8.富裕層に馴染む勇者様と庶民派の親友様
似た者同士が友人やカップルになりやすいのは、世の常だ。単純に顔が似ているという事ではない。考え方や会話のテンポ、少し大人の話をするのであれば、収入面であったりの話だ。
考え方は全く違うのに何故かうまが合う、そんな関係がある事も知っている。しかしそれは、何かしら芯の部分があってこそだと思うのだ。共感できる部分があったり、相手のどこかしらをリスペクトしていたり、である。
会話のテンポにしてもそうだ。なんとなく話しやすいな、と感じられる相手は、直感的にわかるものではないだろうか。
そして収入面。これを言うと、そんなものは関係ないと強く反論する人も多いかもしれない。
どうか落ち着いてほしい。収入面などという垣根を乗り越えた関係があるのは、十分に承知している。それに、そういう関係を全て否定しようというわけではない。確率的にそうなるであろう、という部分が今回の論点なのだ。
せっかくなので、異世界的な例をあげてみる事にする。
小さな村で4人兄弟の末っ子として育った青年、ジェイムズの話をしよう。父親のもとで商人見習いとして働く彼の夢は、いつか村を飛び出て世界を旅する事だ。
苦手な数字と格闘する毎日にあって、彼のモチベーションを支えていたのは、月に1度の行商だった。理由は他でもない、王都に行く事が出来るからである。
ジェイムズは末っ子らしくやんちゃではあったが、性根は優しく、気持ちのまっすぐな若者だった。持ち前の好奇心と行動力で突き進んでいく姿は輝きに溢れていたし、村の誰もが彼の夢を応援していた。
その為だろうか。王都へ行く時はいつも、少しばかりの小遣いと、ちょっとした自由時間が許されていたのだ。
ジェイムズは王都の街並みと活気に感動し、色々なものを見て回った。ある時は屋台で買った珍しい食べ物を頬張り、またある時は村へのおみやげを満面の笑みで用意した。王都はジェイムズにとって、まさしく夢の出発点であったのだ。
一方その頃、国王の1人娘マリアンヌは、広すぎる自室で暗い溜め息を落としていた。城下で村の青年が、キラキラと目を輝かせている事など、知る由もない。
大抵のわがままは許されたし、欲しいものはなんでも手に入った。周りにいる者はみな、口を揃えてマリアンヌの美貌や国王の偉大さ、王都の素晴らしさを褒め称える。
彼女は、これ以上ないほどに、甘やかされて育ってきたのだった。
そんな不自由のない生活に、マリアンヌは心の底から退屈してしまっていた。
お気に入りのドレスで舞踏会に参加しても、気持ちが弾む事はない。上辺をつくろっただけのお世辞か、どうにかしてコネクションを作ろうという野心か。そこには、どちらかの目をした人間しかいないのだから。
その上、彼女には決して許されないわがままがあった。何かが欲しいというお願いではなく、1人で出かけたいという、自由を求める切なる願い。
マリアンヌの『おでかけ』とは、入念な準備の上で実施される、何十人もの従者を連れた行進以外にはなかった。外の空気を肌で感じて走り回ったり、好きなものを食べたりする。そんな自由は一切叶わなかったのだ。
自分はお姫様というモノではなく、1人の人間なのに。いつしかマリアンヌは、城を抜け出す事ばかり考えるようになっていた。
チャンスはある。王都で開かれる、年に1度のお祭りだ。その時ばかりは、誰もがそわそわと浮き足立っているのを、彼女は知っていた。それは付き従う侍女たちも、城の警備を任される兵士や騎士たちであっても、例外ではない。
マリアンヌはわがままで傲慢ではあったが、頭が悪いわけではなかった。どうすれば道を拓く事が出来るのかを考え、確信をもってそれを遂行する行動力も持っていた。
侍女に小遣いを渡して町娘の衣服を借り、騎士見習いに小さな嘘をついて警備に隙を作る。計画は驚くほど上手くいった。彼女はついに、城下へ抜け出す事に成功したのだ。
初めて肌で感じる、お祭りの空気。心を踊らせるマリアンヌは、そこでジェイムズと出会う。
安っぽい仕立ての服に身を包み、姫である自分にずけずけと物を言い、自然体で接してくる田舎の青年。礼儀もエスコートもまるでなっていない。
その無礼な態度に真正面から言い返しながら、それでもマリアンヌは、これまでにない感情の息吹を感じていた。この青年は人生で初めて、1人の女の子として自分を見てくれている。その高揚は格別なものだった。
もちろん、国王やその1人娘の顔など知る機会の無かったジェイムズの事情を、マリアンヌが知るはずもないのだけど。
ジェイムズもまた、大きく高鳴る鼓動に驚きを隠せずにいた。
まるで初めて街に出たかのように、見るもの全てに全身で感情を表現するマリアンヌ。そして、純粋でありながら洗練された仕草は、ジェイムズの心を掴んで離さなかったのだ。
小さな村の青年と、国王の1人娘の恋。育った環境が違っても気持ちがあれば、などという言葉では到底片付けられるものではない。
それは、彼らを取り巻く全てによって否定され、大きなうねりと歪みを生み出していく。果たして2人は、時代を巻き込んだ流れに抗い、お互いの気持ちを貫けるのだろうか。
舞台は小さな農村から王都、そして海を越えて大陸へ……空前のスケールで描かれるラブストーリー!
「この夏、いよいよ公開ってね」
「えーどうなるの! 2人はきっと結ばれて幸せになれるよね!?」
「……ねえ、これって何の話? ハルカも、簡単にのっからないの」
途中からの急展開については、どうしてこうなったのかわからない。ジェイムズが誰なのか、俺が聞きたいくらいだ。海を越えて大陸へ。俺の話はどこへ行くつもりなのか。
それだけ動揺している、という事にしておいてもらえないだろうか。こんな話が急に出てきたのは他でもない。タクミがすぐそこで談笑している人物に原因がある。
「こないだはごめんね、いきなり押しかけたみたいになっちゃって」
「いいえ、良いのです。タクミ様とお話が出来たのですから、とっても素敵な時間でしたわ」
「姫様、タクミ殿と同じ班とは幸運でしたね!」
姫とかなんとかいう単語が漏れてきているので、お察しの方も多いだろう。それでもあえて、同じ班のメンバーとなるこの世界の学生2人を改めて紹介したい。
この国のお姫様であるリィナさん。そして、騎士団長の息子でお姫様の警護も兼ねている、アレックスくんだ。
「紹介しようとかどうとか、それも私達に言ってるわけ?」
「まあなんていうか、雰囲気で?」
「瀧本くんってテンパるとそういう感じなんだ……キモ」
ちょっと渡辺さん。面と向かってキモいとか言われるのは流石に傷つくんだけど。ただでさえ、急なビッグネームの登場でガラスのハートが丸裸にされているのに。その一言でもう、剥き出しのあれこれがパリンパリンなんだけど。
「そっちこそ、自慢の毒舌はただの内弁慶だったのかな?」
「なんですって?」
「ふふん、すっかり斉藤さんの後ろに隠れちゃってさ。ほら、出ておいで。コワクナイヨー」
「このっ……!」
「ちょっと2人とも、よくわからない喧嘩はやめようよ!」
斉藤さんを挟んで睨み合う俺達。そんな殺伐とした空気をよそに、お姫様と騎士団長の息子さん、そして光の勇者の談笑は続く。
「もう、アレックスったら。姫様はやめてってお願いしたでしょう?」
「はっ、申し訳ありません!」
「2人とも堅いよ、せっかく同じ班の仲間なんだしさ!」
リィナもアレックスもリラックスしようよ、と2人の肩をバシバシと叩くタクミ。
おやめください勇者様、お姫様に何かあっては外交問題に発展してしまいます!
背中に冷たいものを感じて、俺は必死の視線をタクミに送る。
談笑の前にやるべき事があるはずだ。この場でお互いを繋げるのは、お前しかいないんだぞ。
そして、早く俺と渡辺さんの間にも入ってくれ。もう名ばかりのリーダーじゃ、抑えきれないところまできているんだよ。
「そうだ、みんなにも紹介しなくちゃ! リィナとアレックスだよ!」
「同じ班の方々ですね。リィナです、よろしくお願いします」
「アレックスだ、よろしく頼む」
タクミがようやく、思い出したように2人を紹介する。さすがに緊張しているのか、初めましてとぎこちなく挨拶する女子2人。俺もハートのかけらを拾い集めて、なんとか体裁を整える。
「どうも初めまして、瀧本です」
「おお、貴殿がユーキ殿か! タクミ殿の親友で、将来有望な大人物と聞いています!」
「お会い出来て光栄です、ユーキ様。お話はタクミ様からたくさん伺っていますわ」
「いえいえ、ハハハ」
おかしい。なにかものすごく、過大評価されているような気がする。危険を察知した俺は、愛想笑いを張り付けてゆっくりと2人から距離を取った。
そしてタクミに「ちょっと来い」のハンドサインを送る。それはもう必死で送る。
「タクミくん? あちらのお2人に俺のコト、なんか言った?」
「面白くて色々と教えてくれる凄い友達なんだって、普通に紹介しただけだよ」
「大人物とかお会いできて光栄とかさ……普通の枠からはみ出してるよね?」
「そうかな? あの2人ってあんな感じじゃない?」
あんな感じじゃない? と言われても困る。なにしろこちらは初対面なのだ。誤解があるなら今、この場で解いておかなければ。
「他には? 知っている事があれば、洗いざらい話してごらん。悪いようにはしないから怖くないからほら早く」
「な、なんかもう怖いよ? うーん他には……ご両親もこっちで働いてるとか、お兄さんの話とかちょっとしたくらいだよ」
本当に何も変な事は言ってないんだよ、と両手を上げて潔白の意思表示をするタクミ。どうやら本当に、素直な気持ちで俺を褒めちぎってくれただけらしい。
兄さんがまあまあ有名らしいから、そのイメージだろうか。ここでも比べられるなんて冗談じゃない、念の為、牽制しておこう。
「俺は兄とは違います、本当に普通の高校生ですよ。お手柔らかにお願いしますね」
「『そよ風の申し子』の弟ともあろう方が何を申される! ご謙遜を!」
両手を上げて興奮するアレックスくん。やっぱりそうだったのか。
兄さん、本当に『そよ風の申し子』だったんだね。今度会ったらからかってやろう。
「そうですわ、それにユーキ様のお父様とお母様はあの『戦慄のイッポンゼオイ』と『導きの女神』ですもの。とっても期待してしまいますわ!」
イッポンゼオイがカタコト……ってツッコミどころはそこじゃなかった。父さん母さんは何をやらかしたんだ。
こっちではただの市役所職員に、戦慄だとか導きのだとかという、仰々しい通り名がつくものなのだろうか。
「ユーキくんのとこって、なんだかみんな凄いんだね」
「流石は瀧本くんのご両親って感じよね。本当、流石よね」
「ユーキは直接聞いてるんだと思ってたよ、おじさんもおばさんも本当に凄いんだ!」
斉藤さんは、詳しいエピソードを知りたそうにワクワク顔で含み笑いを浮かべている。反対に、ふんわりとした皮肉を混ぜ込んできた渡辺さんの視線は冷たい。リィナさんとアレックスくんには気付かれない程度の絶妙な加減は、それこそ流石である。
俺としても、言いたい事はあるものの、なんともリアクションが取りにくい。兄さんの話はさておき、両親の件はまったくの初耳なのだ。
その後、リィナさんとアレックスくんから語られた我が両親の武勇伝は、ある意味で俺を戦慄させるには十分な内容だった。
まるで俺のまわりから、平穏という2文字がバタバタと音を立てて逃げていくようだ。
ちらちらとこちらを振り返りながら不格好に逃げるその姿は、すぐにでも捕まえられそうに見える。しかし、そうかと思って手を伸ばすと、急スピードで滑らかに回避を決めるのだ。
そして、安全圏に入ると、またこちらを窺いながらバタバタと走りだす。平穏くんはどうやら、俺をからかって遊んでいるらしい。
謎のキャラクター、平穏くんのコミカルなアクションを脳内に描きながら、俺は気が遠くなっていくのをなんとかこらえていた。
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