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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第16章:長期留学編 ~谷底クライシス~
70/71

70.ドラゴンに突っ込む勇者様と魔族にツッコミを入れる親友様

 空を飛ぶ事は人類のロマンである。

 地球だけの話ではない。魔法があり、適性によってはその身ひとつで飛べるこの異世界においても、それは同様だ。


 もちろん勝手は違う。

 魔法があるかわりに、飛行機らしい飛行機は無いし、特別にそうした研究も進んでいないように思う。どこかで誰かがやっているのかもしれないけど、俺が本を漁った範囲では見つけられなかった。

 しかしそれでも。いや、だからこそ。飛ぶ事の出来ない者から見た大空は広く、そして限りなく遠く映るのかもしれない。


 ――風のファイスと土のヴァイス。

 彼らは兄弟である。大空に愛された弟と、大地に磔にされた兄。


「ファイス、曲がる時は身体をこうしてみたらどうだ?」


 ヴァイスは空への憧れを弟に託し、沢山のアドバイスをした。


「ありがとうお兄ちゃん!」


 歓喜と嫉妬。無邪気にそれを受け取るファイスの上達ぶりは、ヴァイスを二色の炎で焦がしたものだ。しかし兄弟の絆は強く、ヴァイスを焦がす黒い炎が表に出てくる事はなかった。この時は、まだ。


「ファイス、魔力の配分を変えてみたらどうだ? きっと今より長く、速く飛べる」

「うるさいな。飛べない兄貴に言われたくないよ」


 よくある思春期の葛藤は、当然ながらこの兄弟にも訪れた。

 飛べない兄の、その癖、魔力量や操作技術が自分より秀でた兄の言葉は、弟の前に大きな重荷となって立ちはだかった。兄の形作る滑らかで力強い赤土の武具は、弟の心を焦がして続けていた。兄が弟に抱いたそれと同じように。


「昔からお前は、魔力の使い方が雑なんだ」

「あんたがチマチマ神経質なだけだろ。飛べないのがそんなに悔しいか」

「なんだと」


 互いに胸に秘めてきた炎は、表に出てきた火種を喰らい、瞬く間に二人の絆を焼き尽くす。最も大きな喧嘩から数日、弟は兄の前から姿を消した。まさしく流れる風の如く。


 それから15年。消えたファイスはエアレースのトップレーサーとして名を馳せていた。

 その身に宿した魔力のみを頼りに、過酷なコースを駆け抜ける。己の限界に挑むレースである。それだけに選手生命は短く、5年も第一線で活躍すれば御の字。そこでファイスは、10年に渡ってトップに君臨し続けていたのだ。


「さあさ、年に一度の大一番! 空を見上げる準備はいいか! 瞬きなんかほっておけ! よそ見してると終わっちまうよ!」

「今年こそ早駆けのホフが逃げ切るさ」

「天喰いのベンガルを忘れてないか。最終コーナーで先行の喉笛を食いちぎってやる」

「そうはいくか。俺はまだまだ帝王ファイスに分があると見たね」


 街の噂が示す通り。ファイスは絶対王者と呼ぶには危うい立場となっていた。酷使してきた肉体と魔力に抗うように、彼は眉間に皺を寄せて飛び続ける。


「……全く、なんて顔をしてんだよ」


 ぽつりと呟いた男が纏うは、赤土色の衣服と、内側に飾り刺繍の施された黒いマント。土による造形の幅を薄布や糸にまで広げ、芸術へと昇華させたヴァイスその人であった。自らの技を鍛え、弟を探し、地を踏みしめ、旅をしてきた15年間。実年齢以上に刻まれた皺は、彼の苦労と努力の軌跡だ。


「年に一度の大一番……ね」


 この時、兄の心は既に、先を予感していたのかもしれない。

 レースは荒れに荒れた。先行逃げ切りをあてこんだ新進気鋭の若手がペースを押し上げ、中盤の混戦に墜落者が続出する。

 その他のスポーツと同じく、このレースにもルールはある。魔法による直接的な攻撃禁止。故意による接触禁止。外部からの魔力供給の禁止などがそうだ。

 しかし、魔法による攻撃と接触に関しては、紙一重だった。いわゆるラフプレーである。当然、行き過ぎれば罰があったが、ラフプレーは観客が盛り上がる。ある程度は黙認せざるを得ない状態だった。

 よくある接触ではあった。歓声が躍り狂う中、ファイスを上からこづいたのは誰だっただろうか。バランスを崩され、速度が落ちたところに後続の選手がなだれ込み、そして。


「ヴァイス……兄貴か。随分と老け込んだな。わざわざこんなとこまで、俺を笑いにきたのか」


 病室で横たわるファイスは、命に別状こそ無かったものの、選手生命が絶たれた事は誰の目にも明らかだった。


「そんな訳ないだろう」

「じゃあなんだ。得意のお説教か。魔力の配分が雑だから、こんな事になるんだってさ」


 ファイスの目からこぼれる大粒の涙。もはや動かす事の出来ない両腕では、それを拭う事すら叶わない。


「悔しいなあ。俺は何をやってるんだろうなあ」

「泣くな……お前は本当に凄いやつだ。またやり直せばいい」

「あんたに何がわかる! 何をやり直すってんだ! 全部、全部! 終わっちまったんだよ!」

「いいや、やり直せるさ。道はいくらでもある。目の前に道が見えなくても、作ればいいんだ」


 その言葉通り、そして失われた時間を取り戻すかのように、ヴァイスは弟の下に通った。

 弟の為に赤土の腕と脚を何度も何度も磨きあげ、凍てついた心を溶かすべく、何度も、何度でも話しかけた。


 ――そこから更に数年。


 空の帝王ファイスはもういない。

 しかし、赤土の兄弟は伝説のレーサーとして、また良き指導者として、その街で新たな人生を歩んでいる。決して解ける事のない、絆を取り戻して。


「わかった? 後半ちょっと駆け足だったけど、飛ぶってのは大変な事なの。当たり前に出来る人はそこを冗談にしちゃいけないと思うわけ」

「いいなあ。ユーキって何人兄弟?」

「そこじゃないでしょ! 悪い事した時はなんて言うの?」

「ごめんなさい」

「そうでしょ、よく出来ました。いやでも、角子さんが飛べた事は何よりの朗報だよ。本当に良かった」

「でしょ?」

「でしょ、じゃないの! 飛べない振りして着地寸前まで俺が泣くのを楽しんでたのが論外だって話。本当にちゃんと反省してくれてる? その辺にもうドラゴンいない? いたら絶対助けてくれる? さっきの俺の泣き顔とかみんなに言わないよね?」

「なんか話がずれてない?」

「いいから! どうなの! 角に誓って言わないって約束して!」

「ああ、えーと。反省してるし、とりあえず近くにドラゴンはいないよ。上で暴れてるやつだけ。みんなにも言わない、この角に誓って」


 どさくさに紛れて索敵を行い、自身のプライドを守った俺は、満足げに頷いてみせた。

 空を見上げる。随分遠くなってしまった。大勢に影響は無いかもしれないが、早く戻らなくては。幸い、角子さんは飛べる訳だし、戻る事に関しての障害はほぼ無いだろう。

 問題は全く別のところにある。流石に目を瞑って有耶無耶という訳にはいかない。


「それで?」

「それで、って?」

「わざわざこんなとこに連れてきて何の用、ってやつ」

「あはは、やっぱり鋭いな」


 別に鋭くも何とも無い。タックルついでに勢い余って谷の方に、は百歩譲ってありえるとしよう。

 しかし、空を飛べるにもかかわらず谷底までやってくる意味がわからない。これがタクミやヘンリーにタックルをかまして谷底に引きずりこんだ、というのならまだわかる。すなわち、誰にも邪魔されずに本気のタイマンを張る為だ。

 しかし相手は俺。別の用事があると考えるのが妥当だろう。自分で言っておいて、物凄く悲しくなってきた。


「バタバタしちゃってゆっくり出来なかったからさ」

「そりゃまあ、上はあんな感じだし」

「終わったらちゃんと戻るから。少しだけ付き合ってよ」


 角子さんはうんと伸びをして、近くの岩場に腰を下ろした。後ろを流れる穏やかな川のせせらぎと、ぎらついた笑顔のコントラストが凄い。

 川から注ぐ健康に良さそうな成分が、全て彼女の手前でせき止められているようだ。


「人間の……ユーキやタクミ達の最終目標って何なんだ?」

「魔王を倒し、人間世界の平和を取り戻す事、みたいな感じを期待してる?」

「あれ。違うのか?」

「こっちの人はそうなのかも。でも正直、俺は人間と魔族……魔王軍の事情とかわかんないんだよね」


 いくつかの村や町が襲われています。怪我をしたり、命を落としている人がいます。魔王軍は恐ろしいやつらです。そう聞かされているだけだ。

 そこに、勇者は魔王を倒すものだとかいう、年頃の日本人ならではの先入観が紛れ込んで、何となく納得した体になっている。


「まあ、人間が襲われてますって聞けば怖いと思うよ。小さな頃から勇者の活躍とか、異世界との交流とか聞いて育ってるからさ。どうしてもそっち寄りになりがちなんだけど、それって良くないとも思うわけ」


 ゲートが開いてからというもの、ずっとそういうものとして、交流を続けてきた地球と異世界だ。仕方ない部分はある。でも俺は、そうした片方だけの意見というのはあまり好きではない。

 可能であれば、反対側の話も聞きたいと思っていた。これは実に良い機会だ。返答を間違えれば対価が命になる、という可能性が無い訳ではないだろう。それでも、相手が角子さんであれば、大丈夫のような気がしていた。ヘンリーとか渡辺さん辺りに話したら、本気で怒られそうではあるな。


「へえ。それじゃあ私の言い分も聞いてくれるのか?」

「両手を上げて賛成出来るかは約束出来ないけど、聞かせてもらえるなら是非」


 そうか、と深く頷いて何かを考え始めた角子さん。引き締まった表情は、先程とはまた違う雰囲気である。喧嘩好きの体がポーズという事は無いだろうが、これは思わぬ大物が釣れたのかもしれない。

 思慮深い脳筋さんか。アレックス、気をつけないと立場が危ないぞ。思考を散らかしながら、負けじと真剣な顔つきを作りこんだ。予想より頭の回る子なのであれば、なおさら会話の主導権を握っておきたい。


「良かったら先に聞いてもいい?」

「なに?」

「角子さんってさ」


 ひとつ息を吐き、頭の中にいくつかの単語を浮かべる。


「本当に通りすがりの魔族さん? それともやっぱり、魔王軍だったりするの?」


 結局、選んだ言葉は直球だった。人間サイドの最終目標なんて聞いてくるくらいだ。俺の予想はおそらく後者。得体が知れないままよりも随分良いし、相手の立場によって話し方は変わってくる。

 お願いだから本当に、「我こそが魔王である」なんて言わないでくれよ。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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