表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第15章:長期留学編 ~討伐クエスト~
66/71

66.虚空を見つめる勇者様と意識朦朧の親友様

 2人以上の人間が集まれば、そこには小さなコミュニティが出来上がる。


「みんな持ってるし、買ってよ!」


 そう言って、ゲームやスマホをねだる子供の姿を目にする事がある。この、みんなという言い方も、あながち間違いではないという訳だ。

 かくいう俺も、小さい頃は友達の物が羨ましくて、あれこれとねだっていたものだ。兄の存在によって築き上げられていた暗黙のおさがり文化。その中での、ささやかな抵抗でもあった。

 そんな俺に対して、両親の反応は対照的だった。母さんはのらりくらりと、子供心を傷つけないようにかわしてくれていた。しかし父さんは違った。自分なりの遊び心を加えたつもりで、かえって俺の子供心を打ちのめしていたのだ。


 今でも強烈に覚えている話のひとつが、最新のゲームがほしいとねだった時の事だ。

 父さんは珍しく、大きく頷いて任せろと言いきった。思えばこの時点で、怪しいと気付くべきだった。数日後、手渡されたモノに、期待に胸を膨らませて過ごした俺はきょとんとしてしまった。どことかの部族で最先端ぶっちぎりに流行っているとかいう、木彫りのカード10枚セットである。

 やけにリアルな蛇やら猛獣が彫りこまれ、作りは凝っていた。もしかしたら、芸術品としての価値はあったのかもしれない。しかし、小学生の俺にそんなことがわかるはずもないではないか。

 中でも異彩を放っていた族長カードをどんと突き出されて、これはこの世に1枚のSSSSSRカードだ。すごいんだぞ。と言われても、不信感が募るだけだ。


 スーパースペシャルシークレットソウルフルサプライズレア。


 順番は違ったかもしれないけど、確かそんな感じだった。あまりに胡散臭かったので復唱させてみたら、スペシャルスマイリースラロームとかなんとか言っていた。高笑いしながら回転する父親を想像して、拳を握りしめたのを覚えている。

 いきなり話が逸れてしまった。怪しいカードをばらまきながらスラロームを決める父親なんて、今はどうでもいい。


 そうだ、コミュニティだ。2人以上が集まれば、そこにはコミュニティが形成される。そして、意識するにせよ無意識にせよ、その中での立ち位置というものが自然と決定付けられるのだ。居心地の良いポジションを見つける事が、自身のキャラクターを確立する事でもあると言えるだろう。

 コミュニティを維持するために、無理をしてキャラ作りをしている場合だって、もちろんあるとは思う。しかし、これに関しては根の深い話になりそうなので、いったん横に放り投げておく。

 例によって、この場で議論をかわすには圧倒的に時間が足りない。そして、万人にとって間違いのない答えは、おそらく存在しないからである。


 さて、そんなコミュニティ内の立ち位置……人のタイプは大きく分けて3つあると思う。おおざっぱかもしれないが、ざっくりと分けるなら、という体で聞いてほしい。


 まずはなんとなくその場をまとめるタイプ。

 リーダーたるべき者とは、という話を少し前に似たようなメンバーの前でした事がある。あのときは、無理矢理にでもリーダーを決めなければならなかったから、強引な話運びだったかもしれない。

 しかし本来、そういうポジションは自然と生まれるものなのだ。リーダーという響きが仰々しいようであれば、言い方を変えよう。物事を決めるのに積極的であるとか、まとめるのが上手いであるとか、そういうニュアンスでも良い。


 次に、人の意見や空気を読み取って動く、あるいはまとめてくれる人にある程度任せるタイプ。このタイプがいてくれるおかげでコミュニティは成り立つと言っても過言ではない。日本人の気質を色濃く受け継ぐ、バランスの良いタイプだ。


 そして最後に、コミュニティをはみ出す勢いで自由奔放に振る舞うタイプ。一見すると不穏分子のようにも見えるこのタイプだが、程よい刺激がもたらされるというプラスの効果もある。


 例えば、俺とタクミの2人なら、俺がリーダータイプ、タクミが奔放タイプとして立ち回る事が多い。たまにこれが逆転したとしても、程よい刺激と舵取りで、まあそれなりに上手くいく。

 このように、リーダータイプと奔放タイプのバランスが取れている事が、そのコミュニティが円滑に回るキーとなっている。


 では、ドラゴン討伐の為のこのパーティーはどうだろうか。タクミは、良きリーダータイプとしての役割を発揮してくれている。渡辺さん、斉藤さん、鈴木とねねねがバランスタイプ。アレックスがやや奔放タイプで、不本意ながら俺も奔放寄りの立ち位置だ。

 バランスとしてはなかなかだと思う。しかし、このパーティーは大きな爆弾を抱えて、綱渡りをしていると言わざるを得ない。


 タクミは、こういう時に限って、たびたび俺に舵取りを振ってくるのだ。これは信頼の証であるし、大変に喜ぶべきなのかもしれない。しかし、このパーティーをまとめるという目的の元においては、非常によろしくない。


 まず、タクミから俺にバトンが渡った瞬間に、ある変化が起きる。渡辺さんを筆頭に、鈴木、ねねねまでもがまとめて奔放タイプにひっくり返るのだ。リーダータイプと奔放タイプのバランスが、あっさりと崩れてしまう訳だ。


 それなら、俺が黙っていれば良いと思われるかもしれないが、そうもいかない。

 俺がタクミの話をスルーしたり、突っぱねて聞く耳を持たなかったりしたとしよう。最初は良いかもしれない。しかしそれを何度か続けてみたとする。そうすると、頼りがいのあるリーダーだったはずのタクミが、厄介な奔放タイプへと変身を遂げてしまう。結果として、リーダーを失ったパーティーはバランスを崩してしまうというわけだ。


 俺が目に見えて落ち込んでいたり、調子が悪そうだったりすれば、その辺りは感じ取ってくれる。とは言え、タクミの前でいつもナーバス風にしているわけにもいかない。

 あちらを立てればこちらが立たず。みんなして、何とも難しいお年頃である。


 さて、そんな絶妙な立ち回りが要求されるこの場に、更なる奔放タイプが飛び込んできたりしたら?

 ご想像の通り、収拾などつくはずがない。今回の本題はそれをどう解決するか、というところにある。



 闖入者である角のお姉さんに加え、好き勝手に吼えるドラゴン。奔放も大概にしてほしい。もちろん、ドラゴンは班のメンバーではないわけだけど、空気を読まない子である事は間違いない。このままでは本当に、誰かが怪我をしてしまうかもしれない。


 ……いや、現実逃避は止そう。このままではそう、地力の弱い俺の命が、一番危ない。非常にまずい。


 闖入とは、突然、無断で進入してくるという意味の単語で、ちんにゅうと読む。門の中に馬という成り立ちから、突然の暴れ馬に苦戦した経験を基に、ごりごりと作られた漢字だろう。

 ただでさえ、もんがまえでスペースを取っておきながら、更に馬を閉じ込めるなんて。昔の人の怒りはいかほどだったのだろうか。加えて、このちんにゅうという読み方である。諦めにも似た遊び心を感じてならない。この読みをあてた昔のえらい人とは、世が世なら良いお友達になれたに違いない。


 ようやく本題に到達したというのに、気になる漢字に想いを馳せて、ふわふわとしている場合ではなかった。悠長に語っているように見えるかもしれないが、状況は芳しくないのだ。


 しかし、安心してほしい。一時的にかもしれないが、状況を解決もしくは緩和する方法が存在する。それはまさに革新的で、斬新なアイデア。パーティーの誰もが思いつかなかった、盲点をついた方法だ。

 ぱっと見比べただけでは気がつかない程度の小さな変化。しかし、それがもたらす効果はあまりにも大きい。


 おっと、あまりもったいぶってはまた怒られてしまう。それでは発表しよう、その方法を――


「俺、落ち着くまでどこかに消えてるね! 危なくなったら、すぐ助けを呼ぶから!」


 そう、俺がいない時のタクミのリーダーシップに賭けて、いったん席をはずす事である。これしかない。


「とっても素敵な考えね、今すぐそうしてくれる?」


 渡辺さん、真っ先に理解を示してくれると思っていたよ。今日はよく意見が合うね。


「駄目だよ! さおりんまで何言ってるの!」

「そうよ。確かに少し落ち着くかもしれないけど、何かあったらどうするの?」


 まだ何か根に持っている風の斉藤さんはいったんスルーだ。タクミ、大丈夫さ。落ち着いたら戻ってくるし、状況整理にも手を貸すよ。


「あっはっは! ユーキってヘンだな! ヘンなやつだ! さすがにいなくなったら気づくだろ! しかも、消えるわって宣言してから消えるわけ? あっはっは!」


 大笑いしている角のお姉さんは、自分が元凶の一端である事に気づいてほしい。これだから自由人は困る。


「こっちの話はまだ終わってないんだ。じゃれるのは後にしてくれるかな」


 長々と現実逃避して、俺が思わず匙を投げにかかった状況を作り出しているのは、主に2人。

 1人は言うまでもなく、突然現れてざっくばらんに紛れ込んでいる角のお姉さん。推定、魔族。そして、このお姉さんに渡辺さん以上の嫌悪感を示しているのが、この男。ドラゴンの咆哮を頼りに移動した先で合流を果たした、ヘンリーだった。


「そうですよ! ユーキ先輩、本当に何の為にきたんですか! ほんのちょっとだけ、期待しちゃった私がばかでした」

「もう、緊張感のない……あ、でもそんな師匠も素敵です。自然体で臨むのって大切ですよね! 好きです!」


 ヘンリーがいるという事は、当然ルキちゃんもいる。そして、ルカさんだ。てっきりヘンリーとルキちゃんの2人旅だと思ってげっそりしていた俺に、救いの手を差しのべてくれた。今はタクミを前にしてアホの子のようになっているが、頼れるお姉さんである。


「しかしまさか、先の咆哮が断末魔だったとは。なんとも凄まじい、俺たちが来た意味はなかったか?」


 アレックスがこう言うのも、無理はない。俺たちが駆けつけた時には、咆哮の主と思われるドラゴンは無惨な姿で事切れていた。あまりじっくり見たくはないが、間違いなくヘンリーの魔法によるものだろう。


「そんなことないわよ、まだ魔王軍だってすぐ近くにいるんだし? 安心は出来ないんじゃない?」


 渡辺さんが、角のお姉さんを凝視しながら低い声を出す。直接的すぎて目を覆うばかりなのだけど、当人はまるで気にした様子がない。

 一撃か、すごいな。どうやったのか見せてくれないか。なんて言いながら、目をキラキラさせてヘンリーに近づいていく。


「まさか君たちが、魔族と一緒にいるとはな。どうなっているんだ?」


 ヘンリーもヘンリーだ。俺が、波風を立てないように散々に遠回りして、気を遣って聞き出した話を、そんな簡単に。しかもど直球で、無造作に投げてよこすなんて。

 そこには、万が一があってもねじ伏せられるという自信があるのだろう。作り込まれたよそ行きの笑顔とは反対に、魔力が凝縮されていくのが俺にもわかる。


 というか、見える。これみよがしに見えちゃってる。お願いだから、もう少しだけ隠してくれないか。


「それとも、ユーキくんの差し金かな? だとしたら問題だよ、これは」


 ヘンリーってば、今日は虫の居所が悪いのか、前にも増して目の奥が笑っていない。理由をつけて俺を始末しようってんじゃないだろうな。俺はそんな差し金持ってないぞ。お前は嫌なやつだけど、そういう事はしないって信じてる。そう、ギリギリまでは、多分、しない。俺は何を言っているんだ、くそ。


「おいおい、無視するなよ。タクミもユーキも、今日知り合ったばっかりだ。なんだよお前」

「へえ。それじゃあ聞こう。何が目的で勇者に近付いた? 仲良くドラゴン退治って訳じゃないんだろう?」

「まあドラゴンはお前がやっちゃったしな。なんなら、これから喧嘩でもするか? やる気は満々みたいだし、楽しめそうだ」


 話が、びっくりするほど噛み合っていない。

 ヘンリーは皮肉をぶつけているつもりだろうけど、その子、多分そういうのわからないから。それから角の……もう角子さんでいい? いいね? 角子さんも、どうしてそこから喧嘩になるのか意味がわからない。


「ドラゴンはやっちゃった、だって? まったく、魔族にしては鈍感だな。頭が足りてないのか?」

「頭なんてひとつあれば足りてるだろ、何言ってんだこいつ」

「この山、何体もドラゴンがいるの。もう4体倒してるし、まだいると思う。遠目に見ただけだけど、凄く大きいのもいたし……」


 ヘンリー、いいのか? 頭が足りてないとか、みんないるのに素が出ているじゃないか。いいぞ、もっとやれ角子さん。

 いや、煽っている場合ではない。これが街や城の中であれば、口先八丁おおいに結構。頭なんてひとつあれば十分とか、見習いたいくらいの天然ぶりだ。しかしここは、ルカさんが説明を差し込んでくれた通りの危険地帯である。

 そもそも、どうしてこんな、ドラゴンの丸焼きを前にして会話を続けているのかもわからない。仲間の仇とか何とか言って、明らかにこの山の主ですよ、みたいなやつが襲ってくるに違いないのだ。そういう展開なら山ほど見てきた。

 そして、その時に演出として犠牲になるのは、モブキャラと決まっている。つまり、俺のことだ。


「とりあえず、積もる話はここを離れてからにしないか?」

「いいや、駄目だね」

「ヘンリー、お前な」

「僕は、こんな不安要素の塊のような魔族と一緒に行動は出来ない」


 なかなかごもっともなだけに、説得が難しい。こういうときはタクミが頼りなのに、なんだか明後日の方向を見つめて動かない。今、一番の脅威はここにあるんだぞ。


「そのちゃちな角をまるめて、とっとと消えろ」


 そしてこの一言が、意外にも、あっけらかんとしていた角子さんの琴線に触れてしまったらしい。


「ほう……本気で角を馬鹿にするからには、覚悟は出来ているんだろうな」

「なんなら、僕がその角をへし折って、ドラゴンの墓標にしてやろう。ああ、駄目か。みすぼらしくてドラゴンに申し訳ないな」

「きっさまぁ……」

「ヘンリーさん、こんなところでやめて下さい!」

「すぐ終わる、問題ない」

「ああ、お前がな」


 ルキちゃんの制止も意味を為さず、ヒートアップする2人。ヘンリーは何故、今日はこんなにキレているのか。山が開放的な気分にさせた……とかいうタイプでもないだろうに。

 しかし、そんな事をゆっくり考えている時間は残っていなかった。ぎらついた殺気が吹きこぼれるように、くつくつと笑った2人の悪魔は、瞬きをする間に消えていた。


 そして、鳴り響く轟音。迸る魔力の奔流。


 ドラゴンの蠢く魔の山で、壮絶な死闘が、幕を開けた。果たして戦いの行方は。そしてその時、勇者の取った行動とは――


 戦いの始まった瞬間に吹き飛ばされ、岩壁に叩き付けられた俺は、そんな事を考えながら、ぼんやりと空を見上げていた。


ここまでお読み下さり、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ