68.みんなで力を合わせる勇者様と本当に先陣を切るのか親友様
人は無意識の内に、予測を立てて暮らしている。
こういう時にはこうなるはず。こう言えばああ返ってくるはず。そうした予測を積み重ねて、日々の負担を減らしているのだ。あるいはそれは経験と言っても良いかもしれない。
そんなに毎日あれやこれやと予測なんて立てていないと思われる方もいるかもしれない。しかし考えてみてほしい。
通学、通勤コースの所要時間は無意識に予測しているはずだし、乗るべき電車やバスもある程度決まっていないだろうか?スポーツや芸術は練習するだけ上手くなる。技術を学び、やり方を覚え、身体がそれを予測して備えている、と言える側面もあるのでは?
如何だろうか。勿論、ケースによる部分はあるが、人は常に予測する生き物なのだ。今日はここで、そんな予測の少し先をいく一人の人物をご紹介しよう。
山間の村に住む陽気な占い師のディージャは、幼い頃からその能力を如何なく発揮し、村の人々の人生を占っていた。彼女のやり方は特別だ。自らの魔力と対象の魔力を共鳴させ、そこから未来を読み取る。
読み取るとは言っても予知ではない。対象に蓄積された経験や様々な出来事から、その先をまさしく予測するのである。彼女が汲み取るのは対象の人生の残滓。経験の欠片。予測を繋ぐ点と点。そういったものだ。
「ディジーは凄いな。うらやましいよ」
「レップ、そんな事。木こりだって素敵なお仕事だし、あなたが羨ましい時があるわ」
未来がある程度の精度で読めるとなれば、人は畏れ、敵意を抱きやすいものだ。そうならなかったのは、彼女の陽気な性格故だったのだろう。幼馴染のレパントに見せる屈託の無い笑顔こそが、彼女の最大の武器だったのかもしれない。
「今年の山の実りはどうだね?」
「お姉ちゃん。明日は晴れる?」
「今度の狩りが大丈夫かみてくれないか?」
「わたし、あの人と結ばれるかしら?」
ディージャの元に寄せられる悩みは実に様々だ。明日を占い指針とする者。色恋の行方を気にする者。その年の実りを憂う者。
彼女の占いは、全てを的確に言い当てるものでは無かった。しかしその言葉には、答えを求める者の不安を沈め、活力とする不思議な色があったのだ。
噂は噂を呼び、山間の村はあっと言う間に活気に溢れた。ディージャが初めて村の外の者を占ってからたった数年で、誰もそこを村と呼ぶ者はいなくなっていた。
発展を喜ぶ活気ある声が満ち、様々な人が、物が、ディージャを核として集う。そんな賑わいとは裏腹に、彼女の色が変わり始めたのはその頃からだった。
「これだけ騒がしくちゃね。ここらの実りなんてとうに逃げ出したよ。それとも、山向こうまでその足でいけるつもりかい?」
「残念。向こう一週間はおてんと様はお預けだね」
「やめときな。狩りに出れば、獲物のかわりに命を落っことすだけさ」
「あんた達が似合いだなんて、どこから引っ張り出してきたんだい。諦めるのが身の程ってものさ」
言葉は棘を持ち、屈託の無い笑顔は隠れてしまった。陽気な占い師から腫れ物の預言者へ。彼女は変貌を遂げていた。そう、預言者だ。彼女の態度に反比例して、占いの的中率はみるみる上がる。それは畏怖と共に国中を駆け巡った。
「最近辛そうだ……ディジー、こんな事はもうやめよう。無理に誰もかれも占う必要は無いだろう」
「レパント。子供のような呼び方はやめて」
かつて心を開いていた幼馴染にさえ、この態度である。元々の村人達が心をよそへやってしまったとしても、仕方の無い事だった。
「それに仕方ないじゃない、断ったら断ったで何を言われるかわからないもの。わたしの噂は知っているでしょう? 災いの伝導師。狂気の預言者。今日なんて、魔女の……」
「ディジー! 君が、それになる必要なんてどこにも無いんだ」
抱きすくめられたディージャは、突然の事に硬直した。相手は屈強な青年へと成長したレパントだ。力で敵うはずもない。いくらかもがいて、やがて諦めると、静かに身を傾けた。
人の温もりに触れたのは、一体いつぶりだっただろうか。こぼれる涙には不安と安堵が入り混じり、その表情からいつもの棘は消えていた。
「毎日、同じ夢を見るの」
「どんな夢?」
「この街のおしまいの夢」
「はは、それは怖いな」
「本当なの。もうすぐよ。もうすぐ、悪い魔物がきてこの街は終わってしまうの。これだけ膨れ上がって大きくなってしまったら、どうにも出来ない」
「そうか……でも、まだきっと遅くない。皆に呼びかけてみよう。立ち向かう準備が出来るかもしれないし、敵わないのなら逃げれば良い。人がいれば、また街は作れる」
「その予測ならどっちもやったわ。何度も! 何度だって!」
やるせない気持ちを、吐き出せなかった想いを乗せて、ディージャは叫んだ。
「でも駄目なの。今のわたしの言葉は皆にとって救いにならない。どうやっても、おしまいは同じ。未来は変えられないわ」
最後は、消え入りそうなか細い声になっていた。
「諦めるな」
若き青年の真っ直ぐな気持ちが、それを跳ね返す。
「俺は君を信じてる。今までもそうだし、これからもずっとだ」
「嘘よ……」
「嘘じゃあない。俺はずっと……君と」
レパントはそこで言葉を止めた。しんと静まり返った部屋で、互いの鼓動だけが速くなっていく。
「……俺はあの頃の、レップのままでいるよ。約束する、ディジー」
力強い瞳は、真っ直ぐにディージャに向けられ、決して逸らされる事は無かった。
「ああ、レップ……わたし、わたしは!」
「ああレップじゃないわよ、気持ち悪い。今すぐ要点をまとめてさっさと話さないと、架空の街より先にあなたを終わらせるわよ」
「ああ、なんていいところで! 俺はこうして喋ってる方が落ち着くんだよ!」
「魔力を練り込み終わるまで、と思って放っておいたら全く終わる気配が無いじゃない。それにそっちが良くてもこっちの気が散る。つまり邪魔」
ここから、かつての気持ちを取り戻したディージャと男気溢れるレパントの、街を救う闘いが繰り広げられるところだったのに。邪魔とはなんだ、邪魔とは。
「あの、渡辺先輩……ちょっと言い過ぎです」
そうでしょルキちゃん。言ってやって。
「確かに、いつまで喋ってるのかな、この人大丈夫かなって思う事はよくあります。でも、こう見えて基本的に良い人ですし」
あはは、ナイスフォロー。俺はもう駄目だ。
この人大丈夫かなって結構あれじゃない? クリティカルじゃない?
しかも、こう見えてってどういう事? 基本的には、なんていう保険ワードまで盛り込まれているじゃないか。基本から外れる事がしっかり想定された盤石の構えだ。よーし、どうにでもなれ。怖いものは無くなった。
「タクミ、仕切り直しだ。さっきの話は本当なのか?」
「さすがユーキだね! 本当だよ」
何がさすがなのか全く伝わってこないのだけど、俺はその一切を飲み込んで大きく頷いた。ツッコミを入れている間に手遅れになりました、なんて冗談じゃない。
「あのドラゴンはユーキの魔力に反応してる。最初はヘンリーだと思ったけど、よく見てみたらやっぱりユーキだったんだ」
「ハハハ、本格的に餌認定って事かな」
「あはは、かもね。それで考えたんだけど――」
待て待て。「かもね。それで」じゃないだろ。そこ、さらっと流したらいけないやつ。異世界仕様に染まりやがって。俺は釈然としない気持ちになりながら、薄情な勇者様の話をまとめにかかった。
今にも飛び立ちそうなあのドラゴンさんは、次々と狩られていく同胞達のピンチに目を覚ました。そして何をどれだけ勘違いしたのか、俺の微弱な魔力を標的に定めた、と。考えるだけで眩暈がしてくる。
とにかく餌認定を頂いたものは仕方ない。それではどうするか。話は簡単。まさしく餌としての役目を果たすのみ。撒き餌をするのだ。
俺の渾身のファイヤーボールを空の彼方へどかんと一発。喜び勇んで大口を開けてやってきたドラゴンさんを、タクミその他数人の火力チームで倒す。おびき出して力押し。実にシンプルな策である。
「皆で力を合わせて倒すんだ! 僕が正面を引き受ける!」
「完璧ね、タクミくん」
「ユーキも大活躍だな! 俺も負けんぞ!」
「さすがです師匠」
「私はちょっと心配です……」
怖いものはなくなった。なんて言ったけど、俺もちょっと心配です。
この作戦……と呼んでいいのかどうなのか、にはツッコミどころが多すぎる。
まずタクミの発言が既におかしい。俺が注意を引き付けて隙を作り、そこを一気に叩くのでは無いのか。どうして勇者様は真正面に立ちはだかる気まんまんなのだ。それなら俺は要らないじゃないか。
「この作戦はユーキにかかっていると言っても過言ではないよ! 大丈夫、必ず守るからね!」
「絶対にみんなで生きて帰りましょう」
「おお!」
なんだこのテンションは。「タクミが正面から突っ込むなら、俺って要らなくね? やっぱ見学で。どもども」なんてとても言い出せない。ああくそ、渡辺さんのあの顔を見ろ。絶対に俺の葛藤に気付いていて黙っている顔だ。覚醒したのは適性だけでは無いと言うのか、なんて事だ。
「ユーキの一発を合図に、魔法を使う人は一気に使っちゃって。そこに僕が突っ込むよ」
「タクミ殿、お供するぞ」
「ふん、僕1人でも問題ないが……ここは勇者のお手並み拝見といきましょうか」
一応は連携らしきものを取ろうという気はあるらしい。それにしてもアバウトすぎやしないか。俺達は連携の訓練だとかをしている訳ではないし、これくらいの方が良いのかもしれない。それでも不安が大きすぎる。
「あのさ、こんな事を言うのはなんだけど、もしせーのでやって倒せなかったら?」
「ユーキ……やる前からそんな弱腰でどうするのだ。鍛え方が足りんのじゃないか」
アレックス、その通りだ。鍛え方が足りなくて怖いからこうして聞いているんじゃないか。心の底からびっくりしたような顔をしないでくれ。
「くく、怖いのなら下がって震えていればいい」
ヘンリーこのやろう。言い方ってあるでしょ!
というかあれか。もう本性とか諸々、隠す気ない感じ? 交換留学の時の物腰柔らかで丁寧語だった君にもう一度会わせてくれ。
「きっと倒せるよ! それにもし駄目でも、もう一度力を合わせよう!」
オーケー。タクミには一貫して話が通じない。
全く勇者様ってのはクレイジーガイだぜ。勇気と努力と友情があれば、何でも出来ると思ってござる。俺の脳内の時代考証が追いつかなくなってきたところで、ドラゴンが再び咆哮をひとつ。
猶予は無い。腹を括るしかない。どのみちドラゴンさんのメインターゲットが俺なら、どこに逃げても変わらないのだ。それなら、力を合わせた何かをやってもらった方がまだマシだ。1人はぐれて追いかけられたら、絶対に生き残れない自信がある。声を大にして死ねる。
「よし、みんな頑張れ」
「はい? 真っ先に頑張るのはユーキさんでしょ?」
まさかのルカさんからのツッコミ頂きました。わあ、新鮮。
ドラゴンが翼を羽ばたかせて、具合を確かめている。寝起きの運動といったところか。ひとしきりそれが終わると、ゆるりと首をこちらに向けた。
ああ、結局まとまらないまま始まってしまう。俺は必死に魔力を溜め始める。目尻には、一足先にいっぱいまで溜まった涙が、今か今かと開放の瞬間を待っていた。
ここまでお読みくださりありがとうございます!