだ。火花とか、なんなら魔力とか、まぶしいくらいに迸っているように見える。


 今のところは斉藤さんが1歩リードしている感はあるものの、他の2人も負けてはいない。

 王道のヒロインポジションまっしぐらでストレートに迫る斉藤さん。丁寧な物腰で奥ゆかしそうに見えて、実はボディタッチを武器に積極的に迫る物理アタッカータイプのリィナさん。そして渡辺さんは、隙間にリアクションを差し込むヒットアンドアウェイスタイルで2人を牽制していた。


 勝負の行方は正直どうでも良くなってきたので、それぞれに頑張ってくれたら良いと思う。とりあえず、班の女子達の俺に対する好感度は、約1名を除いてまあ低くはないようだし。

 ただし、残念ながらそれは、気になる男子としてではなく面白い生き物として、のようだけど。ここまで明確に線引きがなされていると、いっそ清々しさすら感じられる。


 それから、最初はちょっと堅苦しいと思っていたアレックスは、凄くいいやつだった。

 タクミを囲む魔のトライアングルから外れた安全地帯で、俺達は存分に語り合った。既にファーストネームで呼び合う仲になっているし、マブダチと言っても良いだろう。

 彼は男兄弟ばかりに囲まれて育った三男で、優秀な兄といつも比較されてきたのだという。俺と兄さんの関係に似ている部分も多く、共感を持てる同志だったのだ。

 イッポンゼオイを教えてほしい、と頼まれた時は少し困ったけど、適当にあしらわせてもらった。


「見て覚えるのは自由だけど、教えを請うてはいけないんだ。これは瀧本家に伝わる鉄の掟だ、悪いな」


 難しい顔で腕組みをしてこう告げると、何やら1人で納得して感動していた。やはりアレックスはいいやつだ。


「なあタクミ。昼間の話なんだけど、あれって王都とかこのへんじゃ、そこそこ有名なのか?」

「そこそこどころか、すごい有名だよ!」

「げ……そうなんだ」

「王都でタキモトって言えばほとんどの人が知ってるくらいだからね!」


 その夜、宿舎に戻った俺は、気になった部分をタクミに確認していた。


「それ、どれくらい確かな話? リィナさんかアレックスに聞いたのか?」

「え、もちろん直接みんなに聞いてみたんだよ」

「直接って?」

「王都で、街の人にインタビューしたんだ!」


 みんな笑顔で答えてくれたよ、とほくほく顔のタクミ。こういう純粋な行動力と対人スキルはたまに羨ましくなる。王都くんだりまで行って、街行く人にインタビューとか、何やってんだ。


「そりゃ笑うよな……」

「そういう笑いじゃないよ! あ、今度ユーキも一緒に行こうね」

「うん、王都は興味あるな」

「良かった! ユーキを紹介するって約束した人がいっぱいいるんだ、楽しみだな~!」


 忘れかけていたけど、この勇者様はど天然だった。こちらが、公衆の面前で土下座を決めたお父さんをもつユーキです、とでも言うつもりか。人の恥名度を上げるのがそんなに楽しいのだろうか。


「やっぱり行かない。約束した人には、責任もって謝っておいてくれ」

「ふふふ、遠慮しないで! 明日の授業が一緒の女の子達にもユーキの話はしてあるから、紹介するよ!」


 これは遠慮などではない、断固たる決意である。しかしタクミにしてはなかなかどうして、しっかりと外堀が埋められているじゃないか。人をダシにして女の子と仲良くなっているなんて、実にけしからん。

 みんな楽しみにしてるんだよ、なんて両手を広げて嬉しそうにしているけど、それってあれでしょ。どこそこのジャングル奥地で発見された、新種の生物初公開! みたいなリアクションでしょ?


 俺は光の勇者による一撃をまともに喰らい、授業初日での更なる恥名度アップはどうやら確定したらしい。

 魔法や異世界ならではの授業に真摯に取り組み、仲間と励まし合い、切磋琢磨し、そして……。

 そんな理想の留学ライフが、ガラガラと崩れていく音を聞きながら、俺の意識は天井をすり抜け、夜空の彼方へと消えていった。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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