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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第15章:長期留学編 ~討伐クエスト~
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69.前線で奮闘する勇者様と攫われた親友様

 ドラゴンが大空へ舞い上がる。

 エメラルドグリーンの瞳。土色の身体は日光を受けて淡い光の粒を反射させている。ゆったりと旋回してこちらへやってくるその姿。なんて美しくて、大きいんだろう。

 自然と漏れた「すごい」の一言。竜の視線がこちらに固定されている事も忘れて、ぼんやりと眺めてしまった。そのまま空気に飲み込まれそうになっていた俺の肩に、そっと手が置かれる。


 ルキちゃん。本当に不思議な子だ。彼女は一瞬だけ口の端を柔らかくすると、タクミ達に続いて颯爽と前へ出ていく。

 風になびくプラチナブロンドの髪は、強くて、優しくて。何も言葉は無かったけど、十分過ぎる。タクミの言う「力を合わせて倒す」を信じたい気持ちにさえなってきていた。

 なんだ。俺もすっかり異世界仕様か。


「よーし」


 右の掌に意識を集中させ、集まる熱をぐるりと回して球をかたどる。まだ小さい。こんなものでは、ドラゴンの餌になんてなりはしない。もっとだ。もっと。

 空高く舞い上がった覇者から目を逸らしはしなかった。尊敬の念を込めて、真っ向から対峙する。

 人間から見れば死を運ぶ脅威の怪物かもしれない。しかしあちらにすれば人間こそ、同胞を狩り回る侵略者。怒るのも無理はない。物事はどの角度から見るかによって、全く別のものになるのだ。

 わかっているけど、結局、俺は人間だ。今、出来る限りの事はさせてもらう。

 真っ直ぐに腕を伸ばし、炎の玉を真上に掲げた。大きさは最初の拳サイズから、直径2メートル程まで膨れ上がっていた。これが今の俺の限界サイズ。


 ヘンリーと角子さんも、さすがに喧嘩はやめていた。発散しきれなかった鬱憤をかの竜にぶつけようと、揃って殺気を放出している。怖い。だけど、今は頼もしい。

 アレックスは、ルカさん同様にルキちゃんの生み出した闇を纏い、自身を強化しているようだ。

 ちゃっかり鈴木もいる。やったな、闇の狂戦士なんて香ばし過ぎるじゃないか。ダークバーサーカー鈴木。後でいっぱい呼んでやろう。


 左足を前に出し、掲げたファイヤーボールを振りかぶる。狙うはドラゴンの少し手前。

 上手く食らいついてくれるか、気を取られてくれれば、一斉攻撃。駄目でもこれを合図に開戦だ。

 俺は撃ったら下がるしかないけど、口火を切る役は悪くないんじゃないか。


「くらえええ!」


 何叫んでんの、そんなキャラだっけ? とは言わないで欲しい。当てるつもりでなくても掛け声は大事だ。せっかくの、数少ないまともな見せ場になりそうなのだから。

 どん、と低い破裂音と共に渾身のファイヤーボールが放たれる。それは、我ながらなかなかの速度で描いた通りの軌道をまっすぐに……飛んでいくつもりが、勢い余ってドラゴンの顔面にクリーンヒットした。


「え?」


 一番驚いたのは俺自身だ。どごお、とか何とか。一丁前に良い音が響いている。嘘でしょごめん、当たっちゃったの?


「やったあ!」


 あ。ねねねさん。それ、言ったら駄目なやつ。一気にやってない感じになるやつだって。

 お約束の女神の加護を受け、吹き荒れる怒りの咆哮。顔を上げれば、しっかりとこちらを見据えたまま、件の竜が目を細めていた。やだ……笑ってる。ドキドキしちゃう。


 そんなもので、この私を倒せるとでも?

 ドラゴンの声なんてもちろん聞こえない。しかし俺には、その獰猛な笑顔の通訳が出来てしまった。速度を上げてこちらに爆進しながら、土色の竜がその身を赤く染めていく。

 わあ、知らなかった。あの赤って怒って後からつく色だったりもするんだね。


「ユーキくん逃げて」

「いいや、俺はみんなを信じる」


 叫ぶ斉藤さんに堂々とした背中で答えながら、俺は必死に拳に力を込めた。何の為ってそれはもちろん。


 足が震えないように抑え込む為じゃないか。

 お言葉に甘えて逃げたいのはヤマヤマなのに。竦んで動いてくれないのだ。せめてみんなの士気を下げないよう、不敵に笑って背中で語るのが精一杯。

 こんな事なら、真っ向からどうこうなんて虚勢を張らずに、岩陰からスナイプすれば良かった。

 ヒットアンドアウェー……アンドランアンドエスケープ。多分、俺にはこれくらいが丁度良かったはずだ。


「ありがとうユーキ、後は任せて」


 みるみる内に大きくなるドラゴンの姿に、死の1文字がよぎったその時だった。凛と響き渡った声に、竜から離せなかった視線をおろす。

 まばゆい光を纏う本物の勇者が、そこにいた。


「ブレイブ……レーザー!」


 一直線に発射された光の束が、ドラゴンの腹を直撃する。苦い表情を浮かべたドラゴンが、身をくねらせて方向を変えた。心なしか飛び方に力が無くなったように見える。きっと効いているのだ。

 いや、助かったし良いんだけどレーザーってどういう事。へい、世界観。今ってさ、ファンタジー的にきっと凄くいいところじゃない。少し前のちょっとした雑談とは訳が違うじゃない。

 百歩譲って勇者なんとかでもいいから。もっとこう、ふさわしい名前をつけなさいよ。


「ふん、火竜を消し炭にすると言うのも悪くない」


 寒気のする声が上から降ってきた。声の主が誰かは……見上げるまでもない。


「地獄の業火ヘルファイア……地獄の業火ヘルファイア地獄の業火ヘルファイア地獄の業火ヘルファイア地獄の業火ヘルファイア……調合ミックス! 殲燃地獄サウザンドヘル!」


 ほらな、これだよタクミ。ヘンリー君を見習いなさい。ヘルヘル言っててちょっと怖いけど、世界観の方向性は正しいと思うぞ。凄く怖いけど。

 ぎらついた殺気がここまで届きそうな、黒い炎の塊がドラゴンを包む。竜は苦悶の雄たけびをあげ、上空へ逃れようとした。逃れようと、したのだ。


「逃げんなおらあ!」

「ふん、マッスルタックル!」


 ルキちゃんの闇で強化され、おそらく渡辺さんの魔法で飛んでいったであろう2人が、ドラゴンの真上からアタックをかけた。弾かれ、叩き落とされる巨体。


 角子さんが規格外なのは何となく察していたが、アレックスまで大口を開けたドラゴンにタックルで突っ込むとか、もうね。

 後で説教してやる。だからお前はインナーマッスルが甘いんだ、とか言って。俺にはよくわからないけど、アレックスにとっては痛そうなところを突いてやる。

 地面に激突する寸前、ドラゴンは身を翻して着地した。あれだけ食らっても普通に立てるのか。


「ユーキ、離れて!」


 駆け出しながらタクミが叫ぶ。ドラゴンの口元に赤が漲る。今にもこぼれだしそうなそれは……ドラゴンブレス。

 四肢をどっしりと地面に着け、怒りを凝縮させているかのような。その間にも赤は輝きを増していく。


「離れろっつっても……」


 みんなの解説なんてしている場合じゃ無かった。これ、色々と手遅れなんじゃない?

 ドラゴンが翼を大きく開く。準備は整ったとでも言わんばかりだ。やばい。本日、何度目かの涙目で後ずさった。


「は?」


 突如、乾いた音を立てて、眺めていた翼の片方が千切れ飛ぶ。何が起きた。理解が追い付かない。


「あはははは! ざまあみやがれ!」

「うるさいわね。師匠みたいにスマートにしてよ」


 完全に闇墜ちした鈴木と、大剣を手にしたルカさんだった。師匠のタクミもブレイブレーザーとか叫んでましたよ、というツッコミはさておき、凄いな2人とも。色々と。


「全員うるさい。タクミくん以外」


 続いて、勢いよく肉の切れる音。取り残されたドラゴンの片翼が、後を追うように宙を舞う。

 待って。この声、渡辺さん……ですよね?

 空を飛べないメンバーを浮かせつつ、自身も飛んでドラゴンの翼を切り落とすだなんて。いくらなんでも覚醒し過ぎではないだろうか。父さんは君の将来が心配です。


 翼を失ったドラゴンの目の光が弱くなる。急速に色を失う赤。左右と上空に散った3人をうるさそうにして牙や爪を伸ばすが、届かない。

 聖剣を手に距離を詰めるタクミ。左右にルカさんと鈴木。上空には渡辺さんを筆頭にヘンリーやアレックス達が取り囲み、その後ろにサポート陣が並ぶ。最後方には涙目の俺。

 もしかしなくても、このパーティーはとんでもないレベルなんじゃないのか。ただし最後尾は除く。くそ。

 とにかく、これはいける。


「おい」

「あれ。角子さん? どうしたんだよ。ってかあんたもすげえな」

「ふふん。そうだろう凄いだろう」

「さっきヘンリーにはキレたのに、角子さん呼びは気にしないのか……で、何かあったわけ?」

「すぐにわかるさ」


 何が、とは聞くまでも無かった。

 俺の左側から、一回りサイズの小さなドラゴンがぞろぞろと現れたのだ。その数5体。

 俺達のいる場所は山道の途中で、左側が崖になっている。ある程度の距離を挟んで向こう側にも荒れ地が続いているので、谷になっているというべきか。その死角を利用して這い上がってきていたという訳だ。

 これはいけるなんて、一瞬でも考えた罰だろうか。熱い視線を独り占めである。


「ユーキの魔力はこの山のドラゴンにとって、随分おいしそうに見えるらしいな」

「何その急で要らない特異体質! ってかどうすんのこれ!」


 前方が明るくなる。どうやら、土色の竜が最後の力を振り絞って、ドラゴンブレスを放とうとしているらしい。

 俺の目の前は暗くなっていく。飛び出してきた1体のドラゴンを殴りつけ、角子さんが飄々とした声を出す。


「心配すんなって。あっちは譲ってやったんだし、こっちも楽しもう」

「ちょっとも楽しめるかこんなもん! 俺はさっきの火の玉ゆっくり出すくらいしか出来ないんだって! 断言するけど、今この場では何にも出せないね! 集中出来るかこんなとこで!」

「あっはっは! ユーキって本当に面白いな。何でこんなとこまで来たの? ああ、好きな子の為だっけ?」


 右から迫っていた1体に喧嘩キックを食らわせて、豪快に笑う角子さん。伏兵に気付いてくれたのはありがたいが、その話は忘れてくれ。というか、あんたこそ何しにきたんだ。あれだけ戦いたがっていたドラゴンを置いて、ここにいる意味がわからない。


「1発殴って感じもわかったし、1人でやれそうなこっちにきたんだよ」

「うわ、心読まれた」

「読めない読めない。なんでお前がこっちに来たんだって顔してたから教えてあげたの。まあ後は、タクミとユーキ、どっちにしようか考えてたのもあるんだけどね」


 今度はブレスを放とうとした1体にヘッドロックをキメて、にやりと笑う。あっという間に白目を剥くドラゴンさん。どっちにしようか考えてたって、次の喧嘩相手ですか。それなら俺を候補にするのは間違っている。おそらくこの子のデコピンでも気絶……じゃ済まないかもしれない。


「この山って一体どれだけ……のどらごっ!」


 続いて角子さんがタックルをかましたのは、何を隠そう俺だ。

 ヘッドロックの間に俺を射程距離に捉えた残りの2体が、爪を振るってきたのだ。その隙間に潜り込んだ角子さんは、2体の攻撃を防ぐのではなく、俺を連れて回避する道を選んだ。


「ごめん。ちょっと強かった? 生きてるよな?」

「やってから聞くなよう」

「他にも謝りたい事があるんだけど、いい?」


 いい? も何も、俺に拒否権は無い。


「なに」

「もう2体、今突っ込んでいってる谷の方から上がってきててさあ」

「えええ。すぐ止まってくれ」

「悪いけど無理。急ブレーキはユーキの身体がねじれちゃうから止めといた方が良いと思うんだけど、それでも良ければ」

「是非とも急ブレーキなしでいってくれ」

「じゃあいいよな?」

「何が」

「だからこのまま突っ込むけどって話。っていうかもう口閉じてな、舌噛むよ」


 嫌だ、という言葉は強制的に飲み込まざるを得なかった。ひょっこり顔を出した2体の内、1体を足蹴にして、角子さんが空中に飛び出す。つまり、俺も一緒に。


「わあ。良い眺めだな。見てみろよユーキ」

「あははそうだね。ところで角子さんって飛べるんだよね?」

「何言ってんの。どうして私が飛べるんだよ」


 にっこりと笑顔を見せ合う。そして、やってくる自由落下。

 俺の絶叫と、彼女の高らかな笑い声が谷底に突き抜けていった。


本日3話目!お読みくださりありがとうございます!

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