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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第15章:長期留学編 ~討伐クエスト~
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65.ど天然をぶり返した勇者様とツッコミの追いつかない親友様

 俺達は今、ドラゴンの棲む山に踏みいっている。


 だから本来であれば、状況の把握や連携の確認等に全力を注ぐべきだと思う。

 王都で万全の準備をしてきたつもりとはいえ、生半可な覚悟で挑んでは大怪我をする。最悪の場合は命を落とすかもしれないのだ。


 何かあっても自己責任ですよ、という仰々しい誓約書に保護者を含めたサインもしてきた。

 大反対を覚悟して差し出したそれに、両親は驚くほどあっさりとサインしてくれた。幸か不幸か、本気で秘境を巡る大冒険が趣味ということもあり、念のためのおまじないには慣れているらしかった。

 ただし、お前を信じているからな、などという台詞ひとつでふんぞり返る父さんに対して、母さんの言葉は実にエッジがきいていた。


 私も信じてるわ。でも万が一、何かあったらお父さんを一生許さない。一生、かけて、許さないわ。


 今頃は両親ともに無事を祈ってくれている事だろう。父さんはがたがた震えているかもしれないけど。


 ちなみに今回は、聖剣探しの時のような人員面でのバックアップは無く、物資の支援のみだ。魔王軍の目撃情報が出た途端にこれとは、大人の事情とやらには呆れて言葉も出ない。



 とにかく、そんな貴重な時間に切り出すのは大変に心苦しいのだけど、あえてこんな話をしようと思う。



 人を見た目で判断してはいけない。現代に生きる日本人であれば、大抵はそう教わってきたはずだ。



 確かにその通りだと思うし、言葉の意味するところもわかっているつもりだ。

 しかし時には、見た目での判断で十分なケースもあると思うのだ。


 例えば、同じ顔であれば清潔感のある方が良いだろうし、飲食店などに入った時に、笑顔の店員さんと無愛想な店員さんなら、一部のマニアの皆さんを除いて笑顔の方が良いと思うはずだ。

 そのスマイルはまさに、料理を彩るプライスレスなものとなりえる重大な要素だろう。


 気に入ったのでもう一度言っておく。そのスマイル、プライスレス。いえい。


 待って、石や小枝を投げないで。アレックス、岩は本当に駄目だって。ステイだ、ステイ!

 わかったよ。もっと直接的に手短にいけば良いんだろ、もう少しだけ時間をくれ。



 それでは、極めて直接的な例をあげてまとめるとしよう。



 鋭利な刃物だ。



 長さを計測するまでもなく法律に引っかかりそうな、立派な刃渡り。肉厚でぎらりと光る刀身。普段使いとは程遠い毒々しいフォルム。なるべく現実味のない凶悪な逸品を想像してほしい。


 それを抜き身でぷらぷらさせて歩いてくる人がいたら、どうだろうか。ちょっとした素振りでもしてもらうと、わかりやすいかもしれない。


 皆さんと答えが一致したであろう事を切に願おう。

 このとおり、見た目だけで十分に判断可能な、明らかに危ない相手のご登場である。


 その人がどれだけきちんとした服を身に纏い、紳士の振る舞いをしていたとしても、評価を覆す事は難しい。そのスマートな佇まいから染み出す間違いのなさそうな雰囲気に、戦慄を覚えるのみだ。


 また、その人がどれだけ輝きに満ちた笑顔を浮かべていたとしても、とても微笑み返す気持ちにはなれない。むしろ笑顔が眩しければ眩しいほど、怖い。凄く、怖い。


 更にその人が、どれだけの丁寧な口調で安全と安心を説いたとしても、全くもって効果はないだろう。

 それを置いて下さい、話はそれからです。こちらから言える事はそれだけだ。いいや、実際は声など出ないかもしれない。言い返せたら大したものだ。


 つまりそういう事なのだ。


 見た目で判断する事は、日常生活においては確かによくないかもしれない。


 ただし、見た目で判断が容易に付くケースもあるのだということ。

 そして最も大事なのは、それが今だということだ。


 いくらここがドラゴンさんのテリトリーで、どこから炎の息がこんにちはしてくるかもわからない危険地帯だとしてもだ。その他の脅威に対する感覚が麻痺してはいないだろうか。



 どうか考えてみてほしい。俺のこの、小さな小さな願いが、どうか届きますように――



「という訳でそいつから離れるんだ。さあ早く」


 俺はびしっと指をさして、堂々とした態度で宣言する。


「ユーキ、いくらなんでも言い過ぎじゃない?」


「第一、抜き身の刃物なんてどこにも持っていないぞ。持っていたとしても、鞘にしまえば一件落着だ」


 これだけの弁舌を振るったというのに、仲間達の反応は実に冷ややかだ。信じられない。


 特にアレックス。これだからファンタジー育ちの騎士様は困る。

 渾身の例えだったというのに、刃物が日常的に傍らにあるせいで危機感が全く伝わらない。刃物を抜き身で持っていたら、それはそれでしまえば大丈夫でしょ。とはどういう事だ。そういう事を言いたかった訳ではないのだ。


「なんか、急に飛び出して邪魔しちゃったかな。話し声が聞こえたから、つい嬉しくなっただけなんだ。悪かったよ……本当に……ごめん」


 タクミと肩を組みあって盛り上がっていたそいつは、くすんだ赤い髪、燃えるような赤い瞳、すっと通った鼻筋という異世界仕様の整った顔で、寂しげにうつむいている。まるでこちらが悪者のようだ。


 これが学校や王都、街の屋台ゾーンで出会ったのであれば、俺だって申し訳ないと思う。なにしろ、今でさえガラスのハートがぽろぽろと、荒れた地面にこぼれ始めているくらいなのだ。


 しかし、この山中にたった1人でひょっこりと現れて、こっちもドラゴン退治に行く途中なんだ、奇遇だな。などと言ってのける相手なら話は別だ。

 魔王軍に襲われた直後のこのタイミング。限りなく黒に近いグレーではないか。グレーが濃すぎて、顔もまともに見られない。決して悪者気分で後ろめたいからではない。お願いだからとりあえず顔だけは上げてほしい。


「かわいそうだろ。いいじゃないか、一緒にいけば。盛り上がっていこうぜ!」


 鈴木、普段からすぐ1人でどこかに消えるお前がそれを言うのか。どうしたんだ、山がお前を開放的にさせたとでも言うのか。

 頂上付近でうんとのびをして、わくわく顔で叫びたいのか。そういうのはタクミやアレックスで枠がいっぱいなんだ。

 残念そうな顔をするんじゃない、わくわく枠はもうわくわくで溢れていると言っているんだ。そっちは楽しそうに見えるかもしれないけどな、一度踏み込むと戻ってくるのが大変なんだぞ。


「今回はアレぽんとレンレンに賛成。それらしい武器とかも持ってないしさ」


 呼び方諸々に関しては、あえてツッコミを省かせてもらうが、ねねねの呑気な意見に関しては論外と言う他ない。



 確かにこいつは何も持っていない。堂々たる丸腰だ。



 なぜか。答えは簡単。



 持つ必要がないからである。



「どうせもうちょっとしたら、両手から真っ黒な炎とか出して高笑いを始めるに決まってる!」


「あはは、ユーキって面白いな! 髪と目が赤いから炎属性ってこと? 安直だな~!」


 あんたもあんただ。さっきの落ちこみはどうした、俺のハートからこぼれたかけらを返してくれ。


 そっちがその気なら、俺だって容赦はしない。


 そう、これは一種の賭けだ。散々に問い詰めた結果、よくぞ見抜いたであるとか、ばれてしまっては仕方ないであるとかのお決まりの台詞を吐いて、猛然と襲い掛かってこられたら物凄く困る。

 しかし、得体の知れないやつと仲良くドラゴン退治という訳にはいかない。他人様と楽しくひとかり行けるのは、ゲームの中だけなのだ。


 よし、言うぞ。俺は言う。


 誰もツッコミを入れないあたり、デリケートな部分に土足で踏み込む禁じ手である事も自覚している。


 でも、許してほしい。


 いや、正直に白状しよう。


 とても我慢できそうにないのだ。


 これを放っておくことなど、俺のアイデンティティが許しはしない。


「角ぉ!」


「え?」


「え、じゃない! そのぐりぐりツイストした角だよ! まがまがしいったらありゃしない!」


 これまでの屁理屈が、全て前置きだったと言っても過言ではない動かぬ証拠。頭の両脇にどどんと生えた2本のお角様である。


「よく言ったわ。もう少しぐだぐだしているようなら、私がそれをへし折って追求していたところよ」


 渡辺さん、珍しく意見が合って嬉しいよ。でも、へし折ってから追求に入るのは順番が違うと思うな。

 そのバイオレンスな空気はしまっておこうか。俺も人の事は言えないけど、もしかしたら平和に終われるかもしれない芽をぶちぶち摘んでいるからね。


「ああ、これ? かっこいいだろ、うちの種族では立派な角は強者の証なんだ!」


 それはそれは、さぞかしお強いんでしょうね。


「なにそれ何族? やっぱり、魔族?」


「魔族だなんてよしてくれよ。でも、はっきり物を言うやつは嫌いじゃないぜ!」


 ぐっとサムズアップしながら満面の笑顔だ。この底抜けに明るくて突っ込みどころも満載の感じ。本当に仲良くなれそうなのに残念でならない。どうしてここはドラゴンの住む山の中なのか。


「ヘルデ・ビル族だよ。その昔、人間がつけてくれたらしいぜ。かっこいいだろ」


 はいアウト。やっぱりさっきの無し。仲良くなんてなれてたまるか。


「わかったろ。みんな、そいつから離れるんだ」


「どうして?」


「どうしてだって? ふふふ、まったくタクミはとんだお茶目さんだな。ここは異世界なんだし色んな種族がいるのかもしれないよ? それは良しとしよう。でも聞いた? ヘルデビル族だよ? 変なところで区切ってるけど、間違いなく地獄の悪魔族だよ? 昔の人の精一杯の警告を無駄にしてたまるか!」


「今日は残念ながら意見が合うようね。さあ、その角を両方とも引っこ抜かれて逆さに突き刺されたくなかったら、今すぐ消えなさい」


 渡辺さん、お願いだから静かにして。援護射撃のつもりかもしれないけど、援護どころか完全に仕留めにきてるよね。引っこ抜くだけでも大概なのに逆さに突き刺すってなに、とても想像したくないんだけど。


「ふん、降りかかる火の粉は問答無用で払えばいいのよ」


 その、手元をぐりっとひねって手繰り寄せるジェスチャーとかもやめてほしいな。完全に引っこ抜いてるよねそれ。何が琴線に触れたのか、大層ご立腹のようだ。


「ぽっと出のくせにタクミくんと肩なんて組んで……許せない」


 なるほど、理解した。ざっくばらんな口調に耳を塞げば、確かにそいつ……いや、彼女は相当の美人さんである。

 待てよ、立派な角にも目を瞑らなければいけないか。目を瞑って耳も塞げば美人さんとか、悪口にしか聞こえない。


 とにかくそれなら話は早い。こんな事で目くじらを立てていたら、タクミの彼女候補なんて務まらないじゃないか。どっしり構えていこう。

 タクミのやつ、今年の春先くらいはまだ女の子に囲まれたらもじもじしたりして、かわいげがあったけどさ。異世界を頻繁に行き来するようになってからはすっかり場慣れして、肩を組むどころかハグだってばしばしするんだ。

 ここは、彼女候補の懐の深さを新入りに見せ付ける時じゃないかな。



 彼女・有力・候補のさ。



「馬鹿にして……いいわ、のせられてあげる」


 いいぞ、彼女候補という言葉に反応して落ち着いてくれた。納得はしていないようだけど、ひとまずはこれで良いだろう。眉を吊り上げてこっちを睨む斉藤さんの方は、今だけ全力で見ないようにする。


「待たせたな。大体、こんなところに1人でいるのはおかしくないか? ドラゴン退治なんて何の為に、誰に頼まれてきたんだよ。本当は仲間がいるんじゃないか?」


 例えば、魔王軍とかさ。暗に示して、おそるおそる様子を窺う。


 場が緊張に包まれる。重々しい空気の中、口を開いた彼女は……


「ユーキよ、1人で旅をして強者に挑む理由など、武者修行に決まっている。より強い者を求める気持ち、俺はよくわかるぞ」


 という雰囲気を想像していたのに、愉快な仲間達はそもそも口を閉じてはくれなかったようだ。


「わかった、ユーキくんみたいに好きな子のためじゃない? 無理言って飛び出してきてさ」


「え、そうなのユーキ! 僕、応援するよ!」


 くそう、全く話が進まない。負けるか、あと少しなのに。

 まずアレックス、いまどき武者修行なんてあるわけないじゃないか。話が終わるまで、ちょっとその辺を偵察がてら逆立ち歩きでもしてくるといい。

 いや、ごめん。待って本当に行かないで。逆立ちのままドラゴンに遭遇したら完全に俺のせいだから。そうそう、普通に頼む。


 次、斉藤さん。渡辺さんをなだめるための彼女候補発言については後でちゃんと話し合いの場を設けるから、落ち着いて。

 ああほら、名前も知らない角のお姉さんに「へぇ、やるう」みたいな顔でにやにや見られてるから!


 最後のタクミに関しては呆れて声も出ない。諸々の仕込みの段階で一通り話したつもりでいたのに、まだスタートもしていなかったなんて。

 オーケー、後で小一時間くらいもらおうか。怖くないし痛くしないから大丈夫だから。そうそう、痛いのは一瞬だからさ。


「アレぽんわかってるな! そうなんだよ、強いやつと戦いたくてさ」


 今どきの角のお姉さんは一味違ったようだ。嬉しそうにアレぽんとか呼んでるし、武者修行説はビンゴだし、早くも受け止めきれない。

 渡辺さんが、ほらどうしたのよ、まとめてみなさいよ、さもなくば……みたいな顔で魔力をこね始めた。

 タクミはタクミで、それで相手は誰なの、合流したらルキちゃんとかに聞いてみようかなあとかのたまっている。本当の本当にわざとではないとしたら大したものだ。

 そこ、斉藤さん! こっそり教えてあげるねとか言って、俺を陥れながらタクミとの距離を詰めるのはやめなさい。俺の視界と耳に入るようにポジションを整えてからこっそりとか言うのは、なにひとつこっそりしてないからね。


 埒が明かない、とにかく所属の確認だ。乱暴かもしれないが、時間もないのだし割り切ろう。魔族だったとしても魔王軍でなければ良い。フレンドリーな魔族ちゃんならセーフ。よし、これだ。



 そうと決まれば話は早い。今すぐにでも問いただして……




 グオオオオアアアアアアアァァァァア!!




 限りなく弛緩していく空気を、無遠慮な咆哮が切り裂いた。声の主が何者であるかなど、問うまでもない。


「ここでドラゴンのご登場とか、カオス過ぎる……け、ケイオスマウンテン……」


 空を仰いで立ち尽くす俺を置き去りに、タクミと角のお姉さんが弾かれたように駆け出す。鈴木とアレックスが続き、ねねねと斉藤さんがこちらに目配せをして後を追う。


「ふふ、結局なにもまとまらなかったわね」


 そして最後に渡辺さんが、駄目な子の烙印を押すようにぽんと肩を叩いて飛んでいく。


 俺は涙目になりながら、必死に皆の背中を追いかけるしかなかった。


ここまでお読み下さりありがとうございます!

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